実戦教師塾・琴寄政人の〈場所〉

震災と原発で大揺れの日本、私たちにとって不動の場所とは何か

あせらずにⅡ  実戦教師塾通信三百十七号

2013-09-18 11:41:51 | 福島からの報告
 オリンピック/選挙/海 その2

            
 いわき沿岸(えんがん)で被災した人たちが中心になって作った、駅前路地(ろじ)の『復興飲食店街 夜明け市場』。「満席御免(ごめん)」とかけられた店の札(ふだ)をみて、「いいなあ、うちもこんな札をかけてみてえよ」と、ニイダヤの社長が言った。


 1 選挙

 福島県の人以外は知らないと思うが、今月8日にいわき市長選挙があった。五大紙の隅(すみ)にはちっちゃく、一応その結果があった。なんと現職(げんしょく)が落ちていた。下馬評(げばひょう)では、現職の再選が濃厚(のうこう)だということを以前書いた。復興バブルを追い風に、土木・建築(ゼネコン)関係団体と、ついでにその絡(から)みで、組合票(くみあいひょう)も持っていったはずだ。でも現職が落ちた。
 以前、もめにもめた双葉町では、結局(けっきょく)現職は立候補せずに、新しくなったことは覚えていると思う。しかし、原発の影響(えいきょう)をストレートに受ける自治体の首長(しゅちょう)選挙で、実はそのほとんどが新しくなっている。現職で再選されたのは、震災から8カ月あとの浪江町。翌年(よくとし)の飯舘村。これは、現職以外は立候補していない無投票当選だった。同じく葛尾村。以上である。あとの、双葉町を始め、富岡町・楢葉町・川内村、郡山市(これは中通り)、そして、今回のいわき市である。広野町は今から二カ月後の11月に選挙となるのだが、もっぱら新顔になるといううわさだ。
 注目しておいた方がいいのは、投票率の低さである。無投票地区以外はことごとく下落(げらく)しているのだ。富岡町にいたっては前回の80%から20ポイントも落ちている。この原因としてあげられるのは、「現状に対する無力感(むりょくかん)」といった、抽象的(ちゅうしょうてき)で、メディアには扱(あつか)いやすそうなものもある。しかしそれが事実だとしても、関連して忘れていけないのは、これら市町村住民の皆さんの多くが、県内や全国の避難先(ひなんさき)に分散(ぶんさん)しているという事実だ。たとえば、楢葉町の町議選のおり、たまたま私は通りがかり、なんでこんなところに、というような山奥に投票所があるのに気がついた。避難する以前は、近所の小学校まで出向いたことだろう。今は、多いところでも100世帯、少ないところでは20世帯というあちこちの仮設住宅や、場合によっては北海道や九州のアパートに身を寄せている。それで一番忘れていけないことは、県内/全国に分散(ぶんさん)した被災者の多くが、「故郷(ふるさと)に帰ることをためらった」結果の投票率ではないか、ということだ。つまり、故郷帰還(きかん)をあきらめる=棄権(きけん)、を選んだということだ。
 さて、いわき市長選挙結果に関する分析(ぶんせき)は、私が聞いた範囲(はんい)では以下のようだった。

○市長は何人も変わっている。逆上って三人目の周辺(しゅうへん)までそれぞれ票(ひょう)を持ってる。それが選挙だ。単純(たんじゅん)なものではない

この考えが従来(じゅうらい)の選挙だったのだろう。しかし少なくも今回は、こんな考えで住民は動かなかった。

○震災後の対応に厳(きび)しい判定がくだったのではないか
○市民グループが「現職市長が震災時にやったこと」というチラシを市内全世帯に配(くば)ったのが効(き)いたのではないか
○出口調査では、若い人が確かに現職でない人に入れたのが分かった

出口調査の場面は、選挙管理委員をつとめた人がそこを見ていたという。様子は筒抜け(つつぬけ)だったようだ。また、現職市長を批判するチラシを配った市民グループが、どの立候補者を支持しているのか、チラシを見た人は覚えていなかった。現職市長が、
「愛人を連れて逃げた」
「どの避難所(ひなんじょ)にも一度として顔を見せなかった」
「メディアに訴(うった)えようとしなかった」
「迅速(じんそく)な対応をしなかった」
という、忘れ難い(わすれがたい)出来事を、住民は思い出し注目したのだ。一つ目以外は、私も実感(じっかん)出来る。
 原発から30キロ圏外にあるとは言っても(久之浜は一部圏内にあった)、いわき市は事故から一カ月、放射能の恐怖(きょうふ)の真っ只中(まっただなか)にあった。何度でも思い出した方がいい。瞬時(しゅんじ)に何万人単位で命を奪(うば)うことになるかも知れなかったあの時のことを。あの3月15日、吉田昌郎所長は、
「決死の覚悟(かくご)をして」
現場にいた3000人の社員・作業員を50人までしぼったのだ。その頃、いわき市の水の配布(はいふ)を広報(こうほう)したのは、ホームページだけだった。広報車が出たのは、その後一カ月もしてからだ。多くの人たち、とりわけパソコンなどに縁(えん)のない年寄りは、「陸の孤島(ことう)」を経験している。間もなくこのホームページは、市長への罵倒(ばとう)で埋めつくされるのだ。
 もう一度言うが、このチラシを配った市民グループが、どの候補者を支援しているか、そのことをチラシを読んだ人たちは覚えていなかった。現職だけはいやだ、といういわき市民の判断だったのではないか。


 2 米・牛・漁師(りょうし)・議会

 まだいろいろな話が聞けた。以下、箇条書き(かじょうがき)で。
①米
広野町でも今年から試験的に米の作付けをやっている。しかし、放射線が不検出でも、生産されさた米は市場にでない。それらは「備蓄米(びちくまい)」となる。
「『備蓄米』ってことはつまり、家畜(かちく)のエサになるってことだよ」
「人が食わねえのを作るってのもつらいもんだよ」
②牛
「自分の牧場使用のOKが出たら、北海道から牛を購入(こうにゅう)しようって考えてんだよ」
「エサは自分とこの牧場の草をやったり、外国からの輸入物(ゆにゅうもの)や、よそのとこのをやったりって、いろいろやるつもりだよ」
「そのエサで牛の乳は毎日変わる。血と同じだからな」
しかし、もと「警戒区域」からの生産物だということで、困難が予想される。農協の力だけでは無理だろう。農林水産省の介入まで必要とされるに違いない。
③漁師
第一仮設の皆さんが、ここのところ漁師(船乗り)に対して、あたりがきつい。
「なんであいつらだけ補償金(ほしょうきん)もらえるんだよ」
「オレたちにゃなんにも入って来ねえ」
「果物や野菜を作ってる人たちもいるんだよ」
「今に始まったことじゃねえ。アタシが嫁(よめ)にきた頃からおかしくなった」
おばあちゃんが嫁にきたのは60年前。漁業権(ぎょぎょうけん)を東電に売る頃だ。
④議会
無所属の佐藤和良氏が、市議会で「損害賠償(そんがいばいしょう)」に関する質問をしている。前にも書いたが、この請求権(せいきゅうけん)は、3年で時効(じこう)となる。これに対する特別な立法措置(りっぽうそち)を要求したものだ。いわき市は国と国会に要望したが、断(ことわ)られている。


 ☆☆
いやあ、台風一過(たいふういっか)ですねえ。台風が秋を持ってきてくれたんですね。とは言っても皆さん、そんな悠長(ゆうちょう)なことを言ってる場合じゃないという人もいると思います。すみません。それにしても、この爽(さわ)やかな風と空、こんな日を待っていたんですねえ。そして、そんな秋がやってきましたね。茄子(なす)を味わうのも今のうちですね。

 ☆☆
ニイダヤ一周年イベント、特売品と試食会と、ヨーヨー釣りなんかでも頑張りました。
いいことありました。仲村トオルからお祝いの鉢植えが届いたことです。観葉植物です。花は咲かないけれど、枯れることなくしっかりと根を張り、成長を続ける、とは仲村トオルのメッセージ。伸びろ伸びろ、頑張ろう、です。
「オレは福島を形どった品物のラベルを変えねえぞ」
という社長でした。頑張ろう、です。