”完全精選”by Prudence Liew
神秘都市香港の夜をリードする闇の歌姫、プルーデンス・ラウ(劉美君)の、12枚のアルバムの中から撰ばれたベスト・オブ・ベスト的レパートリーを集めた決定的3枚組CDが手に入った。題して、「完全精選」とある。
たとえばサンディ・ラムとかプリシラ・チャンとかが素晴らしかった時代の香港の表の顔としての流行歌の歌い手とすれば、こちらプルーデンスは、夜の香港を代表する裏の女王といえようか。
別にマイナーって意味ではない。アルバムの売れ行きだって超一流だったのだから。ただ、十代で結婚し、22歳のデビュー時には既に子供もいた、その後、アメリカ移住や離婚やらといった、奔放な人生のありようや、独特のミステリアスな歌世界の佇まいから、そんな表現がどうしてもしたくなってくるのだが。
不吉なビートを刻む、無機的な打ち込みのリズム。クールに響く電気ピアノのフレーズ。ストンと腰を落としたジャジーな呟きに絡む物憂げなストリングスの響き。夜の都会で交わされるお洒落な、でもちょっとヤバい男女の囁き。欧米曲のカバーから中国伝統の曲まで、一貫してクールなファンクサウンドが渋い彩りを決め、しっとりと、いかにも都会風に体温の低いプルーデンスの歌声が流れる。
盤を回していると、このところつまらない雑事に翻弄されて荒んでいた自分の日々が夜の闇の向こうに薄れて行き、プルーデンスが気怠く語る香港の夜話にじっくり耳を傾ける、それだけがリアルと感じられる時間が来る。既に歴史の波に飲まれ、失われてしまった”英領香港の夜”の、あの不思議に血の騒ぐ魔法の日々の都市伝説に。
それにしても弱ったね。この”決定盤”を手に入れてしまえばそれでOKと思っていたんだが、聴いているうちにやっぱり彼女の全アルバムをが欲しくなってきたのだった。