千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

『歓びを歌にのせて』

2006-01-07 11:29:29 | Movie
北欧スウェーデンの更に北部の片田舎、ノルランド地方の村ユースオーケル(架空の村)へ向かって、タクシーがどこまでも続く雪原を走っていく。終着地は、小学校の廃屋。乗客は、かってこの土地で幼少年時代を過ごした世界的に活躍する人気指揮者ダニエル・ダレウス(ミカエル・ニュクビスト)。いや、彼の肩書きは”元”指揮者である。世界のトップを走る指揮者の誰もが経験する何年先もうまった過密なスケジュールのわななくような幸福とひきかえに、常に鋭い批評にさらせれるプレッシャーと厳しい競争の果てに得たものは、ぼろぼろになった心臓。音楽家として寵愛されながらも、深い孤独をかかえて、彼は現役を引退して第二の人生をこの地でやり直すことにした。

音楽との関わりを断つことによって、静かに生活するつもりであった。それが彼が癒され、穏やかな日々をおくるための最も要の条件だった、・・・はずなのに、村の牧師スティッグ・バーゲン(ニコラス・ファルク)になかば強引に頼まれて、小さな聖歌隊の練習の見学に行き、そこで出会った人々の音楽への親しみの原点にふれ、自分が本当に望んでいた音楽と音楽への愛情を彼らとともに取り戻していく。

母国では、5人にひとりはこの映画を観たという記録的な映画だ。
監督・脚本家のケイ・ポラックは、前作がスウェーデンが公開された夜に、当時の首相オロフ・パルメがストックホルムで暗殺された事件に、深い衝撃を受けて18年間もの長い沈黙に入る。国中を旅し、個人の発達に関する講義やセミナーを主催しているうちに、聖歌隊のメンバーだった妻を通じて関わりをもつうちに、人間性や聖歌隊の意義というものに興味をもち始め、一気に脚本を書き上げた。

このさえない小さな聖歌隊に集う人々は、個性的である。最初はとまどった熱心で理論的なダニエルの指導と音楽への情熱が、次々と彼らと周囲に化学反応を起こしていく。謹厳実直だが、神への忠誠心ばかりの牧師の権威主義を暴き、妻へ暴力をふるうことで彼女を支配することしかできないトラック運転手の心の弱さ、場をしきることで親分気取りだが、万事自己中心的で人を見下すことで優位にたつ自動車屋の欺瞞性、未婚女性の生真面目だが心の狭さ・・・表面的にはうまくつつがなく、けれども他者への関心と本当の思いやりの欠けていた人々の封印していたリアルな魂が、ついには破綻するが、やがて仲間と音楽によって最後は救済されていく。
そこに福祉国家であるが、離婚率の高いスウェーデン人の感動を呼ぶのだろう。何度も結婚と離婚を繰り返し、未婚の母も珍しくないこの国においては、日本的な”家族”とは違う形態の”聖歌隊”や”コミュニティー”によって、広義の家族的なつながりの”家族愛”を求めているのだろう。

「ダニエルには、ニュクビストしかいない」監督にこう言わしめた俳優ミカエル・ニュクビストは、ご当地では実績のある人気俳優とのこと。実力のある俳優であることは、冒頭の指揮のふり方を見れば俄然。その主役の人気俳優よりも、もっと存在感をもって重要な役を演じたのは、新人のフリーダ・ハルグレン。彼女は聖歌隊の中心メンバーで、誰に対しても人の本質をとらえて正しいことをまっすぐに発言する厳しさをもっているが、慈母のような懐の深さとあたたかさをもつレナの役を見事に演じている。この映画におけるレナは、重要だ。次々と男を替えるレナは、男に復讐しているのだが、この彼女の存在があってこそ、ダニエルも愛を信じて再生していくのである。またレナも尊敬できる男性と本物の愛を見つけていく。フリーダ・ハルグレンは、完璧な歯並びとジムで整えた体型で挑むハリウッド女優にはない、生活者としてのリアルな質感をもっている。全然美人でもないし、背も低く体型も太めである。だからこそ、現実にはありえないような理想の女性に近い役も、彼女が演じると胸にせつなくせまってくるのだ。

ストックホルムは、北欧の中でも大変美しい街である。デパート売り場に並ぶたくさんの蝋燭が、この国の冬と夜の長さを物語る。人のぬくもりを求めて、あたたまりたい方に、この映画はお薦め。

麦畑で、少年ダニエルがヴァイオリンのお稽古をしている回想シーンがある。曲は、幼稚園児の甥も今練習しているヴィヴァルディの協奏曲。
「音楽は、すでにそこに在る。それをつかまえるだけだ。」
遠い記憶に残るのは、麦畑の穂のさざなみの音とヴァイオリンを奏でる音。そして人はいつもそこに還る。純粋で素朴な音楽がただそこに、在るだけだから。


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4 コメント

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スウェーデン (kazupon)
2006-01-15 20:35:15
こんにちわ!TBありがとうございました。

スウェーデンって映画もそんなに観た事無いですし、

不勉強でなんとなく実態が判らない国なんですが、

離婚率が高いんですか;;ちょっと驚きました。

この作品では田舎の美しい風景と、やっぱりどこか

人々が狭いがゆえにギスギスした部分がすぐに

出てしまう重苦しさを、音楽が溶かしていく過程が

心地良い映画でした!ラストシーンがとても好きです。
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はじめまして (樹衣子*店主)
2006-01-15 22:38:35
こちらこそTBありがとうございました。



私もスウェーデン映画といえば、ベイルマンです。

スウェーデンだけでなく北欧は高福祉の賜物か、離婚率は高いそうです。車も歩行者優先、普通のレストランや民宿レベルでも車椅子利用者用のトイレやてすりもあり、ベビーカーを押した女性のバスの乗り降りを周囲の人が自然に手伝う光景を見ました。

障害者やシングル女性に優しい国です。



ラストシーンは、意表をついていました。けれどもダニエルの幸福そうな微笑みが、彼をこの田舎にもたらした意味もありそうです。

確かに田舎は、日本でも息苦しいところがありますね。
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ありがとうございます☆ (あっしゅ)
2006-10-21 16:12:16
こんにちわぁ~。あっしゅです。

コメント&TBありがとうございました。



この映画良かったですねぇ。音楽のだけでなくて、その中に人間愛も含まれている理想的な映画だったと思います。

ダニエルとレナの恋愛模様はまるで小学生のようでした。すごく甘く切なかったですね。

今後ともよろしくです!
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あっしゅさまへ (樹衣子*店主)
2006-10-21 18:31:57
ご訪問ありがとうございます。こちらこそ宜しくです。

めったに上映されない北欧の映画はいずれも粒ぞろいで、なかでもこの映画は高品質でした。

あの過酷な自然の中で培われた地域社会も、強いがゆえに閉鎖的になるところを、この映画は、あっしゅさまのおっしゃるような人間愛に昇華させたのがポイントですね。

ル・シネマで観たのですが、本当に楽しかったです。
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