ビビッド能里子トーク・サロン

心身両面の指導者として感じたこと

六十歳代女性は美の現役?

2009年02月18日 | Weblog
  ☆ 読売新聞の記事から
 2月16日くらし欄の記事に、ある化粧品会社では50歳代後半から
60歳代にかけての新しい化粧品を発売したと紹介されていた。
「60歳代と言えば、かっては第一線を退くイメージもあった。しかし
今の60歳代は活動的で、美しくあり続けたいという女性としても“現役感“
も強く持っている」のだそうだ。この年齢にして「美の現役」などと、それ
ほどおこがましい気持ちを持っている人は、多分あまりいないが、この言葉は
高年齢の女性に勇気や、やる気を与えてくれるエールかもしれない。
 何故なら90歳近くなっても、まだ美しい女性をわたしは知っているからだ。
自分より年齢が高い人がきれいだと、「まだわたしも大丈夫だ」と、安心し
希望がもてるから。わたしもそんな意味で、人生の後輩に希望を与える存在に
なりたいと、いろいろと努力している。
「もう今更おしゃれしても仕方がない」と思う人と「できるだけいつまでも
美しくいたい」と意識する人とでは、その落差は大変大きく、それは見た目に
すぐに現れる。もしもそのまま自然体でいたら、シミやシワやたるみが増えるし
白髪になるし、バーさんになるのはしごく簡単だ。
 いくら歳をとっても、妖怪のような、干物のような、トドのような、雑巾の
ように見苦しくなりたくないと、わたしは絶えず思っている。

「ファンデーションが、しわの中に入って」という現実を、どうすれば
良いか、目がどうすればパッチリ見えるか、崩れたフェイスラインをシャープ
に見えるかなどなど……男性には理解できないでしょうが、わたし達高齢女性
は人知れず苦労している。顔立ちに関わらず、「齢はかなりいっているけど、素敵
だな」と感じられる女性は、決して自然体ではなく、実はいじらしいほど努力
しているはず。また、メーキャップも、時代とともにどんどん変化し、昔風の
唇が真っ赤で、目の上が真っ青なのはもう古い。
 だから「お年寄りメーク」にならないため、化粧品店へ時折通ってその方法を
教えてもらったり、その流行のノウハウを学んだりする必要があると思う。
 それなりの苦労もあるけど、でも男性に比べたら、いろいろなファッションも
楽しめるし、お化粧も案外楽しいし、高齢になった今でもわたしは女性に生まれて
本当によかったとホンネで思っている。 

久しぶりの感覚

2009年02月17日 | Weblog
  ☆ わたしはエレキ人間
 今朝いつもの時間に起きて「オンザ・ベット・レッスン」をやっていた時
突然閃いた。これはいつも「意識的な努力と無意識的な努力」をしている
ため、インナーヴォイスからの答えかもしれない。
 いつでも些細なことで感動すると、体に電気が走るわたしだが、今日の
は物凄く強烈だった。「これって何かが始まる」そんな予感がするが、今ま
でのキャリアを活かせば、しごく簡単にできるものが見つかったのだ。
 心身両面の指導者としての長年の経験、わたしの年齢、さらに満身創痍
で、高年齢のわたしだからこそできるのだと、全身ビリビリするような感じ
がするが、これは久方ぶりの体感だ。それを実現するために必要な条件は
今すべて満たされている、今こそチャンスなのかもしれない。
 飛び起きてパソコンにスイッチを入れ、そのやり方を書いたが、今まで
低迷していた自分が久しぶりで、本当の自分に出会ったような気がする。
 これはわたしが燃えて生きるための必須条件であり、欠かせない要素だ。
そんな昂った気持ちを友人にすぐにメールすると「電気の姫君へ」「能里子
さんのワクワク感が伝わってきます」「あなたのためなら、火の中水の中」
など、すぐに返信が来た。
 わたしは幸せなことに、すぐに役立つ友人達以外にも、アドバイスして
サポートしてくれる人が沢山いる。今まで待っていただけだったけど
これからはもっとアクティブに考えて創作して、そしてアプローチしよう。
 それにしても、こんな燃え立つような気持ちは何年ぶりだろう。
そのための情報、過去の経験、超高齢化社会の現状など、わたしの中の
「カンピュータ」は自動的に作動する。こんなワクワクする高揚感は、何と
素晴らしいものだろう。そんな精神状態がわたしの若さの根源だから……
 これからも、楽しい努力を続けよう。

光陰矢の如し

2009年02月16日 | Weblog
   ☆ 思い出がギュット詰まった珠玉の年月
 先日は4年間学んだR大の卒業だった。そのため先生を囲んでの昼食会
その後卒業パーティ、さらに別れがたく気が合ったクラスメートと三次会
またその後も四次会と、まったくよく付き合った。
 一緒に学んだクラスメートは何人か減ったが、これからもお付き合いが
続くのは嬉しいことだ。高齢になってから同じ世田谷に住む友人が沢山
増えたのはとても幸せだと思う。学習の中でもいろいろなことがあり、とても
有意義で楽しかったが、わたしにとって一番忘れられないし楽しい思い出は
クラスメート全員に、ラインダンスを教え、それを二年間学園祭や世田谷
区民ホールで踊ったことだった。
 その時の楽しかった練習風景は、今でも脳裏に焼き付いている。
それにしても…… 月日の流れの早さは恐ろしいほど早い。
 気持は変わらないが、早や晩年になったが、これからも自分なりに燃焼
して有意義な毎日を過ごしたいと思っている。


ヴァレンタインデーに

2009年02月15日 | Weblog
  ☆ 困ったプレゼント 
 昨日わたし宛になにやら入った大きな封筒が送られた着た。
名前に覚えがないので、恐る恐る開いたら、手作りらしいケーキが入っていたが。ハート型をしている、チョコレートケーキのようななおで、多分バレンタインデーにプレゼントをして下さったのかもしれない。
 住所と名前が書いてあるのだが、名前はなぜか平仮名だし、わたしには
覚えがない。もしかして大分以前にご指導したクライアントの人かしらと
思ったが、ただ封筒に入れてあるだけで、何の手紙も入っていないので
申し訳ないが気持ち悪くて、とても食べる気にはなれない。
 以前にも一度手紙のないプレゼントがあったが、電話番号が入っていたので
すぐに問い合わせて送り主が分かって安心したことがあったが。
 多分好意で送って下さったのだと思うので、捨てる訳にもいかず、とりあえず
冷蔵庫に入れたが……住所に問い合わせてみようかとも思うが、今そのケーキを
どうして良いか分からない、本当に困ったプレゼントに頭を悩ましている。

著書の中から「心が楽になる本」

2009年02月14日 | アドバイス
 1997年7月 三笠書房発行
   ☆ 同じ出来事でも楽しめる人、楽しめない人
 人間には「幸せ体質」とでも言う、幸せに気づきやすい体質があるよう
です。まったく同じ出来事を目の前にして「楽しい、面白い」と言葉に
する人、「つまらない、退屈だ」を連発する人、そして無感動、無関心と
言う人がいることを思うとき、そう感じざるを得ないのです。
 たとえば、あなたが山登りにチャレンジしているとします。
頂上まで後30分ぐらいの地点ですが、もうすっかり疲れきっていると
したら、どんなことが頭に浮かぶでしょうか。
 A「もうダメだ。後30分も歩き続けるなんてとんでもない。何で山
登りなんかしようと思ったのだろう。もう二度とチャレンジしたくない」
B「疲れたけど、今更引き返すわけにいかないし……ここまで来たら、仕方
がないから上り続けるしかないな」

C「ああ、やっとここまで登ってこられた。後30分では頂上とは嬉しい。
 よし、あと一息だ」いずれにしても頂上まで登り続けるのだとしたら
Cのように思えた方が、最後の30分間感じる精神的な疲れは少なくな
るし、頂上に着いたときの満足感や、喜びが大きくなるとは思いませんか?
 この場合のCのように考えたり、行動したりする人のことを「幸せ体質」
の持ち主というのでしょう。それに対して、Aはストレスイッパイの人生
を、Bは退屈な人生を送ることになるような気がします。
 幸せなことに、この「幸せ体質」は、後天的な努力で獲得することが
可能です。今あなたがA、Bタイプだとしても、トレーニングによって
「幸せ体質」に変わることができるのです。

  ◇ そのためには、絶えずプラスの自己暗示をして、心のクセを楽観的
     変えたり「心の知能指数を高める」ことが大切です。
     それにはご自分の努力が重要ですが、その具体的な方法は、また次の
     機会にお話ししましょう。

羽根木公園梅まつり

2009年02月13日 | Weblog
 ☆ 賑わう梅ヶ丘
 わたしは今日午前中に郵便局へ行ったついでに、羽根木公園の梅を見て
きました。梅林にはほのかな梅の香りが漂っていましたが、全部ではあり
ませんが、以前のようにお花が沢山なく、上の方に咲いている木がかなり
ありました。毎年大勢の人が訪れるため、梅の木の根元が踏み固められて
すっかりかたくなったのが原因らしいのですが、去年も今年も本当に淋しい
花のつき方でした。何年か前に有名な熱海の梅園を見たとき、わたしは
(羽根木公園の梅の方がずっときれいだわ)と、感じたのが嘘のようです。
 去年あたりからかなり手入れをしているようですが、もう少しそれが早く
されていれば、今のような気の毒なような梅の花ではなかったのにと残念で
なりません。何年か前に植えた周囲を囲ってある若い梅は、小さいながら
それぞれが、美しいお花が沢山咲いていました。
 以前のように美しくなるには、まだしばらくかかるようですが、でもまた
きっと素晴らしい梅園に戻るとわたしは信じています。
 また土日には公園にも、梅が丘駅前にもいろいろな売店が並びます。

 この頃になると梅ヶ丘は(ことに土日は)大勢の人で賑わいます。
フリーマーケットやいろいろな催しがあり、南口駅から4軒目のわたしの
スタジオの前にもいろいろなお店が並びます。
 2月8日には10年間連続全国優勝の駒沢大学吹奏楽部が駅前でショウー
をやり、梅ヶ丘の商店街をパレードしました。
 それは見事でとても素敵です。これはもう梅まつりの行事になりましたが
また22日は、14時30分から15時40分まで、出演しますので、ぜひ
見に来て下さいね。とてもカッコよく、その演奏もパフォーマンスも素晴ら
しく、わたしは大ファンで毎年楽しみにしています。
 梅ヶ丘は最近では「OLがもっとも住みたい町」にランクされているよう
ですが、交通の便もよく、有名なみどり寿司をはじめ、美味しいお店が沢山
あるので、わたしの街梅ヶ丘にぜひいらしてください。
 小田急線で新宿から15分、渋谷からも梅ヶ丘行きのバスも出ていますよ。


小さな幸せ

2009年02月12日 | Weblog
  ☆
 先日電車の中で座って本を読んでいた人が、それをうっかり落としたら
いろいろなものが挟まっていたらしく、バサッと音がして、あたり一面
紙が散らばりました。わたしはその隣に座っていたので、急いで立ち上が
りそれを拾いましたが、前の席に座っていた中年男性も立ちあがって
拾い始めましたが、多分その紙はかなりの数で、デザイン画のようでした
 三人で拾い集めたのですぐに拾えましたが、三十代と思えるその女性は
本当に嬉しそうにニコニコして「有難うございました」とお礼を言い、わたし
が梅ヶ丘で降りるときには、丁寧にもう一度「助かりました」と頭をさげた
のです。ほんの些細なことでこんなに喜んで下さるなんてと、わたしは電車
を降りてからも、とても幸せな気分になれました。

 わたしが長年習慣にしている小さな親切は、小田急線の終点新宿駅で眠り
こけている人を見かけると、何も言わずにそっと肩を叩きます。
 するとほとんどの人は、すぐに目を覚まし、はじかれたように飛び降りて
行きますが、中には「有難うございます」と、お礼を言われることもあります。
 そんなとき別にお礼を言われなくても(人様のお役に立ったのだ)とわたしは
嬉しくなります。また目が見えない方に気がついたときは、周りの様子を見て
困っているようなら、そっと声を掛けて誘導することもあります。
 人間は優しい人が80%以上ですが、わたしもお節介にならない程度に、誰か
のお役に立ちたいと思いますし、それがお役にてれば、自分もとても幸せを感じ
ほのぼのした気分になれるものです。
 ちょっとした思いやりは、お互いに気分がよくなり、ギスギスしがちな人間
関係の潤滑油ですね。

今更気がつくなんて

2009年02月11日 | Weblog
   ☆ 果物が嫌いな娘
 我が家で夫と娘と昼食をしていたが、食後にイチゴを出すと何と娘が
こう言った。「わたしは果物が好きじゃない」、さらに「子供の頃は毎日
三度三度、ママに食後の果物を食べさせられたので、わたしはもう果物は
一生分食べたと思う、だからもう食べない」と。
 そう言えば最近たまに一緒に食事をして、わたし達が果物を食べていても
ほとんど食べなかった。わたしは子育て時代からバランスを考えて食事を
つくっていたが、黙っていたけれど、子供の頃の娘は、実はいやいや果物を
食べていたのだと、今更ながら気がついた。
 あまり好き嫌いのないわたしだが、今でこそいろいろ食べられるように
なったが実は魚は生臭いから嫌いで、その頃食べる魚は、鮭、いか、お刺身
たらこなどに限られていて、卵や肉料理の方が多かった。
 でも、息子は肉より魚の方が好きだったのだ、と気がついたのは彼が就職し
北海道へ転勤になってからだ。毎日子供達と接していても、母親であるわたしは
子供の好みはあまりよく分からず、自分の好きな料理ばかりしていたようだ。
 考えたら子供達は文句を言わず、好き嫌いも言わずに、わたしの作ったものを、
よく食べてくれたのだと、何だか申し訳ないような、可哀そうなような気持ちに
なった。子供達が中年になった今でも、そんなことを後悔するなんて……
 知的な母親ではなかったと、今更ながら気がついた愚かなわたしである。

第三にステージへの期待 実現できるかしら? 終わり

2009年02月10日 | Weblog
  ★ 人生の終盤を輝きたい
 人並みに家庭を大切にしながら、自分の願望はほとんど実現できたし
女性としても、長年ずっと幸せだったし、今まで幸運なことにずっと
満足できる人生を歩んでこられたと思っている。
ホンネで「いつ死んでもまったく惜しくはない」と、明言できるのは
やり残した事があまりないからだ。時代の移り変わりで、世の中のニーズも
大きく変化したが、過去のキャリアだけではなく、現在のわたしの年齢
だからこそ、できることもあるはず。「もう今更そんなロートルなんて
お呼びじゃない」と言われるかも知れないが、もしかしてこれから「第三
のステージが開ける可能性もあるかもしれない」と、考えるノーテンキ
な自分が好きだ。だって、この年齢なのに、こんな前向きな人間はあまり
いないでしょ!そのため約二年半あまり、アンテナを張り自己投資も惜しげ
なくしたし、自分なりにかなり努力したつもりだが、その効果はほとんど
なく、もう諦めたはずなのに…… 

 でも、「今までは、ホップ、ステップ、次にはジャンプかも」と、ときどき
インナーヴォイスが囁くのだ。だから、ダカラもう少し努力してみたい。
 昔から「継続は力なり」と言うが、わたしは好きなことは飽きずにできる
タイプだ。心理学には「広言効果」と言う言葉があるが、それは自分を向上
させるために、「わたしは00をやる」「00ができる」などと、他人に表現
することだ。長年自分を向上させた要因は、わたしが「有言実行タイプ」で
「表現したからには恥はかきたきたくない」と、努力できたからである。
そのためわたしは、皆さんに広言して、自分を駆り立てるのかもしれない。
結果はどうあれ、何かに燃えているプロセスが、もっとも大好きなな性格で
ダメモト精神の持ち主のわたしだが、無論「期待のし過ぎは落胆の元」も
よーく認識している。押し寄せてくる加齢現象と上手に付き合いながら、少し
でも向上できれば良しと呑気に考えている。
「人生の中で今日が一番若い日」なのだから……
「ノリノリの能里子さん」と、わたしを観察して、ある有名大学の教授は
言ったが、確かにそうかも知れない。乞うご期待ナーンテ言っちゃおうかしら。
 さて結果はいかに?
終わり


3 第三のステージ 実現できるかしら?

2009年02月09日 | Weblog

3 自己顕示が向上心?
過去を改めて振り返ってみると、26歳、33歳、43歳、47歳に自分の
人生を左右するような「大きな気づき」があった。
わたし事で恐縮だが、仕事面だけではなく、個人的にもふつうの人では
体験できないような、至高体験も数多くあり、こんな豊かで恵まれた自分の
環境と、幸運にいつも感謝できるのもこの上ない幸せだと思う。
でもこの何年かは時代の趨勢の影響は確かだし、わたしが高年齢になった
ためか、最近仕事の依頼が少なくなった。でもなぜか(これでわたしは終わり
ではない)と感じ、自分なりに新しいものを勉強しながら、希望を持って
過ごしてその集大成が「世界心理治療学会でのプレゼンテーション」だった。
でもそれは昨年末で区切りをつけたつもりだったのに、(でももう少しだけ
ガンバってみようかな。別に自分の望みが叶わなくても、向上できるのは確か
だし、生きている限り人間は成長するものなのだから)と、お正月の二日に
夫と行ったサントリーホールの、ニューイヤーコンサートを聴きながら突然閃いた。

 そのときにわたしの発想はいつも、音楽と深く関わり合いがあることに気が
ついたが、これもすべての思考や発想が感覚的なためかもしれない。
 今までいろいろな仕事をしたが、それなりに全部好きだったが、決して
すべてに長けていたわけではなく、むしろ不器用な方だと自覚している。
 でも、ステージに立ち喝采を博した幼児体験が、もしかして自分の性格の
起因かもしれないと自己分析しているけれど。
 目立ちたがりのわたしは、これも下手の横好きかもしれないが、講演が
もっとも好きな仕事だ。といろいろと宣伝がましいことを書いたが、過去を
ふり返ってみて、やはりわたしは平凡な女ではないと、改めて確認できた。
 今まで、「ファースト・ステージ」「セカンド・ステージ」は、他人の評価は
別にしても、自分なりにほぼ満足して生きてきた。


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