く~にゃん雑記帳

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<なら歴史芸術文化村㊦> 地域展「物部氏の古墳 石上・豊田古墳群と別所古墳群」

2023年02月10日 | 考古・歴史

【「発掘された日本列島2022」展と同時開催中】

 奈良県天理市の布留遺跡は古代の有力氏族、物部氏の拠点だった可能性が高いといわれる。その遺跡の北側に広がるのが石上(いそのかみ)・豊田古墳群と別所古墳群。それらの古墳群のこれまでの発掘調査の成果を一堂に紹介する地域展「物部氏の古墳 石上・豊田古墳群と別所古墳群」が、「発掘された日本列島2022」展開催中の「なら歴史芸術文化村」で同時に開かれている。文化村と天理市教育委員会の共催。

 石上・豊田古墳群と別所古墳群は合わせて270基を超える古墳を擁する群集墳。6世紀を中心に大型の前方後円墳や中小規模の円墳が相次いで築かれた。そのうち石上大塚古墳やウワナリ塚古墳、別所大塚古墳は全長が100mを超える。6世紀末に前方後円墳の造営が終わった後も、ハミ塚古墳や豊田トンド山古墳といった大型の方墳・円墳の造営が続いた。これらの古墳は布留遺跡を拠点とした首長クラスの墳墓とみられる。中小の古墳群は分布域によって○○支群と呼ばれる。支群の中でも墳丘や石室の規模が異なり、規模が比較的大きいものに狐ケ尾(きつねがお)、ホリノヲ、アミダヒラなどの支群がある。

 狐ケ尾支群は名阪国道天理東インターの西側一帯に広がる。これまでに古墳57基の存在が確認されており、これまでに5基で発掘調査が行われた。そのうち8号墳の横穴式石室からは大量の須恵器や土師器、馬具などの鉄製品が出土した(上の写真)。ホリノヲ支群の4号墳石室からは「双口(そうこう)はそう」と呼ばれる珍しい形の須恵器が見つかった(下の写真)。はそう(漢字は「瓦」の右に「泉」)は球形の胴部に注ぎ口の孔を持つ土器。出土品は2つのはそうが連接し、内部は粘土板で仕切られてそれぞれ独立した空間になっていた。この4号墳からは石上・豊田古墳群では最大の須恵器台付き長頚壷(高さ45.9cm)も出土している。

 展示品の中に「本物の革製品では」と見間違いそうな土器があった。その名も「革袋形須恵器」(奈良県立橿原考古学研究所付属博物館蔵)。古墳時代の須恵器を網羅した田辺昭三著『須恵器大成』(1981年)には「石上古墳群出土」として紹介されているという。高さ12.2cm。革の綴じ目は刻み模様の突帯で表し、革の風合いを見事に表現していた。革袋形の土器は東北アジアで見られる革袋製の容器を模したものといわれ、国内での出土は100例に満たないそうだ。

 


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