Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2016年7月

2016-07-31 | Weblog-Index


インタヴュー、時間の無駄三 2016-07-30 | 文化一般
太陽が一杯の幸せ 2016-07-29 | アウトドーア・環境
ヤノフスキーのワンパターン 2016-07-28 | 文化一般
目を瞑って眠りこける 2016-07-27 | 音
夜な夜な続く蚊との死闘 2016-07-26 | アウトドーア・環境
「ドイツ生まれのドイツ人」 2016-07-25 | 歴史・時事
インタヴュー、時間の無駄二 2016-07-24 | 歴史・時事
日本の問題、世界の問題 2016-07-23 | 歴史・時事
民主主義を叫んだ独裁体制 2016-07-22 | マスメディア批評
増える射殺される人々 2016-07-21 | 雑感
インタヴュー、時間の無駄一 2016-07-20 | 文化一般
手に取るポッケの小石 2016-07-19 | 女
ヘリコプターマネー事態 2016-07-18 | 歴史・時事
興奮冷めやらぬエニグアン 2016-07-17 | 歴史・時事 TB0,COM2
必然的帰着からの予想 2016-07-16 | 雑感 TB0,COM2
退位の緊急事態への一石 2016-07-15 | 歴史・時事
ちぐはぐな夏の雰囲気 2016-07-14 | 雑感
木曜日は雪模様となるのか 2016-07-13 | 生活
「軍事化へ右翼政権の改憲」 2016-07-12 | マスメディア批評
アベニグマの殺戮の夜 2016-07-11 | 生活
期待する三宅洋平効果 2016-07-10 | マスメディア批評
ツケを残し利子を払う税制 2016-07-09 | 文学・思想
ポストデモクラシーの今 2016-07-08 | 文学・思想
マニキュア落としの効果 2016-07-07 | 雑感
薬指から指輪が消える時 2016-07-06 | 女 TB0,COM2
非定型歯痛とはストレス 2016-07-05 | 生活
倭人を名乗るのは替え玉か 2016-07-04 | 歴史・時事
自分らしくあれる社会 2016-07-03 | 文学・思想
水道水に癒されるこの頃 2016-07-02 | 雑感
つまらない音楽家たち 2016-07-01 | 文化一般
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インタヴュー、時間の無駄三

2016-07-30 | 文化一般
各国の18歳の身長調査の結果が紹介されていた。それによると世界で一番大きい女性はラトヴィア女性となる。平均170CMらしい。ドイツ語学校に通っていた時にリガ出身女性がいたような気がするが、そうなのかなという印象しかない。バルト国人よりもフィンランド人の方が大きな印象を持っていた。男性はオランダ人でこれは変わらず、その平均184CMである。

さてドイツ人は男性が180CMで世界11位でこれは違和感が無いが、フランス語を習っていた時の話題だった「ドイツ女性の典型170CM、茶髪」は、ここでは平均166CMで世界14位となっていて意外だった。もしかするとトルコ人など外国人が平均を下げているかとも感じる。実際に平均170CM弱の感じは免れない。勿論166CMも平均ではあるが、もしかすると、小さいとは評しても決して大きいとは誰も評さないだろう。

世界で最もこの百年間で大きくなったのは、イラン男性で20CM成長、女性では韓国女性で16.5CM成長とある。まさか足の踵に美容整形手術をいている訳でもないと思うが、なぜなのだろうか?


さて、「インタヴュー、時間の無駄」の続きである。

承前)十八歳でオーストリアに来られて、そこから何もかもが早く進展しました。二十七歳でマイニンゲンでドイツで最も若い総監督になりました。予定通りですか?それとも幸運だった?


計画通りではないですが、一段階一段階、何をなすべきかを意識して判断しました。転がり込むような幸運ではなく、なにかを積み上げる試みをしたのです。卒業のあと、二年間ヴィーナーフォルクスオパーで、最初はただのアシスタント、そしてカペルマイスターで、そして即マイニンゲンへと行きました。全てはただの幸運ではないですよ、一生懸命に頑張りました。その最後ではとても得ることが多かったです。マイニンゲンからここコーミッシェオパーへの段階はしかるべきもので、ただの幸運ではなく、内実必然たる進展です。マイニンゲンで一緒だった、コーミシェオパーの演出家でもあるクリスティーネ・ミーリッツは、つまりここでハリー・クッパ―の下で演劇監督をしていたのでした。そこで、ここのことは分かっていましたので、即座に入ることが可能となりました。

ここまでは、キャリアにおいて、オペラはコンサートよりも重要視されています。これは望むところですか?


そのようには個人的には計画していなかった。本当は学業のあとコンサート指揮者の準備をしていましたが、劇場や演出家、歌手を多く抱える所属マネージメント事務所の関係なんです。最初はその劇場で、先ずは見えない舞台裏の仕事に魅了されました。そこから、そこでどれだけ学べるかに気がつきました。そして、オペラ作品というのが取り分け美しいものであると。歌手との仕事で、音楽を通して、導いたり、導かれたりと必ず両面性があって、時には譲り、時には攻めたりです。これは凄いことで、全てがこうなったことにちっとも後悔していません。勿論コンサートは時間的に短か過ぎますが。それでも世界のあらゆる大管弦楽団と仕事をして、良い歌手陣から学んでいます。

一寸例を挙げて貰えますか?それともあまり外交的ではありませんか?

いいえ、いいえ、全くそんなことはないです。ここコーミッシェオパーでは、なによりも我らがアンサムブルではヴァルナー・エンデルスで、残念ながら亡くなりましたが、そしてロシア人のアナトリエ・コツェルガを挙げます。彼とはフランクフルトでムソルグスキーの「ショヴァンシチーナ」リオンでチャイコフスキーの「マゼッパ」をやりました。彼から正しくフレージングすることを学びます。印刷されているロシアのリズムは、書かれているように歌われてはいけないということです。それどころか、楽譜通りのリズムで歌うということは、間違って歌うということなんです。それは、言語のリズムを正確に作曲しているヤナーチェックやリヒャルト・シュトラウスとは、丁度正反対でなのです。チャイコフスキーにおいては、ムソルグスキーに比べられないぐらいに、自由に韻を踏まないといけないのです。そこで指揮者はそれに付けるのはとても難しくなります。楽譜には四分の四拍子となっていても、歌手は八分の五拍子で歌います。それが正しく響くのです、なぜならばロシア語の抑揚と調子がぴったりと合うからです。それは印刷されたものとはほとんど関係ありません。このことをアナトリエ・コツェルガに教わりました。最初は、伴奏するのが難しくて、いつも僕のと違うので、「何しているの?聞いてよ、一、ニ」と呼びかけました。すると彼は、「違う、そうはいかん、この節はそうやらなければ」と言うのです。すると一拍伸びて、他が短くなる。それがまた本当に正しい。これで、直ぐに古いロシアのフォークソングに気がつきました。それらは、様々な音節の韻を踏んでいて、しばしば拍子が変わるのです。しかしチャイコフスキーに関しては、リズムの問題は特に厳密にされていると思ってました。それが違って、「オネーギン」では明らかにドイツ語で上演すると全く異なったものになります。しかしロシア語ですと、直ぐに分かります。歌手がですね、楽譜通りに歌うと、まるで役人がディクテーションしているように丸、点と響くのです。自然な言葉の流れとはなりません。(続く)


いよいよインタヴューは佳境に入って来た。ロシアのリズムに関してはここでも再三書いてきたことであり、特にキリル・ペトレンコの譜読みの背景にそれに纏わるリズム意識が入っているとしていたが、ここまで明白に発言されているとは知らなかった。もはやこれ以上のインタヴューは時間の無駄なのはこれでも分かる。

取り分け興奮させられるのは、そうしたリズムに関して自然に身についていたのではなくてロシア人歌手との仕事で教えられ!、意味づけられたということで、明らかに母国語ロシア語のリズムが自然に分かっていたというのとは全く異なる。つまり、シュトラウスやヴァークナーと同じような距離を以てロシア音楽を指揮出来るようになったということで、我々ロシア語の出来ない者にでも明白にそれを示してくれることが出来るということでもある。それは、ヴァークナーの楽劇においてもドイツのリズムとアクセントを守り乍ら自由自在に楽譜を読むことが可能な位置にこの指揮者が立脚しているということだ。要するに自身のロシアのアクセントから解放されているということでもある。

ここで触れられているロシア音楽への理解の深化の機会が2006年の上演以降のことであり、当時既にBLOGで話題になっていたこのロシア人指揮者について、「ドイツ音楽をまともに指揮できる筈がない」との旨を私はそのBLOGでコメントしていた。聞こえたかどうかは知らないが、実際にその時期にペトレンコの音楽に決して小さくない発展があった可能性も完全には否定できない。そして2014年夏、私は当時と同じ気持ちで劇場に座り、おかしなアクセントに注意して「ラインの黄金」の前奏曲に荒さがしのように耳を傾けていたのだった ― ロシア人にヴァークナーが演奏できるかと。そして冒頭から、何よりもまるで奈落の高さを上げた改造があったとしか思えない響きに圧倒され、まさしくラインの濁流に飲み込まれてしまい、そのアクセントに問題が殆ど無いことを確信するのにもそれほど時間が掛からなかったのである。



参照:
やくざでぶよぶよの太もも 2014-07-29 | 音
秘義とはこれ如何に 2015-09-09 | マスメディア批評
楽譜から響く管弦楽サウンド 2015-06-24 | 文化一般
インタヴュー、時間の無駄一 2016-07-20 | 文化一般
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太陽が一杯の幸せ

2016-07-29 | アウトドーア・環境
前日は乾燥していて気持ちよかった。ボルダー周辺も夕方早く摂氏22度ぐらいで丁度良かった。手を掛けるとチョークを付けないでも摩擦が効くのだが、直ぐにその分疲れて握力が弱まり、最初のアレックスのトアヴァ―スも解決しなかった。但しヴァレーションの途中から上に抜けるものを初めて試すことが出来た。今後途中で無理だと思った時にエスケープする方法としても使いたい。

次にはフェリックスを試すと一発で解決できた。右手を押さえつける感じで力が入るようになってきた。上体を使えるようになって来たのと、やっと靴が慣れてきたのか足が痛くて力が入らないようなことが無かったのが嬉しい。実はもう一つ大きめのものを購入しようかどうか考えていたのだが、いつもこれぐらいの感じで履けるようになれば魔法の靴になるかもしれない。購入後一年以上経って漸く靴の本領が見えてきたという感じだ。

その他ロッホムスターなど簡単なものを片付けて、二時間滞在した。まだまだであるが、久しぶりの出かける前にトイレに行って体を軽くしていたのも良かったと思う。

その前日にビュルクリン・ヴォルフ醸造所に出かけた。ノーリッチ出身のトム・ベンスに国民投票のことを話すと、「あそこだけ小さな点でEU賛成なっていて、少なくともそれだけは自慢だ」と答えた。それでも分析は出来ないようで、理由も見つからないという。それでも保険会社やヴァージングループなどが町にあるのは事実らしい。因みに次のEU賛成多数区はケムブリッジだ。

思い立ったのは2003年産ボェーリックを開けてあまりにも酸が効いていたのと、漸く飲める感じになって来たのに気がついたからである。ただ、まだまだ開き切っていなかった。同時に火打石のミネラルがあり、また四日後にはぺトロール香が出たのであと二三年が頂点だと思った。隣の地所のゲリュンペルはそこからが勝負だろうか。

急いでフォルスターのオルツリースリング2014年産も持ち帰った。まだまだ飲み頃には一年ほど早いが先ずは自宅で試したくなった。良いリースリングが飲み頃になるのは瓶詰め後二年かかるということだ。兎に角売れ切れてしまうと話にならない。その一方2015年産のヴァッヘンハイマーを試飲した。瓶詰後直ぐらしいが、とても上手にヴァッヘンハイムのリースリングを調合していた。重くらしい2015年にも拘らず涼しさがあるのだ。それでいながら太陽が一杯なのである。だから南ティロルのトラミナーを思い出した。どうも醸造所内で試したようでその結果は正しかったと思われる。少なくとも二年までの熟成は大成功だろう。恐らく2015年産リースリングの中で可成り注目されるオルツリースリングになると予想される。こうした太陽が詰まっている天然飲料を楽しむと本当に恵の幸せを感じることが出来るのである。エコとかビオデュナミとかなんとか言ってもその最終的な頂はこうしたところにあると思う。



参照:
民主主義を叫んだ独裁体制 2016-07-22 | マスメディア批評
全然飲み飽きないワイン 2016-05-10 | 試飲百景
通にしか分らない質と価格 2014-09-16 | 試飲百景
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ヤノフスキーのワンパターン

2016-07-28 | 文化一般
日曜日は頂上往復をした。湿気があって気温も摂氏18度を超えていた。汗をしっかり掻いた。その上心拍計測の胸バンドをしていた。二十分を過ぎるころから汗が噴き出した。頂上手前ではとても厳しかった。女性のスポーツ選手は大変だ。気象条件が堪えた。膝に気を付け乍ら降りをひた走る。普段走っているコースとも冬場の走りともやはり運動量が違うと感じる。

月曜は窓の開け方を変えた。すると蚊があまり攻めてこなかったので、早めにシャワーを浴びて床に就くと一匹ぐらいが遠くで飛んでいるぐらいで、熟睡した。そして翌朝レモンの香りの蝋燭について人に尋ねると殆ど効かないという。それならば安くない事であり、発注を止めて蚊取り線香を待つことにする。この状態が続いてくれると嬉しい。

一時愛聴していたザビーネ・マイヤー演奏のマンハイム楽派のクラリネット協奏曲が新しいCDプレーヤーになってからもう一つ上手く鳴らないと思っていたら、モーツァルトの協奏曲を鳴らすと見違えるほどに綺麗になった。以前は今ほど透明感を以て響かなかったのだが、それが綺麗に再生されると断然伴奏のシュターツカペレドレスデンの巧さが光った。マンハイム楽派の楽曲の伴奏はハイルブロンの室内楽団なので綺麗に鳴るほど荒が目立って来たのである。オーディオは分厚い響きになるほど綺麗に再生するのが難しくなる。想像以上に、そこではモーツァルトで良い演奏をしている。

指揮者マレク・ヤノフスキーのバイロイトデビューの前夜祭「ラインの黄金」の生中継を途中から聞いた。予想通り、交響的な響きを追求していて、指示動機を景気良く鳴らせるのはドレスデンでの名録音の時と同じである ― そもそもライトモティーフという概念が音楽分析のパターン化による単純化でしかない。この指揮者が指示動機を循環動機としての音楽構造と捉えているとすれば、あとになればそれは支離滅裂になる。なるほど神々の黄昏か。そして徐々にそのダイナミックスのワンパターンに嫌気がさして来ると同時に、最後のヴァルハラの場面へと全く劇場的な雰囲気を排除して突き進んでいく。ここぞという所でも、退いて劇空間を形作ることが全く無い。どこまでも同じように組曲か何かのように突き進むのである ― あのロヴロ・フォン・マタチッチの豪快さだけが売りのそれを思い起こさせる。さぞかし劇場にいる人はと、気の毒に思った。そもそも音楽劇とか劇場空間とかを理解している指揮者とはされていないが、ここまで押し切ってもゲオルク・ショルティ―指揮程の圧倒的な演奏でもないので興醒めだ。秋には日本で「アリアドネ」を指揮するらしい。後半の劇中劇も交響詩的ではないが、前半は更に精妙さが求められる。マンハイムの音楽監督だったホルスト・シュタインは日本でもそれをとても精妙に指揮したが、このポーランド人にそれが出来る筈がない。

前日の「パルシファル」の第一幕のVIDEOを観た。なるほど程度が低い。FAZのおばさんたちが言っていたシナイ半島から世界へ、世界から宇宙へ、地球から太陽系、太陽系から銀河に、そして再びシナイ半島の教会へのグーグルアースのような映像の稚拙さはほとほと呆れ果てる。昔のTVスタートレックの映像とも比較できないほどの下手さ加減である。芸術云々以前の学生でももう少しやれるという技術と意匠の低さである。演技指導もあまりプロフェッショナルさを感じさせない。監督をしているヴィースバーデンの州立劇場とはこの程度なのか。舞台美術だけはそれなりに予算の中で上手く纏めていた。それにしても音楽も舞台も現在の体制の中では益々低俗安物になってきていて、初代音楽監督が前日のインタヴュー最後に、「来年もまた出来れば」とアナウンサーが辞去するときに「そうありたい」と笑っていた通りである。ジャーナリズムや聴衆が明確に反応しなければ祝祭劇場自体が存続の危機となるであろう。



参照:
ハイカルチャーの趣 2014-04-04 | 文化一般
目を瞑って眠りこける 2016-07-27 | 音
ペトレンコ教授のナクソス島 2015-10-22 | 音
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目を瞑って眠りこける

2016-07-27 | 
舞台神聖祝祭劇「パルシファル」の新制作生中継を聞いた。ひとことで言うと、2004年制作の「パルシファル」が再び脚光を浴びる新制作だったとなる。それは個人的な思いだけでなくて、上演後に皆が口にしたことでもある。ラディオ生中継で舞台は分からないが、音楽は楽譜を捲りながら流した。ノートブックのラディオよりも悪い音響だったが、お蔭で演奏自体はよく分かった。様々なところに少なくともペータース版の楽譜に書いていない指示がなされていて、しばしば異なる音が流れていた。あとで聞くとヴィオリンだけでも300か所以上異なったことをしていたようだ。全ての指示は指揮者ヘンシェンが持ち込んだ書き込みにあるらしい。その土台になっているのはエゴン・フォス博士の校訂のようだ。今回の上演での管弦楽における聞きどころは此処であった。

同時に、話題になっている舞台と共に、如何にオペラ指揮者と呼ばれる人々もしくはスター指揮者と呼ばれない二流指揮者が振る、普通のオペラ公演と超一流指揮者が制作に係わるスーパーオペラ公演の差が激しいかを、これほど如実に聞かせてくれた演奏も珍しい。

なるほど楽譜の違いは部分的にボーイングどころではなくて、スラーもスタッカートもスフォルツァンドもフォルテピアノも楽譜に同じものが弾き分けられていて、半音も違った音が鳴るところがあるというのは音としてて如実に表れていたのだが、如何せん、こうした楽譜への拘りと、その音楽の構造的な脈略の提示とは、また異なるものなのである。要するに指揮者が充分に楽譜を読み込めていないということでもある。木を見て森を見ずである。

なるほどこの指揮者の良いところは、初代音楽監督のようにアウフタクトからアウフタクトへと引っ張ってドイツ風を演出する如何にもドイツオペラ劇場風の月並みな読みとは異なって、しっかりと弱拍も音価を充分にとって読み込んでいるのだが、如何せん技術的な拍打ちが悪いのかどうか拍子が暈けてしまうのである。拍子感が重要なのは、丁度物理現象と同じで水が上から流れるようにもしくは水車が回るようなポテンシャルエネルギーが無いと流れとして成立しないからである ― 先日日本の女流ピアニストの休止が日本的間だと書いてあったが、休止を含めて拍子感の中で動かないと自然な音楽の流れにはならないのである。

だからFAZのおばさんが終了後に溢すように「退屈で仕方がない」というのは事実で、PCの前で眠くて仕方が無かった。クールな音楽はそれで構わないのだが、パルシファルを歌ったフォークトが逆説的に語るように、「速度の問題ではなくて、ゆったりとしたテムポ感でも緊張感は築ける」というのとは正反対に、幾らテムポをあげても弛緩しっぱなしではどうしようもない。キリル・ペトレンコがやるように、アウフタクトを殊更強調しないで、しっかりと歌いこむのはとても難しいということである。

序ながら、番組中のインタヴューで初代監督ティーレマンが今回の一連の騒動について釈明していたが、予想通り祝祭劇場や奈落の音響やその点に関して助言するのが当然としていた。それだけでなく本来の指揮者であったアンドリウス・ネルソンスは反論出来るような指揮者でないことは、今回の一連の状況から明らかで、パルシファルの楽譜を読み取るだけの実力は要していないということになる。なるほど色彩的に管弦楽団を鳴らすことは期待されたが、楽譜から音楽を引き出すだけの能力に欠けるのだろう。こうした種の才能豊かな指揮者は数多いがその中の筆頭格のようである。要するに才能溢れる指揮者であっても才能ある音楽家ではないということである。勿論プログラムビルデュングからしても一流の芸術家でもありえない。

おばさんが、あの時は全然違ってシャープだったというように、その2004年のブーレーズ指揮のMP3を鳴らすとその記憶が甦る。なにもヴィオラやチェロだけでなく、とても密な音響が強い緊張感を以て響いている。あれだけ落ち着かないテムポでも音符をしっかりと読み込んでいるのだが、今回は部分部分を鳴らして繋いでいるような、一拍づつ録音して繋いだ様な演奏だった。その一拍も、垂直方向にも充分コントロールされていないので、密な音響にもならない。これはアンサムブルの問題だけではないだろう。

思い起こせば、2006年以降は指揮者ブーレーズは降りて、アダム・フィッシャーが振って、確か「音楽を引きづって」いたと不評だったが、ダイナミックに「指輪」を手際よく鳴らして成功しているこうしたオペラ指揮者にとってもパルシファルの音楽はとても難しそうである。久しぶりにマンハイムでのヴァークナーのパルシファル上演などの退屈な感覚を思い起こした。それでも指揮者のヘンヒャンに関しては学術的な成果を少なくとも音にして、そして限られた練習の中で上演にかぎつけたとしての実力は評価する向きが多い。要するに玄人向きである。

舞台に関しては早速全幕のVIDEOが提供されていて、観覧できる。残念ながら故シュリンゲンジーフの演出が再評価されるだけ、この演出が安物でこのような場所でやられるべきものではないというのが評価であり、一々見通す気も起きない。要するにシュリンゲンジーフが示した一神教を超える全宗教的な高まりを示すにはあまりにも稚拙でキッチュでしかないということのようだ。なるほどパルシファルを歌ったフォークトやクンドリーの歌い手などは上的だったが、それでも目を瞑って聞く価値のある上演だとなると、如何に酷い舞台かが想像される。私などはネット配信を聞いていたのでせめて舞台があれば眠くならないかと考えていたが、これはどうしたことか。改めて2004年のより高品質のライヴ録音を探してみたくなった。因みに八月のカストルフ演出ヤノフスキー指揮の公演のティケットがまだ余っているようだ。



参照:
ちぐはぐな夏の雰囲気 2016-07-14 | 雑感
デューラーの兎とボイスの兎 2004-12-03 | 文化一般
伝統という古着と素材の肌触り 2004-12-03 | 文化一般
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夜な夜な続く蚊との死闘

2016-07-26 | アウトドーア・環境
オーバーラインで蚊が例年の三倍から四倍発生していると朝の車中ラディオで聞いた。バーゼルからビンゲンまでの間で様々な州がそこに含まれる。ワイン街道はライン平地の西端にあるが、東端にあるクーアプファルツのハイデルベルクなどベルクシュトラーセ以上にラインからは離れている。だから若干気候が異なるようにも感じるが、蚊発生の原因とされるここ数カ月の雨量に関しては共通しているのだろう。

なにはともあれ、昨晩も夜中三時頃までは蚊と大格闘を繰り返して、十匹近くを虐殺した。一匹づつ枕電灯を消すと近づいてきて。手繰り寄せてから電気を点けて、見定めて叩く潰すという作業も、複数が飛んできたところで諦めた。

先ずは窓を閉めて電気をつけて部屋中を探して除去する。なんとか静かになってきたところでシャワーを浴びに行く。出来るだけ蚊の嫌がるような匂いを付けるために界面活性剤の入った水石鹸を多めに使う。刺される状況から首と腕だけを掛け布団から出していても結局手の指の付け根などに集中して刺されているので、なにかあると思ったからだ。腕や首に刺されないのは、シャワー時の石鹸類が残っているからだと思った。薬用石鹸効果と水石鹸の効果だろうか。それに比較すると手洗いの多い指などは効果が落ちているのかもしれない。そのように推測したのである。ベットに戻ってからはそうした効果があったのか一度もモスキートトーンに悩まされずに朝まで就寝できた。

モスキートトーンのテストを毎晩しているようなもので、なんともいえない恐怖心のようなものになってきていて、気が狂いそうになる。早くベットに入っても駆除するために数時間汗を流さなければいけないのは拷問のようである。日本から天然の蚊取り線香が届くまで、何らかの処置をしないと人生を狂わされそうである。レモン香のロウソクを試してみようかと思っているが、排除効果がどれぐらいあるかだ。色々と調べても健康的に追い遣る方法は限られていて、蚊取り線香以上のものはないというのが現在の認識である。

兎に角、この家に住み始めてから初めての経験であり、蚊が寝室などで見つかるのもそれほどなかったことなので、如何に異常な気象であるかが知れる。ワインに関しては、ミネラルよりも果実風味の年度になることは分かっている。あとはどれぐらい健康な果実が実るかである。蚊のことにも関して、気温がこの程度であったことに感謝するしかない。もう二三度高ければ亜熱帯のような蒸し暑さを感じただろう。

連邦共和国の年金が嘗てなく長期に支給されているとあった。平均余命が伸びれば当然のことだろう。そこで年金支給年を遅らす議論が出てきているという。まさしく高齢化社会の問題そのものである。日本にいる頃は、「欧州では五十歳にもなるとあとは悠々自適の生活を考えてリタイアして、その生活をエンジョイする」というようなことを聞いていた。個人的には全くそのようなことは考えておらず、そこからが社会的には勝負と考えていたのだが、現実には周りに早めにリタイアする人が居ると不思議がられるというご時世になってきている。要するにまだまだ周りにはリタイアするような人は皆無なのである。



参照:
アベニグマの殺戮の夜 2016-07-11 | 生活
日本の問題、世界の問題 2016-07-23 | 歴史・時事
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「ドイツ生まれのドイツ人」

2016-07-25 | 歴史・時事
ミュンヘンのオリムピックスタディオの近くで起こった事件はとても興味深い。幾つかの要素がある。先ず挙げておかなければいけないのは、メディア、特にSNSの使われ方である。バイエルンの警察当局はツィッターを上手に使って今までもテロ情報などを流してきた。今回はどうもその伝言ゲームのような情報にも引っ張られた感じがある。それ故に、事件が進むにつれて、警察の活動情報を伝えるようなSNSは流すなとか、事後は死者の遺体の写真を出すなとか、同時に写した映像をこちらにアップロードしろとか呼びかけたのである。

最終的にはボンのテロ対策部隊GSG9まで要請して、ミュンヘン市内に非常事態を宣言するまでのことになったが、遣り過ぎではなかったと弁明している。原因は、ネットなどの情報に振り回されて、モットーの「スピードより確実」の情報の確かさを吟味できなかったことにあるとみられる。地元のバイエルン放送の情報局BR5をネットで流し続けていて、同時にFAZのタイムトラッカーを流して注視していた。そこでも三人組が長銃を構えて犯行に及んだという情報は流れていて、あとで調べるとどうもそれは南アフリカでのショッピングモール襲撃の監視カメラのVIDEOのようでYOUTUBEにもミュンヘンの犯行として上がっていた。

それに前後するように、フェイクヴィデオが横行しているという情報も流れていたが、独第二放送局のツイッターにはイスラム国の犯行声明VIDEOの映像が写っていた。その映像はYOUTUBEにも上がっているが、それが今回のオリムピックショッピングモールOEZ内の映像かどうかは定かではない。なぜならば、倒れている人々と血を流している人々が立ち位置から撮られていて、映されている人々はカメラの向かう先の方を警戒して隠れている。つまり、この映像の主はなぜか隠れていないのである。そしてカメラの向けられている先の方で叫び声が聞こえる。

調べてみても、犯行は、映像を観ても、ハーナウワー通り向かいのマクドナルドの中と店先の歩道から量販電化店サテューンの駐車場方面に向けて銃が向けられていて、歩道を歩いているティーンエイジャーばかりを狙い撃ちしている。本人以外は皆そこで射殺されたようで、今回の死者のただ一人の年長者は43歳の主婦である。フェースブックでおびき寄せられたという、恐らく店内の家族ではないのだろうか。そして狙われた家族やティーンエイジャーはKanakeと揶揄される人々である。つまり、南欧的もしくは中近東的な人種的特徴を持った黒髪系の人々で金髪碧眼の対極にある人たちである。勿論今回のイラン人との混血のドイツ青年はこの範疇に入り、実際屋上の映像を写したバイエルン人は青年をそのように罵倒している。

それに対して、この少年は、「ドイツ生まれのドイツ人である」と言い返して、「入院治療している」と答えている。まさしく、これが動機であり、丁度五年前のその日のノルウェーの虐殺事件のように右翼的な発想でその種の人々を9ミリ口径で狙い撃ちした。丁度自分の半分が、父親がイラン人であるという自分の半分を殺すという終結がそこにある。

飲酒運転で逮捕された元プロテスタント総裁のケースマン女史は、警察当局の情報を評価しながらもヒステリーに満ちたマスメディアを批判している。確かに問題の一つがそこにあるのは確かだろう。ここ暫くの難民問題を契機としたペギーダ運動やAfD躍進の陰には、彼女が感じたようなキリスト教文化からの逸脱している流れもそこにあるに違いない。その点に関しては、狂人的なイスラム教条主義者とも同じくするところであって、脱モダーンの時代の流れはそのようなところまで来ているのだ。

そして連邦共和国の現在の移民法では二種類の連邦国民が存在する。それは移民的な背景を持った人種であり、そして持っていない人種である。様々な数字があるようだが、戸籍上で五分の一以上、嘗てのゲルマン部落的な背景とは異なった血が入っているのは半数以上であることは確かであり、民族国家などは遠の昔に消滅していて、徐々に法整備がなされているのだが、社会的認識はまだまだ追い付いていない。ある意味世界で最も進んだ理念の連邦共和国であることには間違いないのだが、十五年ほど前にトルコ人を対象にして改正された移民法は悪法であり、改正されることが望ましいとするのが我々の主張なのであり、政治的に要求し続けていることである。

現在起きているこうした動きは最終的には次の法改正に向けて収斂されるだろうが、まだまだ現首相を含めて充分にその方向性が掴めていないようである。なるほど統合化は東ドイツ人を含めて今後とも進めていかなければいけない重要課題であるが、女首相や現大統領を含めて旧共産圏出身の者もいれば、モスリムも少なくないところで、更にユダヤキリスト教的な価値観も箍にならなくなっている社会において、統合化という言葉自体に限界がある。寧ろ多様化の言葉の下で、前記移民法の改正を手初めに連邦憲章の具体化に努力していくべきなのである。



参照:
インタヴュー、時間の無駄二 2016-07-24 | 歴史・時事
日本の問題、世界の問題 2016-07-23 | 歴史・時事
ツケを残し利子を払う税制 2016-07-09 | 文学・思想
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インタヴュー、時間の無駄二

2016-07-24 | 歴史・時事
未明ニ時の記者会見まで緊張感は続いた。ヴュルツブルクで旅行中の香港人母子が殺害されて、そして週が変わって今度はミュンヘンである。特別対テロ隊がボンから出動することとなった。ドイツ連邦共和国の問題が明らかになって来る。決してイスラム国問題ではないだろう。そしてメディアの問題がエルドアンの独裁と同じようにその使われ方として大きく脚光を浴びるようになってきている。SNSは従来のマスメディア以上に重大な影響を与えるようになってきているいうことでもある。

そうしたメディアの使い方で様々な影響を社会に与えることが出来る訳だが、ネットを探しているうちにミュンヘンで交響楽団の監督をしているゲリギィーエフ指揮のペテルスブルクの座付管弦楽団がシリアのイスラム国から奪還した遺跡でオープンエアーコンサートをしているプーティン政権のプロパガンダ映像に行き当たった。芸術文化への冒涜以外の何ものでもない。この手のものとしてヒトラーの誕生日会のフルトヴェングラー指揮の第九演奏会映像以来の強烈なものだ。もはや我々はあの指揮者を、その全ての活動をボイコットを呼びかけるに充分な内容である。幸いにもこの指揮者にはザルツブルクで「ボリスゴドノフ」上演以外では接していなく、メディアも皆無である。それでも一度だけ接したことでその血糊のような嫌悪感さえを覚える。

さて、指揮者キリル・ペトレンコの「インタヴュー、時間の無駄一」の続きと行きたい。

承前)先にあったように、このシーズンのコーミッシュオパーの交響楽コンサートの重点に「望郷」があるということでしたが、映画監督のアンドレイ・タルコフスキーが、ロシア人は移民には向かなくて、故郷を何時も引きづっているというのは事実ですか?それともそれは只のお膳立てでしかないのでしょうか。

いやそれは、ロシア人の外国での振る舞いは屡々奇異に見え、あまり容易ではないようです。世界のどこの国民よりも自国から抜け出て、より幸せにと、喜びに、光り輝く希望を抱いているのです。そして、その希望が外国で満たされないとなると、望郷となります。僕、個人的には、そのロシアに縛られているとは一度も感じたことが無いので、あまり分かりません。それでも友人の多くは、とても生活を難しくしています。そして、ロシアよりも良いだろうかと、思考して、そう自答することを良しとしているのです。イスラエルに移民した友達の多くは、不幸に感じて、目標を果たせていません。それでも戻るつもりはありません。何故ならばロシアでは酷く扱われかねない恐れを感じているからです。彼らは、自己の世界の中に執着していて、フラストレーションと対になっている自己の思索に、ノスタルジーに閉じこもっているのです。僕は、西欧に来て、それに関しては一度も問題を感じたことはありません。しかし父は大変苦労しました。ヴァイオリニストで、オムスクで三十年間も築いてきたその地位を何もかも投げ捨てたのでした。オーストリアに移民して最初の数年はとてもとても厳しかったのですが、徐々に好転してきたときに亡くなりました。

イスラエルの友人について語りましたが、自身はロシアで酷い経験をしたことはありますか?

ええ、それは自分自身は、恐らく友人達のようなことはありませんでしたがです。公にはアンチセミティズムは禁止されてましたが、それは存在していて、広義の余所者排斥としてです。ロシアは、多国的国です。私たちの住んでいたオムスクは、カザフスタンからも遠くなく、沢山のカザフスタン人がいました。一見ロシア人風でない、寧ろモンゴル系の顔立ちの人々です。彼らは付き合いの悪そうな人々だった、でもまたドイツ人もいた。ヴォルガから追い遣られた人々で、当時はとても酷い扱いをされていた。そして今やロシア人の嫌悪はカウカザスへと向けられています。僕の時代はそれは殆ど感じなくて、アンティセミティズムが重苦しかったのです。

それは学校でとか会話で出てきていたということですか?

音楽学校では殆どなかったですが、公共交通機関とかで罵られたりということで、学校ではなによりもからかいですね。大人になると、暴力となります。一人の友人は今イスラエルにいますが、一度血だらけになるまで暴行を受けました。ペレストロイカが進めば進むほど、アンティセミティズムが増えました。ソヴィエトの時は陰険に潜伏していたということです。グラスノストが訪れた時、自己意志を表現することが許され、アンティセミティズムは囲いを取られて明らかになってきました。(続く



参照:
増える射殺される人々 2016-07-21 | 雑感
日本の問題、世界の問題 2016-07-23 | 歴史・時事
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日本の問題、世界の問題

2016-07-23 | 歴史・時事
夜中に雷雨になった。窓を開け放っていたので、夜中に窓を閉めて、陽射し除けを脇へとやった。雨量も風もそれほどでなかったので被害は出なかった。それでも、目が覚めたので用事があって日本へと電話を掛けたりして、仮眠をして起床する。眠い、雨がまだ降っている。それでも頑張って、頂上登りの最初の坂を走り上がり下りて来る。20分にも満たない運動だが、坂がきついので充分だ。上まで登れば時間さえあれば頂上まで行くのはやぶさかではないほど、この急坂で決まる。

夜は再び蚊に悩まされた。どうも夕刻になって開け放つバルコンのドアなどから、最近伸びた樹木より室内に入ってくるのだろう。これが経路ならばバルコンで蚊取り線香を燻らせば解決する筈だ。蚊取り線香が無いので、どのように対処するか?

ベットの周りの壁が汚れた。押しつぶされた亡骸だけでなくて、血生臭く血吹雪が飛んで驚いた。それほど吸われているのと気がつかなかった。日本の夏の感覚は殆ど記憶に残っていないが、これほど多くの蚊と付き合った記憶はあまりない。どうもこちらの蚊は藪蚊に近いのだが、集団性があって、固まって動いている気配がある。さてどうしたものか。

高江での強硬な権力体質が画面に映され、夜中中中継が流れていた。まさしく強権の政府が独裁へと向かうところである。沖縄の問題は今までは本土の人間にとってはコメントがし難かった。当事者意識に差異があるからだ。それでも鳩山首相の時はよりもオール沖縄体制になって、沖縄の問題は日本の問題だとはっきりしたのではないだろうか。

もう一つ興味深く思ったのが都知事選での桜井何某の記者会見の映像である。その人物がとんでもない人間だということは分かっていても、その主張にはなるほどと思わせる説得力があるのだ。つまり在日朝鮮人の在日特権と呼ばれるものである。要約すると日本国籍も持っていないのに恩恵を受けているという考え方で、同時に朝鮮植民地時代の歴史認識をも言後に含んでいる。必ずしもそれが修正主義とかそういったものでなくても、そこに不公平もしくはおかしいと思う人は少なくないに違いない。その感覚は決して教養や教育が足りないから生じる訳でもなく、極普通の市民感覚であり、現在のトラムプ旋風や西欧における新勢力もしくはEU離脱派にも共通する意識である。その根源はさておいて、認識として欠けている知見をあげておくべきだろう。

一つには、納税の義務が六カ月以上居住する地において発生するということであり、そこには国籍とか市民権とかは関係なく納税の義務が生じており、ある基準で納税もしくは居住しているならば当然のことながら保護を受ける権利が生じるということである。例えば、外国人が納税しながら選挙権や被選挙権が無くとも、生活保護等の国民として最低の生活が守られるのは至極当然のことであり、これは在日朝鮮人には限らない。現在ドイツ連邦共和国でも問題になっているのは、EU市民が一度も納税もせずに、生活保護だけを受けに移住することであったり、難民が同じように家族を引き連れ同じ権利を受けることである。

なるほど在日朝鮮人に日本国に帰化しない理由を質すことは重要であり ― 二重国籍も視野において ―、在日朝鮮人はそれに回答して発言することは更に重要である。つまり政治参加することが求められている。そのことは、地方自治選挙権以前の問題であり、少なくともその言論が政治課題となることが先決である。東京都知事選挙の女性候補が、更に上手にこの件に関して韓国学校への都有地貸与に関してだけは明言しているようだが、それを主張する言後には、件の在特会への支持と同じく有権者の素朴な感覚への呼びかけがあるのだ。しかし、こうした呼びかけに呼応する者は、実態を具に知らないだけなので、彼ら彼女の発言はポピュリズムでしかなく、現実的な施策とは程遠いということに気がつかない。恐らく都民の多くはこうした表層的なイメージに騙されてしまうのだろう。まさしくこれが世界的な政治的な潮流で、こうしたポピュリズムに対向するのはジャーナリズムの腕の見せ所なのである。そうした意味合いからも、EU離脱の国民投票と同じように東京都知事選挙を注視している。



参照:
民主主義を叫んだ独裁体制 2016-07-22 | マスメディア批評
初めて暖房をいれる北半球 2016-04-28 | 雑感
退位の緊急事態への一石 2016-07-15 | 歴史・時事
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民主主義を叫んだ独裁体制

2016-07-22 | マスメディア批評
今年二度目の夏日だった。午後には軽く摂氏30度を超えて、日が暮れてからもなかなか気温は下がらなかった。それでも昨年の40度に近い猛暑とは桁が違う。昨年はボルダーどころではない夏を過ごしていた。肩の痛みの失意の日々だったからだ。だから忘れていたのだが、ボルダーの南向きの斜面は陽射しがあって谷底から熱気が上がってくる感じはあるのだが、流石に標高500mなのでワイン街道からすると大分涼しい。そして、その途上の北向きの谷筋は大分気温が違う。今回も午後6時過ぎに出かけて、北向き斜面では28度まで下がっていて、上部でも30度ぐらいだった。そして八時ごろに帰宅すると32度もあった。冷たいハーブティーの残りを持って行ったが、購入したカーボネートのウィスキーグラスで飲むと中々の納涼だった。

曇りがちになってきて陽射しが弱っていたので、それほど汗も掻かずに、最近苦労していたトラヴァースをマグネシウムもつけずに一発でクリアーするほど、手に汗を掻かなかった。最近走る前に柔軟のウォーミングアップをしているので、柔軟性が増したのか足が良く横に伸びたので大分楽をした。我々旧来のクライマーからするとあまり手足を伸ばすのはバランスを崩すとかいって嫌ったのだが、ボールダーになると余計に制限された区間の中での運動なので、こじんまりと茶室にいるような動きを良しとしていたので余計に苦労をしていた感じがする。もう少し伸びやかな体の動きを心掛けたい。

暑さは凌げたが、凹角に近くなると蚊が大群になって押し寄せてくる感じがあって、怖いと思った。やはり蚊取り線香が欲しい。今一番欲しい私のウィッシュリストのトップである。なるほど強力な虫除けなどは売っているが、それは皮膚に塗らないといけないので嫌である。天然の除虫菊の煙の方が良い。趣がある。

ハイデルベルクのゼーガー醸造所のRを開けた。試飲して、色は薄いがエレガントさを感じていたものだ。中々美味くてスイスイと飲んでしまったが、あとでなんとなく残った。やはり2010年産は無理をしているということだろうか、ドイツのピノノワールは十年二三回の良年を待つしかないということには変わりない。瓶も指が完全に収まるほどの深い底の穴で本格的な瓶であるが、残念ながら中身はそこまでではなかった。これならばブルゴーニュのエシュゾーなどを購入した方が得かとも思った。価格も30ユーロ超えほどで同じぐらいである。次は良年のこれを是非試したいと思った。

エルドアン大統領が三カ月間の非常事態を宣言した。これによって、国会は機能を停止してエルドガンは名実ともに独裁者となった。今まで行われていた非常事態への強権は、これからはこれによって大統領の思う侭に全てが合法化される。フランクフルターアルゲマイネ新聞は書く。これによって誰もトルコに投資しようとする者はいなくなった。今までの豊かになったトルコの安定はこれを以て全てなくなるということだ。国が不安定化するという。

日本のネットで見ると「日本の企業への影響は少ない」とか散見する。独裁国に投資するものはその独裁を援助することになる。核大国への入場券である原子力発電を建設しようとする東芝らの日本企業はこれによって歴史的な負を会社解散のその後も背負うことになる。そして日本人も同じようにトルコの独裁の責任を負うことになるのである。安倍内閣のお試し体験の緊急事態条項の加憲こそが、この独裁への重要な要件である。九条などの小さな問題では決してないのである。世界中のトルコ人は軍事クーデターに対して皆デモグラシーを叫んだ、そしてデモクラシーと決別した。



参照:
Alle Macht für Erdogan, RAINER HERMANN, FAZ vom 21.7.2016
興奮冷めやらぬエニグアン 2016-07-17 | 歴史・時事
ヘリコプターマネー事態 2016-07-18 | 歴史・時事
アベニグマの殺戮の夜 2016-07-11 | 生活
肌理細かな高CPピノノワール 2012-05-08 | 試飲百景
大分マシの今日この頃 2013-03-05 | ワイン
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増える射殺される人々

2016-07-21 | 雑感
寝室の窓を開けて就寝した。どうしても睡眠が浅くなって、頻尿気味になった。睡眠を深く取れないと翌朝が厳しい。久しぶりに脱力感を感じる。折から若干歯がムズムズしたような気がしていたので余計に気分が冴えない。

就寝前にヴュルツブルクでの少年射殺のニュースが流れていた。深夜のローカル列車内での少年による斧とナイフで次々と乗客を襲うという犯行らしいが、あの時刻帯に暴れられると一般の乗客は人数も少ないことであり無防備だろう。結局警察が来るまで犯人は逃げ切っていなかったようだ。アフガニスタンから一人で逃げてきているので、なにをしでかすか誰も分からない。緑の党の元党首のキューナス女史はツイッターで警官が無抵抗の少年の射殺したことについて呟いて炎上したようだが、連邦共和国では現行犯射殺は頻繁にある。自身自宅で二挺の銃口を向けられたこともある経験からも全く日常茶飯である ― その写真がなかなか見つからない。

合衆国の先日の黒人女性が男友達が射殺される情景を中継したものも観たが、なるほど犠牲者は拳銃を所持していなかったようだが、「ダッシュボードから拳銃を出して警官を射殺する」可能性は警察のマニュアルとして存在する訳で、その時の対象が黒人ということで可能性が高いとされるのは恐らく統計的に証明されてはいないのだろうか?そして年間どれぐらいの警官が容疑者に撃たれているかである。勿論一般黒人男性と比較して警官は職業であるから毎日の自己防御は一般人よりは高めにしておかないと幾ら命があっても足りない。

ネットを見ると70年代には200人が最近は60人ぐらいになっていて、その分警官は早めに自己防衛で黒人男性を射殺する傾向があるようだ。2015年で776人が射殺されて161人がナイフも銃も無い非武装だったとなっている。その中で白人が385人で66人、同期間の警官では25人が死亡。これを見ると人種問題であるよりも社会問題であるような気がする。オバマ大統領らがその方向で銃の規制などを試みても叶わない社会問題だろう。

その点からすると、ニースでの事件でトラック運転手射殺までに時間が掛かっているのは解せない。基本的にはフランスの警察の方がドイツのそれよりは重武装で強権的であるからだ。そしてあれだけの催し物で、通行止めの出入り口にパトカーも停めていないのも解せないのである。ドイツであればワインフェストでも場合によっては車によって封鎖してあるときもある。現にそれでは自宅へ車が入れられないので、逆走などをしながらなんとか人混みを分けて車を入れたこともある。このご時世となると射殺される可能性まである。

ネットに中学生が柔道で重体とある。柔道で思い出すのは知り合いの刑事との話しだ。彼は日本の古武道の有段者であったが、そこで警察の逮捕術として柔道は使われていないのか聞いたことがある。するとその答えは意外にも、警察が格闘技で容疑者や犯人に向かうと大変な問題になるというのである。それからすると、日本の義務教育で格闘技などをやらすのは大問題でしかないということである。柔道などもとても攻撃的格闘技だからだ。



参照:
ドイツ統一に集うところ 2015-10-03 | 暦
秩序破壊的実力行使 2007-06-21 | 生活
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インタヴュー、時間の無駄一

2016-07-20 | 文化一般
先日ネットを探していると全く読んだことの無いインタヴュー記事が出てきた。どうも2007年にキリル・ペトレンコがベルリンのコーミッシュオパーの音楽監督を辞するときのお別れに残したインタヴューらしい。この様子ならミュンヘンを辞するときにも残すかもしれない。

内容を読んでなるほどと思う情報が満載で、これだけ飾らずに話しているならば繰り返して聞き直しても、まさに本人の言葉を借りれば「時間の無駄でしかない」となる。最後のコンサートに臨む前のインタヴューで。オペラ座の冊子に載っているのだろう。折角だから出来るだけ正確に訳してみる。

ペトレンコさん、ベルリンをコーミシェオパーのお別れも間近です。最後のコンサートではラフマニノフの合唱交響曲「鐘」を指揮します。故郷のオムスクでは鐘ってどんな感じで響くんですか?

ああ、僕の時代は鐘なんてなかったですよ。ソヴィエトではそれほど一般的ではなかったですから。

全ての鐘が共産党によって取り除かれてしまっていたということですか?


多かれ少なかれそういったことで、勿論モスクワのクレムリンには鐘はありましたが、オムストにはね。僕の子供時代には教会だったところはコンサートホールになってました。一度2001年にそこに行きましたが、そこが再び教会になっていて、鐘があって聖人が並んでました。僧が教会を奪回したのです。ラフマニノフはなによりも鐘が好きでね。嘗てのロシアは鐘の響きに包まれていて、ロシア人は洗礼から死に至るまで鐘に付き添われていたとラフマニノフは語ってます。

それでもそのような経験は一度も無かったということですね?

その通りで、僕の時代は、そうした経験は、絵とか映画とか音楽からだけのことで、ラフマニノフからもその一例ですが、実際の生活にはなかったのです。そうではなかった、そして、残念ながら今になって、再びということです。ロシアでは、全財産を教会につぎ込んでいます、貧しきも、老人も、生活にままならぬまま、教会はとてもきれいに復興しています。

オムスクにはちょいちょい行かれます?

極偶にです。12月に一度、五年ぶりでした。次は何時になるか分かりません。あそこには友達もいないし、親戚も家族もいませんから、縁が無くなってます。親戚は皆外国で、幾らかはドイツ、幾らかはイスラエル、母親はオーストリアで、幾らかはアメリカ、皆てんでバラバラといった塩梅で、ウクライナにも一夫婦がいました。その私たちがラフマニノフの「鐘」を聴くと、橇の鐘や婚礼の鐘、火事の半鐘、葬送の鐘で、失われた世界に逃避するということにもならないのです。それが再び行進中ということです。この曲を是非どうしてもやっておきたかったのは、僕にとってはラフマニノフへの親近感があるからです。昔ピアノを弾いていた時、彼の音楽が一番の関心ごとでした。そして、劇場の合唱団とやれるということでも、なかなか計画は容易ではなかった。合唱団は絶えず舞台に乗っていて、仕事が無いときは休暇ですから。本年のコンサートのテーマが幾らかは「望郷」や「ノスタルジー」であったので、ラフマニノフの作品を探しました。合唱を伴う「鐘」がラストコンサートに丁度良いとなったのです。この作品は1913年にまだロシアで作曲されていて、スェーデンを通って合衆国へ移民する四年前にあたります。彼はもう若くはなく、作曲家としても評価の頂点にいて、革命そして移民で人生の転機となって、とてもそれを乗り越えるのは容易ではなかった。それでもこの「鐘」は、まだまだ驚くべき人生肯定の迸りがあって、勿論死の鐘で終わったり、ラテンミサのディエスイレが頻繁に嵌め込まれいるにも拘らず、後年のアメリカでのパガニーニラプソディや交響的舞踊に比べれば明るい作品です。兎に角、二楽章の婚礼の鐘に葬送ミサの余韻があることで、不思議に思ってます。その理由が分からないのです。兎に角、二楽章は必ずしも重苦しいものではない、祝祭的なものであり、婚礼とは必ずしも喜びではなくて、厳粛な儀礼的なものだということです。(続く

ここまでで感じたのは、故郷に友達もいないと言うことから、音楽をやっていても幾らピアノを弾いても音楽仲間と呼べるものはなかったのだろうなと感じた。あれぐらいの才能となると最初から指導的な立場になってしまって仲間にはならないのだろう。天才の孤独というか、そういうことだろう。「鐘」に関しても一歩も二歩も先に行った話である。続きで更に詳しい状況やそのキャリアー感が赤裸々に語られていて、なるほど素直に語れば語るほど本人にとってはなにもインタヴューで得になるようなことはないなと納得させるが、我々にはああした天才がどのように音楽に接しているかに触れられるだけで頗る感嘆する。要するに、一流の音楽家が体裁を繕うようにして、自己宣伝として、如何にも自分は才能溢れるかを魅せるのとは正反対のインタヴュー態度なのである。



参照:
Der Dirigent Kirill Petrenko über Glocken, Antisemitismus, die russische Seele und seinen Abschied von Berlin
社会的情念の暴力と公共 2016-06-01 | 音
復活祭音楽祭ペトレンコ登場 2016-03-19 | 雑感
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手に取るポッケの小石

2016-07-19 | 
パン屋が夏休みに入った。これで再開の八月一日までは、違う場所で走ることになる。厳しい坂は億劫だがまた違う景色と心拍計で遊べるかもしれない。二週間で何回頂上まで走れるか。

バルトークの第一ヴァイオリン協奏曲を聞いた。遺作となっていて、読むと26歳の時の作曲で、献呈して初演する筈の女流ヴァイオリニストに拒絶されてお蔵になっていたとある。だから初演は戦後のバーゼルで、パウル・ザッヒャー指揮でカールハインツ・シュネーベルガー演奏となっている。シュネーベルガー氏は、いつもヴァイオリンを抱えたスイスの爺さんだと一緒になった食事の席などでも思っていたが、まさか1958年にこのような名曲を初演しているとは知らなかった。生年月日を見ると90歳になっている。

今回聞いた資料は、ギドン・クレメルが弾いて、ブーレーズ指揮ベルリナーフィルハーモニカ―が付けているものだ。クレメルの譜読みはペトレンコなどのそれに近く、アンダンテの八分の六拍子の後半をしっかりと弾いているが、ハンガリーのリズムは少し違うような気がしないでもない。ブーレーズも着かず離れずで無難な演奏をしていると思うのだが、全集録音の一貫であって、それなりの言い分はあるに違いない。少なくともBBCとの「青髭公」などのような鮮烈さはここには無い。

この曲が出版されなかった反面、編曲されて「二つのポートレート」の第一曲になっている。確かその曲も記憶にあるので、記憶を辿ると、指揮者クリスト・フォン・ドホナーニがフィラデルフィアでも演奏していたと思い、カセットテープを探してみると、ヴィーナーシムフォニカーとの1985年1月のコンツェルトハウスの演奏会の録音があった。これまた資料が手元にあって助かる。失恋の厳しさが伝わるエピソードだ。若い男性らしい感情であるが、年齢が嵩むとその痛みも感じなくなってしまう。鈍感な分だけ、くすれ火のようになかなか火がつかないのも情けないことである。

ユリアが髪を短くしていた。ポニーテール側を短くして小ざっぱりとしていて、結ってあるので顔が小さくコムパクトになって、可愛さが増した。フランス女性のコケットさはないが、その分清潔感が際立って好ましい。そしてクシャミをするのをみていて驚いてしまった。なんと今時珍しく、音も無しにくしゃみをする仕草が、とても可愛らしいのだ。

我がマドンナ面々を思い起こせば、この手の女性はいなかった。美人タイプやコケットやおしゃま女や可愛子ちゃんタイプなどはいたのだが、彼女はこれには当てはまらない。敢えて分類すれば知的ながら童女的な穏やかな女性だろうか。意外にこのタイプがいなかったのだ。なるほど彼女の前ではこちらも童子に戻ったような気持ちになってしまうところがあるのだ。どうも彼女の方もその感じが気持ちよいらしい。そう言えば彼女もおばさんたちにも受けが良さそうだ。普通ならばあれだけ彼女に好意を示されると、こちらもふにゃふにゃになってしまうところがならないのは、そうしたところにあるのかもしれない。

彼女も同じ気持ちとすれば、幼稚園時代を思い起こして、それ風に口説いて行かないといけないとなる。半ズボンのポケットから綺麗な石をそっと取って見せるような風にである。なにか結構いい感じの恋愛だなと感じる気持ちのよい夏である。


今日の音楽:ブラームス交響曲四番第二楽章アンダンテ



参照:
まるでとても可愛い男の子 2016-03-01 | 女
必然的帰着からの予想 2016-07-16 | 雑感
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ヘリコプターマネー事態

2016-07-18 | 歴史・時事
色々と書きたいこともあるが、ヘリコプターマネーの記事が載っているので書き留めておこう。バーナンキ元総裁の訪日に伴なって、日本でも話題となっているようだが、FRBの理事メンバーでクリーヴランド総裁のロレッタ・メスターの見解が載っている。金融緩和の次の手段はヘリコプターマネーであり、イエレン総裁も述べている通り合法的な方法だということだ。皆に嫌厭されるマイナス利子よりも国債の購入、そして銀行を通さない直接のカネのばら撒きであるヘリコプターマネーへの時点に来ているというのだ。勿論空から直接紙幣が振ってくるわけではないというが、アベノミクスの行き詰まりで国民総生産も低下してデフレから抜けきれないとなるともう打つ手が無くなっていて、あまりにも多くの紙幣が供給されたことで突然のインフレに苦しむかもしれないという見方はサクソ銀行である。そこでヘリコプターマネーで確実にインフレ化して、円安の恩恵も受けるということだ。

いづれにしてもホンダ・エツゾウのアドヴァイスで、日銀は公定歩合よりも国債を買い続ける。そしてヘリコプターマネーに減税まで組み合わせるという方法でしか現在の金融政策を先に進めることは出来ないとするのがETXキャピタルの見解である。日本政府は否定しているが、月末に向けてそうしたことを織り込んだ相場になっているのだろうか?

まさしく戦時経済をも想起させるような事態にアベノミクスの顛末はなってきていて、ここで緊急事態宣言を憲法に盛り込むことで、軍事的な衝突を南シナ海で起こして軍事景気を作り出そうとしているかのような正気でない人たちが日本を牛耳っている。そしてその手本は間近にトルコに今起きていることだ。トルコのエルドアン大統領の手腕こそが、安倍首相や隠れ共和主義者の大阪のやくざグループの目指すものであることは間違いない。

最新の報道では ― 勿論現地の報道機関の殆どは統制されている ―、トルコの全判事の五分の一の2700人が免職されて、二人の憲法裁判所の判事など140人が逮捕されていて、EUなどから重大な関心が寄せられている。また死刑復活への動きに対しても、クーデターを利用した民主主義の制約は許されないとする批判も連邦共和国内で上がってきている。要するに安倍らが目指す立憲制度からの逸脱の手本が、まさにこのエルドアン政権の独裁化への足固めの動きである。

正直、日本はポーランドの程度には至らないかと感じだしていたが、ハンガリーにも劣り、トルコ程度だったかと気がついてげっそりするしかない。世界の多くの国の親日家、知日家も同じような気持ちだろう。そしてトルコよりも真面な教育を施している筈が、なぜか国民は真面な思考を持ち合わせていないようだ。非常に情けないことである。

キリスト教民主同盟のギュンター・エティンガーはEU代表部として懸念を示して語る。「エルドアンはこれによって国内的政治力をつけるのだろうが、国際的には孤立するだろう」。そして、緑の党のオーミット・ノリプーアは、死刑再導入に意見して、連邦共和国はトルコに明白な発言を呼びかけ、エルドアンが更に絶対制のシステムを構築しようというならば、ドイツとトルコの関係を損なうものだと明白にして、「我々はエルドアンにやりたい放題にさせてはいけない。しっかりと見極めて、無視させてはいけない。」と激しく呼びかける。

まるで迫る安倍政権の緊急事態宣言への我々の見解とそのアピールに近いようなものをここに見てぞっとするのである。日本人はエルドアンの支持者のような動きは見せないが、強い支持ということではあの気の狂ったような熱を帯びた輩と全く同じなのである。



参照:
Nun erreicht das Helikoptergeld auch die Fed, GERALD BRAUNBERGER, FAZ vom 14.7.2016
興奮冷めやらぬエニグアン 2016-07-17 | 歴史・時事
「緊急事態」の今後 2016-01-02 | 歴史・時事
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興奮冷めやらぬエニグアン

2016-07-17 | 歴史・時事
早めに床に就いてよかった。少し遅れていたらまた寝不足になっていた。それでなくてもここ暫くは気温が落ちていて、ベットを離れるのが辛い。トルコのクーデターを知ったのは明けてからだったが、気がついていたら夜中中トルコのライヴ放送が流れることになっていた。トルコ語は分からないので単語で判断するしかないが、映像は国会の中を中継していた。議事堂自体は破片が飛んでいるぐらいだったが、正面は破壊されていた。中継中も時々戦闘機が上を飛ぶのが恐ろしい。

東洋と西洋を結ぶ海峡の橋の上からの中継は、戦車を止めて上に乗っていた連中がいつまでも周りで興奮さめない様子で頑張っていて、戦車が移動されていないのも不思議に思った。ベルリンでも夜明け前から3000人も集まって、一体クーデター支持か政府支持か分からなかったと書かれている。

一部に政府の自作自演の疑いがあるというのも分かった。軍隊が警察に降伏している世にも不思議な光景が展開しているからである。なるほど昨今は警察もテロ対策で軽武装しているのは世界的な傾向であるが、本格的な正規軍を制圧できる筈がない。そもそもクーデタで、放送局を占拠しても夜中の国会襲撃の意味は分からなかった。市民革命とは違うのである。新しい大統領官邸破壊と、なによりもエルドアン大統領暗殺しかないと思うが、旅行中に拘わらず暗殺未遂の気配も無かった。

エルドアンの人気は、安倍首相よりも高く、権力を集中させている。政治家としても大物である。どうしてもヒットラー暗殺を思い起こす。戦後の連邦共和国では、ナチスに戦った英雄として、暗殺者たちを何かと国民の体面を保つ事に役立てていたが、決して国民の支持がナチス政権に無かった訳ではない。寧ろ暗殺などを考えたグループは少数派であり、知識層だったり、旧貴族・軍人層、宗教関係者など保守本流だったりしたので、現在の反安倍層と重なるのである。だからアベニグマと呼ばれる現象の研究家が居るのも理解できる。

兎に角、226事件などと比較しても明らかに充分に計画されていなく、真面な戦略家が起こすようなクーデターとは思えない。こうした人々を見ているとなかなかEU加盟には遠いなと思わせる。気温も朝から26度を超えているようで、個人的には御免だなと思う。それでもTVのレポーターがしっかりネクタイを締めて現場を取材しているのを見ると、それほど湿気も無いのだろうか。家電産業など経済的にも順調に発展していて、投資環境もそれほど悪くは無い筈なのだが、エルドアンの様な連中に支持が集まっているようでな社会では駄目だ。その点日本もあまり変わらない。

実は就寝前にダッカでの虐殺事件についてネットを見ていた。丁度事件が起きたときは歯痛に苦しんでいたので、あまり血生くらい情報にまでは関心が向かなかった。要するに虐殺などを検証する気分にもなれなかったのだ。斧のようなもので頭部から止めがされているようなことなので、ISISが出した現場といわれる写真を見た。なるほど銃ではなくもっと出血しやすいような攻撃が加えられている。写真には女性や男性の躯が血の海に横たわっていて、上階からも態々写されているようだ。遺体の服装などを見ると19歳のインド女性や移民アメリカ女性との学生グループなのだろう。女性は腹が出るぐらいの服装なので当然見せしめの写真となっている。男性も学生の割には、若干ぼてが入っていて、虐殺されている。



参照:
非定型歯痛とはストレス 2016-07-05 | 生活
アベニグマの殺戮の夜 2016-07-11 | 生活
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