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梟(ふくろう)

 私の手元に、ボードレール「悪の華」を翻訳した2冊の文庫本がある。一冊は鈴木信太郎、もう一冊は堀口大學の訳であるが、その中の「Les Hiboux(梟)」という詩の、両者の訳を下に掲げる。まずは、鈴木信太郎訳から。

     黒い水松(いちい)の葉隠れの
     枝に 並んで 梟がとまった姿、
     異国の蕃神 そっくりに、単眼の
     赤目をぎょろり。瞑想している。

     身動(みじろ)ぎもせず、そのままじっと
     しているだろう、ななめに射した光線を
     押退けながら、暗闇が じっくりと
     落著くだろう憂愁の時の来るまで。

     梟の態度は 賢者に教えている、
     この世においては 騒いだり
     足掻いたりするのは 禁物で、

     移ろう影に 酔う人は
     場所を変えようとした
     天罰を 常に受ける、と。 

 次に、堀口大學訳の「梟」

     黒い水松の葉がくれに、
     梟たちは行儀よく並んでいる、
     邪教の神々そっくりに、
     赤い目玉をじっと見張って。かんがえこんでいるわけだ。

     夕日押しやり
     闇のひろがる
     逢魔の時が来るまでは、
     身動(みじろぎ)一つしはしない。

     梟のふり見て賢人は
     悟りがひらけて思い知る、
     あがきと動きは禁物だ、

     通り魔の影追う者は
     身のほど知らぬ咎ゆえに
     絶えず悩むと。

 どちらも難解な日本語で、一読しただけなら大學の訳詩のほうが、まだ理解しやすく、優れた訳のように思われる。しかし、やはり原文に当たらなければ分からないだろうと、☆さんから宿題を頂き、原典を取り寄せた。それが今日届いたので、以下に原文と私が調べた逐語訳(何の修飾も加えずに、単語の意味を文法に従って並べた訳)とを並べる。

   Sous les ifs noirs qui les abritent
      (自分たちを守ってくれる黒い水松の下で)
   Les hiboux se tiennent rangés
      (梟たちはきちんと整列している)
   Ainsi que des dieux étrangers
      (異国の神々のように)
   Dardant leur oeil rouge. Ils méditent.
      (赤い視線を投げかけて。彼らは深く考えている)

   Sans remuer ils se tiendront
      (動かずに、彼らはじっとしている) 
   Jusqu'à l'heure mélancolique
      (憂鬱な時が来るまで)
   Où, poussant le soleil oblique,
      (傾いた太陽を押しながら) 
   Les ténèbres s'établiront.
      (暗闇が身を落ち着ける(時まで))

   Leur attitude au sage enseigne
      (彼らの態度は、賢人に教える、)
   Qu'il faut en ce monde qu'il craigne
      (「この世の中で、彼は恐れなければならない、)
   Le tumulte et le mouvement;
      (騒ぎと動きとを:)

   L'homme ivre d'une ombre qui passe
      (通り過ぎる影に酔った人間は)
   Porte toujours le châtiment
      (常に罰を受ける)
   D'avoir voulu changer de place.
      (場所を変えたいと望んだ(罰を)」)

 実は、原文を読むまでは、難解なフランス語など、もうとても理解できないだろうと心配していた。仏文科卒と公言してしまった以上、「分かりません」では、同窓の諸先輩・後輩に申し訳が立たない、と憂慮していたのだが、いざ読んでみると思いのほか意味が取れ、文の組み立てもスムーズで、単語自体もさほど難しいものではない。訳詩を読んだだけでは一体何を詠った詩なのか、繰り返し読まなければ伝わってこなかったが、原文だとすっと私の心に伝わってきた。「やはりボードレールは素晴らしい」というのが実感できた。
 私の意見を言わせてもらうなら、原文に忠実に日本語化しようとしたのが鈴木訳で、それを自らの詩的センスで色づけしたのが大學訳だと思うが、どうだろう。優劣はつけ難いかな。


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