Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

デジタル情報をものにする

2016-12-09 | アウトドーア・環境
昨晩はTVにトラムプ次期大統領と日本人が映されていたそうだ。安倍首相ではないということで、禿げ頭の誰かと思っていた。昨日の新聞を見るとトラムプとパートナーの孫社長の写真があった。思い浮かばなかった筈だ。

懸案のラズベリーを使った気温ログのシステムが漸く出来上がった。二月ほど経過したが、実質的には数日間試行錯誤したことになる。懸案の検出される温度データーのログは問題なく取り出せることが分かった。ドライヴァーをインストールした時の中に入っていた。よく考えてみればループを書くなど当然の作業をそこでもしていただけで、当然と言えば当然の機能である。READMEなどを読まないのが普通になっているから、珍しくコマンドのその後ろが書いてあって了解した。以下のようなログが得られた。

pi@raspberrypi:~/Documents $ pcsensor -l60
2016/12/09 00:31:55 Temperature 38.86F 3.81C
pi@raspberrypi:~/Documents $ pcsensor -l600 -c

2016/12/09 00:32:43 Temperature 3.81C
2016/12/09 00:42:43 Temperature 4.25C
2016/12/09 00:52:43 Temperature 4.25C
2016/12/09 01:02:43 Temperature 3.81C
2016/12/09 01:12:44 Temperature 3.62C
2016/12/09 01:22:44 Temperature 3.44C
2016/12/09 01:32:44 Temperature 3.44C
2016/12/09 01:42:44 Temperature 3.44C
2016/12/09 01:52:44 Temperature 3.44C
2016/12/09 02:02:44 Temperature 3.44C
2016/12/09 02:12:44 Temperature 3.44C
2016/12/09 02:22:45 Temperature 3.56C
2016/12/09 02:32:45 Temperature 3.44C
2016/12/09 02:42:45 Temperature 3.44C
2016/12/09 02:52:45 Temperature 3.44C
2016/12/09 03:02:45 Temperature 3.44C
2016/12/09 03:12:45 Temperature 3.44C
2016/12/09 03:22:45 Temperature 3.44C
2016/12/09 03:32:46 Temperature 3.44C
2016/12/09 03:42:46 Temperature 3.69C
2016/12/09 03:52:46 Temperature 3.81C
2016/12/09 04:02:46 Temperature 3.94C
2016/12/09 04:12:46 Temperature 4.12C
2016/12/09 04:22:46 Temperature 4.25C
2016/12/09 04:32:46 Temperature 4.25C
2016/12/09 04:42:47 Temperature 4.25C
2016/12/09 04:52:47 Temperature 4.25C
2016/12/09 05:02:47 Temperature 4.31C
2016/12/09 05:12:47 Temperature 4.25C
2016/12/09 05:22:47 Temperature 4.25C
2016/12/09 05:32:47 Temperature 4.25C
2016/12/09 05:42:47 Temperature 4.00C
2016/12/09 05:52:48 Temperature 3.94C
2016/12/09 06:02:48 Temperature 3.81C
2016/12/09 06:12:48 Temperature 4.00C
2016/12/09 06:22:48 Temperature 4.12C
2016/12/09 06:32:48 Temperature 4.25C
2016/12/09 06:42:48 Temperature 4.25C
2016/12/09 06:52:48 Temperature 4.25C
2016/12/09 07:02:49 Temperature 4.25C
2016/12/09 07:12:49 Temperature 4.44C
2016/12/09 07:22:49 Temperature 4.50C
2016/12/09 07:32:49 Temperature 4.75C
2016/12/09 07:42:49 Temperature 4.69C

pcsensor -c -dとコマンドするとヘルプが出て「dはないが-l20で20秒ループでプリントされる」ことが分かった。その前にはオフセットの記述が分かっていたので、時間の問題と思っていたが、これでひとまず解決した。つまり図示化などしなくてもそのままログとして使えれば十分で、図示化はまた別の問題だったのである。しかしそれについて触れているようなサイトは見つからなかった。要するに皆実用的に使う以上に遊んでいるものだから自動的に図示化に進んでしまうのだろう。私が知りたいのは温度変化であり、その正確な温度の補正値なども二の次なのだ。

そこでワイン蔵にこれを持ち込んで週末は温度変化を観測しようと思った。しかしはたと気が付いた。今ここで電源を落としてしまえばいったどのようにして上のコマンドを入れればよいのだろうと。方法としては電源を落とさずにWLANの届く範囲でコマンドを与えた儘移動させることである。これは蓄電池がないと駄目である。もう一つは自動的に電源を入れると同時にコマンドを与える方法である。

これは例えばログインと自動的に上のプログラムを実施することはオートランとして可能だとしても、ワイン蔵から戻るときにまた電源を落とさないといけない。つまり観測結果を観るためにはもう一度上げると同時に新たなコマンドを与えてしまって、ログが消えてしまうことを意味する。それならばどうするか?(続く)

土曜日の午前中にはバイエルン放送の交響楽団演奏会のアーカイヴからラロの協奏曲をキリル・ペトレンコが振ったものが流される。今まで耳にしたことがないものなのでぜひ聞いてみたいと思っている。何よりもアーカイヴのそのままの放送なので音質が良いので、YOUTUBEなどに出ているものとは違うのである。



参照:
震えるバルコンの測定 2016-12-08 | 暦
未来へのルーティン 2016-10-25 | テクニック
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震えるバルコンの測定

2016-12-08 | 
氷点下5度にもなると流石に寒い。期待した陽射しは上空の霧に遮られて暖かさには全くならなかった。放射冷却と上空の霧が重なるとこれ以上寒いことはない。手袋だけでなくて、バンダナも巻いて出かけたがそれでも寒かった。流石にパンツを脱ぐ訳にはいかず、柔軟体操をしている余裕もなかった。何よりも寒いからである。

体を温めるために走り出して、カメラも持って行ったが、陽射しが薄くあまり良い光景はなかった。風もなく、ラディオは暖かくなることばかりを告げているが、まだまだ寒い朝にそのようなことを聞いても暖かくもなんともない。

このシーズン初めてのパンツを履いてのジョギングだった。それでもランニングフォームが安定してきたので、それほど遅くもならずに走れるところもあったと思う。時計の充電池が上がっていて、計測はしなかった。出かける前に心拍計を付けようかとも思ったぐらいだがそれも冷たくてやめたほどである。室内もここ何日かは寒い。山の上には樹氷が白く輝いている。それでも車に戻ってくると汗を掻いてうなじが濡れている。それだけでも運動の価値はあるだろう。

WiFi温度計をバルコンにラズベリーパイにつけて設置しようと思ったが、就寝前の時間では技術的に解決しなかった。MRTGとRRDの差など全く分からない。それどころか温度計のドライヴァーの中に二秒毎にデーターを読みだすようにオフセット2などと書かれていることなど全く知らなかった。WATCHコマンドで呼び出してみて初めて分かった。そこまで準備出来ているならばログをとることも図示化することもそれほど遠くないと初めて分かった。

少し寒気が緩むようで、氷点を超える。それでも必要なのは冷凍庫だけでなく氷点下のバルコンの温度なので、必要なドライヴァーと修正してあるプログラムに拘らなければいけない。修正してある最新のものを組み合わせてシステムを完成するには知らないことを少しは学ばなければいけないのだ。GPS時計のログを読み込むプログラムを書きたいと思うのだがさてどれぐらい慣れが必要だろうか。



参照:
氷点下の峠を攻める 2016-12-03 | アウトドーア・環境
愛おしくて、侮れない 2016-08-23 | ワイン
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プリテスタンティズムの焦燥

2016-12-07 | マスメディア批評
昨日車中で聞いたラディオからである。リベラルな文化波からの内容で、若いドイツ青年がアフリカの援助で得た体験を語っている。アフリカと書いたが車中のことなので滞在地などは聞いていなかった。それでも重要なことは、青年も最初はパシフィズムの武器を持たない援助というものを想像していたようだが、現在の彼は「そのような考え方は冷戦時代のそれで、イスラム国などの現在武器を持たない活動はあり得ない」としている。

この発言で気が付いたのは先日訪日中に早稲田で講演して「日本は武器を持って責任を果たすとき」と提案したガウク独大統領の発言と通じるところがあるからだ。要するに日本で未だに隠れ蓑とされている九条と言われるパシフィズムに対する批判として認知することが可能である。勿論このラディオ番組の南ドイツ放送局の制作者は日本の九条信仰についても認識があるに違いない。

もう少し身近な問題として、フライブルクでの連続婦女殺人事件騒動から、町中の武器が売り切れたという話がある。婦女子にしてみれば何らかの防御武器を身につけなければ安心して外出できないとするのは当然だろうと確か上の番組の直前に話されていたと思う。

軍事力を使った治安維持と、日常の自己防衛手段とは異なるが、合衆国などの銃の所持問題などとも共通する思考もそこにはある。前記の青年が現場の感覚からそのように考えるようになったことも充分に理解もするのだが、一方では現実的な対応としての限界を感じてしまうのは当然ではなかろうか。

ここで注目しなければならないのは、ある意味特殊な信仰でもあるパシフィズムに対するこうした公な批判の声が大きくなってきていることであろう。ある意味、今までは真面な批判の対象とならなかったそれが議論の対象になってきているということかもしれない。そしてこうした動きの一方にはプロテスタンティズムを掲げる大統領や首相がいて、その政策こそが現実離れした理想主義から難民政策などが大きな問題となっていて、自己正当化しなければいけないという批判の矛先に立っているということだろう。

このブログのタイトルにあるように、関心を寄せてそのプロテスタンティズムを観察しているが、前教皇のカトリックの時世に続いて、ここでも国民の意識がそうしたプリテスタンティズム少しづつ乖離して行っていると肌で感じるのは私だけだろうか?

LINUXシナモンの最初の調整は一通り終えた。SAMBAは最小の形で、WIN8とファイル交換するように設置した。新しくSMB.CONFを書き込んだので勉強になった。再び遠隔操作の設定も、前回問題になったXfceを使わなくてもTIGHTVNCをインストールするだけでXrdpとして使えることが分かったので助かった。YOUTUBEの説明はMINT17に対してであって、MINT18はその点で改良されているのだろう。右クリックで打ち込みが出来、終了や再起動などもSHUTDOWNやREBOOTコマンドで可能なので全く問題なく遠隔操作が出来そうである。

久しぶりに今度は本格的にWiFi温度計が使いたい時期であり、再びラズペリーオパイの方に戻ろうかと思う。こうして行ったり来たりしているうちに少しはLINUXの腕が上がるのではないだろうか。



参照:
違和感が消えるときは 2016-11-20 | 雑感
婦女暴行殺人事件の容疑者 2016-12-06 | 雑感
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婦女暴行殺人事件の容疑者

2016-12-06 | 雑感
フライブルクでの婦女暴行殺人事件の容疑者が逮捕された。二件の連続殺人がこれで解決するかもしれない。容疑者はアフガニスタンから2015年に親無しで入国した17歳の少年である。フライブルクでは600人ほどの同じような未成年難民を受け入れている。コンサートホールから線路を挟んだ教会公園では300件以上の事件が起きている。恐喝や泥棒などの青少年犯罪で、ケルンで起きた事件よりも以前から問題になっていたというのである。そこに今回EU官僚の娘でプフォルツハイム周辺から来ている医学生が強姦され、トライザムの川に投げ棄てられたことから、またそれ以前に近郊の女性がジョギング中に襲われて死体として発見されていることから市民の恐怖を煽ったということだ。

フライブルクをよく知っている者ならあり得ない事件と感じる。だから女学生が自転車でサッカースタディオの横を通って夜中二時に学生パーティーの後で自宅に向かう途中襲われたと知って興味を持った。なるほ自動車専用道に近い川沿いであり人気の少なさを考えると危ないと思うが、犯人もそれを知っての犯行だったのだろう。なるほどコンサートホールの周りはおかしな連中が屯していた筈だ。

シナモンLinuxの整備は徐々に進んでいる。先日の遠隔操作のインストールのためかシナモンの操作システムが消えてしまったので再インストールした。驚くべきことに短い時間で完全再インストールが可能となった。ネットを使わない再インストールでとても早い。

未だに解決していないのがSAMBAサーバーのセッティングである。先ずはその過程で気が付いたプリンターのインストールを試してみる。プリンターは必要ないのだがプリンターも動かせずにSAMBAでもないと思って設定する。これが中々面倒で、手っ取り早く機能しているもう一つのSUSEの設定を真似して行う。要するにルーター経由でプリンターにもIPアドレスが割り振られているので、そこに直接アクセスしただけでは動かないのだ。設定の形としてはそのアドレス付きとしなければいかないようで、マニュアルでこれを設定する自信はない。データーベースのドライヴァーを使って一度設定してしまえば思う通りに動かせるのだが、そこまでが複雑である。だからこのシナモンの良いところはマニュアルの設定と所謂GUIと呼ばれるグラフィック上での設定を交互に適宜使い分けが容易なところだろうか。WIN10以後をウインドーズを断念する決断をつけやすいOSである。

そして今度はスーゼの時のようにネット環境が不安定になったので、再び先日のハッカー攻撃かなとも不安になった。そこでdhclient -rでIPアドレスを解除して、同じように再取得して解決したので一安心。これはとても助かる、このコマンドがなければルーターを少々操作したぐらいでは難しい。そこで新しいIPアドレスでアップデートをする。

序にベットに向かう前に再びCHROMIUMをインストールした。同時に設定完了していなかったスーゼのこれを設定する。先日から調べていたクロームのルーター設定chrome://flags/#media-routerを外してやることで、キャスト転送可能となった。同じように今度は新しくインストールしたCHROMIUMで問題なくキャスト可能となった。64BitのPCならば最新のクロームブラウザが使えるのだが、32Bit機ではこの方法がよい。これでスピーカーなどを付けずに音を飛ばすことが出来るのでデスクトップの機動性が大きく高まった。IPアドレスを固定していなかったので、これを固定してここまで完成。



参照:
触る程度では必ずしも 2016-01-13 | 雑感
抑制不能の衝動の確信 2015-01-09 | アウトドーア・環境
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持続力を鍛えていくと

2016-12-05 | アウトドーア・環境
フランスで先日来話題になっていた写真家デーヴィッド・ハミルトンが自殺していたとあった。もしそれが80年代のことだったら世界のトップニュースになっていたに違いない。数日経ってから、折からの展示会中にパリの自宅で26日に死んで見つかったというのである。フランス公共放送の元人気司会者が12歳の時に暴行をはたらいたと公になって、それに反論してからから直ぐのことだった。ビニール袋を被って飲酒して風呂桶で見つかったという。

我々はどうしても同じようなスキャンダルの有名人として、なぜかここでもユダヤ系の「戦場のピアニスト」の映画監督ローマン・ポランスキーが思い浮かぶ。スイスのグシュタートで隠遁生活を余儀なくされたことを思い出す。理由は知らないが、上の写真家の場合はこの間に半生を過ごしたのコートダジュールから寒いパリに移って来ていたようだ。

前者の場合は趣味と実益を兼ねた仕事であったという訳だが、その写真家としての仕事とは異なって、当時でもローティーンの少女に暴行するのは罪であり、それを親や兄弟が金を貰って付き添ってくるというの間違いなく犯罪である。実際、今回の一連の経緯は担当大臣も言及したようなそのような犯罪事実があったことを傍証していることになるなのだろう。

子供の時からモデルとしてそこで仕事をしていたドイツ女優アンニャ・シュッテなどは、18歳の時に写真家から「おばあちゃん」と言われたと語っているようだ。そもそも彼女はこの写真家の好みのタイプである狐目のバムビのような女性ではなく、ドイツ人タイプの骨格なので、何事も問題がなかったようである。写真を撮るのにそこまでの熱意がなければいけないのかどうかは分からないのだが、なるほど自作映画作品の中で「モデルにする女の子を全て愛するらしいよ」という台詞を語らせており、またFAZの取材のジャーナリストが「いつも貼らせて頂いてました」と言うと、「君たちはポスターを持っていて、僕は女の子たちだ。」と答えたとある。

またまた自己記録更新である。14分35秒は21日の記録を13秒縮めている。上りも相変わらず足が滑ってどうしようもなかった。それでも7分で登れてしまうのは自信が付く。氷点下で週末よりは気温は高いが、湿気が高く、白く霜が付きっぱなしである。パンツを脱ぐには勇気が要ったが、準備体操中に少し温まる。それでも最後まで、ちびって来ているプロフィールの爪先が強く当たり冷えて来る。地面の温度が違うようだ。それでも足が動くのも柔軟体操のお陰である。ちょっとスキーの感じを感じられて嬉しいほどの地面からのショックの戻りがある。

今回の速さは、林道に入って数秒もしないうちに時速10㎞に至るほどその前から加速していたことで、最高速度も13㎞手前まで至っていて、最後まで持続可能だったことでの成果だ。マラソンの時速20㎞は不可能であるがもう少し時速15㎞ほどまで林道で走れるようになると、登りでも10㎞に至ることが可能ではないかと思うようになってきた。降りでも継続して負荷を掛けることで、心肺能力が高まってきており、同時に走れる足が出来てきていることから微かながら可能性が湧いてきた。これが高速ルートを走る目的である。

体重は70㎏を維持していて減量の可能性がないのだが、パンツのお尻がゆったりしてきていて、尻の肉が締まってきているようだ。意外に美容上の効果が出そうである。尻の大きさは構わないのだが、締まってくると腰から上が締まってくるような感じで姿勢が良くなりそうだからである。次に購入するジーンズが楽しみになる。腹や脇腹以上に締めるのが難しそうなところである。



参照:
これもヤリ手婆の腕捌き 2016-11-24 | 女
暈けた写真を撮ってみる 2014-12-16 | 雑感
公共放送の義務と主張 2005-12-24 | マスメディア批評
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楽譜が読めたならの持続力

2016-12-04 | 
ショスタコーヴィッチ作曲「マクベス夫人」上演での覚書。その二幕五場への間奏曲「パッサカリア」へと、これまた神父のシニカルな看取りの歌から続く。それが、その前には毒殺される御舅のソロヴァイオリンに伴われるご臨終の言いぐさと、犯人のお嫁さんのとってつけたような泣き女風の歌へから導かれる。そしてパッサカリア主題を持った間奏曲での四分の三拍子の付点八分音符十六分連符の繰り返される音型が、和声的にもクライマックスを迎えて、今度は三拍目へと十六分音符からスラーを掛けられる情景へとこの音型が導く。恐らくもっともこの作曲家が奏でた輝かしい響きとともに、局面が移っている。

劇では性から死へと推移であるのが常ではあるが、ここでは劇の最終局面を先行した死から性へと、ここにこの音楽劇表現が凝縮している。ここでは夫人の欲望に、一幕の夢心地の性への憧憬の三拍子の情欲を想起させて睦の第五場となり、先ほど毒茸のスープで毒殺した姑の亡霊が表れる。この間の音楽的な途轍もない持続力は、この創作の演奏実践で恐らく今まで聞かれたことのないものだと想像する。

そのパッサカリアの間奏曲の澄んだ和声から、情欲のシンコペーション動機の相似としてのスラーの音型が発展してフォルテッシシモに再び至る音楽運びの鮮やかさにショスタコーヴィッチの作曲の才気の全てを聞き取れるのではなかろうか - 一般的に聞かれる一幕におけるエクスタシーへの音楽と果てるトロンボーンのようなグロテスクな表現は、ここでは舞台と同じく、暗示に留まり全く強調されない。なぜならばそこに大きな意味はないからである。強いて言えば、包茎の指揮者のような早漏ではありえない持続力であるということだ。

少なくとも今回のように正しく演奏される限りにおいては、殆んどジョン・ウイリアムスの映画音楽になるようなキッチュな音楽表現はここには見出されない。それどころか、その響きの微細さにおいてオペラの歴史の中でも類稀な持続と表現がなされていて、なるほど第一交響曲で世界的に注目された作曲家であるが、このまま劇音楽創作活動が続いていたならば舞台作品で同僚のベンジャミン・ブリテンを軽く超えていたことは間違いなかっただろう。

こうした音楽表現だけでなくて、若干筋運びなどは凝縮され過ぎている感もあるが、これ程緊張感が継続するような音楽劇作品があっただろうかと思わせる。歌わないときにも出ずっぱりの主役の夫人役のアンニャ・カムぺの歌もロシア語の響きを除いては見事で、その演技指導の細やかさとともに芝居的な緊張感も与えていた。

もう一つ面白いのは、そのパッサカリアの最後は手元の楽譜では上記連符の繰り返しはチェロによって弾かれているがどうもオリジナルはファゴットのようで、モーツァルトの「魔笛」ではないがまさしく男根をイメージさせる楽器が去勢されているようだ。今回演奏に使われたのは批判的な校正の最新の初演版のようだが、出版社の実力からして、それがどれほどのものかは分からない。それでも、依然としてその楽譜の読み方を見なければいけない。例えば件の三拍子のそれがロシアのリズムにおいて、ヴィーンのそれとはまったく異なって読み取られるときにも、通常のリズム感覚では決して読み取ることが出来ないことになっている。今回のような譜の読み方を見せられると、一体ソヴィエトで教育を受けたとか何とか言っている超一流指揮者と呼ばれるような人々も全く楽譜が読めない人々となってしまう。



参照:
氷点下の峠を攻める 2016-12-03 | アウトドーア・環境
割礼禁止の判決下る 2012-06-28 | 歴史・時事
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氷点下の峠を攻める

2016-12-03 | アウトドーア・環境
日曜日にはミュンヘンからの中継がある。一週間で生で三回聞くことになるので、まだ暫くはショスタコーヴィッチ作曲「マクベス夫人」に取り組むことになる。劇場の駐車場に入れるのを遅らせたので駐車場料金は17ユーロにしかならなかった。これだけでの差額でダルマイールの何かが買える。少なくとも私は食事前にサラダが付けれた。

時間もあったために食事と買い物だけでなくてワイン棚なども覗いた。ドイツ・オーストリワインコーナでは。一番上にロベルト・ヴァイルの2005年物のアウスレーゼなどが置いてあった。なるほどこうしたところであの手のワインは売れるのだと分かった。それ以外はモーゼルワインが多く、フリッツ・ハークなどがあり、最上段はエゴンミュラーだったと思う。古いフォンブールなども置いてあってバイエルンとの繋がりを感じさせるが、プファルツはあまりなかった。

小旅行の疲れは癒せたかもしれない。それでも体を動かすまではしゃっきりとしない。数時間の乗車と寝不足は体調を崩す。歯茎が腫れ、反対側の鼻も腫れ気味になる。全ては抜歯後の後遺症であ親不知を抜くと大変なので、早めに健康なうちに抜歯してしまうという考え方が理解できる。それでも健康なうちに抜歯したじゃらと言って全く後遺症が残らないのだろうか、疑問である。

外気温は氷点下を大きく下回り、霜を避けるためにも朝寝してパン屋に行く。日曜日もあることであり、走るべきかそれが問題なのである。序に短いコースを走っても良いぐらいの気持ちで出かける。流石に冷えていて、駐車場には一台しか車が停まっていなかった。

思い切ってパンツを脱いで、手袋をはめる。時間をおいたので少しは暖かくなっているが依然氷点下を二度以上下回っている。ゆっくりと靴紐を締めていると車がやってきた。柔軟体操をしているうちの少しづつ体が温まってきて、これならば峠を攻めれると思った。何よりもそれで明日をお休みに出来るのが嬉しい。放射冷却でもそれほど体の硬さを感じることなくスタートした。

温もりを感じるうちに呼吸も激しくなるが、極めて順調なゆっくりとした足取りだ。20分で峠に達成できれば良いと考えて、最初の坂を力強く走り抜けそのあともテムポを守りながら加速する感じで走る。あとで調べてみるとその後に減速していて、逆コースの下りで加速するところでもある。要するに気が付かないほどの勾配になっているのだろう。さらに減速して粘るが、テムポを落とさないことに留意する。加速気味に長い坂を終えて、水平道で再び加速をして峠まで粘った。気持ちからすると攻めているので、坂に負けない走りが必要そうだ。時計を見ると19分2秒だった。出だしの状況からすると満足な数字で、記録達成が可能な到達時間となっている。

峠で減速することなく呼吸を強くして加速態勢に切り替え、時速8キロから一分ほどかけて時速10キロへと至る。その後は三件ほどの人とすれ違うが殆んどスピードを維持している。あの路面状況では可成りのスピードである。ラストは時速11キロまで上げて、自己最高記録30分32秒と、11月8日、22日の31分5秒を大きく縮めた。上りと下りのバランスが取れた。あと32秒縮めるのは容易ではない。少なくとも路面状況が好転しないと難しい。上りでの短縮可能性も午後に20秒ぐらいか?



参照:
ポルノオペラは御免だ 2016-11-22 | 音
代表的音楽家や演出家 2016-11-08 | 雑感
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軽く回り過ぎるエンジン

2016-12-02 | 雑感
草臥れた、ミュンヘンからの帰宅すると二時を過ぎていた。勿論午前中は仕事にならない。眠たいのだ。帰路はスピードを出し過ぎて、往路でいつもよりも倹約した筈が、いつもよりも燃料を使い過ぎたようだ。エンジンオイルを入れ直したところなのでエンジンが軽く回り過ぎてついつい加速してしまい。冬タイヤの速度リミッター210㎞が効き続けた。週末よりもなぜか車も少なく走り易かった。理由は平日の時間帯で、深夜になると仮眠して翌日に備えるトラックが多いからだろう。週末になると行楽や長距離が前後に多く走るからだろう。

行きも帰りも路上状況も乾いていて、工事現場も二か所しかなかったので走り良かったのだが、帰りにはひやっとすることもあった。二列に並走しているトラックに突っ込むときに三車線目を追い抜く車を行かせてから追い越し車線に出ようとすると、前のトラックを避けるために踏んだブレーキとハンドル捌きが微妙に重なった。車体のバランスが崩れた。要するに回避のハンドル捌きなのだがスピードが出過ぎていたのだろう。カウンター気味のハンドルでバランスをとって何事もなかったが、目が覚めた。

帰路にスピードを出すのも心理的に帰宅を急ぐだけでなくて、やはり二時過ぎなどの危ない時刻に走りたくないからで、居眠り運転を避けたい気持ちもあるからだ。少々燃料代が掛かってもスピードを出して居眠り運転事故を避けれれば安いことだ。

往路には念願の原発の写真を撮れた。ドナウ河畔のグンデレミンゲンの沸騰水型の水蒸気塔である。現在稼働中の八基の二基である。それぞれまだ五年、十一年と動き続ける。もしここで放射能漏れが起きると、川下のニュルンベルクや風下のアウグスブルクなどが危ない。早めに止めてもらう方が安心である。

今回は開演が19時30分と遅く、終演が22時45分と遅かった。そこで昼前にゆっくりと出かけた。夕方に駐車場入りして、駐車料金を倹約する気持ちもあった。だからいつものサーヴィスエリアで一時間ほどバイエルン放送を流しながら陽射しの強い車中で横になっていた。ドレスデンでブッフビンダーがモーツァルトの協奏曲を弾き振りしている実況録音が流れていた。なるほどピアノは技術的にはしっかりと弾いているが、そのピアノもオーケストラも下手だった。こうした演奏ならば名演奏の録音を流していた方が価値があるだろう。座付き管弦楽団もこの程度の演奏をしているようではヴィーンのその域にも至らない。

その前にバイエルンに入るまではSWRで、スズキがマインツの音楽学校でワークショップを行っていて、そのインタヴューや音などが流れていた。鈴木氏は、「グラーブという言葉の低さ」などについて語っていたが、全くその内容がないので、あの放送を聞いた人は皆、あれでは駄目だと思っただろう。何処で習ったのかは知らないがドイツ語を喋るのは良いが、音楽的な内容がないことを喋っているのでは仕方がない。内容がないことを語るぐらいならば音楽家はあまりペラペラ喋らない方が良い。プロテスタント教徒の特徴だろうか?

車中ではそれ以前に単語の問題から、「弁証法」について久しぶりに考えていた。十年ほど前にここで書いたことを見るとそのような難しいことが沢山出てくるのだが、そうした言葉すら最近は日本語では浮かばなくなっているのに気が付く。日本語が浮かばないときは、その概念を辿ってみるのだが、中国語のそれにあたる概念が浮かんでこない。痴呆症かと思うぐらいなのだが、一つにはランニングして体動かしているような生活をするとそうしたことへの思考が鈍るようである。要するに専門外への意識が薄れるということなのだろうか?スポーツ痴呆症で、なるほどなと思う身近な人たちが直ぐに思い浮かぶ。

どうもそれはハイデルベルクの脳の専門家が話していた。若いころの教育やその他が痴呆症などの発生に深く係っていて、ここでいう専門的なことでの教育や教養などということらしい。どうしても平常から繰り返し扱っていないような物事は脳が受け付けなくなるような状況になることが老人性痴呆症の一種なのかもしれない。



参照:
花冷えにPWRの白い天蓋 2015-04-04 | 暦
経済的に降臨するミュンヘン 2015-05-26 | 暦
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ボットネット「未来」の攻撃

2016-12-01 | テクニック
この度の四千万を超えるルーターを襲ったのは「アンナ先輩」の作ったボットネット「未来」からの犯人だと分かった。これで狙われたのは独テレコムのルーター経由でポート7547に繋がるグリッド電化製品となる。それは世界で4000万機あるとFAZは検索機「ショーダン」を使って調べて報告していて、ドイツ国内だけでも310万機存在するという。7545など使ったことがないと思うので、調べてみるとLAN外から遠隔操作をする為のポートらしい。

LAN内での遠隔操作は無くてはならない機能になっていて、今これも陽射しがあるうちに事務机のデジタルモニターを利用してドッキングステーションを遠隔操作をしながら書いている。しかし外からの遠隔操作には否定的で、今回のようなことが起こらなくてもどうしようもない弱点だと考えているからである。遅かれ早かれ発生すると考えていた今回の事件を受けてルーターの安全基準などが押し上げられて十分な処置がとられたなら考えても良い。LAN内の暗号化の問題などもこの数日間で扱っていた課題であり、複雑な安全処置と扱い易さをどのように両立させられるかが問題になるのだろうか。

昨晩車中でのラディオの討論会は興味深かった。それによれば「街の光を制限して暗い社会に変えることが明るい世界に結びつく」ということらしい。要するに明るくすることで、特に家庭では良いのは衛生面だけで、それ以外は睡眠障害やその他数多くの弊害があるだけで良いことがないらしい。それ以外の市街地でのそれは商業主義的な観点で明るくすることだけが目されていて、アジアを代表とするような不夜城が出現することになる。だからシヨーウィンドーなどでも明るさ規制をしない限りは制限が出来ないということであった。広告塔も街路灯も暗くして、夜間はあまり外出しないような世界像であり、嘗ての共産主義政権下における不自由さを排除可能な社会が理想であろう。夜が明るい限り文化は生まれないと思う。夜を暗くすることだけで人々の生活や創造力は、文化的だけでなく社会学的、生物学にどれだけ進歩することだろうか。衛生面も明るい時間に掃除するだけで十分だろう。そうした社会を作ることが我々の目標である。十代の時から日本の蛍光灯の非文化的な色合いに苦情してきた自分自身としては我が意を得た気持ちになった。だから先頃国民投票で維持が決まったスイスに原発などは要らない。チューリッヒはまだまだ明る過ぎる。

またまた沢往復で記録が出た。前回までの記録22分39秒を5秒間短縮した。往路も10分40秒ほどで12分で2㎞走行を超えているから悪くはない。その後に減速どころか加速して、坂も折り返し前ほどに落ちておらずラストスパートは最高速度に迫っている。復路で二組の夫婦に出会ったのが減速にブレーキをかけたようだ。零下の外気温でも手袋をしてパンツを脱ぎ棄てて走り出しただけの甲斐があった。往路の最後でお辞儀をしてしまったが、復路で最高速度を出せた意味は大きいだろう。折り返しまでの上り勾配は横から見るとそれほどではないのだが、復路の加速を観れば如何に傾斜があるかが分かる。もう少し地形の特徴を読み込nで走りに活かせれば22分割れも見えて来る。それでもゴールした時には人から声を掛けれれるほどハーハーしていた。この気温では汗をびっしょりとは掻かなかった。



参照:
経験のトロイの馬 2016-10-27 | 雑感
「天才ソコロフ」の響き 2016-11-17 | 音
気に入りだしたシナモン 2016-11-30 | テクニック
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索引 2016年11月

2016-11-30 | Weblog-Index


気に入りだしたシナモン 2016-11-30 | テクニック
初日の放送で何を聞くか 2016-11-28 | 文化一般
出遅れた朝の記録 2016-11-27 | アウトドーア・環境
単純なアフリカの風合い 2016-11-26 | テクニック
不法移民、強制退去の祖父 2016-11-25 | 歴史・時事
これもヤリ手婆の腕捌き 2016-11-24 | 女
a knif and an apple 2016-11-23 | 暦
ポルノオペラは御免だ 2016-11-22 | 音
DNSサーヴァーを調べる 2016-11-21 | テクニック
違和感が消えるときは 2016-11-20 | 雑感
いよいよ本丸か 2016-11-18 | 料理
「誇りを取り戻そう」の戯け 2016-11-19 | 文学・思想
「天才ソコロフ」の響き 2016-11-17 | 音
パリ北部で排除される人々 2016-11-16 | マスメディア批評
超満月とは之如何に? 2016-11-15 | 暦
アーカイヴはお得 2016-11-14 | 雑感
録音の準備の週末 2016-11-13 | 生活
HDDが故障して一週間 2016-11-12 | テクニック
大統領選出後の喧騒 2016-11-11 | 歴史・時事
結構長いWIN8.1への道 2016-11-10 | テクニック
トラムプ、合衆国の民主主義 2016-11-09 | 歴史・時事 TB0,COM2
代表的音楽家や演出家 2016-11-08 | 雑感
弄り時の我がノートブック 2016-11-07 | テクニック TB0,COM2
走り抜ける黄金の森 2016-11-06 | ワイン
メードインチャイナの魅力 2016-11-05 | 歴史・時事
TTIP阻止も独緑の党か 2016-11-04 | 雑感
筋肉が焼けそうな睡眠 2016-11-03 | 生活
ハロウィーン明けの膝 2016-11-02 | 暦 TB0,COM2
あまり機能的ではない展開 2016-11-01 | 文化一般
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気に入りだしたシナモン

2016-11-30 | テクニック
今のところ内務省から出頭命令は来ていない。日曜日のハッカー騒動で疑われるかと思った。それぐらいに先週から件のDNSサーヴァーを扱っており、それが日曜日の午後に逝かれたので急いで対抗策を講じていたからである。何としてもドイツ最大級のハッカー被害件数を受けた独テレコムのルーターの使用者であり、その攻撃機関中にもPINGを送りPCとルーターに向かいあっていたのである。顕著な点はWLAN内のルーターに交信出来なくなったことで、接続中のアドレスには外部にも繋がり続けた点である。

そして攻撃を受けて直ぐにルーターの電源を切って修復に努め、それでもネット接続に問題があったので、初期化まで試みた。月曜日の生中継があるからでそれまでに何とか掌握しておきたいと思ったからである。

勿論最大級事件が起こっているとは知らないから、てっきりテレコムから敢えて借りている - 壊れた時に直ぐに取り換えさせるように - ルーターが老朽化で駄目になり、次期の機種への移行などを並行して考えなければいけないと思っていたのである。

犯人は海外からのようで恐らくそのルーターを製造している中共と思われるが、ルーターに係るDNSを攻撃したことで、WWWアドレスで接続不可となったドイツの顧客は皆電源を落としたようである。そのために本来の目的であるルーターに繋がっているWLAN内には侵入を果たせなかったと言われている。詳しくはまだ明らかになると思われるが、少なくともDNSは攻撃出来てもそのハッカーの目的は達成出来ないので、ラディオなどでも「馬鹿なハッカー」と呼ばれている。しかし進行中のホームグリッド化などで今後は同じような企てでもかなりの影響が出るとも語られる。

兎に角、週末は廃れ縁SUSEからUBUNTU、そしてそのアフリカらしいざっぱな感じが相に合わずに、FEDORAへとLINUXシステムをを交換して試していった。それはUBUNTUでもシステムが不安定になって来たからで、再インストールするために、土曜日の夕方から初めてのLINUXによるHDD初期化を開始した。結局十数時間掛かって、そこからもインストールが全く上手くいかなかった。FEDORAも全く使うところまでいかずに断念して、SUSEに戻る可能性も考えながら、人気のMINTへと試行錯誤の方向が移っていった。その中でも報告を読むとMINT18のシナモンが良さそうだと感じたのである。

理由ははっきりしていてFEDORAもデザインはアフリカよりは都会的な感じがして法人向きの信頼感があった。しかし、これだけインストールに問題があれば駄目だと思ったので、デザインも洗練されて、軽いと評判のシナモンへと関心が移ったのである。実際にご先祖のUBUNNTUよりもインストールが容易だったので、これはいけると思った。実際にインストールしてからの動きも考えられないほど良かった。

そしてそこから必要条件の遠隔操作の構築に向かった。これが土台のUBUNTUと同じようにスキャナーも問題なく動いたが、同じようにここでもVNCのインストールに躓いた。要するにVNCで遠隔操作をしようとしても灰色の画面しか現れないので致し方がない。そこでウィンド-ズの遠隔操作をXrdpをインストールしたが、最初に読み込んで落ちてしまってからは真っ黒の画面になってしまった。そこから底無し沼にハマってしまった。

その間色々なネット情報で、VNCとインストールされているVINOと呼ばれるシステムを行き来しながらどちらが上手く繋がるかを様々な方法で試してみた。その間、dconf-editorなどいくつものプログラムをインストールして、書き換えたりで出口が見えなかった。しかし交信しているので可能性は必ずあると思っていたのである。

結局最終的にはXrdpを3D表示のミントの画面では無しに仮想のXfceで二次元化して写せばよいと言う主張のYOUTUBEに従って作業をした。完璧ではないが、少なくともちょっとトリッキーな方法で遠隔操作が可能になった。改善はしていかなければいけないかもしれないが、これで寝室のドッキングステーションでじっくりと調整可能となった。

こうしてシナモンは、益々扱いやすく、とても弄りやすいシステムであることを確認した。可成り至れり尽くせりのSUSEの重さと使い難さと比較するとこのシステムの軽さと使い易さが際立つ。どちらが初心者向きかなどとは言えないのだが、ラズベリーパイの手軽さにも通ずるところが素晴らしい。

SUSEはウィンドーズとのPC共用などで比較的インストールも克服可能だったのだが、そのGRUBなどのブーティングシステムを考えなくてもよい単一システムで1TGの容量を思い存分使えるとしたらこれ程面白いこともない。問題は使用しているPCの安物の電源部が消費720Wと巨大なので、先の週末のように点けっぱなしとなると電気代に跳ね返ることであろう。LINUXお勉強の月謝だろうか?



参照:
単純なアフリカの風合い 2016-11-26 | テクニック
DNSサーヴァーを調べる 2016-11-21 | テクニック
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初日の放送で何を聞くか

2016-11-28 | 文化一般
いよいよ初日である。アムステルダムの上演は前半しかなかったが、ハンガリーでの上演は全部あった。先ず続きの後半から観た。農民の酔っぱらいの場面などはシュトラウスの「こうもり」のようで、警察署での動きなどはツィンマーマンの「ディゾルダーテン」のようで、終幕の橋からの無理心中飛び込み入水はまるで「トスカ」のようだった。演出はこうして全曲を出すほど自信があったものなのだろう。

なるほど、その音楽にまたはアルバン・ベルク作品のパロディーなどが散りばめられていて、オリジナリティーを探すのが難しいぐらいかもしれない。そうしたところに留意した演出だったのだろうか。ここでも交響曲のように一筋縄ではいかぬというか、明らかに視点をずらしたような作品に聞こえるような演出である。

音楽的にはこうしたセマンティックな解釈がショスタコーヴィッチの解釈を複雑にしているかもしれないが、反対に今日まで興味を繋ぐことにもなっている。勿論敢えて不明瞭にしなければ表現不可なことを行間に読み取らせようとする解釈が発生するのを見越している。

特にスラヴ系の舞台表現というか、その言葉や文化からのそれがマジャールの意識で、強調されているように見えるのがこの上演の面白さで、音楽自体も表現主義的な響きと従来のロシア的な響きをモザイクのように繋げているように響かしている。ヨーナス・コヴァーチという指揮者はブタペストやベルリン、ハムブルクでも活躍しているようで、この十年前の演奏もその実力を示している。現在のハンガリーを代表する指揮者のようだ。

前半も一幕を観たが比較的上手に処理しているが、逆手にとって使たような性描写でこれも煩わしい。性の扱い方によって、後半の暴力装置たる警察官などの扱い方が変わる筈で、この辺りをハリー・クッパーはどのように処理するのだろうか?警察署の椅子の写真などが出ていたがあれはあれで官僚主義的な雰囲気が出ていて美術としては納得がいきそうである。

先ずは月曜日に音楽を聴いて、他の演出のヴィデオ映像などとスリ合わせて、上演の質を評価できるのではなかろうか?あそこまでの敢えての性描写に釣り合うのは官僚主義の本質でしかないのだろうが、それがクッパーの語る専制主義の犠牲ということとどのように係るのだろうか。

正直この演出家の仕事はバイロイトのその演出も十分には知らないので、想像の仕様がない。但し、フフェルゼンシュタインのリアリズムの手堅さとは別に音楽との協調作業に秀でている老演出家なようなので、ラディオで中継を聞けば大体の方向性はライヴで観るまでに想像できるであろうか。

ラディオインタヴューなどを聞くと、舞台を帝政時代の最終期つまり革命前と定めているようだが、当然のことながら内容的にはスターリン独裁政権が作曲の基本にある。スターリンが美学的に受け入れられなかったというよりも、危険な舞台作品と考えたのは間違いないとしても、するとその性描写などの扱いが再びここで問題となる。音楽的にしか回答仕様がないものではなかろうか。

そこで今回のショスタコーヴィッチの音楽がどのように響くのかが楽しみである。作曲技術的に手の込んだところが確りと示されて、その音楽の構造自体にすべてを語らすならば、それが効果の狙いとは無関係に、その効果の構造というものが見えて来る筈である。演出家は音楽に語らすことをモットーとしているようだが、その演出と音楽的な構造に矛盾が生じなければ劇的な効果が生じる筈である。

三通りの映像表現を観たが、ロストロポーヴィッチ指揮演奏の後付け映画は論外として、ハンガリーでの上演はなるほど音楽劇場作品として成功していて、またアムステルダムでのヤンソンス指揮の上演は音楽的にも劇場作品としてもあまり説得力がなかった。



参照:
ポルノオペラは御免だ 2016-11-22 | 音
違和感が消えるときは 2016-11-20 | 雑感
あまり機能的ではない展開 2016-11-01 | 文化一般
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出遅れた朝の記録

2016-11-27 | アウトドーア・環境
朝は出遅れた。頂上に向けて走り出したのは九時を過ぎていた。気温は再び下がる傾向にあるので天気は悪く、今にも降りだしそうな空気は軽くはなかった。準備体操の時に息が上がるようなことはなかったので体調は悪くはないだろう。下では寒くはなかったが頂上は温度が下がるのでフリースを着て走り出した。

最初の急坂も攻めれる一方それほど苦しさは感じなかった。緑のベンチから第一の合流点までも順調で、第二合流点までも勾配の強さを初めて確認するほど余裕があったともいえよう。あとで調べるとそこはさすがにガックとこの字型に減速している。そこからは嗚咽が漏れたが山道に入るまでも加速する。

流石に山道では急減速して、加速減速を繰り返して頂上直下の急斜面を我慢して終える。35分15秒は前回の記録よりも早いが、午前の記録としては最高かもしれない。しかしかなり来ているので、下山はどれほど飛ばせるか?

それでも比較的順調に加速した。林道に入っての再加速には満足だ。一部時速10㎞を切ったが、カーヴや下りの始まりで視界が効かないなどのところなので仕方がないだろう。流石に遅めの時刻となるとすれ違う人も、林道の最初でMBXの数人組とか親子連れなどあった。前者は車で街道沿いの駐車場で下していた人たちだろう。何処で追いつかれるか気になっていたが、大分の差があった。もう一人急坂を走って登ってくる禿親父がいた。年齢も近づくと60過ぎ位で若くはない。最初は仲間の蛸オヤジかと思ったぐらいで、一体何のスポーツをしている人なのだろう。あの急坂を走るのはものすきしかいない。挨拶をしながら顔をお互いにしっかり見た。

最後に飛ばしてフィニッシュ、55分45秒はまた記録であった。息を整えて降りでも負荷を下げない努力はしたが、まだまだである。それでも上りに攻められたのが良かった。走りながら下りの負荷の練習で心肺機能がここにきて急に鍛えられている感じがしている。心拍計は着けていなかったが、それほど加速の割には負荷が上がることはなかっただろう。記録ラッシュは偶然ではないと思えるようになってきた。



参照:
アーカイヴはお得 2016-11-14 | 雑感
ポルノオペラは御免だ 2016-11-22 | 音
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単純なアフリカの風合い

2016-11-26 | テクニック
LINUXのネット環境は戻すことが出来た。サーヴァーの開発位の勉強をしなければいけないかと覚悟していたが、簡単なコマンドで直すことが可能となった。ルーターにも一部のインターネットにもアクセスすることは可能となっていたが、最後の読み込みが上手くいかなかったのだ。だからインターネットへのアクセスも研究すべきかとも思っていた。要するに情報工学の基礎を学ばなければ、直せない位に微妙なところにいたのだ。

それが、コマンド(dhclient -r)でルータのIPアドレスを開放出来ことに気が付いて、開放して再び設定するとインターネットに繋がるようになった。同じような方法としてルーターの電源を落とすとかの方法は試験済みだったが、そのような方法では全く変化はなかった。反対方向、つまりルーターに開放をコマンドすることは可能だったのだが、それは今までやっていなかった。そしてLINUXからルーターにコマンドを与える方法で、IPアドレスを新しくすることになった。

するとLAN内でのコンタクトはピンが通らなくなったりしたが、直ぐにインターネットと交信可能となった。それまでと反対になったのである。LAN内の調整を済ますと元通りに徐々に回復した。そしてアップロードを続けた。

但し肝心の真面なクロームは使えないようで、増えていくアップデートだけを眺めているうちに、再び容量一杯になった。今回は消去方法を熟知している筈だったが、アップデートに消去が中々追いつかない。結局残る数キロバイトになって扱えなくなった。

ここで調べてみるとやはりアップデートに伴うログなどを調べてみると、どうも尋常ではない。ここで問題のあるSUSEを研究しているよりも、乗り換えを考えた。直ぐに思いつくのはUBUNTUであり、先DVDを焼くためにDLした。

週の間に夜中の二時まで試していることもあって、もうこの辺りで終わりにしたいという気持ちもあるが、春から懸案になっていたLINUX機を完全に整理するなら今しかないという気もあった。

32BITのUBUNTU16.04.1 LTSはDVDで立ち上がり、懸案のスキャナーも何もせずに読み込んでくれた。しかし思い通りに動かすには調べてみないと分からない。何よりも単純化されていて、簡単に使えそうだが、キャストも簡単に機器を読み込んでくれない。さらにインストールで止まってしまって不完全なので壊れだした。結局インストールに一時間以上かかった。

REDHUTにするかどうか疑心暗鬼はしばらく続きそうだ。もう一度、HDDのフォーメーシからインストールやり直してみる。それでも本来あった1TBの容量を読み込んだので、少なくとも謎の未使用部分が無くなって気持ちよくなる。

もう数時間はこれに時間を掛けてみる。今後ウィンド-ズの代わりにLINUXをドッキングステーションのメインシステムに出来るかどうかの可能性を探ることになりそうだ。



参照:
筋肉が焼けそうな睡眠 2016-11-03 | 生活
無駄ないインストールの結果 2015-09-24 | テクニック
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不法移民、強制退去の祖父

2016-11-25 | 歴史・時事
トラムプ家のフリードリッヒの研究が新聞に載っている。「なぜ、フリードリッヒが1904年に妻エリザベートと故郷カールシュタットに戻ってから、滞在許可を出しても受け入れられなかったか」についてである。16歳で姉の住むニューヨークを目指して、1892年シアトルで市民権を取ってから、再び1901年に妻を娶りに帰郷して、再び合衆国から戻って来た時に妻エリザベートは故郷にとどまることを希望したのである。そのことでの国籍の再取得を申し立てたが、却下され、1905年2月にはバートデュルクハイムの当局からバイエルン支配地からの強制退去命令が下されている。

却下の大きな理由は、バイエルンの支配地プファルツの市民に課せられた徴兵義務を果たしておらず、年齢からその義務を果たせることがないということであり、バイエルン市民とは認められなかった。そもそもニューヨークに出発するときに合法的な移民としてバイエルンの席を抜いているのではないために、そのこと自体が非合法な兵役拒否にも繋がっている。

国内国際欄つまり三面記事で高級紙FAZは、「ドナルドは、おじいさんが不法移民であったことを忘れているようだ」と締めくくっている。なるほど兵役逃れの移民三世の実質上の二代目があのような主張をして大統領になるのが合衆国であるということだろう。但し兵役に関しては異なるが、移民などは皆同じようなもので、私自身も日本政府や自治に移民すると断って籍を外して移民している訳ではない。そもそも故郷を棄てる者などは似たものだ。

フリードリッヒが国籍申請のためにスパイヤーの内務省当局に出した手紙類はスパイヤーのアーカイヴにそのまま残っており、その細かく書かれた書類の束の写真を見て、大叔父さんが日本に滞在する子息への仕送りなどのことで大量に手紙をよこしていたという話を思い出した。残念ながら捨ててしまったということだが、公文書はこうして中世から残っているのがドイツであり、恐らく私自身の資料も日本でよりもそのものこちらで公文書として残されて行くものだと思った。



参照:
大統領選出後の喧騒 2016-11-11 | 歴史・時事
都合の悪い真実を窺う 2016-02-23 | 雑感
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