千の天使がバスケットボールする

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『ブラウン夫人のひめごと』

2006-08-20 23:25:41 | Movie
Je t’aime,le Cinema!
愛と官能の世界へようこそ-

愛は世界に溢れている。けれども、”官能”といえば、ここ日本では道端にいくらでも落ちているというわけでもない。新宿K’s cinema でそんなタイトルによるセンシュアルなフランス映画を3本上映という企画の第1章、シュテファン・ツヴァイクの「女の二十四時間」を映画化した『ブラウン夫人のひめごと』を堪能する。

チェロの重くリズミカルな音楽にのって、一台のスポーツカーが夏の夜、バカンスに向けて疾走する。目的地は、ニース。2組の恋人たちを乗せた車は、無法図に、開放的にばかばかしく彼らを海辺に運んでいく。すると舞台は一転、最高級ホテルの地中海のあかるさを集めたかのようなバスルームで考え事をしている老人を映す。やがて彼は、ゆっくりとクローゼットから仕立ての良いスーツを選んでそれに着替えてカジノにおもむく。そこで偶然彼らと遭遇して、1組の恋人の痴話げんかにまきこまれて仲たがいしたオリビア(ベレニス・ベジョ)と、同じ時間を過ごすことになってしまう。19歳の彼女は、悩んでいた。暴力的な男と別れるべきだと感じながらも、性的に惹かれて離れられない自分をもてあましてもいた。

やがてふたりは夜の海辺にでかけ、大使を引退したルイ(ミシェル・セロー)は、問わずがたりにオリビアに10代の頃、この地ニースで過した日々を語り始める。
それは1936年のことだった。独善的だが事業に成功した父と美しい母。夏の避暑地ニースは、似たような家族の社交場にもなっていた。美しい母の輪郭を受け継いだルイは、少年と青年に狭間で揺れ動くような年頃だった。彼は、ドイツの少女オリヴィアに恋をした。彼女の名前をそっと教えてくれたのが、ひとりでやってきていつも黒い服を着ている平凡な容姿の中年の婦人、マリー・コリンズ・ブラウン(アニエス・ジャウィ)だった。

やがて、母はルイのテニスのコーチと失踪した。失意のどん底に陥る父と傷つくルイ。そんな彼らへの同情と駆け落ちした母とテニスコーチへの批判という、ごく常識的な意見と噂話にさく優雅な人々。そこでマリーは、もっともらしく麗しい話の底に潜む、退屈しのぎの格好の話題に飛びつく彼らの欺瞞を毅然と暴く。ルイは、美徳の裏にひそむ人間の悪意にさらに傷つくが、そんな彼をマリーはなぐさめ、ある秘密の話をはじめるのだった。

1913年当時、3年前に戦争で夫を失ったマリーは、ぬけがらのようになり毎日ふさぎこむ日々だった。そんな彼女を心配して、義妹のペギーがなかば強引に彼女をニースに気分転換に連れ出す。新しい豪華なドレスで身を飾った女ふたりは、重厚な扉をあけて生まれて初めてカジノに脚を踏み入れる。そこでマリーは、カジノに興じる人々の無数の手からある男性の手を見いだしてひかれていく。その両手は、堅く強く結ばれていて獣のようだった。その手はなによりも雄弁に、持ち主の勝負にかける意気込み、緊張、失望、喜び、そして絶望を語っていた。最初は、美しい手だったのだ。彼女が、感じたのは。そして、マリーはその手の持ち主、貴族出身でポーランドの軍人・中佐でありながらも、人生に絶望してギャンブルに明け暮れていた青年アントンから、視線をはずすことができなくなっていた。
タキシードを身につけた青年のすべてが完璧な美しさだけだったら、彼女の興味をひかなかっただろう。有り金をすべて賭ける青年のほの暗く輝く瞳、勝負の行方を祈るあまりにもはりつめた表情、そしてすべてを失った時の失意と絶望の後姿。思わず彼女は、青年にかけよりバッグからありったけのお金をさしだす。彼女にとっては、無意識のあふれんばかりの善意からの行為だった。しかし、青年にとっては捨てた残酷な運命としかいいようがなかった。自らの自堕落な生活が引き寄せた運命だとはいえ。。。

ニースを舞台に3つの時代にわかれて、それぞれの時代背景にそった衣装と様式で物語は進行していく。しかしタイトルが示すように、物語の核をなすのはブラウン夫人と彼女と一夜を過すアントンだ。ブラウン夫人は、翌日彼をフランス行きの汽車に送り出すまで気がつかない。彼を救済したい行為が、自己満足のためでもなく、まして年下の男への母性愛でもなく、実はほんの一日という短い時間にも関わらず、一生の恋になることを。外は激しい雨が降っている。その雨が小さな部屋の窓をたたきつける音を聞きながら、アントンは絶望から逃れるかのように、現実から逃避するかのように、何度も何度も年上のマリーを求めていく。マイケル・ナイマンの音楽が奏でるこの愛の行為は、充分に官能的であり魅力をたたえる場面だ。マリーの自分の予想外の大胆な行動を驚きながらも、必死にアントンを見つめて求める大きな瞳が、強烈な印象を与える。
アントン役のデンマーク出身のニコライ・コスター=ワルドウが、これ以上ないくらい重要な役割を果たしている。マッチョな韓流俳優と一線を画すタキシードを着た本物の美しさの官能に圧倒される。品のよさを感じさせるうなじと目、そして端整な手。その一方で精神の荒廃を漂わせるあごの輪郭と高い鼻。
外交官として世界中をまわり最高の出世をし、富と名誉をえ、お金を遣い、女性と遊んできたルイは、最後につぶやく。アントンにはかなわない。すべてを手に入れた彼は、すべてを捨てたアントンに比較して深い喪失感に疲れ、たどり着き、戻ってきた地はここニースしかありえない。

映画全編、物語は観客をじらすかのようにゆっくりと余韻を与えながら丹念にすすんでいく。ひとつひとつの場面、衣装、風にはためく景色の色、人々の表情。目をこらし、息をひそめて静かにオトナの官能を味わうもまた楽し。K’cinemaには初めて入ったのだが、最近できたのだろうか明るくて清潔感がある。本当に良い映画を上映する小さな映画館が、東京には数多くある。


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