毎日いろんなことで頭を悩ましながらも、明日のために頑張ろうと自分を励ましています。
疲れるけど、頑張ろう!
マドモアゼルブルース
かつてまだ私が幼かった頃、グループサウンズが一世を風靡した。その中にジャガーズというグループがあり、私は彼らの曲が好きでよく口ずさんでいたものだ。『キサナドゥーの伝説』が多分一番売れた曲だったと思うが、私が最も好きだったのは、『マドモアゼルブルース』だった。今でも何小節かは歌えるが、うろ覚えながら歌詞を書き出してみると、
『たとえ、どんなに僕が辛くても、
シルクのドレスを着せてあげたい。』
これがサビの部分だと思うが、今日車を運転中に何故だかふとこのフレーズが浮かんで来た。思えば、私はこれまで何度となくこのフレーズを繰り返し繰り返し、歌ってきた。歌詞の他の部分は完全に抜け落ちているが、謂わば、呪文のように繰り返したこれだけはしっかりと記憶に残っている。
『たとえ、どんなに僕が辛くても、
シルクのドレスを着せてあげたい。』
何度歌ってもこのフレーズはすごい。自分がどれだけ苦しんでも、どんなに辛い目にあっても、愛する女性にだけは絶対に苦労をかけないという男の決意、それこそが唯一己のレーゾンデエートルだと彼女に告げる男の凄みさえ感じられ、圧倒された気分になる。
そうか、私の原点はここにあったんだ。いくらお金がなくても、ついつい妻に新しい服を買ってやるのが習慣のようになっているのは、私の頭の根底にこのフレーズが息づいているからなのだ。女性の幸せは富ではない、と嘯く人も巷には結構いる。確かに幸せはお金では買えないが、お金がない不幸は世間に掃いて捨てるほどある。お金はあるに越したことはない。ただ必要とする額が人によって違うだけなのだ。
私は今まで何枚妻にシルクのドレスを買い与えただろう。それは彼女に聞いてみなければ分からない。本当のシルクでなくとも彼女がシルクだと思ってくれるドレスが何枚かあったなら、まあ、それはそれで芳としておこう。幸せの尺度は人によって違うものだから。
『たとえ、どんなに僕が辛くても、
シルクのドレスを着せてあげたい。』
これがサビの部分だと思うが、今日車を運転中に何故だかふとこのフレーズが浮かんで来た。思えば、私はこれまで何度となくこのフレーズを繰り返し繰り返し、歌ってきた。歌詞の他の部分は完全に抜け落ちているが、謂わば、呪文のように繰り返したこれだけはしっかりと記憶に残っている。
『たとえ、どんなに僕が辛くても、
シルクのドレスを着せてあげたい。』
何度歌ってもこのフレーズはすごい。自分がどれだけ苦しんでも、どんなに辛い目にあっても、愛する女性にだけは絶対に苦労をかけないという男の決意、それこそが唯一己のレーゾンデエートルだと彼女に告げる男の凄みさえ感じられ、圧倒された気分になる。
そうか、私の原点はここにあったんだ。いくらお金がなくても、ついつい妻に新しい服を買ってやるのが習慣のようになっているのは、私の頭の根底にこのフレーズが息づいているからなのだ。女性の幸せは富ではない、と嘯く人も巷には結構いる。確かに幸せはお金では買えないが、お金がない不幸は世間に掃いて捨てるほどある。お金はあるに越したことはない。ただ必要とする額が人によって違うだけなのだ。
私は今まで何枚妻にシルクのドレスを買い与えただろう。それは彼女に聞いてみなければ分からない。本当のシルクでなくとも彼女がシルクだと思ってくれるドレスが何枚かあったなら、まあ、それはそれで芳としておこう。幸せの尺度は人によって違うものだから。
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