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リベンジ

 日曜の夕方、私と妻がコンビニでおでんを買って帰宅すると、玄関の横に自然薯が並べてあった。


「すごい!」私は思わず叫んで、自分の部屋にいた父にたずねた。「掘ってきたの?」
「おお」そういって父は、うれしそうにこちらを見た。「今から作るか?」もちろん私は食べたいけれど、妻には妻の予定があるだろうからどうするか聞いてみた。「いいけど・・でも、山かけにする刺身は買いに行ってられないね」
「そんなものはいらん」と、もうやる気満々の父は部屋から出てきた。
「もう洗ってあるしな」ときれいに洗った自然薯をざるに入れて持っている。
「準備がいいなあ」と妻が驚くと、
「この間のがまずかったからな」と先週の人工自然薯のまずさを初めて認めた。あの時は「なかなかいけるな」とか何とか、かなり無理なことを言っていたが、やっと白状した。
 話を聞くと、古い友達と二人で山の中に入って、半日くらいかかってなんとか写真の自然薯を掘り出すことができたのだそうだ。昔の父だったらもっと掘れただろうが、自然薯の数が少なくなったことと体力の衰えとで、これだけが精一杯だといっていたが、それにしてもよくもまあ、これだけ掘れたものだ。私たちが散々「まずい」と言い続けたのが余程気に入らなかったのかもしれない、半分意地になって掘ってきたのだろう。無理をしていなければいいが・・・
 父は自分ですり鉢とすりこ木を出して、応接間に座って作り始めた。私はおでんの食べ比べをしなければならなかったので、しばらくは父が一人で下ごしらえをしていた。私が食べ比べを終えて、父のところに行ったら、陶製のおろし金で薯が全てすりおろしてあった。それをすりこ木でできるだけ長くこねていくわけだが、父は私に「ほい」とすりこ木を手渡した。きっと疲れていたのだろう、それからは、私と妻が交代で、ごしごしやり始めたのだが、その粘りが強いことには驚いた。やたら力が要る。私よりも妻のほうがずっとうまくすりこ木を使える。すりこ木を回す方向は一定にしていないと、薯の繊維が切れてしまってうまくない、というのが父の持論なので、妻と私が交代しても、回す方向は同じにした。

 

「粘る、粘る!」と驚きながらも、力を込めてすりこ木を回していると、だんだん空気を吸ってかさが多くなってくる。それも薯自体の粘りによるものなのだろうが、これだけの粘りは先週の栽培薯にはなかった。これを見ただけでも、この薯はおいしいに決まっている。すり鉢に鼻を近づけると、自然薯特有の土っぽい香りがして、食欲をそそる。「早く食べたい」と気は焦るが、最後まで気を抜かずに作っていくことが肝要だ。つゆを入れながらのばしていく時も、どばっと一気に入れないで、少しずつ加えながらゆっくりのばしていかなければならない、根気がいる。

 

薯の少ない日や、食べる人数が多い日はうすくのばさねばいけないけど、この日は家族だけで、しかも薯が多かったため、かなり濃い目のものに仕上がった。すりあがったとろろの表面は細かな泡で覆われている。泡が細かければ細かいほど、念入りにすったことの表われだ。うまそうだ。早速ご飯にかけてみた。

 

いつもなら、ご飯にかけた瞬間に「しゅわあーっ」と、とろろがしみこんでいく音が聞こえるのだが、さすがにこれだけ濃いと簡単にはしみこまない。「いただきま~す」という暇もないくらいに箸で口の中にかきこむ。「うまい!!」本当にうまい。これこそとろろだ!!一言もしゃべらすに、3杯一気に食べてしまった。父も妻も「うまい!!」としか言わない、いやそれしか言えないのだ。本当においしかった。
 あまりにおいしいので、ご飯にかけるのも何だかもったいない気がして、茶碗にとろろだけをすくって飲んでみた。ああああ、至福・・・

 父のリベンジは見事成功した。成功どころかまったくの降参だった。天然ものの力強い味わいを、人間の手で作り出すにはまだまだ相当時間がかりそうだ。(永遠に無理かも)
 
 「ごちそうさまでした。また食べさせてね」
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