Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

夜更かしの夏の日々

2016-08-28 | 生活
夏休みの宿題に夜更かししている。半泣き状態である。なによりもリゲティ作曲の「ロンターノ」に予想以上に梃子摺っている。なによりも時代の作風が楽曲分析を難しくしている。音の使い方にしても、物理の確立法的な方法でしか中々その群や雲を評せない。それでも表面的には、単純な対位法的な単純さがあるのがまた話をややこしくしているのかもしれない。カノンといっても発展のしようがないものであり、その代り多声部の強弱や奏法やメリスマ風に伸ばされることで、複雑な音響空間を形作っている。

なるほど構成的には、三部構成で、ユニゾンの多声カノンに、クラスターの雲が続く形が基本形となっている。そのカノンを分析すると一定音高の出没頻度の増減がみられるが、これが戦中戦後の12音楽法的な禁欲的な作曲技法との最も異なる点としても良いのだろう。同時にそうした多声な音がどのように重ねられてどのように響くかが肝心だ。そもそも協和音体系自体がこの音響的な重ね合わせの統一化された組織であることからすれば ― 物理化学的な極性を扱うのと似ているかもしれない。

第一部で気がついたのは、そのカノンの終わりからクラスター部へと移り変わるところで、まさしく欠けた音が存在してそれを潜在的に意識させるのかもしれない。そこでこれまたトューバなど低声部でDesなどと出て来ると、思わず遠く彼方に「ラインの黄金」の原始の前奏曲をそこに聞いてしまう。これがパロディーではなく、まさしく表題通りに距離感を持って浮かび上がるのが、恐らくこの創作の本質だろう。

論文によると、バルトークの影響などと書いてあるのもあるが、具体的にはまだ分からない。それでもあの時期のあの状況でこうした創作していたのだ。この作曲家は個人的にあまり好きではなかったが ― 同席した時も皆の様にアウトグラムを貰う気などしなかったのだが、こうして作品を備に見ていくと、その創作意図と技法に歴史的な土壌を感じることが出来て美学的にとても感心した。

こうした作品は生演奏で楽譜を読める指揮者の指導で演奏するのを体験しないと全貌は明らかにならない。今回手元にある音源資料は、ヴィーンモデルンとベルリンでのクラウディオ・アバド指揮とジョナサン・ノットの指揮であるが、双方ともライヴ録音のお粗末なもので、もう一つは詳細不詳のものがYouTubeにあった。アバドのものは、なんでまたこんな座付管弦楽団に何を教えようとしたのか分からないが、こうした録音を恥だとは思わなかったのだろうか。ノット指揮の方は、忠実にダイナミックスを辿ると同時にまるでアルバン・ベルクの楽譜かのように徹底してその声部が強調されることになっている。楽譜の冒頭にもあるように、指揮者は的確にリズムを与えるだけで、決して強調表現しようとしてはいけないとあるが、声部の強調はある意味諸刃の剣だろう。

これで火曜日から土曜日まで一滴もアルコールを口にしていない。完全に病気だと思う。それも重症である。時々アルコールを抜くと体調が良くなるとか、頭が冴えるとか聞くが、今回明らかに抜けているのにも拘わらず全く体調も冴えなく、寧ろ暑さが心臓に来ている。そして、夜更けまで楽譜や論文などを見ていても眠気を我慢するのが大変である。全然効果が無い。アルコールを夕飯時に飲まないと、就寝までは勉強が出来る。それでも昔の深夜放送ではないが、長く覚醒して起きているだけで必ずしも勉強が進んではいないのである。それどころか、一寸慣れないことに首を突っ込むと集中しようとすればするほど眠くて仕方が無くなるのである。やはりお勉強は午前中に限る。



参照:
ボンで「ロンターノ」1967 2016-04-24 | 雑感
必然的帰着からの予想 2016-07-16 | 雑感
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人間は考える猿だろうか?

2016-08-27 | アウトドーア・環境
火曜日には沢沿いを走った。久しぶりにそこで心拍計を着けた。準備体操をして、ゆっくりと緩い下り勾配走り出す。直ぐにピープ音がした。先ずは GPS不備かと思ったが、何度も繰り返すので心拍設定ゾーンから外れていることを察した。それでも下りの走り出しでそれほど苦しくはなかったので、下に外れていて、運動量が足りないものと解釈した。そこで意地になって加速する。往復して日陰に入ってからも結構ば来ていた。そしてデーターをPCに読み込んで点検すると、毎分156から182までの間を、167を超えて走り続けていたのが分かった。下は150なので、それを下回ることなど無かった。そして走る速度は精々復路の下り勾配直線で時速10kmを超えたぐらいだ。

この結果には心外である。気温は朝の清々しさで摂氏20度を十分に切っており、夏としてはそれほど悪くはなかった。陽射しの下で若干バテを感じるぐらいだった。それでもこの心拍数の高さは致し方が無い。平素よりも高く出ているのは、睡眠不足などの気がつかない、疲れゆえだったのか。

この感じからして気になるのは、ランニングによる心臓への負担や疲れなどで、トレーニングしている筈が身体を痛めているだけというような場合である。特に夏場は疲れも溜まりやすく、運動能力も落ちていて、更にミネラルの補強が充分ではないためか、若干全身の筋肉などに痛みが残り続けているのである。朝から心拍180を超えているようでは危ない。とはいっても、運動をしないでも暑さによる消耗や不健康を余計に感じる筈だ。昨夕はシャワ―の上の温度計が30度を指して、30%以下の湿度となっていた。

夏に弱いのも体質だ。本質的なものをそこに感じる。同様に、なにか穴があると差し込みたいと思うのも本能だ。少なくとも霊長類は同じことをするだろう。新規モニターの入力が一つ余っている。今まで使ったことのないDVI-Dである。もう一本入力ケーブルを設置しておくとよいという誘惑には勝てない。一体今年は何十メートルのケーブルを購入することだろうか?ケーブルマニアである。しかし実は現実的な問題があって、毎日のように太いHDMIケーブルを敷設しておくわけにはいかないのである。勿論、その結果には満足しており、今後とも頻繁にこの状態で音楽VIDEOを観たり、仕事をしたり、音楽勉強をしたりはするのだが、従来のライフスタイルが崩れる。ゆっくりCDも流せなくなり、人が来ると片づけなければいけない。そこでドッキングステーションとして毎日手軽に繋げる方法を模索するのである。その為にDVI-D入力を使う。

一つは、DVI入力をアダプターで音声の無いHDMI入力化することである。この場合も自動切り替えなどはHDMIに優先権があるので、飽く迄もこれはサブデジタル入力となる。場合によってはここをAVシステム用に使ってもよいのである。すると通常のドッキングステーションをメインの方に使ってもよい。いずれにせよ、そこにもう一本取り回しのよい細めの柔らかい2m超のHDMIケーブルが欲しい。つまり、メインかサブのデジタル入力にノートブックがHDMI大小のケーブルで繋がれることになる。同時にそのどちらかに一つのノートブックが繋がれている時にもう一つの入力に空きが出ることになる。その時にデスクトップのDVI-I出力からどちらかの入力に繋げば二種類のデジタル出力を切り替えることが可能となる。そのために必要となるのが、これまた2m弱のDVI‐HDMIケーブルである。つまり、ノートブックはメインかサブの一つに繋がれていて、もう一つの空き入力にはデスクトップからのDVI-HDMIケーブルが接続されなければいけない。その時、特に細い方のHDMIケーブルのHDMIオス端子同士を接合すれば、モニターの後ろ側に手を入れないで繋ぎ替えられるので更に都合が良い。人間はサルと違って、一つの穴をめぐってここまで考えるのである。



参照:
感動のエコノミー症候群 2016-08-26 | テクニック
フリッカーフリーの実感 2016-08-24 | テクニック
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感動のエコノミー症候群

2016-08-26 | テクニック
新規モニターの試運転を終えた。予定していた使い方は完璧に出来る。こんなことならば春に購入しておくべきだったと思うが、モニターの価格帯や機能について調べるのが億劫で、その間ノートブックに懸案の反射止めのフィルムを購入して、結局貼り付けに失敗した。15ユーロも無駄にしたのである。今回の画面が21.5インチと大きく、被さる感じで見辛いと思ったら、全く比較できないほど眼が楽になって、仕事しやすくなった。モニター製造の技術が良いのだろう。またピクセルエラーもYOUTUBEにある八色の映像でも気がつかなかったから、先ずは大丈夫だろう。

HDMIケーブルが届いて中を見て驚いた。まるでロケハンのようなケーブルの太さだ。本当にこのカヴァーのついている差し込こみが、ノートブックの大きさに合うのかと思って不安になるほど、想像していたものとは違う。どうもアマゾンオリジナルは特別らしい。業務用の引き回しにも使えそうな太さである。勿論これを部屋の中を這わしておくことなどは出来ない。但し、ドッキングステーションとしての使用自体が恒常的ではないので、その時の使い方で床を這わせればよい。寧ろ、ドッキングステーションとして使うその日は本格的な仕事場になるので、それぐらいの荒れ方が丁度良いのかもしれない。そしてHiFiのBGMや映像などを同時もしくは仕事前後に楽しめるのが嬉しい。幾つもの端末を同時に動かしても昨年までのデスクトップよりは消費電力も発熱も少ない。そして何よりも静粛さが涼しい ― 不幸にも日本の暑苦しい夏の酷さを思い出してしまった。

技術的には、そのHDMIを繋ぐと直ぐに映った。予め自動切り替えにしていたからだろう。それでも皆が苦労しているモニターのケチなスピーカーを鳴らすことになるHDMIケーブル経由での音出しは、Win8側の出力をサウンド設定で切り替えなければいけなかった。因みにその状態では、我がWin8はノートブックスピーカー、DAC、そしてモニタースピーカーの三つから一つを標準として選択することになる ― DACを標準にしてそこでWASAPI専属で音楽を鳴らしている時にブロウザーの音が自然にモニターから流れて、そうなると想定外の自動選択となって便利になる。音出しに時間が掛かるのもモニターのメニューが扱い難いのも心理的に影響しているかもしれない。やはりDDC/CIでPC側で操作する方が良さそうだが、適当なプログラムが見つからない。LINUXでもこの機能が使えるようなのでそちらの方が早いかもしれない。音楽以外ならばこのスピーカーで充分に使える。

YOUTUBEなどを鳴らしていて、キリル・ペトレンコ指揮の新しいVIDEOを見つけた。秋のツアーに合わせた宣伝映像だが、昨年の「神々の黄昏」の生が使われていて、それは初出映像と音楽である。あの公演を体験した者ならばその音楽の感動が甦るかもしれない。なかなか音楽的にもここぞというツボを捉えていて、流石にミュンヘンの映像制作スタッフの面目躍如だ。

これとは別にブレンゲンツ音楽祭でのフォアールベルク管弦楽団の記念アルバムにはマーラー交響曲一番三楽章と三番二楽章、そして驚いたことに「牧神の午後」が入っている。これだけを聞いたが、マーラーに関してはベルリンでの録音もそうだが、管弦楽団をとても音楽的に鳴らしていて驚かされる。またドビュシーもなかなかいい演奏になっている。ここに収録されていない全曲を聞くと荒が目立つのだろうが、無難なところだけを選択している。三曲合わせて30分ほどである。それにしてもデスクから色々な音楽や映像を、座りながら切り替えて、好き放題に流して仕事が出来るのは結構楽しい。エコノミー症候群になりそうだ。



参照:
フリッカーフリーの実感 2016-08-24 | テクニック
汽車をじっくり見た 2016-08-16 | テクニック
ペトレンコの「フクシマ禍」  2015-12-21 | 音
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天晴熟成10年産ガンツホルン

2016-08-25 | ワイン
夜中に窓を開けて就寝した。暑くなりそうなので、室内を冷やすためだ。明け方は摂氏12度ほどになるので疑問だったが、案の定夜中に三度も小用に立った。寒くはないのだが、前日に飲んだ水が利尿効果を上げていたようだ。ほとほと、水を摂取するのは身体によくないと思う。やはりお茶などにしなければ駄目だ。

そこで、最後の夏らしい天候に、ハーブティーを冷やすことにした。そして走っている間に、寒天を作ることを目論んだ。切れた白砂糖を前日に購入したところなので丁度良い。それも、夕方には摂氏32度を超えるような日でも、涼しい朝などがあるから可能な生活である。

レープホルツ醸造所の2010年産ガンツホルンを飲み干した。酸の分解に苦慮した年で、未だに満足な熟成リースリングには出合っていない。よって期待せずに開けた。そもそもこの醸造所のグローセスゲヴェックスにおける熟成のポテンシャルが低く、経験が不足しているからだ。更に前回開けたときの悪印象が残っていた。

そして感動した。完全に綺麗に熟成している。それどころか崩れていない。全く前回の印象とは異なる。そこで記録を読み返す。丁度二年前のことだ。そして自分が書いたものを読んで更に驚愕する。この結果が全く想像出来ていなかった。

そして今、酸が綺麗に繋がって、その酸の突出が全くなくなっている代わりに、心地よい清々しさがその酸にある。そして、木の香りのようなものが匂い、なぜか色が以前よりも黄色が透明になってきている。要するに酸と石灰が綺麗に分解したという事だ。

そして果実風味が、すかんぽの味を漂わせて、この醸造所の味の濃くを見せる。糖が落ちてしまっても、酸も弱っているので丁度良いバランスになっている。それでもパプリカ味などにはならない果実風味の濃くがある。今まで飲んだ2010年産の最高の熟成リースリングだ。

初日はミニザウマーゲンの緑胡椒、チーズ・パブリカの二種に合わせたが、最終日はフランス風棒棒鳥に合わせた。三回飲んだがいつも食事との相性も丁度良かった。リースリングもこうした瓶熟成をして初めて食事酒として敷居が下がることを実感する。

最近は中途半端なリースリングはあまり飲まなくなった。理由は缶ビールとは価格が比較できないからであり、もう一つはリースリングには最高をどうしても求めるようになって来たからである。つまらないワインを飲んでいる時間も余裕も無いに尽きるが、なんでもない週に二本もグローセスゲヴェックスを開けるようになると、購入する数も今後は増やしていかないと直ぐに底を尽きる。

経済的なことを考えると、缶ビールで誤魔化しながら、禁酒日を増やして食後も仕事が出来るようにして、その間にリースリングの愉悦を味わうというライフスタイルに変えていくのも良いかもしれない。正直、アルコールの単純消費には飽きたというのが、偽らない感想である。



参照:
熟成の可能性を探る 2014-08-12 | ワイン
栗ザウマーゲンのXマス 2014-12-27 | 暦
夏の終わりの体の洗濯 2015-08-19 | 生活
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フリッカーフリーの実感

2016-08-24 | テクニック
注文していたモニターが届いた。梱包にフリッカーフリーと書かれていたので、先ずは合格である。アマゾンのサイトには従来からの情報しか載っていないので、何年のモデルを扱っているのか分からない時が多く、購買者の評価も態々製造番号を入れる人は殆ど居ない。それでもそれに言及する人はその差異ついても書いている。車でも家庭電化でもそうであるが、シリーズ化された大量生産品は最初から最後までマイナーチェンジでその品質がかなり変わるのは知られるところである。上手に製造コストを抑える会社もあれば、あからさまに品質を落とす企業もある。勿論、下手な会社とは二度と付き合いたくないと思わせる。BenQの商品は初めてなのでそれに関しては何とも言えない。しかし製造番号を明白にして、その差異を業者がしっかりと伝えれば分かるようにしているのは好印象を受ける。

そして箱を開けるとコムパクトに収納してあって、それほど厳格な包装ではないが、全く問題なく届いた。予想並みの軽さで、むしろ想像していたよりも重みがある。しかし十年前のソニーの重みとの違いはどうしたものだろう。早速評判の悪い足などを組み立てて、高さを見る。それほど貧弱でもふらふらもしない。ソニーのものを比較すると、なるほどそれは素材的にも高級感もあるが、実質的にはそれほどモニターを安定させていた訳でも、機能的であった訳でもない。デザインとしてのBenQは評価も高く、安物感は殆どない。

そして机上に置くと丁度良い大きさで、枠を入れて50CMは幅広過ぎでも無く、懸案の高さも目の高さから画面の上面まで5CMと殆ど違和感はない。要するに姿勢よく腰かけていたならば、ブラウザーのメニューを見る時に乾き目になり易いというぐらいだろうか ― これについては本格的に使ってみなければ結論は出せないが。いずれにしても微調整には、実用ならば高さ調整の壊れた椅子にクッションを置くか、来年ぐらいにはモニターアームを導入すれば完璧である。

先ずはデスクトップをアナログ接続する。探してみても手元にデジタルケーブルは一本も無い。上手にXPが立ち上がるが、LINUXとの切り替えのGRUB画面など横長に対応できていないので字が左右に引き伸ばされて変形する。それでも1920x1080のピクセルの入力しているなどを示すので間違いない。問題はドライヴァーのインストロールなどが不明瞭で、機器名をXPでは読み込んでいなかった。LINUXにするとソフトがアップデートされているためか機器名を問題なく掲示した。そして次にノートブックのWin8を付属のアナログケーブルで接続する。

画像も惚けた感じなので上手く読み込めていないと思ったが、表示も大きくして点け消しして暫くすると慣れてきたのか違和感も無くなった。最後に音出しも余分の回線を繋いで試聴する。なるほど1Wx2なので期待のしようも無いが、殆ど音作りはしていないようで、現在使用中のノートブックよりも音は大きくても質は悪い。

もう一つ、未だにPC側で入力の切り替えなどのコントロールが出来ていない。恐らくデジタル回線で結ばないと駄目なのだろう。そしてなによりもアナルグ回線で、その影響のないノートブックよりも惚ける感じが直ってくれるのを期待する。画像の影感などはその色温度も違ってとても良く、映画モードや写真モード、RGBモードなど使えるものが沢山ある。またTFパネルの視角幅も机上では全く気がつかない程度である。これでアームに設置すれば完璧だろう。



参照:
奥歯が浮く様な気持ち 2016-08-22 | 雑感
ベルギービール毎日一本 2016-08-18 | その他アルコール
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愛おしくて、侮れない

2016-08-23 | ワイン
アルコールを絶ったと書いた。二日だけだったので、この間に開けたリースリングについて記録しておこう。一本目はロベルト・ヴァイル醸造所のグローセスゲヴェックス「グレーフェンベルク」2013年である。まだ飲み頃には早いが、三本あったので、先ずは試飲してみることにした。2014年の試飲会以来だが、2015年の春にはまだ売れ残っていた。理由は分からないが、巷では2013年は出来の悪い年となっているのだろう。しかし事実は所謂太陽の薄い高級リースリング向きの年度なのである。

最初に開けたときは、まだまだ味が出ずに、ナッツ類の味だけでその他はなかった。更にミネラルも充分に感じられなかったが、翌日には果実風味が広がり全開となっていた。2013年の特徴は葉緑素臭い2004年にも比較される如何にも湿った感じのリースリングになるので、悪く言えば藁くさいようなハーブな味筋であるが、流石にこれはいつもの黄色めの梨などの果実風味が膨らんだ。その翌日の残りは、明らかに抜けて、落ちてしまっていたので。俗に言われるような偉大なワインの年度ではないことは確かである。それでも良いものは五年を超えて楽しめるのだ。そしてこの幸の薄そうな風情がなんともよいリースリングなのだ。リースリングファンには愛おしくて堪らないだろう。

新聞にモスリムの服装に関しての話題が載っている。大まかに四種類に分けた頭巾がざっと説明されていて、「ヒジャブ」、「ニカブ」、「ブルカ」、「チャド」が、シーアイラン、サウディアラビア、アフガニスタン、イランで「時」を表すなど写真付きである。それらに比べると、先日みた水着は殆ど違和感がないどころか、モード的にも受けるものであると感じる。例えば、タリバンが定めたブルーの網の目からしか見えない被りものになると、我々の人権感覚からして絶対強制などは受け入れられないものだと認識する。要するにそれだけでタリバンは人類の敵としか思えない。それに比べるとシーア派イランのそれはマチ子巻程度のモードにしか思えない。それにポニーテールとなると強制さえなければ、喜んで着る人も少なくないだろう。同じように歴史的に砂漠の地帯などではそうした被り物は健康にも配慮された、気候風土に育まれた衣料文化なのだとも分かる。

個人的結論は、フランス風の公における非宗教をモットーとするならば、こうした宗教的な強要はそれに反し、モードとしてのそれならば自由だろうという事だ。そうした民族的な個性を共生する社会の中で主張したいならばイスラエルのような国を作れという事になる。そうした土着の文化は異なる社会で流通すればするほど本来の歴史を踏みにじるという事でしかない。その意味からはイスラエルですら本来のユダヤ民族の歴史をないがしろにしているとみて間違いないだろう。文化を軽々に意匠として主張するなという事である。

USB温度計を入手した。キャリブレーションのために実験してみると、脇の下で36.9度以上になるので明らかに摂氏一度ほど高く出ると分かった。やはり氷点を作成してキャリブレーションしないと駄目なようだ。高く出るのは恐らく電源が流れて発熱しているのだと思う。また温度が安定するまでに時間が掛かっているので、恐らく気温観測にはそれで間違いないのだろう。

この温度計を充分に使いためにはマイクロコムピューターが必要になる。それに関してBluetoothも話題になっている。そこで、YogaTabletのために購入したキーボードをノートブックに接続してみることにした。問題なくノートブックをそれで動かせることが確認できた。なかなか侮れないテクノロジーだと思った。



参照:
我々のライフスタイルを代表 2014-09-30 | 試飲百景
柱のお札のようなもの 2016-08-06 | 生活 
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奥歯が浮く様な気持ち

2016-08-22 | 雑感
週末は奥歯が浮く感じがあって、週間の疲れが充分に取れ切れていなかったようだ。疲労が溜まっている。運動量も週に四日ほど運動しただけだ。それでも疲れた。どうも毎年夏の終わりの初期癌症状のようなものが今年は全身に出たのかもしれない。それだけ、胃の調子は良いという事だろうか?疲れと奥歯の浮つきが関連するようになったのは今年の五月からだが、今後も暫くはそのような関連性を持ち続けるのだろうか。

それでも無理して日曜日は峠攻めとした。筋肉痛のようなものが、準備体操の時に感じられたので、疲労は明らかだった。それに便意まで齎して、これは真面には走れないと思わせた。それでもスローペースの時速10KMも出ないような調子て登って、降りてきた。36分掛かっている。陽射しがあると厳しく、日陰でヒッヤッとするのは同じで、気温は摂氏18度に至っていなかった。本来ならばもっと走れる気候だが、身体が重い。実際73kg超えである。二日間アルコールを補給していないのは明らかに病気で、何年振りなのか想像もつかない。

外付けのHDにあるストレージが一杯になったので、WIN10アップデート時に自動的に作られたWIN8の保存データがあったので消去した。これが大きいのはのトーブックのそれを消去した時に確認してある。そして涼しくなったので、二つ目のLINUXシステムのストレージを触ると同時に、LINUXのアップデートをすると、システムスペース20GBが一杯になった。これもマニュアルで掃除しなければいけない。なにを消去すれば効率が良いのかは調べてみないと分からない。じっくり腰を落ち着けてやらなければいけない。共通のストレージHDも2TBに拡大しないと駄目だろうか。

土曜日に発注したモニターが月曜日には届く。同時発注したHDMIケーブルは火曜日にしか届かないので、先ずは大きさや高さや画像を判断しなければいけない。発注したBenQの108ユーロの安物は長く売られている商品でその間にマイナーチェンジされているようだ。最近の製品はフリッカーフリーとなっているが、これも実際に製造番号などを確認しないと分からない。明る過ぎるバックライトが問題なく抑えられるかどうかだ。日本では同じ大きさのモニターは競争力が無いためか出ていないようだが、このメーカーの商品はそもそも人気があまり無いようだ。TNパネル型のようだ。もう一つは適当な明るさにした時の背後の戸外の光の反射の影響である。その上で、火曜日にケーブルが届いて、アナログ、デジタル経由で最低二種類のPCからの信号を手元で切り替えることが確認されたなら、そしてドット落ちの問題が無ければ、送り返す必要はないだろう。

冬篭りまでは数週間あるので、その間に使い込むまで行けばよいだろう。そしてHDMIコードが充分に長いので、音楽動画のみならずケーブルを延ばすことで、ノートブックを使いながらのPCオーディオも使えるようになるのだ。PCオーディオに関しては、映像を除いた音楽再生という事ではまだまだハイビットDSD処理をしたCDプレーヤー並の音質はなかなか得られることが無いのである。やはりSACDではなくてハイビット処理のハイレゾレーションしか無いのではなかろうか。

車検は最初のオファーの規定料金だけで済んだ。車検などは自分でも準備、申請出来るわけだから、その意味からすれば当然であるが、次のインスペクションまでは何とか車輌の経費を制限出来た。



参照:
典型的小日本短足を眺める 2016-08-21 | 雑感
なんとも云えぬむずむず感 2016-06-24 | 雑感
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典型的小日本短足を眺める

2016-08-21 | 雑感
日本の男性四人が銀メダルを取ったとあって驚いた。写真を見てさらに驚いた。典型的な日本人脚の四人で、短足カルテットではないか。身長も小さい小日本短足カルテットがどのようにしてボルトなどと戦ったかをVIDEOで確認してみたい。勿論、バトン渡しが洗練されていることは知っているが、それだけで勝てるぐらいの体格差ではない。要するにピッチの長さで何割も短いという事は歩数が何割か多く、つまりテムポも何割も早いことになる。あの世界でそれ以上に早く動かすことなどはなかなかできない筈だ。どのように解決しているのだろうか?なるほどダムプカーとスポーツカーのタイヤの口径は大分違うがダムプカーが早いとはならない。当然スタートダッシュで早い加速で、有利に最終ランナーに繋ぐということになるのだろうが、その最終ランナーも小人である。どのようにボルトと並走したのだろうか?なるほど映像を観るとボルトは桁違いだ。

正直あの脚の形は鏡を見ているようで驚いてしまう。長距離とは違って太腿も太く、あれならば私でも短距離は走れると感じさせる。サッカーファンに言わせるとそれにも向いているようだが、実はとてもバランスが悪い。上体が上手くついてけないのだろう。そのようなことでスポーツをするにあたっては色々と考察する。ボールダーにおいて漸く上体の合わせ方が分かってきた気がするが、まだまだ腹筋と下半身が上手く合わせられない。ネットや本などで調べてみないと分からない技術が沢山ある。それらをマスターできると岩登りの可能性が高まるのは間違いない。

昨晩から例の奥歯の調子が再び悪くなった。明らかに疲れがそこに来て、胸の痛みまで感じる雰囲気になったが、反面ここ暫くないほどの快調な目覚め感もあった。夜中に二度目が覚めてトイレに行ったが、これはどうしたことだろうか。あまりに良し悪しがハッキリ過ぎていて、躁鬱の傾向なのか?恐らく、筋肉痛などからのホルモンの変化があるのだろう ― 昨晩は飲みたいところを水で上手に誤魔化した。感覚的には二十五年ほど若返った感じなのだが、これがどれほど続くのだろう?来週も天気が良さそうなので、日曜日の走りを繋ぎに再び運動量を上げてみたい。

例の宿無しおばさんに最近はよく会う。最近は匂わせることが無く、荷物のバックセットもピンクで揃えていて、一体どこでCAグッズコレクションを揃えたのかと思うほど持ち物が良くなっている。今朝のキャッシュコーナーでも寝起きのところを挨拶したが、最近はこちらの様子も見られているようで、こちらもちょっと無視して距離を開けるようにしている。そして戸口に並べてある持ち物の展示を見て驚いてしまった。履物がTPOに分けて四種類ほどあるのだ。あれならばシナ人でドイツの博士号を持っているような人よりもお洒落かもしれない。

いつか独り言のように話していたのは東欧出身でドイツ男性と結婚していたがとかだったが、その発音などもアクセントが不自然でなくて、もともとドイツ系なのかとも思わせる。あの時はなにか精神的に混乱しているようで若干危ないと思わせたが、その後もカトリック教会の壁の横に陣取って、我々の様子を見届けているようだ。そして今日の寝起きの様子をちらっとみても、身作りにもある程度の清潔感があり、花柄のワンピースのようにも見えた。あれならば先日まで私が来ていた襤褸のパジャマよりも遥かに立派である。

正直、態々路上生活している意味が分からない。自由を愛するにしてももう少し方法があるだろうが、まるで聖フランシスコの清貧を体現しているようにしか見えなくなるから不思議である。



参照:
謙遜と自尊心の無さ 2006-06-20 | ワールドカップ06・10・14
向上に相応しい動機付け 2006-02-14 | 雑感
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夏の終わりの泣きべそ

2016-08-20 | 
昨晩は夕立のあと蚊がデスク周辺に居た。前回の大型とは異なる小型で、第二世代を思わせた。蚊が湧くところは身近には無い筈だが、念のためにバルコンの排水溝に改めて詰まり止めの薬品を流しておいた。早速蚊取り線香を再点火して、計30分以上各部屋を燻らした。

見つけたのは階下の居間であったが、念のために寝室周辺も燻らした。まだまだ一巻目を 消費していないが、一晩寝ると神経に来た。やはり結構厳しい煙である。一部を開け放して、寝室周辺は締めきっていたからかもしれないが、これだけ神経に来るとなると蚊はイチコロだろう。先ずは安心して就寝できた。

あれやこれやしているうちに九月が迫って来て、秋の準備をしなければいけない。音楽のお勉強もあるが、身体が疲れていると眠くて仕方がない。晴天が続いて、一雨来て、自宅に留まるようになるとまるで中学生のようになる。それどころか、夏休みの宿題を済ましていない小学生のような泣きべそをかくことになっている。

先ずはこの週末辺りから月末に掛けての計画を立てて、同時に処理していかないと追い付かない。なにか仕事とその処理能力ではなにも十代の頃ともあまり変わっていないようで、この齢になって幾つもの別々のことを処理して行こうとするとどうしても限界を感じてしまうのだ。また、来週は天気が良くなる予想なので、外出機会が増えるととてもではないが覚束ない。

更にLANを見ているとストレージに使っている外付けの1TGのHDが一杯になっている。理由は自動的にバックアップが同調をするようになってから気がつかないうちに日に日に容量が足りなくなってきていたのだ。そこで、Win10に一時移行した時に勝手にWin8がデポされた大きなファイルが残してあることに気がついた。もはや役に立たない復帰ファイルなので、これを消去することにした。可成りの容量がある筈だが、その大きさを特定するのにかなりの時間を有している。総計18GBに近い。

今後の方針としては、HDを大きくするのが無難だろうが、東芝製でも80ユーロする。同時に音楽の大型のファイルの扱いを考えないと限がなさそうだ。DVDに入らない大きさのファイルも増えていて、HDの使用しか保存する方法が無い。簡単にDL出来るようなものは一か所のHDに移し替えてしまって、PCなどから削除するとバックアップのファイルも同時に削減可能となる。急速にファイルが増えそうなので迅速な対応が必要になる。無料でコピーしても結局はストレージにはそれなりに費用が掛かる。無駄なものを消去していくことには変わらない。

総じて言えるのは、情報量が如何に多くとも最終的には自己の脳で処理できるかどうかの問題なので、情報量に匹敵するだけの処理能力が必要という事になる。嘗てと比較すると圧倒的に大量の情報を収集可能となったが、処理能力は変わらないという事になる。



参照:
こうなると付け焼刃の勉強 2015-05-25 | 生活
水がワインになった奇跡 2005-01-07 | ワイン
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延長にも限界があるが

2016-08-19 | アウトドーア・環境
流石に疲れが溜まってきている。天気が良いことに二日間で二回走って、二回ボールダーをした。記憶が薄れるほど疲れた。課題を解決しようと思って出かけると日本で働いていたパン屋職人の車を見つけたので、彼が居そうなところに急行した。会うのは一年ぶりである。そこでロッホムスターなどを示すと、その横の右カンテを使わないのを教えてくれた。それほど難しくはなかったが、技術的には中々だった。帰宅して調べると5-になっていて、親仁の立つ昔風の登り方では摩擦登攀の妙技となる。但し手を上手に使うとこれまたアンダーホールド気味の指先の引っ掛かりと含めて中々の面白さだ。流石に伊達に80年代にヨセミテを登っていない。

体中に痛みが来ていて、走りに行くのも億劫だったが無理してでも体を解そうと試みた。柔軟体操ではなんとか体は動くが、全身症状がとても悪い。腹にも、腰にも、足にも、腕にも、肩にも堪えている。更にクライミング靴を履くときに右の指し指を骨折しそうになった。また右肩を痛めそうになって一瞬悪夢に襲われた。

親仁から、仲間の年寄りのおばさんが冬中室内トレーニングしていて、春先に肩を逝かせたと聞いて、全く同じだと思った。如何に室内登攀が肩に負担を掛けているかで、殆ど体操選手のようなものだけど、筋肉などの育成が追い付かないのだろう。特にある年齢以上になるとそうなのかもしれないが、若い人にもスポーツ負傷が多いのも事実だ。

駆け足ぐらいしかできないほど疲れているとなると、この辺りでお湿りが欲しいのだ。気温は16度ぐらいと冷ッとするほど涼しいが、充分に汗も掻いた。天候も微妙なところである。天気が良いとどうしての頑張ってしまうからだ。体が壊れそうなのである。ということで、カメラを持って解決した課題を撮影するつもりでいたが、結局最後に立ち寄ったぐらいで解決できなかった。次のお楽しみだ。

USB延長ケーブルが届いた。先ず3mのB-Aケーブルを1.8mに取り換える。音出しをする。心理的にすっきりした感じがするが、電磁波の影響が聞き取れたという事になるのだろうか?ブラインドテストでなければ分からない。そして、そこに3mの延長ケーブルを接続して、ソファーに座って音出しをする。直ぐにエラーが出た。これは駄目かと思ったが、出力を再調整する必要があった。すると全く問題なく音が出た。もしかすると情報の伝達の問題があるのかととも思った。そして懸案の映像を観てみる。完璧である。全くストレスなく動いた。そして、今度は今まで使っていた3mに戻してそこに3m延長する。これでも全く問題は感じられなかった。少なくともストレスなく使えて、明白な差異は気がつかない。つまり6mでも使えるという事で、もう少し長くても使えそうだ。

その後、目ぼしい放送局から世界中の放送局のストリーミング放送を聞いてみた。真面な音質で流しているところと全く駄目なところとの差が激しい。基本的には放送をそのまま流しているところの音質は良いが、ストリーミング別枠はMP3で話にならないようだ。良いところのものは実況を録音しても資料価値はある。それでも色々と流していても限が無いだけで、そもそもまともにオーディオ機器で流すだけの音源がいつも放送されている訳ではないことを考えれば、こうした使い方にはあまり意味がなさそうだ。

それでもソファーに座って、オペラ映像を観る機会を作れそうなのでこれは嬉しい。まあ、ヒーターを入れなくてもよい暖かい冬季の時期の楽しみだろうか。結構使えそうな音質で楽しめるのだ。



参照:
汽車をじっくり見た 2016-08-16 | テクニック
ベルギービール毎日一本 2016-08-18 | その他アルコール
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ベルギービール毎日一本

2016-08-18 | その他アルコール
お乾きが続いて、気温が27度近くになっても清々しい。私にとってはこれこそ夏なのだ。そして風に秋を感じるぐらいが名残惜しくて一番良い。そして散髪に行ってすっきりした。とても気分が上向く。お湿りが来るまで出来るだけ体を動かしたい。二週間ぶりぐらいのボールダーで新しい問題を見つけて、解決寸前までいった。この程度ならば岩壁でも試せる程度である。久しぶりに新問題解決となるか。なによりも靴があまり痛くならないようになったのが嬉しい。

モニターを調べていて、TFTとIPSの相違もよく分からなかったのだが、これを見ているとなぜ会社を潰すまでになったかが納得できた。技術者がそこに打ち込んでしまうと視覚挟角になってしまうのだろう。ディスプレーの視野角とはちょうど反対なのだ。会社の体質もあるのだろうがそうした人たちが会社を引っ張っていくと潰れるのは当然で、未だに拘っているようなのも理解できた。客観的にみればただの生産技術に過ぎないのだが、本人たちにはきっと異なったように見えているのだろう。いかにも技術屋が陥り易い罠である。

そこで今まで占有で使ったことのあるカラーのディスプレーを省みる。ノートブックは現在のものはIPSのようだが ― 実際はTNパネルだったようだ、前回はTFTだった。ソニーのデスクトップ用はTFTである。タブレットはIPSで、車載のモニターは分からない。このように見ていくとこの十年の市場の変化が分かる。

今回関心を持ったのは、新しいIPSを購入しても古いTFTを手放してはいけないという事が書いてあったからだ。理由はどうもマルチ画面を使うときなどに消費電力が低い従来のTFTが役に立つというのと、最近はアナログ入力が減ってきているという事の二点らしい。従来のVGA入力はデジタルに比べると画質は落ちるが、それほど悪くはない選択として、古いPC等に繋ぐのに欠かせないということであろうか。

ボールダーに向かう車中の中で、ベルギーで世界初のものがもう一つ増えるという話題があった。サクソフォンなどに続き、ビールラインがそれに入るというのだ。世界遺産に指定されたブリュージュの旧市街にあるデハルヴェマーンの製造工場から瓶詰め工場への経路に遺産の橋が掛かっていることから、負担を避けるためにパイプラインが出来上がったという事だ。同様な旧市街の例は、身売りしてホテルのなってしまったバッサーマンヨルダン醸造所などでもあったが、こちらは生産も盛んなようなので容易に移転も出来なかったのだろう。そこが身売りしたところとオーナーの施設とは異なるところだ。三キロを超えるビールの移動には、三十分ぐらいかかるというから、ラディオであったように水圧ポムプの調整がマイスターにとっては大切な仕事になる。幾らそれほどの気温ではなくとも、生ものであるから、新鮮度が失われないか気になるところだ。

昔私設水道の途中の崖下でパイプに穴を開けて流用されていたことがあったが、ビールとなると一寸栓を開けると飲み放題でグラスに継げるとなると、アル中にならない方がおかしいと思う。地下に敷設するようだが、そのようなことも考えてか、クラウドファウンディングで費用を募集する代わり、一生涯一日一本のビールを7500ユーロでプレゼントというのがあった。



参照:
麦酒、不純か純潔か? 2006-08-10 | その他アルコール
甘口ビール飲料に要注意 2006-07-15 | その他アルコール
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遠近両用眼鏡用モニター

2016-08-17 | 雑感
車検の結果はまずまずだった。エンジンがオイル沁みているのと、左前のフォグライトの電球が切れているのが欠陥らしい。前者は古くなってきているので仕方がないが、漏れて垂れている訳ではないから機械的にはまずまずだろう。少しずつエンジンオイルを足してやらないといけないぐらいなので、環境に悪いとされるのだろう。後者は電球を替えれば済むが、下の部分なので手を汚すのが億劫なのだ。

それ以外の前輪のブレーキディスクとパッドが大分消耗しているようなので、次のインスペクションには交換になろうから、ある程度の出費を覚悟しなければいけない。但し何もいわなかったのにも拘らず、懸案の振動は幾らか弱まっていた。依頼すると検査だけで大分経費が掛かるところだったが、排出ガス調整のためにアイドリング運転を調整したのだろう。それならばこのまま使えそうだ。恐らく余分には経費が掛かっていないであろう。次回は2018年8月だ。

以前は車が古くなると車検に経費が掛かると思っていたが、例の排ガス規制と同じようにローラーに乗せて回すだけだから、要するに一寸調整すればそれで通ってしまう。その程度のものなのだ。そういえば昨日オールドタイマーのオープンカー車の後ろについたら、とんでもなく排ガスが臭くて、車間距離を開けた。あのような車両は締め出してほしい。

HDMI入力モニターを調べると面白いことに気がついた。以前からウィッシュリストにはエイサーの安物モニターを入れておいて忘れないようにはしておいたのだが、一体どの価格帯で真面な商品があるかは分からなかったのだ。そして分かって来た。新品モニターは70ユーロぐらいからあって、卓上の上限は400ユーロぐらいだと分かった。HDMI入力で、評判の良いものも100ユーロぐらいである。なにかどうもこの十五年で価格が大分下がっている。

思い起こすとあの時アナログ入力のものを選んで購入した筈だが、デジタルもあって、また価格的にはLGやサムソンが対抗馬として安くてあったと思う。結局ソニー製を購入したが、今回も対抗馬としてLGなどを比較して、韓国製は価格的にも台湾製には到底敵わない。だから今回も興味あるサムソンなどはとても候補には上がってこない。少し加算しても購入しようと思うほどの製品が無いのである。この十年間で韓国製品を一度も買わなかったので、今後とも韓国製品は使うことが無いと予想する。要するに韓国の産業の勃興の時代は終わったのではなかろうか。同時に東芝が家電から足を退き、シャープなども撤退身売りするような状況はモニター市場で具体例として観察できる。これではどうしようもない。それでも違う分野で伸びる可能性は、やはり韓国企業と日本企業では異なる。

今日も現代の車の苦情を聞いた。暫く乗っているだけでドアの合わせに隙間が開いて来たというのである。安かろう悪かろうの車かも知れないが、ガラクタのようなものをドイツで売り込んでいるのも厚かましい商売である。それでもある程度の市場はあるようで、町では大分走っている。そうやって売っているうちに昔の日本車の様に徐々に品質を上げてブランドイメージを高めていくというビジネスモデルが成立するのかどうかはとても疑わしい。モニター市場からそのようなことまで見えてきた。購入しても良いと思うのは22インチぐらいまでだろうか?誰かが面白い評を書きこんでいた。「デスクで使うには、それぐらいの大きさまでしか駄目だ」と、理由は「遠近両用メガネでは首を動かさずに綺麗に見れる大きさが限られる」からだという事だ。



参照:
汽車をじっくり見た 2016-08-16 | テクニック
初めての三星商会製品 2015-06-12 | テクニック
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汽車をじっくり見た

2016-08-16 | テクニック
玄関への階段の壁が剥がれていた。そこで修理となる。車検に出かけようとすると、親爺が近寄って来て、工具のために電源が欲しいという。左官屋の親爺の顔を見て親近感を感じた。その笑顔が全く指揮者キリル・ペトレンコの人懐っこいあれだった。アクセントは完全に東欧で、雰囲気からするとロシア系もしくはウクライナ系と推測した。ポーランド人との違いはと考えると、ポーランド人の方がなんとなく大仰なところがある。カトリック系の特徴とは別な素朴な感じのあれである。それがこの親爺はその大仰さが無い。それでも旧教徒的な立ち振る舞いもある。ユダヤ系とまでは思わなかったが、確かにウクライナ人にも近いかもしれない。兎に角、こちらが自然と親近感を持つと向こうも余計に親し気になる。天才指揮者のような小柄でも、黒髪系でも、それほど鷲鼻が目立つわけでもないが、似ているのだ。出かける前から一寸嬉しくなった。

一時間半の車検の間、近くの労働技術館の野外展示の汽車をじっくり見た。二回目だが、塗装などが新たに、より見やすくなっていて、興味が尽きない。一つ一つのパーツがなぜこのようになっているのだろうと考えると尽きないのだ。一度も鉄道ファンになったことはない。一度も本格的な蒸気機関車に乗ったこともなく、精々全面電化された後も引き込み線の停車場で貨物車を前後に動かしていたのを覚えているぐらいだ。少なくとも同級生達の様にそこまで関心を持つ事はなかった。

今回の一番の印象は、その蒸気機関車が1933年まで現役であったという事で、これだけごつい機械が時速162kmで走っていたと思うと恐ろしい。ブレーキシステムや圧系などを見ても驚かされる。百年前には人類の文明というのはこうしたものだったと思うと、感慨深いのだ。既に核物理などが盛んに実用面でも研究されていたかと思うと、蒸気機関車の意味合いが更に深まる。勿論燃料の石炭を有効に使うという事情はあったのだろうが、隔世の感がある。そのように丹念に見ていると一時間ほどは直ぐに過ぎ去ってしまった。

USB延長ケーブル購入のため、送料無料の最低額に合わせてネットショッピングをしていると、最終的に予定とは違うものを発注した。なによりも長さが変わってしまった。現在使っているものが3mと中途半端な長さになっているので、延長を2mにする心算だったが、なにも無理して長いものに中途半端に延長することなく、短いものに長めに延長する方が今後も安心して使いやすいと思ったからだ。要するに標準長が3mでは長過ぎて使い切れないので、1.8mに短くして、延長を3mにした。もしこれで問題なく使えたならば、最大6mまで延ばせて使えるかどうかを実験も可能だ。つまり組み合わせとしては、1.8、3、4.8、6mと全部使うことが出来るかどうか、その差が視聴覚上顕著に出るのか出ないのかを実験すればよい。上手くいけばソファーで仕事しながらもPCオーディオを流せるようになる。

それはそれで良いのだが、仕事のためのモニターも新調しなければいけないかもしれない。最大の理由は、デジタル入力のモニターが無いので、大変使い勝手が悪くなってきていることである。本来ならば今年から始めた夏季のノートブック利用も早めにドッキングステーション化するべきだったのだが、気がつくのが遅すぎた。それでも今後マイクロコムピューターのラズベリーなども使っていきたいので、少なくともセットアップには必要になる。誰かの家に出かけてか、どこかでやって来ても良いのかもしれないが、そろそろ替え時だと思っている。調べると現在使用中のモニターは2001年購入で、アナログ入力だけだ。これでは時代遅れも甚だしく、どうしようもない。



参照:
商品テストの相対的価値 2013-05-16 | 雑感
脅迫観念一杯の列車旅 2007-11-17 | 雑感
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週末はそれなりに色々と

2016-08-15 | 生活
今週は三回走った。一度目は週末の疲れの体解し、二度目は沢を往復、三度目は峠である。走るときは比較的涼しかった。日曜日には、先週の同じころ下りてきたところで出会った夫婦が、先に居て、走り出した。嫁さんは膝までのハイソックスで、二人の一人が腰高の小さなサックを背負っている。殆ど肩についているような形である。見ていると峠攻めの林道を走り出したので、長く見ない爺さんに続いて久しぶりにその林道を走るライヴァルだ。但し走る速度がその爺さん程度だったので、時々見かける走り慣れた奥さんとは大分遅い。奥さんの方は山道も軽快に走っていて、林道も盛んに話しながら並走していたのを見て、可成りの実力だと思っていた。それに比べればこの夫婦らしきは大分遅い。但しサックが気になるのだ。長い距離をゆっくりと走るのだろうか。

準備体操をゆっくりしたので、最低二分以上経過後に走り出したので、途中で後姿を追いかけるようなことはなかった。こちらのスピードも最高記録時からすると一割ほど落ちているので当然かもしれないが、最後の上り直線ぐらいで追いつくという見込みもあった。しかし、途中で親爺の声を聞いたようなところで、林道の脇道もあったので、その辺りから谷への周遊ルートを走っているのかもしれない。すると長い距離というよりも、最後に再び駐車場へと上がってくる道程を走るのだろうか。少なくとも下って来た時にはまだ車があったような感じだったので、先に戻ったという事はないだろう。また来週も会いそうなのでも少しわかるようになるだろうか。

パン屋で並んでいるとき、大衆写真紙ビルト新聞に、シュマッハーの娘が金メダルを獲得したとあった。ネットで調べてみると馬術の大会でリオでは無いようだが、新聞の見出しを見るとつい購入してしまう人が少なくないのだろうと思わせた。私も上手く騙されていた。流石なタブロイド紙である。

先日ソファーで画面を真っ直ぐ見るためにUSB延長ケーブルを購入したいと書いた。探すと同じアマゾンオリジナルの2m延長が比較的安くあった。勿論5mのケーブルを購入してみても良いのだが、価格も高く、付け替えるのが面倒なので延長を試してみたいのである。この延長があれば少なくとも充電器からの延長などで、旅行などには使いやすいだろう。無駄にはならない。

USBは規格上、5m以上は延長しないようになっているのだが、今回は3mに2m延長で合わせて5mになるが接点が一つ増えることになる。DACに正しいデジタル情報が送れるかどうかは試してみなければ分からない。手元にある極細延長コードを繋げると、一瞬だけ音が鳴って、そのあとはプログラムが落ちてしまった。これほどひどくはならない筈だが、なんら認知できるような影響が起こるのだろうか。転送速度などには殆ど問題が無い筈だが、なにが変わるのか、使い物になるのか、ならないのかなど興味津々である。

同時に昨年来使っていたラッカースプレーの最後を使い切ったので、同じ缶を発注しようかとも思っている。二つの横並びの洗面器の排水口の塗装がここ十年前に剥がれて、どうしてもそこはあまり使わなくなっていたのだが、その部分をラッカーを使って化粧直しすればよいと思ってやってみる。残り量が少なかったので二度塗りが必要そうだが、先ずは再び精神衛生上に使いやすいようになった。色合わせもあるが、先ずはこの色で使える場所が多いので、これを再発注するのがベストと考えた。



参照:
光を有効に使う方法 2015-12-13 | 生活
ファイルを再生する 2016-08-14 | テクニック
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dffファイルを再生する

2016-08-14 | テクニック
レーベルcpoのオーナー会社jpcから送料無料のお知らせが入っていた。恒例の落穂拾いは次の四半期までは暫くある。そこでサイトを覗くと安売りが目に入った。ヘンスラ―のSWRシリーズである。もともとはリリング指揮バッハアカデミーものなどを録音していたレーベルで、SWRに吸収されてからは放送局録音しかないので殆ど購入していないが、今年吸収合併され、二十世紀後半の歴史の幕を閉じた昔のSWFの管弦楽団の録音が見つかった。そこの前々音楽監督のミヒャエル・ギーレン指揮の新ヴィーン楽派の録音である。ギーレン指揮の録音もツィンマーマンやシェーンベルクしかもっていないので、丁度良いかとも思った。「期待」の録音もブーレーズ指揮とドホナーニ指揮の二種類も持っているが、自作を含めて知らない曲も含まれているので良いだろう。5ユーロしないのが何よりも良い。

チャイコフスキーの交響曲の面白い録音を探しているが、なかなか見つからない。特に五番は厄介である。またネットでSACD編集物をDLしてLPと比較してみた。基本的にはLPを上手に鳴らすのは難しいが、SACD盤であると録音や演奏の荒が分かり易くなって興醒めするものが殆どである。何故だか知らないが、ドイツェグラモフォンのアナログ録音ばかりが日本の会社でリマスターリングされて、異常な高額で世界市場に出ている。一体誰が買うのだろうかと思うのだが、LPを知らない世代やそれ相応のHiFi装置を使っていない人には手っ取り早くアナログ名録音を楽しめる機会を与えているのだろう。

残念ながらDGには真面な録音は少ない。当時のEMI録音ならば良いだろう。デッカの録音を比較すると、確かに管弦楽団の鳴りは素晴らしいが芸術的かどうかには疑問も湧く。また嘗てラディオ中継されたようなライヴものは音色感なども当時聞いたFM変調されたような響きは戻ってこない。マスターには何を使っているのだろうか?オリジナルのアナログテープか、スタディオマスターでなければLP以上の音質が得られる筈はないので、その出来上がりからして大変疑問に感じている。放送局のデジタルマスターでも24BitのPCM録音以上では無い。多くは現在のネット中継の艶消しされたような音色になっていて、これならばカセットで録音したものがましかとも思う。そもそもドキュメントでしかないラディオ録音を幾ら音質を良くしても現在のネットストリーミングの新鮮さも無ければ、当時の感興も呼び起こさないものになる。

SACDのデータファイルのdffファイルを初めて再生してみた。前回はISOファイルだったので、新たにfoobar2000にプラグインDSDIFF Decoderをインストールした。SACDのデータの取り出し方にはいろいろあるようだ。どのようなシステムにしてもデジタルデータを取り出すことは可能であるからコピー保護には殆ど意味が無いのだろう。反面、カラヤン二度目のベートヴェン全集LPが180ユーロで出ているが、当時安かったTimeLife版でも十分な盤の厚さがあったことからすると、その内容といい、その価値があると思う人はどれぐらいいるのだろう?まさしく、これも真っ当な市場が壊れている傍証だ。

前回はISO形式でSACDをDLして、それをDSD再生するというのをやってみた。どうやってこれを鳴らすのか分からなかったので調べると、foobar2000にSuper Audio CD Decoderと称するプラグインをインストールするだけで容易に拡張出来た。要するにSACDプレーヤーが要らない。アナログ録音LPをMP3化してもCD化しても購入しないが、鮮度が高いマスタ―テープが残っていたならばSACD化の価値のある場合もあるのだろうと思っていた。

コーミッシェオパーでのレハールの「微笑みの国」のSat3の放送中継録画を早飛ばしで観てみた。DLしてから大分経つが、最近環境が整ってきたからだ。コンヴィチニー演出でそれなりに面白いことは分かった。ソファーに座ってゆっくりという形にはなっていないので、USBの延長コードを試してみようかとも考える。

コンサートとは違って劇場作品などはゆっくりと映像を観たいとは思っても、時間も無く、なによりも音楽に集中するのとは違って、集中力がもたない。映画でも自宅で観るのは苦手である。TVというものを観ないようになってから更にこの傾向が進んだようで、要するに我慢が出来なくなってきている。



参照:
伯林量子化演奏会の響き 2016-08-09 | テクニック
音楽体験の機会を奪う動画 2016-06-19 | 音
マニキュア落としの効果 2016-07-07 | 雑感
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