実戦教師塾・琴寄政人の〈場所〉

震災と原発で大揺れの日本、私たちにとって不動の場所とは何か

実戦教師塾通信百五号

2011-11-20 12:32:33 | グルメ
「技」の楽しみ



 1 四倉再建に向けて


 四倉駅前の停留所を過ぎると、バスからは誰もいなくなった。ヘルメットやバッグを抱えた私は不安になり、次が駅ですか、と運転手に尋ねる。いや、駅は通らないよ、お客さんはどこまで行くんだ、と言う。私は、道の駅そばのセブンイレブン、いやあれは流されたっけ、その跡の場所までなんですが、と答える。そうかい、だったらもう少し乗るとその目の前まで行くよ、運転手がそう言うと、バスはそこからずっと遠くまで走ってUターンした。料金表が510円で止まったままだ。
 運転手が私に言う。あのセブンイレブンの後に出来た食堂、おいしいって評判だね。板さんの店である。嬉しくなって私は、おいしいですよ、二度ほど行ったんですよ、と反応する。食べてみて下さいね、そう言い継ぐ。
 二度目に食べたのは前日だったのだ。前日、結局飲んでしまって、干物屋さんに湯本「ふじ滝」まで送ってもらった。飲んで捕まれば板さんに迷惑がかかる。だから次の日はバイクを取りに、湯本から駅までパス、電車でいわきまで、そしてそこから四倉までバス、と相成った。ちなみに全行程で二時間! いわき市内を移動するだけだというのに、一時間に一本のダイヤというのが原因なのだった。
 四倉を襲った津波で、道の駅そばにあったセブンイレブンは屋根と柱を残して流された。壁を補修し長机を置き、遠方からの野菜や魚も直売しているのが食堂「くさの根」である。仕入れのものも直売の品も、魚は岩手の三陸から、野菜が山形や千葉からだったする。みんなにすればとても悔しい思いなのだ。にわか作りではあるが、温かみのある店、それを板さん達が始めたのである。
 酒好きの板さんにはこの日酒をぶら下げていった。福島の郡山は仁井田酒造の『鳳金宝』、地元の板さんにすれば知らない筈はないのだが、私の読み通り、板さん知らなかった。また、酒もタバコもやらない干物屋さんには、この日の飯代の支払いをと思っていたが、結局逆になってしまった。
 もう一つの四倉再建の道、干物屋再開までは本人が先日言っていたように「あんまりいいことがねえ」。新潟の孤島まで出張し製造法を教え、品物を四倉まで送って販売という当初の目標だが「魚を獲る時期でない」という理由で、まだ工場まで魚が来ないという。そして、流された地元四倉工場の再建見通しは「行政の補助金OKが出ないとね」ということだ。確かに干物屋再開の道は険しそうだが「(行政から)内諾の通知は来ているんだ」、と干物屋さんの表情はまんざらでもない。
 この通信でも伝えたが壊滅した「道の駅よつくら」は、クロネコヤマトの震災基金で再建される。コンペで採用された地元の人たちの手による設計案によると、三層のうちの一階部分は流されてもいい作りになっているそうだ。
 板さんも干物屋さんも、こういったことを知らない。私の方が知っていることが意外なのだが、まだまだみんな自分のことで手一杯ということなのだろう。私の口から「再建」「地元案」「津波対策の建物」などを聞いて、顔は緩む。こういった一つ一つがみんなの力になっている、そう思えた。



 2 味付けの妙

 この日は干物屋さんが私に、と頼んでくれた板さんの「おまかせ」だった。お通しは魚の角煮、よく煮込んだあんとからんでいる。鰹なのか鮪なのか、干物屋さんも分からない。しばらくして、マグロだとよ、と干物屋さんが厨房の板さんに聞いてくる。融けてからんでいたのは昆布だった、不覚にも分からない。きっと絶妙に合わされている。
 その昔、故郷を仙台に持つご近所さんがよく持ってきてくれた、味噌のシソ巻き揚げが出てきた。カリカリと香ばしく懐かしい。その隣に山芋のタラコ乗せ磯辺揚げ。白とピンクとが黒い海苔に巻かれている。味はタラコが出すのだ。次に小さな皿にサラダ。トマトともうひとつの食材にベージュのドレッシングがかかっている。もう一つの食材は食感は生麸かしいたけかという感じだが、それにしてはコクがある。噛みしめているとドレッシングと一緒に別な味わいを出してくる、何だろう。この辺りで厨房から出てきた板さんが笑って、鴨肉ですよ、と明かす。そうか、肉か、スモークしてあってそれがドレッシングとからんで別な味わいを生む、そうなんだ、私は皿を見つめる。マヨネーズではないですよ、板さんはドレッシングにも秘密あり、とほのめかす。もちろんパプリカは入ってますね、そういう私に板さんは応じようとしない。話が食材や調理法になると、板さんは笑っているだけで、口をつぐむ。
 そうしてメインディッシュが出される。ズドンと豚の角煮である。キラキラと三枚肉は水晶の輝きで、モンサンミッシェルのようにそびえている。黒というより黄金色に近いタレは、透明に、肉を優雅に浮かべている。月並みな表現で恥ずかしいが…柔らかい。
 ラーメンを頼んだ干物屋さんはとっくに食事を終えて、私の食事の様子を見ている。魚の加工に関しては他の追随を許さないものの、料理に関しては疎いらしい干物屋さんだ。私はその干物屋さんに、もう十年来の知己のような口ぶりで言う。干物屋さん、あなたには分からないだろうが、時間をかけて煮込めば肉が柔らかくなるってもんではないんだ、煮込むと肉は固くなるんだよ、一体どうやったらこんなに柔かくなるんだろう。
 煮込むと固くなるのか、と干物屋さんは私の言葉を繰り返し、板さんは、また笑う。そして自分と私の茶碗に『吉乃川』を注ぐ。酒がすすむ。そして、教え仕込み中の若手見習いの話になる。左利きなんだよね、だから教えるのにもひとつカンが違う、と苦労している様子。包丁も右利き用に作られているし、とは私が言ったのだが、いや、左利き用の包丁もあるからそれはいいんだけど、と板さんは、左手で下を探るようにする。こうして骨をたぐるようにして包丁を入れていくんだけど、その時魚の向きも逆になってるし、手の入れ方も左手だとどんな感触なのだろう、そういったことがつかみづらい、そう言う板さんはまだこれから中年という年格好だ。まだ若い。雑誌に紹介されている人でもある。そんな板さんが自分の「技」を確かめながら、若手に伝えようとしている。教える時は怖いんですか、私は聞く。怖くないですよ、と笑う板さんは、今はね、と付け足した。
 話が弾んでその弾みなのか、板さん、豚の角煮の秘伝をもらす。砂糖はダメなんですよ、固くなる。○○がいい、艶もでるし。あえて伏せて書いたが、実はこのことを私は二年ほど前発見し、煮物のときに実行している。でも、せっかくの板さんのご好意なので伏せることにする。驚きは煮込み方である。それも公表したいが書くわけにはいかないか。この方法、料理人の間では当たり前のことなのだろうか、でも豚の角煮は私なりに本やテレビや新聞を参考にしたこともあるのだが、やっぱり肉が固くなった。板さんの方法は初めて聞いた。
 今日はコトヨリさんが来るっていうんで、鱸(スズキ)の汁物を作りたかったんだけど、時間がなくて、と思いがけず板さんは言う。昆布でだしをとるんですね、と私は言うが、いや、塩だけなんですよ、それが一番おいしい、と板さんは楽しそうに言う。
 料理人の「技」の話で終始した「くさの根」だが、私を湯本まで送る道々で、干物屋さんは四倉の明日を語る。自分の「技」が再開する日のことを語る。

 湯本はこの日も満点の星だった。


 ☆☆
本当は海岸沿いの皆さんへの支援の方向性を書く予定だったのです。が、思いがけずコメントの「紅葉」さんが職人だと知り、畑は違っても「技」について書きたくなりました。まだ書けないのですが、あの干物屋さんの干物、かなりのモノらしいです。

 ☆☆
21日と23日に、柏市で放射線に関する市民対話集会があります。先日のタウンミーティングで市長が私たちにした約束が、どうやら現実のものとなりました。「専門家は交渉中」とありました。行ってきます。

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1 コメント

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忘れてはならないもの (リーガルハイ)
2013-07-13 18:53:49
大きな堤防の崩壊も蟻の穴から始まるという。
小さな事でも積み重ね努力を続けることが
肝心であろう。

繰り返す

氷は水より出でたれども
水よりもすさまじ
青きことは藍より出でたれども
重ねぬれば藍よりも色まさる(乙御前御消息)
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