2006/8/19東京新聞より↓
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『独の良心』 苦悩60年
小説「ブリキの太鼓」で知られるドイツのノーベル賞作家ギュンター・グラス氏(78)が、ナチスの武装親衛隊員だった過去を告白したことに、ドイツ社会が衝撃を受けている。ナチスを追及し続けながら、自らの過去には口を閉ざしていた六十余年という歳月は、歴史と向き合う重さそのものだった。 (ベルリン・三浦耕喜)
◆巨人
「沈黙する者は有罪となるのです」
一九六一年に「ベルリンの壁」が出現した時、東側の作家に書き送ったこの言葉を、グラス氏は今、どんな思いでかみしめているのだろうか。
グラス氏は戦後ドイツ文学界の巨人だ。反ナチスを国是としたドイツの中でも、グラス氏は当時を生きた人々の視線にまで降り、その偽善を暴いた。代表作「ブリキの太鼓」では、三歳で成長を止めた子どもの目を通してナチスに染まりゆく空気を描き上げた。
歴史と真正面から向き合うことを訴え、「ナチスを心に刻む中心的役割を担った」(独紙)と評される。グラス氏の伝記を編んだミヒャエル・ユング氏が独紙で「彼は良心の番人だった」と語る理由だ。
◆失墜
だが、「ドイツの良心」は、実は元ナチスの武装親衛隊員で、しかもその経歴を六十年も秘してきた。ユング氏も「番人は終わりだ」と嘆じる。
ヒトラー研究で著名なヨアヒム・フェスト氏は「どうやって一人二役を長年演じたのか」と絶句する。
グラス氏を評価してきた文芸評論の大御所マルセル・ライヒラニツキ氏に至っては、本紙の取材に事務所を通じて「コメントするつもりはない」と声もない。
ドイツのユダヤ中央評議会クノプロホ会長は、告白を記した自伝が出版されることから「本のPR」を疑う。事実、出版社は発売を二週間前倒しし、告白五日目には書店で平積みになった。
グラス氏が政治にも積極的に発言し、社会民主党(SPD)を熱心に支持したことも批判に拍車をかける。キリスト教民主同盟(CDU)からはノーベル賞を返上すべきだとの声が上がった。
現ポーランド・グダニスク市がグラス氏に贈った名誉市民にも返還要求が上がる。「同じ市の名誉市民だなんて気分が悪い」と言う同国のワレサ元大統領は、グラス氏が返上しなければ、自分の方が返すと十八日の同国テレビで宣言した。
◆一石
だが、告白に意義を見いだす声もある。以前にナチス党員の過去を指摘された文学者ワルター・イェンス氏は独誌に「老境に入って、なお自分のテーブルをきれいにしたいとは感動的だ」と告白の勇気をたたえる。
同様に、鋭い社会時評で知られる作家のマルティン・ワルサー氏は「同時代で最も成熟した者ですら、六十年も自分の過去を語れなかった。このこと自体、思考も言葉も型にはめようとする歴史清算をめぐる雰囲気を強烈に照らし出している」と、投じた一石の大きさを指摘する。
独テレビの世論調査でも、68%が「グラス氏への信頼は損なわれていない」と回答した。
十七日夜、告白後初めてグラス氏の言葉がテレビで流れた。「犯罪行為にはかかわっていない。いつか、このことを報告する必要を感じていた」-。過去と対決してきた大家が最後まで残した闘いの相手は、自分自身だった。
(メモ)武装親衛隊 ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の軍事部門。第二次世界大戦の開戦後、ヒトラーの身辺警護を担当した親衛隊を改編して発足した。最大で約90万人を数え、国軍に匹敵する戦力を持った。親衛隊はナチス直属部隊として、ユダヤ人迫害を実行している。
ギュンター・グラス 1927年10月16日、ダンチヒ自由市(現ポーランド・グダニスク)生まれ。59年「ブリキの太鼓」で注目され、99年ノーベル文学賞受賞。今月12日の独紙フランクフルター・アルゲマイネで、15歳でドイツ軍の潜水艦部隊を志願したが採用されず、17歳になってナチスの武装親衛隊の戦車隊に参加した過去を告白した。
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「東京新聞」はローカルな新聞だが、テレビ東京が地味ながらクリーンヒットを飛ばすように、小粒でもきらりと光る三浦記者の記事だった。
映画「ブリキの太鼓」を絶賛する友人もいたが、あのグロテスクさときっかいなエロティシズムは、どうしてもなじめなかった。もう一度観なおしすれば、またもっと深い解釈ができるのかもしれないが・・・。
閑話休題。
フォルカー・シュレンドルフ 監督の「ブリキの太鼓」は、ノーベル賞を受賞したギュンター・グラス氏の小説が原作だ。本作品を通じて、一般大衆がナチズムを育てた狂気と恐怖、人間の愚かさを世に説いた作家が、17歳にナチ親衛隊に入隊していたという秘めたる過去の事実のなんたる皮肉なことだろうか。しかしそれ以上に、「良心の番人」と称えられた作家が、ナチ親衛隊員だった事実を60年間隠し続けたことに、ドイツ人は衝撃を受けているのだと思う。この高名な作家は、たまたまあえて”過去を言わずがもな”というのではなく、嘘をついていたという認識が良心をもつドイツ人や、子だくさんでも国家に貢献しているワレサ元大統領の「裏切られた」という厳しい怒りへと転化しているのだろう。これまでの作家の作品は、ドイツ国民の過去への浄化や鎮魂ではなく、彼自身のアイディンティをゆさぶる根源的な問いだったわけだ。
犯罪行為には加担していない、だから78歳になって、自分自身の罪を認めることで誰よりも自分の魂を救済する必要があった。「ドイツの良心」というきれいな看板を作家に掲げることによって、国民はナチスを育てた犯罪行為からの罪の意識を軽減させ、その分の重荷を作家は背負わなければならなかった。
ウッディ・アレン監督による舞台をロンドンにうつした近作「マッチ・ポイント」の主人公クリスは、ほんの偶然のもたらす運のよさによって犯罪行為の隠蔽に成功した。一方「陽にあたる場所」での主人公ジョージは、獄中で自問自答をくりかえしながらある決断をする。クリスが社会的な罰からうまく逃れたことに比較して、ジョージはあえて死刑という罰を受けいれる。その瞬間、彼の魂は罰からのがれられ神から救済されていった。今後も、クリスの方は出世の階段をのぼりつめ、いずれは大企業の頂点にたち、優雅な暮らしをおくるだろうが、死がやすらぎをもたらすまで一生罪の意識から逃れることはないだろう。それがクリスに課せられた、見えない重い重い罰である。
ギュンター・グラス氏が今になって告白するのは、発売される自伝の宣伝という皮肉な報道もあるが、告白するまで要した60年というかくも長き歳月が、逆に作家が日々苛まれていただろうこれまでの罰の重さを感じさせられる。彼は、たとえノーベル賞剥奪というような社会的な罰を与えられても、己の精神の罰から救済される選択を最後にしたのではないだろうか。「罪と罰」を考えさせられた騒動ではある。
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『独の良心』 苦悩60年
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/c8/0e21036f963eef93723edc893ada5b95.jpg)
◆巨人
「沈黙する者は有罪となるのです」
一九六一年に「ベルリンの壁」が出現した時、東側の作家に書き送ったこの言葉を、グラス氏は今、どんな思いでかみしめているのだろうか。
グラス氏は戦後ドイツ文学界の巨人だ。反ナチスを国是としたドイツの中でも、グラス氏は当時を生きた人々の視線にまで降り、その偽善を暴いた。代表作「ブリキの太鼓」では、三歳で成長を止めた子どもの目を通してナチスに染まりゆく空気を描き上げた。
歴史と真正面から向き合うことを訴え、「ナチスを心に刻む中心的役割を担った」(独紙)と評される。グラス氏の伝記を編んだミヒャエル・ユング氏が独紙で「彼は良心の番人だった」と語る理由だ。
◆失墜
だが、「ドイツの良心」は、実は元ナチスの武装親衛隊員で、しかもその経歴を六十年も秘してきた。ユング氏も「番人は終わりだ」と嘆じる。
ヒトラー研究で著名なヨアヒム・フェスト氏は「どうやって一人二役を長年演じたのか」と絶句する。
グラス氏を評価してきた文芸評論の大御所マルセル・ライヒラニツキ氏に至っては、本紙の取材に事務所を通じて「コメントするつもりはない」と声もない。
ドイツのユダヤ中央評議会クノプロホ会長は、告白を記した自伝が出版されることから「本のPR」を疑う。事実、出版社は発売を二週間前倒しし、告白五日目には書店で平積みになった。
グラス氏が政治にも積極的に発言し、社会民主党(SPD)を熱心に支持したことも批判に拍車をかける。キリスト教民主同盟(CDU)からはノーベル賞を返上すべきだとの声が上がった。
現ポーランド・グダニスク市がグラス氏に贈った名誉市民にも返還要求が上がる。「同じ市の名誉市民だなんて気分が悪い」と言う同国のワレサ元大統領は、グラス氏が返上しなければ、自分の方が返すと十八日の同国テレビで宣言した。
◆一石
だが、告白に意義を見いだす声もある。以前にナチス党員の過去を指摘された文学者ワルター・イェンス氏は独誌に「老境に入って、なお自分のテーブルをきれいにしたいとは感動的だ」と告白の勇気をたたえる。
同様に、鋭い社会時評で知られる作家のマルティン・ワルサー氏は「同時代で最も成熟した者ですら、六十年も自分の過去を語れなかった。このこと自体、思考も言葉も型にはめようとする歴史清算をめぐる雰囲気を強烈に照らし出している」と、投じた一石の大きさを指摘する。
独テレビの世論調査でも、68%が「グラス氏への信頼は損なわれていない」と回答した。
十七日夜、告白後初めてグラス氏の言葉がテレビで流れた。「犯罪行為にはかかわっていない。いつか、このことを報告する必要を感じていた」-。過去と対決してきた大家が最後まで残した闘いの相手は、自分自身だった。
(メモ)武装親衛隊 ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の軍事部門。第二次世界大戦の開戦後、ヒトラーの身辺警護を担当した親衛隊を改編して発足した。最大で約90万人を数え、国軍に匹敵する戦力を持った。親衛隊はナチス直属部隊として、ユダヤ人迫害を実行している。
ギュンター・グラス 1927年10月16日、ダンチヒ自由市(現ポーランド・グダニスク)生まれ。59年「ブリキの太鼓」で注目され、99年ノーベル文学賞受賞。今月12日の独紙フランクフルター・アルゲマイネで、15歳でドイツ軍の潜水艦部隊を志願したが採用されず、17歳になってナチスの武装親衛隊の戦車隊に参加した過去を告白した。
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「東京新聞」はローカルな新聞だが、テレビ東京が地味ながらクリーンヒットを飛ばすように、小粒でもきらりと光る三浦記者の記事だった。
映画「ブリキの太鼓」を絶賛する友人もいたが、あのグロテスクさときっかいなエロティシズムは、どうしてもなじめなかった。もう一度観なおしすれば、またもっと深い解釈ができるのかもしれないが・・・。
閑話休題。
フォルカー・シュレンドルフ 監督の「ブリキの太鼓」は、ノーベル賞を受賞したギュンター・グラス氏の小説が原作だ。本作品を通じて、一般大衆がナチズムを育てた狂気と恐怖、人間の愚かさを世に説いた作家が、17歳にナチ親衛隊に入隊していたという秘めたる過去の事実のなんたる皮肉なことだろうか。しかしそれ以上に、「良心の番人」と称えられた作家が、ナチ親衛隊員だった事実を60年間隠し続けたことに、ドイツ人は衝撃を受けているのだと思う。この高名な作家は、たまたまあえて”過去を言わずがもな”というのではなく、嘘をついていたという認識が良心をもつドイツ人や、子だくさんでも国家に貢献しているワレサ元大統領の「裏切られた」という厳しい怒りへと転化しているのだろう。これまでの作家の作品は、ドイツ国民の過去への浄化や鎮魂ではなく、彼自身のアイディンティをゆさぶる根源的な問いだったわけだ。
犯罪行為には加担していない、だから78歳になって、自分自身の罪を認めることで誰よりも自分の魂を救済する必要があった。「ドイツの良心」というきれいな看板を作家に掲げることによって、国民はナチスを育てた犯罪行為からの罪の意識を軽減させ、その分の重荷を作家は背負わなければならなかった。
ウッディ・アレン監督による舞台をロンドンにうつした近作「マッチ・ポイント」の主人公クリスは、ほんの偶然のもたらす運のよさによって犯罪行為の隠蔽に成功した。一方「陽にあたる場所」での主人公ジョージは、獄中で自問自答をくりかえしながらある決断をする。クリスが社会的な罰からうまく逃れたことに比較して、ジョージはあえて死刑という罰を受けいれる。その瞬間、彼の魂は罰からのがれられ神から救済されていった。今後も、クリスの方は出世の階段をのぼりつめ、いずれは大企業の頂点にたち、優雅な暮らしをおくるだろうが、死がやすらぎをもたらすまで一生罪の意識から逃れることはないだろう。それがクリスに課せられた、見えない重い重い罰である。
ギュンター・グラス氏が今になって告白するのは、発売される自伝の宣伝という皮肉な報道もあるが、告白するまで要した60年というかくも長き歳月が、逆に作家が日々苛まれていただろうこれまでの罰の重さを感じさせられる。彼は、たとえノーベル賞剥奪というような社会的な罰を与えられても、己の精神の罰から救済される選択を最後にしたのではないだろうか。「罪と罰」を考えさせられた騒動ではある。
はるばるドイツよりご訪問いただき、ありがとうございました。
良心などという、清廉潔白な玉葱の沁は、ひっそりと60年間泣いていたのでしょうか。
恩讐の彼方に洗い流すには、60年の歳月ではまだ不足かというドイツ人の失望や怒り、マスコミの誹謗は、ギュンター氏にあまりにも厳しいと感じます。
当時の状況で、17歳という年齢の判断を責めるのは気の毒です。おっしゃるとおり、今回の告白を経ても尚、作品の評価は正当にすべきでしょうね。
ご丁寧にご連絡いただき、ありがとうございました。