Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2016年5月

2016-05-31 | Weblog-Index


土産になる高品質甘口ワイン 2016-05-30 | 試飲百景
オバマ大統領、安倍を譴責 2016-05-29 | マスメディア批評
まったりとした聖体祭 2016-05-28 | 暦
リーマンショックの前? 2016-05-27 | 雑感
モンサント買収の意味 2016-05-26 | アウトドーア・環境
MACアドレスの安全策 2016-05-25 | テクニック TB0,COM2
ワインに合うパリ風棒々鶏 2016-05-24 | 料理
生放送ものの高解析度ぶり 2016-05-23 | 音
モンサントがバイエルになる 2016-05-22 | アウトドーア・環境
軽重が秤に掛けられる 2016-05-21 | 雑感
精霊降臨のハイビット処理 2016-05-20 | 暦
モンサントの種はどこへ? 2016-05-19 | 雑感
聖霊降臨祭明けの再訪 2016-05-18 | 試飲百景
「マイスタージンガー」の稽古 2016-05-17 | 音
広島訪問と米日関係のあや 2016-05-16 | 歴史・時事
「亀の甲より年の功」な健康 2016-05-15 | テクニック
鳴り響く中世の街の影絵 2016-05-14 | 音
富の再配分より機会均等! 2016-05-13 | マスメディア批評
スギ花粉アレルギーの時 2016-05-12 | 暦
ヨハネの日のそわそわ感 2016-05-11 | 音
全然飲み飽きないワイン 2016-05-10 | 試飲百景
五月の週末の過ごし方 2016-05-09 | 生活
花崗岩の標高700mの風 2016-05-08 | アウトドーア・環境
指先もどこもかもが熱い 2016-05-07 | アウトドーア・環境
ベルカントで歌うこと 2016-05-06 | 音
廃炉、最終処分の費用分担 2016-05-05 | アウトドーア・環境
打ち消すコリオリの力 2016-05-04 | 雑感
今こそターンテーブルの時 2016-05-03 | マスメディア批評
同軸RCAラインケーブル 2016-05-02 | 音
ホッホハイムで初試飲会 2016-05-01 | 試飲百景
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

土産になる高品質甘口ワイン

2016-05-30 | 試飲百景

週末には予定ではいけなかった試飲会に出かけた。丁度日本からのお客さんもいて価値があった。それでもなによりも価値があったのは昨年より今年の方がナーヘのデーノッフ醸造所がVDPのテロワールを強く押し出しようになったことを確認したことである。

今まではグローセスゲヴェックスの三種類の地所と土壌は光っていたのだが、それ以下の地所では充分にプレゼンテーションが出来ていなかった。これを明白にすることで、テロワーの描き方に以上に配慮することになる。

正直、グローセスゲヴェックスに比較するとそれ以外の地所では魅力が薄過ぎるので、2014年産などはグランクリュ以外は一本も買えなかった。しかし2015年は違う。それでも、甘口のブリュッケなどを除く、カーレンベルク、ホェーレンプァートなどは今後ものになるかどうかは分からない。可能性あるのは、土壌の組成によるシリーズ化か、ナーヘリースリングなどの広域化だろうか?

その中で二週間前にホッホハイムで試飲した時には酸が足りないと思ったトーンシーファーが素晴らしかった。なるほど酸は足りないが葡萄の熟成度と清潔さが気に入った。少々酸が薄くとも食事に楽しめるだろう。ライステンベルクの炭素分の多い灰色のスレートが美味い。

グランクリュでは、フェルツェンテュルムヘンはグーツリースリングのようにイガイガ感があって、如何にも果実の健康に問題を感じた。その意味では昨年の綺麗さが無かったのもヘルマンスホェーレも長く熟成させる価値はなかった。その意味からはデルヒェンは清潔感があり瓶熟成が楽しみだ。

そしてとても興味深かったのはこの醸造所を超一流にする甘口のリースリングである。適当に何種類か試してみた。昨年試飲して、所謂昨今流行の甘口もしくは殆ど飲まれない甘口の中でもある程度の国内市場もある軽い甘口がとても上手に造っていたのに感心した。軽快ではあるのだが土壌感やミネラルなどテロワーが表現されていたからだ。

その流れでアイスヴァインなどで有名なブリュッケやラーゲンヴァインを試して、アウスレーゼなどを試して、断トツに素晴らしかったのはヘルマンスホェーレ2015年のシュペートレーゼだった。価格もアウスレーゼなどよりは高価な27.50ユーロだったが、これは見事にそのテロワーが楽しめる。甘さよりもミネラルを感じる甘口である。

要するに昨今流行のそれほど甘くなく軽いアルコールの甘口もそれだけならば清涼飲料水と変わらなくカロリーばかり高くて、コーラよりは健康的かもしれないが、アルコールが入っているだけキッチンドリンカーになりやすい。

そうした炭酸飲料類のものとは全く対極にあるのがこの甘口で、これならば食事によれば合わせるかもしれなく、決して甘いとは思わせない味わいが楽しめるのだ。勿論単体としても食前酒としても食後のデザートワインとしても楽しめる。そして何よりもミネラルを吟味して、香りなどを楽しむことで、本格的なリースリングを嗜む切っ掛けにもなるようなものだ。エゴンミュラーのシャルツホフベルクなどよりも土壌も明らかに優れている。女性三人もいる家庭へのお土産には文句無しだ。通常瓶も直ぐに空いてしまうだろう。

 

参照:
石橋を叩いての樽試飲 2015-06-08 | 試飲百景
これもリースリングの神髄 2016-01-06 | ワイン


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

オバマ大統領、安倍を譴責

2016-05-29 | マスメディア批評

オバマ大統領の広島訪問は18時の車中のラディオのトップニュースだった。一部が流れていたが、20分に亙る演説で、予定通り謝罪はなかったとしても、その態度から大統領の意志は分かったとする報道だった。そしてなによりも、「広島がいつもになく静まった」と、鎮魂の時に耳を澄まさせた。

因果を論じたり、相対化することの出来ない原爆投下を思い知らせる静けさだったように思う。そうした報道があったからには間違いなく、そのことは全世界に伝わったに違いない。謝罪しないことに対する抗議行動があったのかどうかは知らないが、そのような行動などとは比較できない静けさが伝わって、事の重大性やその広島の鎮魂の凄みを感じた。

フランクフルターアルゲマイネ新聞は第一面筆頭に抱き合う写真を載せて、その横に短報として、広島訪問を伝える。そこには、トルーマンの命令を批判も容認もしなかったとあり、更に安倍晋三と拍手して間髪を入れずに、「日本の戦争責任を譴責」して、「単純なことから起こった紛争を原因とした支配や覇権への同じ衝動的なもの」と大統領は語ったとしてあり、これは輝く一節だ。

他の面に詳しく伝える「広島よりも南京」と訴え日米関係を牽制する中共や韓国人、また一部で「謝罪」を求めたデモンストレーションもあったと伝え、また握手をした坪井氏の若者への語りの内容も伝え、氏が金曜日には非核への具体性が無いとして失望したことも伝える。その坪井氏が「人類の過ち」であり課題だとしたことに対して、大統領は笑って答えたと語ったとある。

漸く緑の野菜が安くなり出した。サラダの季節だ。先日の好天が幸いしたのだろう。ここまで安く成れば、高価なホウレンソウや薬草サラダやルッコラなどを購入必要が無くなる。また赤い大根が大きくて比較的安かったので購入した。三本は酢漬けにした。葉っぱは菜飯にした。残りは昆布や鰹節出汁がらと煮つけておいた。これで週末の夜食の準備が出来た。

また、キプロスやイタリアのそれに代わって地元の新ジャガイモが出だした。より新鮮な地元のジャガイモが出るようになるとこれも試さずにはいれない。

先日新聞に連邦共和国での人口減少は避けられないとあった。つまり幾ら移民を入れても現在の人口を保てなくなるというのである。高齢化が進んで年金などへの信頼度が無くなってくるのは日本などと同じ現象である。

 

参照:
リーマンショックの前? 2016-05-27 雑感
広島訪問と米日関係のあや 2016-05-16 歴史・時事
夢: トランプ大統領誕生→日本放棄 (glimi 生きること:過去と未来とエスペラントと)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

まったりとした聖体祭

2016-05-28 | 

本当は一日中出かけてクライミングのつもりだったが、取り止めになって、夕方一時間ほどボールダーをした。先週の石切り場で疲れてから、試していなかったので、中々力が入らなかった。筋力が落ちている訳ではないが、両方ともを上手く練習にしていくのは結構難しそうだ。力の入れ方や疲れ方などが全く違う。

一昨日散髪に行った。本当なら今週はフレンキッシュユラでクライミングキャムプを張っていたところだが、参加者が集まらずにお流れになった。であるから出かける前に散髪だったのだ。今年の夏は暑さ寒さが繰り返す2013年並みの凌ぎやすい夏となるのだろう。

日本は輸出量が落ちているらしい。為替の問題だけでなくて、シナやアジアでの需要の落ち、合衆国への輸出の落ちが効いていて、欧州での伸びを食ってしまっているらしい。

先日出かけようと思って、オーディオ機器の棚を見たらなんとなく傾いているのに気がついた。これはいけないと思って、特に可動部のある装置は棚の左右真ん中あたりで、左右に傾かないように若干場所を移動させた。そこで気がつくのはレコードプレーヤーのターンテーブルである。手元にあった水準器を昔は使っていたこともあるが、嘗て使っていた時は針が綺麗にトレースするために水準を計っていたような記憶があって、少なくともターンテーブルに掛かる引力まではあまり考えていなかった。

購入したUBS−DACの電源が貧弱だと言われている。最初は変圧器から100V供給していたが、電極の差し替えもあり、220V供給でも試してみることにした。常識的には220Vの方が有利だからだ。先ずは電極を差し替えてみた。この相違は、電圧以上に分かり易かった。一方は驚くことに左右のバランスまで変わっていて、空間表現が歪になっていた。アースによる影響と思うがアナログのそれ以上にその差を感じた。次に電圧の変えてみると、予想通り220Vの方が明白になった。これも空間表現が異なっていて、220Vにすると若干広がり過ぎて若干まとまりに欠ける帰来があったが、元の調性が分からないので、明晰な220Vが優れているということだろう。

アマゾンで休日前に何を発注したか?シャワーのセットである。シャワーと言ってもシャムプーセットのハットとかではない。簡易なシャワーなので、水の出口のバーを上下する形になっていて、その取っ手を手でも持って外せるタイプである。その120CMほどの長さのバーの留め金が壊れたり、支えが緩くなって、上下反転させたりしてだましだまし使ってきたが、その取っ手も落とすことが多く、その根元のホースから水が漏り出し、支えも一部破損したことから取り換えることにした。安物であるが26年使ったことになる。

流石に石灰も溜まり気味であり、見た目も悪くなっていた。そこでネットで探すと、バーも少し短めの90CMもののメーカー品のセットが半額で出ていて、飛びついた。バーの上の留め金は新たにドリルしなければいけなく、今の穴も塞がなければいけないが、それぐらいの問題だ。あとはセットになっているホースが今までより30CMほど長いので邪魔にならないかどうかである。それでも購入者の公表によると半年で参ってしまったという失望の批判ある。価格がセットで38ユーロなので使ってみて都合が悪ければ部品を交換すればよいと思っている。



参照:
精霊降臨のハイビット処理 2016-05-20 | 暦
「亀の甲より年の功」な健康 2016-05-15 | テクニック
五月の週末の過ごし方 2016-05-09 | 生活
仏老朽原発停止への判断 2016-03-09 | アウトドーア・環境

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

リーマンショックの前?

2016-05-27 | 雑感

安倍首相はG7で「リーマンショックの前の状況」と述べて反論が出たという。当然であろう、メルケル首相の連邦共和国などは予想外の好景気となっているからだ。そこでインフレ率も達成して、減税すら政治課題になっている。選挙に向けて人気取りの増税延長をなんとか理由づけしたいようだが、誰もそのようなことは信じない。

沖縄の強姦殺傷事件は中共でも大々的に報じられたようだ。勿論反米宣伝にもなる訳だが、沖縄が、日本が虐げられているということは客観的な視点であろう。あるのは中共支配か、米国支配か、本土支配かの相違だけである。それにしてももう沖縄は黙っていられないだろう。残虐な性犯罪者はどこにでもいるが、これだけ軍属が犯罪を犯すとなれば世界中どこの国でも住民は駐留を決して許してはおかない。

LPをかけていて面白いことがあった。購入後、珍しく新品だったと思うが、長く上手く鳴らなかったブラームスのヴァイオリンソナタ全集を回していて、袋に戻そうとして手を滑らして絨毯の上に落とした。そもそもそのLPが上手く鳴らなかったのは静電気の起き方が激しく埃が上手く拭えずに、針も上手くトレースしなかったからである。それを化繊の汚れの溜まった絨毯の上に落としたら堪らない。これは酷いことになると思って、手に持って埃を拭って、ターンテーブルに乗せてクリーナーを掛けると、やはり埃がとり切れない。針を下して鳴らすと驚くことになぜか今までなかったようにしっくりと鳴っている。上手く放電してくれたのだろうか?

予想もしなかったように綺麗にトレースしている。そして埃は上に乗っているだけでどうも溝にはあまりに食い込んでい無いようで針音もしない。このような発見は初めてだった。

そのブラームスは、しらけとして有名なバレンボイムがピアノを弾いてズッカーマンがヴァイオリンとヴィオラを持ち替えている全集ものである。こうして聞くと、なるほどジョン・ケージ風のブラームスと呼ぶべき演奏で、ここまで徹底しているととても面白く、記録的価値のある録音ではなかろうか。

先日3ユーロ安くアマゾンで出ていたのでjpcで買わなかったCDボックスを他の注文のついでにアマゾンに発注した。なんとチャイコフスキーの交響曲全集である。来週になれば9月のチャイコフスキーの交響曲五番のお勉強となる。手元には殆ど資料はなくてエアーチェックも殆どない。まさかチャイコフスキーの交響曲全集を十年前のショスターコーヴィッチ、二三年前のシベリウス、プロコフィエフ、昨年のラフマニノフに続いてベートーヴェンを含む七つ目の交響曲全集として購入することになるとは思わなかった。共通しているのは音楽後進国ロシアとフィンランドの作品である。今まで知ってはいても充分には関心を持たずに勉強もしないでいたかが分かる。それで充分と思っていたからである。

勿論チャイコフスキーの有名曲は何度も体験している筈だが、今回の五番の交響曲のようにただ一度だけでそれ以降は出来る限りコンサートに行かないようにしていたようなものがあって、その体験は深まることも無く、避けていたのである。しかし今回は腹を括って、真面目に勉強してみようと思ったのだ。シカゴでクラウディオ・アバドがショルティ―音楽監督時代終盤に録音したものである。態々ディスクを買うかどうかが議論になる所だが、ディスクが無ければ一生涯興味を持たない曲がある。六枚組14ユーロ、文句はないだろう。

 

 

参照:
アベノミクスの責任回避 2015-04-03 | マスメディア批評
東京の失われた時の響き 2016-03-06 | マスメディア批評
ボンで「ロンターノ」1967 2016-04-24 | 雑感
絶頂の響きの経済性 2015-02-27 | 文化一般

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

モンサント買収の意味

2016-05-26 | アウトドーア・環境

バイエル社モンサント買収へのオファーは55ミリヤーデンオイロ(66ビリオンダラー)だったが、それは拒否された。この額は過去二月間のモンサント社の株式総額の三割増しとなっている。その拒絶を受けて、再度財政状況を精査してオファーがなされるとするのが朝のラディオのトップニュースだった。

バイエルの目論見は、合衆国でも特に農業が外国人の手に握られるとの危惧があるようだが、そのバイオ種子技術の売り上げはここに来て初めて縮小していて転機にあることは間違いなく、モンサントの買収は避けられなく、そして農業の産業化も一方においては1960年代からの発展が終焉して同様に転機に立っているとされることが背景にある。

欧州においては、その影響での環境のモノトーン化から多様化へとエコ農業へと方向は変わって行ったが、まだまだ世界の人口増加を補うための農業の産業化は必要とされている。アジアやアフリカの貧しい地域を中心に飢える人は後を絶たないが、その多くは生産量の問題であるよりも均等に国内に食料が行き渡らないことにあるとも言われている。

要するに農業の産業化はまだまだ避けられないだけでなく、それだけでは土地辺り僅か4%の収穫上昇しか計算されないが、実際には46%以上の穀物量の増加が必要とされている。バイエル社のこの分野における世界戦略はこのように明快である。

昨日書いた納豆の話はそのように実は奥が深い。EUの原産地認証など、例えばチーズを例にとると分かるように、細かな相違を明確に定義することでその地方性を守るということになる。地方性とは地方文化であり、グローバル化と対抗する概念である。実際は国単位や民族単位などではなく地方単位であることからこのローカリズムの話が始まる。要するにグローバル化に対抗するのは地方でしかないということだ。その地方のものがスタンダード化するときにその地方特有の文化はグローバル化して消滅すると考えてもよいだろう。

今回日本から入手したかったものは、「鮒ずし」であり「くさや」だった。残念ながら前者はあまりにも高価なので断念した。後者は八丈島からの直送品を入手した。そもそもくさやの想い出は十代の時にしかなく、八丈島も知らない。実際に焼いてみるとやはり臭かったが、記憶にあったものよりも上品なもので、納豆と同様にそれほど疑われるようなものではなかった。

くさやにミュラーカトワール醸造所のグラウブルグンダーを合わせてみる。ブルグンダー種は殆ど買わないが、この醸造所のピノグリは以前にも買ったことがある。その時は酸が効いていたからだが、2014年産が一年経っての味わいはバランスに尽きる。酸が効いていない分苦味がアーモンドのようでありヘーレンレッテンの石灰質の土壌を反映していて、リスリングでは好みの分かれるところとなるが、これにはフランス人も全く文句が無いだろう。そしてグースベリーの趣は秀逸である。高級ピノグリである。それでも試飲会であったようにマグロと海藻の和え物にあったように。くさや飯にも納豆にもそれほど問題はなかった。但しそこらじゅうが匂うような状況ではやはり繊細な香りや味は分からなくなった。herrenletten



参照:
MACアドレスの安全策 2016-05-25 | テクニック
モンサントがバイエルになる 2016-05-22 | アウトドーア・環境
芳醇なバラの香りの白ワイン 2012-03-24 | 試飲百景

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

MACアドレスの安全策

2016-05-25 | テクニック
先日から来客者が我がLANに入れなくて困っていた。昨年からなにかWifiの設定を変えた覚えは無かったが、パスワードが異なると出てきた。そこで暗号コード変更などをしてみたが駄目で、所謂MACアドレス制限の設定がなされていたことを確認した。それを外すと問題なく入れた。昨年の秋にLinuxの設定などをしている時に新たに設定していたようだ。少々時間が掛かったが、学習効果があり、改めて他のカメラなどのログインなどの時にも留意しておかなければいけないことを認識した。

要するに、二重三重にセキュリティーが掛かっていることになるので、容易に戸外からログインすることは、高度なハッカー技術が無い限り、かなり難しいことが分かった。MACアドレスとは、Wifi接続な可能な世界中のあらゆる機器に与えられている固有の番号ということなので、ある番号に成りすますしか不正ログインするには方法はないということになる。また訪問者などがあったときは臨時でMACアドレス規制を外しておけばパスワードだけで自由にログイン可能になる。先ずはこれで満足だ。

Saar Weineさんにお土産で貰った納豆を楽しむ。納豆と言えば水戸、水戸と言えば福島、栃木北部同様の茨城北部の汚染地帯である。そしてネットで調べると老舗と思しき製造者が藁に包んで販売していて、そのHPには一切放射能については触れられていなかった。まさしくこれこそが風評被害の原因そのものである。それどころか原料に拘るとして原産地を国産としか表現していない不埒な業者もある。しかし良心的な業者は確りとベクレルの証明書を明示していてその配慮ぶりを示している。これだけその対応が異なれば、不埒な業者には不買運動で、良心的な業者には応援で応えるべきだ。なるほどバイオテクノロジーによる大豆も問題だが、放射能ももっと大きな問題である。

そうしたことがあってかどうかは知らないが、全国納豆連合会とかが再びおかしな日本食キャムペーンを官僚とつるんで行うらしい。所謂「納豆」擬きが世界の市場で優位に立っているので納豆の世界基準の認定を要請しようとしているらしい。なるほど最近もアイスクリームの中に赤い色をした納豆が混ざっていたとか直接聞いた。小豆か納豆か分からないようなものがあるらしい。しかし、日本の業者が日本食を幾ら選別化しても、そもそも世界中の日本人以外の人は本物の日本食などには関心が全くない。要は安全で健康な食事が美味しければよいだけなのだ。

だから、上のような不埒な業者こそ排除しなければいけない対象であって、先日も産経新聞が埼玉の小学校で地場の400Bqセシウム入りのタケノコが給食で出されたと報じていて、朝掘りのそうした「野草、キノコ類に準じた」ものがなんらの禁止処置も無く流通している事を知って愕然とした。

実は大分の無洗米というものを入手したが、その袋には農薬を半分以下に抑えてと書いてあった。これは正直な表示であるが、有機ではとても採算が合わないのだろう。そしてその炊き上がりはどうも巧くいかない。少なくとも水気があってさっらとは炊けないのは日本の水稲の特徴だとしても、やはり胃に重すぎると感じる。そしてまだ試していない寿司でも作らない事にはその有難さは一度も感じない。現在購入している米は、キロ100円ほどである。今回のは400円ぐらいらしい。スーパーに同じように並んだら誰も買わない。日本食とはそうしたものであることを知らなければ馬鹿である。



参照:
「亀の甲より年の功」な健康 2016-05-15 | テクニック
安全デマ被害補償の一時金 2011-08-19 | マスメディア批評
山小屋の朝の味噌汁に舌鼓 2009-07-31 | アウトドーア・環境
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

ワインに合うパリ風棒々鶏

2016-05-24 | 料理
スイスのローナー社の新しく購入したランニング用靴下を試してみる。普段ランニングにも使っているコムプレッサータイプのランニング用だった、二年前に購入したそれはダクロンと綿主体のものは、足入れもよく気に入っていたのだが、耐久性が無く弱かった。もう一つ買ってもよいと思って調べると20ユーロ以下では入手が難しく、その時の14ユーロとは大分状況が異なる。一年に10ユーロ消耗は高価過ぎる。

そこで新しいものを探す。ランニング用のハイテクというのを試してみることにした。これは約半分のタクテルとナイロン主体で、他の四分の一ほどに綿を入れているぐらいだ。タクテルはインヴィスタの商標で、薄く、通気性とその軽さが特徴のようだ。足入れが良いのはこの繊維の特徴のようだが、更にフィット感が抜群で、足の形が浮き出てビックリする。これをアパレルが使うと極限のボディーコンシャスになることは想像できる。

これを履いて、二回走った。履いた時に少し熱を持つ感じはナイロンの特徴で仕方がない。また真面な靴でないと滑りやすいので大丈夫かと思ったが、愛用のトレールランニングを履くとフィット感が素晴らしい。全く滑る感じが無いどころか、靴までフィットする感じが良い。

走っている間の感じは全く素晴らしく、不満は全くないが、靴を脱ぐと、綿が少ない分、汗を吸い取ってくれる感じはない。水溜りは経験していないが、上から下へと抜けていく感じだろうか。ナイロンで、前回のポリエステルとは全く異なって長持ちは間違いなさそうである。購入価格14ユーロはお得だったろうか。もう一つ使っているポロエステル主体のトレール向きのものと上手に使い分けていく必要があるかもしれない。

週末は金曜日の石切り場、土曜日の沢沿い往復、日曜日の峠攻めと、腰などの痛みをこれで解消できたらとゆっくりと走った。降りに道の先を動くものが見えたのでてっきりミミズかと思ったら、大きさも太さも違って小さな蛇だった。このコースで蛇を見たのは初めてだった。この辺りはそもそも蛇は少ない。急いでハイキング道を渡っていた。なにを急いでいたのだろう。その後直ぐ、コツコツと音がするのでなにかと思って振り向くと、合流点からライヴァルの婆さんが歩いてきていた。下で車を見ていたので何処で出会うかと思ったら、息子と一緒ではなくて一人だった。

暑くなってきたので、鶏をワインに合わせた。頻繁に棒々鶏を食しているが、リースリングにサラダ類を試した。パリ風の鶏サラダである。ソースが異なるだけであまり作り方は変わらない。但しソースは、玉ねぎを炒める必要があり、マヨネーズを混ぜるのでそれほど涼しげではないが、サラダとして十分に楽しめた。なぜパリ風と呼ばれるかというと、シャンペンをソースに使うからで、先ずは試しに料理ワインで作ってみた。必要ならばリースリングで仕上げてもよいと思った。

ホッホハイムのキュンストラー醸造所2015年のホェーレは味が強いので、マヨネーズにも薬草にも全く負けなかった。アルコールが13.5%も高いのに殆ど一人で飲み干してしまうところだった。つまり食事との相性が抜群だったこともあるが、質も悪くはなかったのである。喉が渇く様な感じは一切なかった。



参照:
グラン棒棒鶏で十二分に涼む 2010-07-05 | 料理
ハイテク製品の収集効果 2015-05-01 | テクニック
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

生放送ものの高解析度ぶり

2016-05-23 | 
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を三幕まで初日に生録音したものを流した。当日の演奏では二幕がやはり山で、そこが上出来だった。三幕も繰り返されるうちによくなっていくだろう。新聞にもヴァルターを歌ったヨーナス・カウフマンはもう一つのコンディションだったとあり、BRは三幕でのエーファの歌詞が全く聞き取れないほど悪かったとしていて、決して完成度は高くなかった。それでも逆にヴァルターのあとにザックスが歌って〆るような修正した劇的工夫がよく分かる上演だった。

新聞は、何より音楽的な「緊張と緩和、満ち引き」を芸術的にとても狭い通路の中から引き出していたと書く ― そのテムポとリズムの瞬時の切り替えが出来るからこそ、彼のフルトヴェングラーでさえ遣ろうと思っていてもなかなか出来ていなかったことを可能とするのが天才なのだ。そしてマルクス・アイへそしてヴォルフガンク・コッホを絶賛している。コッホの歌唱は生中継から感動を呼ぶものであったが、前者のベックメッサーに関してはその演出における役柄と共に実演に接してみないと何とも言えない。ヨーナス・カウフマンが話しているように、そのよく出来たテキストも読んでみないといけないかもしれない。昨今はテロップが出るので、オペラ観劇にはテキストを勉強していく必要が無くなって、ここ数年オペラのテキストを読みながら音楽を聞くということが全くなくなった。テキスト以上に楽譜を見ている方が内容が分かるからだが、楽譜に書いてある細かなテキストでは到底読めない。

トレーラーなどが新しくアップされている。初演した劇場での12回目の演出に関しては決して批判されるものでは無いようだが、実際の効果は体験してみなければこれも何とも言えない。7月のオペラファスティヴァルが中継されるようなので、アウグスト・エヴァーディング時代のオクト―バーフェスト擬きの演出との相違を確認できるだろう。

録音したものを比較実験のために編集無しでCDに収まる二幕を焼いてみた。デジタル技術的には、サムプリング周波数が4800kHz から4400kHz へと落ちることだけの相違である。

先ずは音場が狭くなり、音が固くなった感じで、丁度CDが市場に出回り始めたときのような鳴り方だ。当時はスーパーマッピング技術もハイビット録音も行われておらずPCM録音は不自然な感じがしたのはスタディオでもそれほど変わらなかったであろう。そのような相違が明らかだ。

そこで2015年のバイロイト祝祭での楽劇「ヴァルキューレ」の一幕の録音をCDとDACで比較してみる。明らかな違いは、音場の相違以外にもCDでは歌手の声が固くなってあまり音量を上げられない、嘗てからのオペラライヴ録音の問題点がDACの方では解消されている。ビット数に関しては16Bitのようだが、去年の録音からDACで聞いているものは明らかにハイレゾリュ―ション録音であることを確信した。

序にLPで古いアナログのバイロイトからの中継録音を鳴らす。フォノケーブル交換で殆どCDとの差異が無く、低弦などがどっしりと締って乾いた音でスピード感を持って流れて、全くアナログとデジタルの差が分からないようにハイレゾに近づいている。それでもDACに敵わない。せめてSACDがCDに代わって標準になってくれることを願う。



参照:
精霊降臨のハイビット処理 2016-05-20 | 暦
ネットでの記録を吟味する 2015-11-30 | 音
打ち消すコリオリの力 2016-05-04 | 雑感
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

モンサントがバイエルになる

2016-05-22 | アウトドーア・環境
悪名高いモンサント社の吸収交渉をバイエル社は発表した。既に合衆国の本社に代理人を送っているようだ。株式総額37ミリヤーデンオイロは、今まで最大規模だったシェーリング社のそれの倍以上になる。なによりも、モンサント社の評判は顧客である農家にも悪いようで、製品を高く売り付けられる、そのビジネスモデルが明らかになってきている通りだ。それによって業績は悪化しており、人員整理などの再建に動いている。そして今EUで使用延長許可の代議員65%強の採決に至らないグリフォセットは、1974年に「ラウンドアップ」として商品化した開発者としても話題となっている。

バイエル社は、この吸収によって世界最大のバイオケミ企業になるが、様々な困難が予想されることからその株価は8%ほど急落した。しかし資金的には子会社のコヴェストロを上場させるなど問題は無いようだ。

TTIP・TTPなどの反対にはこのバイオ農産物の種子を売るモンサント社のビジネスモデルがその弊害として挙げられることが多い。今後の商標などは分からないが、モンサントが消滅してバイエル提供となることで、ある程度抑制は効くようになるのではなかろうか。少なくとも殺虫効果のあるような新種の植物が欧州の土地に根を下ろすことは今後とも全くあり得ないが、合衆国やらアメリカ大陸、アジアで既にそうした製品や食品が流通しているところではより安全な商品で市場の需要に応えていけばよいのだろう。除草剤への認識は、我々の住むワイン街道のワイン地所ではそれを一切使用しなくなって多くの植生物が戻って来ていて、今後少しでも化学薬品などが入ってくるとまた直ぐに元に戻ってしまう。こうしたビオ農業モデルが基準になるべきである。

いづれにしてもモンサント社改めバイエル社と、正式に吸収交渉が成立したならば、特に該当商品の市場となっている世界各地でバイエル社に抗議行動などを起こすのが良い。それによって今後のバイオ農作物への会社の方針が左右されるからである。就任後一月も立たないヴァルナー・バウマン社長の腕の見せ所である。

久しぶりにギメルディンゲンの石切り場で登った。最初は一人でぼつぼつやっていたが、途中で仲間の顔が見えたので合流した。適当なところを二三本追加で登っただけだが結構肩などが疲れた。暫く使っていなかったので仕方がない。あまり無理をしないように天気の良い日にあまり肩を冷やさないようにして徐々に本格的に使えるようになれれば良いと思う。

身体に疲れが、特に腰などにも残っていたので、解す為に朝走った。気温は17度を超えていたのだが、乾いていて丁度良い感じだった。動かない場所が多く、膝は両膝共に石切り場での仕事が堪えていたので、怪我のあとのような感じでゆっくりと走り始めた。それでもなぜか空を飛ぶような感じが今までより強く感じられるようになってきた。走り方が大分よくなってきたのだと思う。運動できる体になってきたら結構なことだ。これで疲れが取れてくれれば全く問題が無い。



参照:
軽重が秤に掛けられる 2016-05-21 | 雑感
モンサントの種はどこへ? 2016-05-19 | 雑感
バイエル社の買収成立 2006-06-17 | 歴史・時事
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

軽重が秤に掛けられる

2016-05-21 | 雑感
有機リン化合物のグリフォサットがベルリンの首相、副首相間の確執となっている。ブルッセルでの認可許可延長に伴う賛否が分かれているからだ。除草剤として世界中で生産されていてモンサント社だけではない農業化学製品である。反対するのは社会民主党のガブリエリ副首相である。勿論ガン発生要因となっている農薬である。新聞の文化欄は書く。もしそれを理由として禁止するならば、SPDは将来的に夜勤も牛ソーセージも禁止するのだろうかと。

当然のことながらその危険性の軽重が秤に掛けられるわけだが、問題はこれを使わなければいけない農業の実態である。農業生産のグローバル市場での競争力が問われているのである。雑草などを処理するにはそれなりの労力が必要とされて人件費などを掛けてはいられない。要するに経済的な価値が問われている。

ワインにおいては国際競争力を強化するためにこうした化学薬品を一切使用しないことからその市場価値が上がり、国際的な市場競争力を強化することになるが、人件費を掛ければ掛けるほど上がる価値に相当する市場が形成されるかどうかが肝心である。

PCオーディオ事始めをなしたのであるが、都市伝説と言われるUSBケーブルによる音質の相違などの情報が目に入る。アマゾンオリジナルを購入したのはタブレットの充電で信じられないような効果があったからだが、デジタル信号の伝送と電流量とでは話が全く異なる。試しに古いプリンタ用の短めのケーブルと比較してみると、その音の違いを感じる。しかし違いがあるだけで、どちらが総合的に優れているかまでは判断が下せない。恐らく音質の差があるというのは音色の差ではないかと思う。なぜデジタル回線で音が変わるのかは分からないが、重要なのは質の良し悪しで好みではない。

趣味の世界は嗜好の差の世界であり、決して客観的な質の差ではないというのは、ワインでもオーディオでもなんら変わらない。それでも客観的な判断基準を与えれば誰もがブラインドテストでも同じような決断を下せる質の差は存在する。

リースリングにおいても、人によっては石灰質の酸が好きな人も居れば、好まない人も居る。但し瓶熟成を楽しむリースリングとなると石灰では駄目で、リースリングのミネラルの構築感などを楽しむ向きには嫌われる。前者は客観的な判断基準で、後者は嗜好の問題でしかない。更にワインにおいては、工業生産物ではなくて世界中で栽培されている農業生産物であり、テロワーと呼ばれるその土地の気候や土壌を反映するとなれば、多様多種あって興味は尽きないのである。特に日本のような島国にあっては、箱庭のようにそのような世界のワインを楽しむことが大きな趣味となることは理解できる。そのように目先が変わることで趣味的な関心を、謂わば収集癖が刺激されるということになり、要するに質よりも量に関心が向かうのである。

USBケーブルなども通常の商品ならば500円程度で購入できるので、これを買い占めてあれやこれやと吟味する人も居るかもしれない。そうした収集癖に目を付けてとても高価なケーブルも販売されている。ワインに関してもそのような市場も一部の生産者にとっては目の付け所となり、ゲテモノから法外な高価なワインまでが同じように鴨を探しているのかもしれない。そこに様々な都市伝説的に生産者が作ったエピソードなどを交えれば販路が開かれるのかもしれない。所詮そうした嗜好品ではあるが、一方においては食生活に欠かせない食中酒として考えるならば、若干事情は異なってくる。そこから客観的な品質の基準が自ずから生まれて来るのである。



参照:
モンサントの種はどこへ? 2016-05-19 | 雑感
同軸RCAラインケーブル 2016-05-02 | 音
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

精霊降臨のハイビット処理

2016-05-20 | 
新たに設置したUSB-DACを使って、聖霊降臨祭の月曜日に録音した楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を二幕終わりまで聞き直した。前奏曲では少し走りかけたところもあったようだが、目指した音楽的脱パトス化に成功していた。二幕のザックスとエーファーの場面は秀逸だった。舞台演出はその後のフィナーレまでがクライマックスだったとされている。二幕にはとても感動した。楽匠が創作した最も素晴らしい創作がここにあると思わせるに充分だった。

その他多くの箇所で素晴らしい音楽が聞こえてくるのだ。ザックスを歌うヴォルフガンク・コッホが言うように「このように天才と思うような音楽家には会ったことが無い」とされる指揮のキリル・ペトレンコは、初演後150年近い歴史の経過で初めて楽譜からその真価を引き出している。それは確かである。但し、書記ベックメッサー役のデビューを飾ったアイへが語っていたように、初日では簡単にはその全貌は実現化していない。当然である。歌手の調子もあれば、管弦楽も、合唱もとても難しいことが求められている。まさしく十六分音符一つに拘って演奏しているのは、楽譜を目にして、まざまざと聞き取れる ― 昔大阪の交響楽団が「半音ぐらい負けといてや」と言ったという笑い話があるが、ヴァークナーの演奏なんて五時間の間に幾らでも堪忍しているのが音楽劇場なのだ。いつものようにペトレンコ先生のお蔭で楽譜が綺麗に視覚的にも浮かび上がってきた。先ずは月末がとても楽しみである。

さて、DACの効果は、前奏曲での副調整室の修正がまざまざと分かり、指揮者の強い気合などが手に取るように聞こえることでも、そのCDへの焼き直しとの差異は明らかだ。音響空間の再現が大分違う。それでも肝心の元の配信の音質程度を確実に評価するには至らなかった。要するに、CDとハイレゾリューションの相違というのは直接比較してみて初めて分かることで、正直オペラ劇場からの実況中継程度ではなかなか判断がつけられない。ヘッドフォンでも試聴してみたが、オリジナルの調整を知らないので中々判断し難いが、少なくとも今まで以上にあの劇場の音響は捉えられていて、その拍手の音は大分生のそれに近い。

出力は、FoobarでWASAPI出力設定にして直接のデジタル出力でないと鮮度が完全に落ちる。更に違う形式のものも聞くと、やはり高Bit処理のものは悪くはないが、画像についているAACなどは全然駄目だった。逆にMP3の方が、32Bitハイビット処理されることで大分聞きやすくなっていて、音響空間などは分からないのだが、音質としては高音もそこそこ出ていて、臨場感はなくとも実況録音としては使い物になるようなものがYouTubeにもあった ― シュターツカペレベルリンとの「抒情交響曲」を聞き直したい。

MP3を、同様なDACを積んだCDプレーヤーで流した時よりも明らかに繊細さが増している。高音の出方とか低音とかの問題ではないデジタルDSD処理の精度だろうか。CDコピーよりもこのDAC再生のそれの方が質が高いとは思わないのだが、一度直接比較試聴してみなければいけない。

DATで録音した16Bitの低サムプリング32kHz録音もDSD処理をすると繊細になった。それを聞くと当時は全く気にならなかった低サムプリング処理における高音の落ち方も気になるようになって、調べると当時のドイツのDSRラディオ放送の規格は16Bit32kHzサムプリングのPCM放送で転送速度1,024 Mbit/sが出ていたようだ。要するにCD規格44.1kHzよりも落としていたのだ。

また、なによりも使いやすいと思ったのは、タブレットのFoobarControllerで早送りも巻き戻しも自由自在で、CD-ROMに編集して焼き付けてもインデックスなどを入れないことには使い難いので、PCオーディオは大分手軽である。



参照:
「マイスタージンガー」の稽古 2016-05-17 | 音
批判的に処する冷静な感覚 2012-05-16 | 雑感
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

モンサントの種はどこへ?

2016-05-19 | 雑感
先週は世界で最も嫌われている企業モンサント社の身売りの話が市場を賑わした。その影響でそれも連邦共和国の買い手候補に挙がった化学企業バイエルとBASFの株が売られた。前者は、農業化学部門で18ミリヤードオイロのダウ・デュポン15のモンサント、13.5のシンゲンタに続く11.7の世界4位で、種子を扱っていないBASFの6.5を大きく上回っている。

そもそもモンサントの身売りは、それは穀物価格の低落だけでなくチャイナケミなどの競争と農業化学の業績を圧迫していることにある ― 嘗てはBASFの肥料などの上得意さんであったワイン醸造所などは有機農業になってしまった。BASFに関しては既に遺伝子工学の農業部分をモンサント社に移譲したことから、また遺伝子工学農業製品への批判的な欧州の状況から、モンサント社吸収には具体性はないとされている。

それに比較すると、バイエル社は株式評価額としてモンサントの二倍の規模であり、各分野での吸収拡大を考えているので、もしモンサント社を吸収するとなるとこれまでの最も大きなシェーリング社の吸収を大きく越える企業史上で最大の吸収となる。

しかし、フィリップス社のLED部門の中共企業への身売りのときに、安全保障上の問題として当局が許可しなかった例があるように、同じように合衆国の当局は身売り吸収を許可したとしてもその製品の合衆国への輸入を禁じる可能性があるとする。因みに希望売却価格は50ミリヤーデンオイロ以上とされている。

フォノケーブルを交換した。以前日本で使っていたモガミのそれとは大分細く、そしてしなやかなのに気がついた。一般的に放送局で使っているマイクロフォンケーブルよりも細い感じだ。今までフォノアムプとLPプレーヤーを繋いでいた安直なケーブルを抜いて、新しいものに替える。そして直ぐに、そのケーブルをフォノアムプからメインコンソールへと繋ぎ直して伸ばした。これで大分状況が変わる筈だ。直ぐにヴォリュームを最大限に上がてみてスピーカーに耳を近づける。近づけるまでもなく、サブウファーからは十二分に唸りが聞こえる。ケーブルのシールドで改善されると思っていたものは変わらなかった。

それどころかアースを余分に取ったりして、なぜかハウリングが起きやすくなってきた。理由は最初は分からなかったが、差し替えたケーブルのアースに原因があったのだろう。そして、更に今度は移したケーブルと前に使っていたケーブルを取り替える。これでハウリングは以前よりも起こりにくくなって、明らかにサブウファーの唸りの影響は低音部に限られるものとなってSN比は上がった。

要するにフォノアムプからコンソールの出力はライン出力なのでシールドもあまり関係なく、長さ一メートルならば何も考えないでよいということだ。ライン出力でのケーブルの良し悪しはあまり音質には関係ないということでもある。

全体の印象としては、音響空間などが遥かに豊かになって、個人的に今までLPでは聞いたことのないようなハイレゾリューションのデジタル音とほとんど変わらないかのように鳴る。同時に低音が締まってきて、アナログ特有の癖が少なくなってきた。現在使っているカートリッジが如何にそういう方向の音質を狙っているかがよく分かり、その解像力や情報量には改めて気がつく。アナログ時代にこのようなLP再生音を得ようと思えば世界の超高級品に手を出すしかなかった筈だ。



参照:
逃げ足の速いモンサント社 2016-03-07 | BLOG研究
モンサント社の撤退 2013-11-16 | アウトドーア・環境
欧州の環境に従う経済博士 2012-01-18 | アウトドーア・環境
同軸ケーブルを物色する 2016-04-26 | テクニック
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

聖霊降臨祭明けの再訪

2016-05-18 | 試飲百景
聖霊降臨祭に続いて、予定通り火曜日もミュラー・カトワール醸造所に試飲に出かけた。やはりなかなか面白いという感じだ。理由は、程度の高い2014年産が余っていて、試飲出来るからだ。試飲出来る機会を逃さないことは経験の積み上げにとても重要である。

2015年に関してはどこも苦労している。正直2014年以上には期待できないと思っている。しかし、一年前は青白くとも薬草風のスパイシーな2013年産が良いと思っていた。傾向としてはしり上がりに分厚いワインになってきている。その意味からも2014年産はそんなに悪くないと気がついた。少なくとも当初から予想されたように時間が経つことが要求された年度で、今ものによっては初めて真価を表しているものもある。

その代表格が2014年オルツリースリング「ハールト」であり、酸が引っ込んだ感じがするのは結構なミネラルがあるからで、それによって感じる苦味的なものはミネラルである。正直二三年前まではあまり評価していなかったのだが、ラーゲンヴァイン「ビュルガーガルテン」の小ぶりなものとしてその価格12ユーロでとても楽しめる。若干通向きなのだが、食事にはとても合わせやすい。

勿論試飲会で出されたツナの刺身と海藻の胡麻和えには、2014年ヘーレンレッテンのグラウブルグンダーが格別だったが、こちらは価格18ユーロとあまり瓶熟成を期待できないピノグリには若干高価である。同じヘーレンレッテンからの2014年のリースリングも華やかさがあり、酸も効いていて良いのだが、好みは石灰質のリースリングに関する見解で分かれるだろう。決して悪くはないのだが、18ユーロを個人的には石灰質リースリングには投資出来ない。瓶熟成の可能性があまり無いからである。

他のブルグンダー種に関しては充分に残糖を抑えてはいるのだが、特別な魅力はなかった。ビュルガーガルテンに関しては2015年はやはり2014年の魅力はなかった。レープホルツが苦労しているのと同じような状況がここにもあった。

面白かったのはフランツェン親方と話していて、リースリングの瓶熟成の局面の話が出てきたことで、所謂谷と山議論である。勿論サイン波のように綺麗にはなっていない。そこが面白いところであるが、彼に言わせると、ビュルガ―ガルテンで落ちてきて、ガールトで上っているということは次にビュルガーガルテンが上ることを指している。この辺りの感覚は造る方にも愛好者にも重要な時間軸での思考である。

それが、ブリュクリン・ヴォルフ醸造所では、2015年グーツリースリングを完全辛口に発酵させて、つまり残糖値を4gほどにして、重量感を避けた賢明な醸造が行われていた。これならばレープホルツ醸造所の「オェコノミラート」とまではいかないが、結構楽しめるワインになっていた。そして2014年産のオルツリースリングが今漸く真価を発揮しだしてきた。グローセスゲヴェックスは50ユーロ以下では入手困難になって来た今、そのテロワーを楽しみつつ、瓶熟成を期待できる20ユーロ以下のリースリング、これは貴重なのである。同価格帯のロベルト・ヴァイル醸造所のキードリッヒとは比較にならない品質である。



参照:
最後のグレーフェンベルク 2016-02-21 | ワイン
三つの醸造所を比較する 2014-11-04 | ワイン
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「マイスタージンガー」の稽古

2016-05-17 | 
楽劇「マイスタージンガー」の管弦楽稽古から障りや写真が出ている。その前奏曲を耳にして驚いた。トスカニーニよりも早く、連符が区切られるように弾かれている。勿論これが後になってその意味を表してくることは想像に難くないが、正直このように出て来るとは思ってもいなかった。徒弟の踊りの部分も飛ばすに飛ばしているので、管弦楽団は可成りの仕事をさせられることになる。音楽的には、これで予想されるのは前奏曲においてもテムポの緩急が激しく設定されることで、まさしく作曲家ヴァークナーがこの時期に関心を持っていたことなのである。それでいながらそのように感じさせない演奏が秀逸とされる。

そのような按配だから、そのようにこの楽劇全体が構成されているから、なにもコンサートピースもしくはアンコールピースとして名曲であるからではなくて、この前奏曲を正しく演奏できていれば真面な譜読みをする指揮者ならばこの楽劇全体をどのようコンセプトで演奏解釈するかが知れるのである。障り所を片っ端から聞いて行こうかと思ったが、全く時間が足りないことに気がついて、最も手っ取り早い方法に気がついたのである。

YouTubeで流したのは、全曲演奏録音を中心として、1930年台のヴィーンでのトスカニーニベルリンのこけら落としでの、そしてドレスデンでのまたヴィ―ンでの1944年のカール・ベーム、ベルリンでのフルトヴェングラー、バイロイトでの1943年のフルトヴァングラーとアーベントロート1951年のまたドレスデンでの1970年フォン・カラヤン1999年のバレンボイム、ミュンヘンでの1949年のオイゲン・ヨッフム、ベルリンでのルドルフ・ケムペ、ヴィーンでの1950年とバイロイト1952年でのとミュンヘンでの1955年のクナッパーツブッシュ、ドイツェオパーでの1963年のフランツ・コンヴィチィニー、ヘラクレスザールでの1967年のラファエル・クーベリックの放送管弦楽団を使った録音などである。他の楽劇よりも提供されているものが多いのはそもそも上演機会が多いということだろうか?

数が多いので先ずは駄目なものから削っていくと、コンヴィチニー、ケムペ、アーベントロートなどやはりその名声に比例する訳だが、クーベリックのドイツ音楽もふなふなしていて駄目だ。次にバレンボイムの演奏も駄目であるが演出上のためか奈落で音合わせを敢えてしている。次に落とさなければいけないのはフォン・カラヤンの二種類の演奏で、こうした指揮を聞くとなるほどアンチカラヤンというものが存在したのがよく分かる。この指揮者は音楽芸術の広報には寄与したが芸術や創作というものを自ら消費したに過ぎなく、自身も十分に自覚していたに違いないと思わせる。

さて一部では評価の高いトスカニーニ指揮もテムポの切り替えに特徴があってあまり上手ではない。よく言われるイムテムポ風の裏腹の不自然さと強引さである。中庸と呼ばれるヨッフムが同じように巧く処理しようと思っているんだがとても苦労をしているようで上手くいかないようで面白い。そして、クナッパーツブッシュの同じミュンヘンでのそれを聞くと、なるほどもしかすると初演のこの劇場には沢山書き込みのある楽譜でもあるかなと思わせる伝統があるようだ。このヴァークナーで論文を書いたような高名な指揮者のバイロイトでの未知の演奏録音などにあまり感心しなかったものが続いていたので、今回は流石と思った。そして肝心の徒弟の踊りがしっかりと元のテムポで演奏されている。

最も驚いたのは、ベーム指揮のゲッペレスの演説に続くこけら落としの演奏で、まさしくこれは国家社会主義体制の音楽芸術そのものだ。働かぬ者は食うな式の仮借ない弦の音色はこの指揮者の持ち味である新即物主義と呼ばれる奏法であるが、このVIDEOなどを見るとフルトヴァングラー指揮のAEG工場でのプロパガンダ映画などよりもそのものナチスである。戦後暫く公職追放になっていたのも頷ける。

さて、あの徒弟の踊りのテムポや連符の扱いが、ペトレンコが目指すようにパトスからの解放に寄与するのか、それとも喜劇的な要素がもたされるのかよりも、そうした動機の扱い方が充分に全曲に亘って連環や関係性を感覚的に齎してくれるのかが音楽的な期待であり、それに尽きるのである。ベックメッサー役に抜擢されたアイへが語るように、恐らく初演初日では技術的な面を含めてそれが完璧に成功するとは限らないが、回数を重ねるにしたがって ― 彼が言うには九回目かそれとも毎回積み重ねてか ― 徐々に完成してくるだろうということだろう。これは、バイロイトにおける「指輪」の演奏実践で証明されていることで、完成度は毎年高まって来ていた。

同じ先に収録されている幕間インタヴューでポピュラー出身のエファーを歌う歌手はしごかれたことを話しているが、ザックスを歌うコッホは私と同じように二幕第四場の特別な場面に言及していて音楽的にも注目されるところだ。



参照:
ベルカントで歌うこと 2016-05-06 | 音
ヨハネの日のそわそわ感 2016-05-11 | 音
鳴り響く中世の街の影絵 2016-05-14 | 音
コメント
この記事をはてなブックマークに追加