先住民族関連ニュース

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東南アジアへ修学旅行を、ASEAN50周年で記念セミナー

2017-08-18 | 先住民族関連
トラベルビジョン2017年8月17日(木)
 日本アセアンセンターは都内で「Visit ASEAN@50」の記念事業の一環として「東南アジアへの教育旅行セミナー」を開催した。日本アセアンセンター観光交流部部長のノワットゥニヨム・ドゥアンマラー氏は「日本とASEANの友好・協力関係の強化を実現するために、若い世代がASEANを訪れ、交流し刺激を受けることが、これからの日本にとって大変重要な視点だと思う」と述べ、セミナーで東南アジアを知ってもらい、教育旅行先として選ばれることを期待していると挨拶した。
 セミナーでは、集まった旅行会社と学校の関係者80名に対してマレーシア政府観光局、フィリピン観光省、シンガポール政府観光局、タイ国政府観光庁から各国の教育旅行の取り組みを案内。
 まず、マレーシア政府観光局マーケティングマネージャーの徳永誠氏は、マレーシアがアジアでトップクラスの英語レベルであり、マレー系、中国系、インド系、先住民族が住む多民族国家であることから多様性を学ぶことができるとアピール。また7月17日に開通した鉄道のMRTについて「より利便性が高まり、班別行動や自由な街歩きも実現できる」と紹介した。
 次にフィリピン観光省のセクションチーフの横山泰彦氏からは、フィリピンへの教育旅行は2016年で中高合わせて11校とまだ少ないものの、3ヶ月未満の英語留学では96の高等学校が実施していることを紹介。横山氏は「参考値であるが長短合わせて昨年は約5万人の日本人がフィリピンに留学している」と語り、安価で質の高いマンツーマンの英語授業を受けることができる点を強調した。
 一方、2015年の海外修学旅行目的地で2番目に多かったシンガポールからは政府観光局マネージャーの吉田明子氏が登壇。シンガポールでの教育旅行のポイントについて、安全性や異文化交流のほかに「自然、エコロジー、生物の多様性」「科学、テクノロジー、数学」「リーダーシップ&ライフスキル」「シンガポールストーリー」の4つの教育テーマを強みとして列挙。また学校交流については、日本以外の国からの希望も集中するなど学校数に対して人気が高まっているといい、そうしたなかでは「現地側からは修学旅行の時だけの交流でなく、継続的な交流を希望している」点に留意すべきと語った。
 タイ国政府観光庁はマーケティングマネージャーの藤村喜章氏は、タイでの異文化交流の事例を紹介。大学や高校のゴルフ部などのスポーツ交流や、日本の料理専門学校の修学旅行ではタイ料理を学ぶ交流もおこななわれたという。また、日本からの駐在員も多いこともあり、日本人の医者がいる病院も多く「いざという時の対応も問題ない」と医療面もアピールした。
 このほか、神奈川県の向上学園理事長の山田貴久氏は、「ベトナム、カンボジアへの修学旅行 その実践報告」と題して事例を紹介。同校では修学旅行を、「心の旅」として、また国際理解教育の入り口として位置付けているといい、「交流と平和学習」ができるデスティネーションとしてベトナム、カンボジア、韓国から行き先を選択し2年生全員が参加する形式にしているという。
http://www.travelvision.jp/news/detail.php?id=78807

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数千年前の「飲料水用プラスティックボトル」が、先住民族の健康を蝕んでいた?

2017-08-18 | 先住民族関連
WIRED.jp 2017.08.17 THU 11:00
1万年前以上前からカリフォルニア州チャンネル諸島に居住していた人々は、5,000年ほど前から健康状態が悪化している。タールでつくられた「プラスティックの水差し」が彼らの健康を害していたかどうかが分析された。その結果わかったことは。

PHOTOGRAPH BY SABRINA SHOLTS
「飲料水用プラスティックボトルはリサイクルへ。未来の考古学者が数千年後に発掘することにならないように」
こんな公共広告を見たことがあるかもしれない。だが、いまの考古学者が、すでに数千年前の飲料水用プラスティックボトルを発掘していた──という話を聞いたことがある人は少ないのではないだろうか。
これはタイムトラヴェルの話ではない。そのボトルは透明ではなく漆黒で、ラベルもついていない。先住民の部族が、植物を編んでつくった大きな電球型の水差しに、「瀝青(れきせい)」と呼ばれるタールのような物質を塗布したものだ。
研究者たちは、ずっと以前からこの水差しのことを知っていた。しかし、こうしたプラスティックの水差しが、大昔の人々の健康状態に何らかの悪影響を与えていたかどうかについては、ここ数年まで考慮されてこなかった。
カリフォルニアの先住民をめぐる謎
かつてカリフォルニア沿岸の島々には、先住民の部族が住んでいた。そして彼らの数千年前の骨を見ると、不可解な健康状態の悪化が見られる。
2017年6月23日付けで学術誌『Environmental Health』に発表された研究では、油分の多い瀝青からプラスティックをつくること、およびそのボトルに液体を入れておくことの毒性の強さが計測されている。
現代の飲料水用プラスティックボトルは、製造原理としては昔のものと大きな違いはない。しかし、BPA(ビスフェノールA)やDEHA(アジピン酸ジエチルヘキシル)、PET(ポリエチレンテレフタレート)といった分子が健康問題を起こすほどの量、中の液体に浸出する危険性は低い。たとえ、ボトルを凍らせたり再利用したり、電子レンジで温めたりしたとしてもだ。
ただし、昔のプラスティックとなると話は別である。
瀝青は基本的にはアスファルトだ。低温では高密度で粘性があり半固体だが、熱せられると水っぽい可鍛性の物質になり、PAH(多環芳香族炭化水素)を発生させる。PAHはガンなどの健康問題を起こすことが指摘されている物質で、発生源はタバコの煙や木片を燃やしたときの煙、そのほか煙が出るものだ。

カリフォルニア州ロサンジェルスの数マイル沖合に、チャンネル諸島と呼ばれる島々がある。「チャンネル諸島は、南北アメリカ大陸のなかでほぼ継続的に人が住んできた、北米でも数少ない地域のひとつです。少なくとも産業化時代まではそうでした」と説明するのは、ワシントンD.C.にある国立自然史博物館の人類学者サブリナ・ショルツだ。「チャンネル諸島に人が住んでいたことを示すもっとも古い証拠は13,000年前のものです」
この島には、総称して「チュマッシュ族」と呼ばれる先住民が住んでいた。大きな謎は、彼らの健康状態がなぜか約5,000年前から全体的に悪化し始めたことだ。
現存する骨を見ると、その時代のものから骨の質が劣化し始めている。発育が悪く、頭蓋骨が小さくなり、歯も悪い。これらの原因はたくさん考えられる。栄養不良、不十分な衛生状態、感染症。島の人口増加による資源不足などを指摘する研究者もいる。だがショルツは、異なる仮説を立てた。
数千年前のプラスチックボトルのつくりかた
南カリフォルニアのいくつかのビーチでは、汚い小さなタールのかたまりを踏まないよう気をつけて歩かなければならない。沖合の石油掘削施設から流れてくるものもあるが、こうした「タールボール」は、実は何千年も前から浜辺に打ち上げられてきた。海底から浸出したものが流れてきたのだ。これが瀝青で、この地域の先住民は何千年もの間、船や武器をつくったり、水差しをつくったりするときに使っていた。
ショルツは、カリフォルニア大学サンタバーバラ校大学院で研究していたとき、瀝青を扱っていた仲間のひとりに「触るなら手袋とマスクをした方がいい」と早々にアドヴァイスされたことを覚えている。最近になってショルツは、この地域の先住民が瀝青の水差しに水を保管していたことを知る。「人骨に見られた変化の要因として、瀝青の水差しを考慮すべきなのかに興味が湧き、いてもたってもいられなくなりました」とショルツは語る。

ショルツはカリフォルニア大学デイヴィス校の考古学者ケヴィン・スミスを仲間に引き入れ、水差しをつくる工程を再現した。スミスは、その大部分が保護地域であるチャンネル諸島での調査活動を許可されている。
チュマッシュ族のプラスティックの水差しをつくるには、まず、水差しの形にかごを編む。それから、瀝青と松ヤニをアワビの大きな貝殻に入れて混ぜる。その際、貝殻は直接火にかけず、小石をいくつか火で真っ赤に焼き貝殻の中に入れることで加熱する。かき混ぜていると、瀝青と松ヤニが熱い液体になり、泡が出てくる。そうしたら、熱して溶けた瀝青を、棒で水差し型のかごに塗る。
科学的な正確さを求めたスミスは、すべての材料を島で集めた。かごを編むための植物、松ヤニ、瀝青、それに小石もだ。
瀝青と松ヤニの比率を変えてつくられた2つの水差しが完成すると、スミスとショルツはそれらをスウェーデンの研究メンバーに送った。彼らは水差しに水を入れ、2カ月おいてから分析した。その結果、ナフタレン、フェナントレン、アセナフチレンの蓄積が見られた。すべて毒性のある化合物だ。
チュマッシュ族はさらに、瀝青を塗った器で食べ物を食べていたと見られる。そこでスウェーデンの研究メンバーは、水差しにオリーヴオイルを入れ、有毒な化学物質が溶け出すかどうかをテストした(もちろん、チュマッシュ族にはオリーヴオイルはなかったが、彼らの食事を構成していた脂分の多い魚や海洋哺乳類の肉の代用としては有効だ)。
「体内への摂取を直接測定したいなら、軟組織が必要です」とショルツは述べる。「わたしたちは、脂肪がどんな影響を及ぼしうるかの基準を測定しようとしました」
空気サンプリングによると、プラスティックの水差しの試作品の1つをつくったときに出た煙には、タバコより高い濃度の毒素が含まれていた。しかし、中に保存していた水の毒性化合物は、非常に低い濃度だった。オリーヴオイルにはそれよりも多くのPAHが含まれていたが、研究者たちは、彼らが購入したオリーヴオイルからは、水差しに入れる前にPAHが検出されていたことを指摘している。

「水は万能溶媒」という忘れがちな事実
現代では水の輸送にボトルやパイプなどを使うが、常に注意を要する問題だ。単に、浸潤しない素材のものを使えばいいという問題ではない。水は万能溶媒だから、十分な時間と適正なpHがあれば、どんなものでも溶かしてしまう。つまり、十分に水に強い物質を使っても、ときには毒素が溶けだしてしまうということだ。ミシガン州フリント市の水道に鉛が混入した問題がいい例だろう。
ショルツの研究では、チュマッシュ族が水差しをつくるのに使っていた瀝青からは、彼らの骨格が変化する原因になるほどの化学物質が水に溶けだしてはいなかった。水差しをつくった人々には影響があったかもしれないが、おそらく彼らの体に危険なレベルの毒素が蓄積するほど頻繁にはつくっていなかったのではないか、とショルツは指摘する。
しかしこの研究は、すべてが代用品という条件下で行われた。当時のものはチュマッシュ族の骨だけだ。「どんな化学物質でも、どれだけ晒されると健康問題を引き起こすかを知るのは難しいことです」とショルツは述べる。「量、期間、そして、その人の人生でいつ晒されたのかによるのです」
ショルツは、骨に含まれる毒性有機化合物の検出方法についても、さらに研究が必要だと述べる。現代の毒物学者たちの分析対象は、最近亡くなった人ばかりだ。つまり、発表された研究の多くは、やわらかい組織にある毒素しか見ていない。「わたしにとっては骨がすべてなのです」とショルツは言った。
https://wired.jp/2017/08/17/plastic-water-bottles-might-have-poisoned-ancient-californians/

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アイヌ政策 先住権を認めてこそ

2017-08-18 | アイヌ民族関連
信濃毎日新聞(8月17日)
 政府が本年度、アイヌ民族の生活状況を把握するため、全国規模の調査を実施する。
 全国調査は2010年度に続き2回目。アイヌの人々の収入、大学などへの進学率、就職率は国民平均を下回るとみられている。政府は調査結果を、検討中の支援策に反映させる考えだ。
 調査の趣旨に異存はない。けれど、アイヌの人々と国民平均とに格差が生じる背景には、いまだに先住権を認めていない政府の姿勢がある。生活や教育面の水準を国民平均に引き上げることだけを目的とするなら、形を変えた同化政策にすぎない。
 明治期に政府は「北海道旧土人保護法」を制定し、アイヌ民族に同化を強いた。土地を取り上げ、アイヌ語の使用、生業の狩猟や漁業、伝統の習俗を禁じ、改名と不慣れな農業を強要した。この法律は1997年まで存続した。
 代わって施行されたアイヌ文化振興法も、アイヌの人々の要請からは程遠い内容になった。民族の権利回復を目指した人種差別の一掃、民族教育の振興、経済自立策は棚上げにされ、文化振興のみに収縮されている。
 日本も賛成し、2007年に国連で「先住民族の権利に関する宣言」が採択された。政治的自決権、文化的伝統を実践する権利、土地や資源に対する権利などを認めた宣言で「先住民族の権利の章典」と言われる。この宣言に照らしても、振興法をもって民族政策だとうたうことはできない。
 例えば、カナダでは先住民族イヌイットが直轄する準州が設けられている。米国でも、不平等な面はあるものの、連邦政府との取り決めによって、土地の占有や利用といった各部族の先住権が保障されている。
 アイヌには、こうした自治権を行使する体制が整っていない、との指摘もある。明治からの散々な国の仕打ちにもかかわらず、アイヌの人々は各地でコタン(集落)を守ってきた。それでも不十分と言うのなら、体制を再建する方策をアイヌの人々とともに探る責任が政府にはある。
 10年度の全国調査では、回答者が153世帯210人にとどまった。アイヌだと名乗れない社会的な要因があるのだろう。民族の権利が認められてこそ、アイヌの人々の誇りは回復し、固有の文化も日常生活に溶け込んで発展を遂げるに違いない。
 先住権の具体化に向けた議論の進展は、国内で民族間の共生を考える大切な契機にもなる。
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20170817/KT170813ETI090002000.php

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返還遺骨の墓標制作 コタンの会、浦幌に再埋葬で

2017-08-17 | アイヌ民族関連
北海道新聞 2017/08/16

再埋葬に使う墓標「クワ」の仕上げ作業を行う葛野さん(右)
 【新ひだか】北海道大学が保管しているアイヌ民族の遺骨のうち、十勝管内浦幌町で発掘された63体が地元に返還されることから、日高管内などのアイヌ民族有志の団体「コタンの会」が再埋葬する際に慰霊の儀式で使う墓標「クワ」を制作した。遺骨は19日、浦幌町の町営浦幌墓園に再埋葬される。
 コタンの会はアイヌ民族の遺骨返還を求める取り組みを続けており、クワ作りの実績を見込まれ、浦幌アイヌ協会側から制作の打診があったという。
 コタンの会によると、クワは死後、「天界」に行く際に使うつえ。墓地に立てるクワの長さは2メートル10センチ~2メートル20センチ。重さは1本で30~50キロ。会員数人がドスナラと呼ばれる木の皮をはぎ、ヤスリで削るなどして13日に完成させた。
 クワは、先端がY字形の男性用と丸みを帯びた女性用があり、計7本を用意した。同会の葛野次雄副代表(63)は「伝統のある慰霊の儀式で再埋葬するので、安らかに眠ってほしい」と語った。(升田一憲)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/125847


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一九三七年 飯田線開通 愛されて80年③

2017-08-17 | アイヌ民族関連
東愛知新聞社08月17日(木)00:00掲載

カネトの功績を伝える豊川一宮西部小の演劇
 豊川市一宮町の一宮西部小学校(柴田斉子校長)では、学校のすぐ隣を飯田線が走る。その飯田線にまつわる偉人伝を演劇で再現し、人権について学ぶ機会があった。
 総合的な学習の発表の場として、毎年11月に開く「もちの木まつり」。昨年、当時の6年生たちに学年主任の佐々木孝治教諭が飯田線の測量に尽力したアイヌ民族の川村カネトを紹介したところ、子どもたちが強い関心を示し、カネトの功績を劇で演じようと企画した。
 児童らは図書室の本でカネトの半生を研究し、台本を作り、オーディションで配役を決め、稽古を積んだ。全校生徒や父母らも前に発表した演劇「飯田線をつなげたアイヌの魂」では、カネトが沿線住民から人種差別を受けながら測量作業に取り組む姿を40分にわたって再現。カネトが作業員にバットで殴られ、穴に突き落とされるシーンなども熱演した。
 飯田線開通の立役者となったカネトの世界を表現し、差別やいじめなどの人権のあり方に向き合った子どもたちからは「カネトは差別に遭いながらも差別をしている人たちの生活を思い、飯田線を一生懸命つなげてくれた」「劇でカネトの存在や思いを伝えることができた。今までとは違った気持ちで飯田線の走る音を聞いている」といった意見が聞かれた。
 柴田校長は「高校生、大学生になれば多くの子が飯田線を利用する。常にそばを走る電車に、実はこんな話があったことを迫力ある演技で後輩たちに伝えてくれた」と話す。特別支援学級の児童も含め、沿線の駅名を暗記している子も多いという。飯田線が立派な“教材”となっている。
(由本裕貴)
 ◆川村カネト◆ 1893(明治26)~1977(昭和52)年。旧国鉄の測量技手として北海道各地の線路工事の測量に携わる。飯田線の前身となる信州方面の路線を運営していた三信鉄道から頼まれ、天竜川や渓谷などの難所で引き受け手がなかった三河川合~天竜峡の測量を同じアイヌ民族の測量隊を率いて成功させた。これが現在の豊橋~辰野の全線開通につながった。北海道旭川市には自ら館長も務めた川村カネトアイヌ記念館がある。
http://www.higashiaichi.co.jp/news/detail/1501

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映画・伝統芸能・食・本 深み増す日台交流 肌で感じる文化の多元性

2017-08-17 | 先住民族関連
産経ニュース2017.8.16 09:14

日本台湾祭りでは、さまざまな民族芸能が披露された=7月7日、東京・上野の上野恩賜公園
 日本と台湾の文化交流が一層深みを増している。日本とのつながりを描いた映画が次々と登場する一方、日本では食や音楽、美術など、幅広い分野で台湾文化に注目が高まってきている。その背景を探ってみた。(藤井克郎)

 7月中旬、東京・虎ノ門の台湾文化センターで、ドキュメンタリー映画「台湾萬歳(ばんざい)」(酒井充子(あつこ)監督)の完成披露試写会が開催された。上映後には、酒井監督とのトークイベントに美術家の奈良美智(よしとも)さんが登場。約15年前、台北での美術展をきっかけに台湾の魅力にはまり、すでに10回ほど同地を訪れているという。
 「昔から変わらない自然が残っていたり、原住民の人が今もたくさん暮らしていたりする。そんなところに、どんどん興味を持つようになっていきました」と奈良さん。
 「台湾萬歳」は酒井監督が手がける台湾3部作の3作目で、東京・ポレポレ東中野で公開中だ。台湾東南部の台東県を舞台に、日本伝来の漁法でカジキ漁を続ける先住民族アミ族の夫婦ら、土地に根ざして生きる人々の姿をとらえる。
 ほかにも台湾のドキュメンタリー映画が相次ぐ。今月12日から、戦前に石垣島に渡った台湾移民の今を見つめた「海の彼方」(黄胤毓(いんいく)監督)の公開が始まり、19日には日本統治時代に日本語で詩作に励んだ台湾人を描く「日曜日の散歩者 わすれられた台湾詩人たち」(黄亜歴監督)が東京で公開される。
 こうした状況について、現在は沖縄に住む黄胤毓監督は「新作の台湾映画だけでなく楊徳昌(エドワード・ヤン)監督作など古い作品も日本で人気が高く、ちょっと驚いた」と話す。
■ □
 台湾の食文化や伝統芸能を紹介するイベントも花盛りだ。6月に台湾フェスティバル、先月初旬には日本台湾祭りが東京・上野公園で開かれ、同下旬にも代々木公園で台湾フェスタが開催された。一昨年に次ぐ2回目となった日本台湾祭りには、前回よりも3万人多い約13万人が訪れ、魯肉飯(ルーローハン)といった台湾料理や人形劇の布袋戯(ポテヒ)などを楽しんだ。
 一昨年に開設された台湾文化センターでも、積極的に台湾の芸術文化を紹介している。現在は蔵書票の特別展を開催しているほか、音楽やトークイベントなどを定期的に企画。地方でも台湾文化に触れる機会は増えており、今月6日には青森県弘前市で台湾の月琴と津軽三味線の交流演奏会も開かれた。
 関連書籍も増えており、中国・アジア専門書店の内山書店(東京・神田神保町)では、4~5年前にそれまで香港と一緒だった台湾コーナーを独立、拡充した。広報担当の内山己乃美(このみ)さんによると、昨年あたりから台湾華語の会話本なども刊行が始まっている。「文学でも呉明益、甘耀明といった若手作家の評価が高い。ただ日本での人気はまだこれからでしょうか」
 映画「台湾萬歳」の酒井監督は、平成23年の東日本大震災で、台湾から200億円を超す多額の義援金が寄せられたことが、日本人が台湾文化に興味を抱くようになった大きな要因ではないかとみている。「今は女性誌でも特集が次々と組まれている。最初は食べ物からでもいいが、その一歩先の台湾を感じてもらいたい」と話す。
■ □
 台湾文化センター長の朱文清さんは、台湾文化の魅力について「一言でいえば多元文化」と強調する。
 「台湾は、漢民族、原住民、客家(はっか)に、最近では東南アジアから嫁いできた花嫁など、さまざまな民族の文化を包含している。ここからお互いに尊重し合う文化が定着し、少数派に対する温かい視点も培われた。日台間の相互訪問は年間600万人を突破したが、そのうち台湾人が約420万人を占める。もう少し日本人にも台湾に来てもらって、文化の多様性を感じていただければと思います」
http://www.sankei.com/life/news/170816/lif1708160018-n1.html

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台湾先住民の少年少女楽団が放った「光」 国際コンクールで初優勝 国際舞台で存在感

2017-08-17 | 先住民族関連
産経ニュース2017.8.16 18:17

13日、台湾・南投県の森林公園の木陰で演奏する「親愛愛楽」の少女ら(田中靖人撮影)
 台湾の山岳地に住む先住民の少年少女で作る管弦楽団が7月、ウィーンで開かれた国際コンクールに初出場して優勝した。元は小学生が放課後に見よう見まねで始めた楽団で、手作りのバイオリンを使う子供もいる。中国からの圧力で社会の閉塞感が強まる中、国際舞台で台湾の存在感を示した先住民の子供らの活躍に、地元紙は「台湾の光」(聯合報)と喝采を送った。(南投 田中靖人)
 「ウィーン国際青少年音楽祭」の管弦楽部門で優勝したのは、台湾中部・南投県の親愛小学校の在校生と卒業生で作る楽団「親愛愛楽」。学校は標高約1000メートルの山中にあり、団員75人はタイヤル族かセデック族。今回は初めての海外遠征で32人が参加した。
 同祭は「音楽界の青少年オリンピック」とも呼ばれ、今年は14カ国・地域の37団体約2000人が歌や演奏を競った。親愛愛楽はモーツァルトの課題曲と先住民の歌を編曲した計3曲を民族衣装姿で披露した。タイヤル族のヤーブン・ビーユーさん(15)は「賞よりも先住民の音楽を大勢に聞いてもらえたことが誇らしかった」と話す。
 台湾の先住民は現在、16部族が公認され、伝統文化の保護や地位向上策が取られている。だが、学力や家庭の経済力は平均を下回り、一部では差別も残る。遠征費用の一部を負担した外交部(外務省に相当)は「音楽で外交に力を尽くし、台湾の生命力を世界に見せてほしい」とさらなる活躍に期待している。

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「この世界の片隅に」は疑似体験。ある大学教授がたどり着いた、“物語“の受け継ぎ方

2017-08-17 | アイヌ民族関連
buzzfeed. 8/15(火) 11:41配信
「戦争体験をどうやって伝えていくか。最近の例で言うと『この世界の片隅に』ですよね。あれは疑似体験。ああいう生活をした若い人はいないわけだけど、でも、あれを見たら共感してのめりこむわけだよね」
そう話すのは、千葉大学でアイヌ語を研究する中川裕教授。アイヌの「語り」を聞いて録音し、資料化する活動を続けている。
戦争体験などに限らず、これまで「語り」で紡がれてきた物語をどう受け継いでいけば良いのか? BuzzFeed Japanは研究室を訪ねた。
6月に観客動員数200万人を突破した映画、「この世界の片隅に」。昨年11月の上映開始当初はわずか63館という小規模展開だったが、口コミで評判が広がり異例のヒットを記録した。
戦争体験者らが制作に協力し、戦時下に生きる人々の姿を描いた同作品は、老若男女の心を捉えた。若い人は戦争を知っているわけではない。みんなが語り部の話を聞いたわけでもない。だけど、映画に共感し、当時何があったのかもっと知りたいと引き込まれる。
終戦から70年余りが経ち、戦争を今に伝える「この世界の片隅に」。戦争の記憶をどう受け継ぐか模索が続く中、現代ならではの「伝え方」を示した。
同様の模索が続けられる文化がある。それがアイヌだ。
「語り」で受け継がれてきた物語
アイヌ民族は明治時代まで文字を持たず、主に口頭によって文学を語り継がれてきた。いわゆる「昔話」である散文説話や英雄叙事詩など、あらゆる物語が口承で伝えられてきた。
2013年に発表されたアイヌ生活実態調査によると、アイヌ民族の人数は16,786人(道内在住者のみ、アンケート調査)。アイヌ語で喋ろうと思っている若い人は、今は大勢いるが、一時は担い手がいなくなることも危惧されたという。
「アイヌ語弁論大会が始まった1998年。初回の参加者は9組12名で、年配の方ばかり。それが昨年の大会では49組55名に。人数が増えてきたので、子どもの部まで分けざるを得なくなってきた」と、中川さんはアイヌ語話者についての現状を語る。
中川さんはアイヌではないが、アイヌ語を教える活動にも携わってきた。本来はアイヌの人たちがアイヌ語を教えるべきだと思っていた。だが、当時は親の世代で話せる人がいなかった。
「だったら、私がお母さんたちに教えましょうと。そこで関東ウタリ会と始めたのが『母と子のアイヌ語教室』。お母さんたちが子どもたちに教えることを目的としています」
アイヌ語を話すことができる人たちを増やす。そして、アイヌの文化を伝える。
しかし、そのようにして語り継がれていくアイヌ文化も、「語り」だけによる伝承は簡単ではない。語り手や聞き手がアイヌの世界観を知らずに育ってきた、というケースもありうる。
そういった状況で、どう受け継いでいけばいいのだろう? そう聞くと、中川さんは「この世界の片隅に」を引き合いにこう答えた。
(映画を見て)その世界に入っていく。昔の話に対してもっと知りたいっていう人が出てきつつある。質的な体験は一緒だよね。
私のかみさんはロシアのフォークロアを専門にしているんだけど、筑波大学で集中講義をしたとき、学生に「子どもの頃にお母さんから昔話を聞いたことがある人」と聞いたら、30人いて1人か2人くらいしか手を挙げない。
寝るときに本を読んでもらった人と聞くと、手を挙げたのはほんの数名。子守唄については皆無。これが、日本の伝承の現実なわけだ。
この日本の伝承の在り方と、アイヌとの違いはどこにあるかというと、アイヌ語自体を聞いても分からなくなってきているということ。あとは同じ。
つまり片一方は日本語は分かるのだけど、語られてきた物語は知らない。片一方はアイヌ語が分かんないわけだから、アイヌ語で聞いてもわからない。
そこが根本的な違いではあるが、なくなりつつあることはどこだって同じ。その点において特殊なわけではない。
だから、新しいかたちでの伝承を追求していかなきゃいけない。ゴールデンカムイのヒットに、そのヒントが見つかるかもしれない。
ゴールデンカムイとは明治時代の北海道を舞台にした、アイヌの少女・アシㇼパと元陸軍兵・杉元佐一がメインキャラクターのサバイバル漫画だ。
ゴールドラッシュに湧いた北海道。アイヌは大量の金塊を秘蔵していたが、ある男がそれを奪って隠してしまった。その後、男は死刑囚として網走監獄へ。隠し場所は収監されていた囚人たちの背中に入れ墨として記され、見つけるには彼らを全て捕らえるしかない。アシㇼパは父の仇を討つため、そして杉元佐一は親友の願いを叶えるために金塊を求め、囚人たちの後を追うーー。
作中ではアイヌの食生活や死生観などにもふれられ、アイヌ世界の一端を垣間見ることができる。マンガ大賞2016の大賞を受賞するなどし、話題を呼んだ。
中川さんは千葉大漫研の顧問を十数年務め、同作のアイヌ語を監修。「物語として、(掲載誌の中で)一番よくできている」と話す。
「昔ながらの方法で伝わらなくなってきたっていうのは、世界中のあらゆるところである」。アイヌ文学は口承で伝えられてきた文化。だけど、かたちを変えて受け継いでいけばいい。現代には現代の伝承の仕方がある。
(かたちを変えて受け継がれる中で、残してもらいたいものは?)それは、「人間以外のあらゆるものに対する共感」。
つまり、人間だけじゃなく、人間以外のあらゆるものが同じ立場で、社会を作っているという考え方。それは自然だけじゃなくて、スマホでも。昔の考え方で言うと、これはカムイ(アイヌ語で神様の意)。
子どものゲーム機を割るとか、そういう行為はカムイを殺しているわけで。アイヌの考え方からすると、報いを受けるべき行為になる。
日本で言えば「もったいない」になるのかもしれないけど、別の人格を持った存在であるという考え方をしていた人たちからすると、それは他人に対して不敬行為を働いたということになる。
人間以外のあらゆるものにそういう見方を拡大するというのが、アイヌの基本的な考え方。ものを大切にしましょうではなくて、まわりのひとたちと付き合っていきましょう、人格を尊重にしましょうという。
あらゆるものがカムイという観念によって秩序立てられているので、カムイが理解できないと、アイヌのことは何もわからないと言っていい。
カムイとは何かを理解して、それが常に意識されている。(伝えられる中で)それが、一番の核なんじゃないですかね。
「ユカㇻ(日本語で叙事詩の意)はそもそもが少年漫画と同じ、冒険活劇ロマンの物語。ドラゴンボールと話が一緒。アニメ化できるはず」
「中国に京劇ってあるでしょ? 中国のカラオケに行ったら京劇の曲が入っていて、それを歌う人がいたんだよね。日本で言えば歌舞伎がカラオケにある、といった感じ。使える人はわずかかもしれないけど、ありなんじゃないか」
中川さんは、学生時代からアイヌの「物語」を聞いてきた。まだまだ資料化できていない語りがたくさんある。それをどう受け継いでいくか。
伝統という枠組みを外せば、他の伝え方が思いつくはずだ。「語り」にこだわらず、伝えていけるものもあるのではと、あらゆる伝え方に言及する。
そうやって、これまで受け継がれてきたものが伝わっていくといいですねと言うと、中川さんはこう答えた。
「現代においてかっこいいと言うかたちにアレンジできるのであれば、それをどんどん使っていい。(核となる部分を残して)新しい文化っていうものを作ること。それが受け継ぐっていうことなんじゃないかな」
https://www.buzzfeed.com/jp/ryoyamaguchi/ainu-story-telling?utm_term=.jew7Ax2jA#.cqqExJgXx


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カナダ外相 NAFTA再交渉で労働・環境重視主張へ

2017-08-15 | 先住民族関連
NHK8月15日 4時56分
NAFTA=北米自由貿易協定の再交渉を前に、カナダのフリーランド外相は14日、労働者を保護するための規定の拡充や環境規制の強化などを主張していく考えを示しました。
アメリカのトランプ政権が自国の産業を保護するため、メキシコとカナダに見直しを求めているNAFTAの再交渉が16日からワシントンで始まります。
これに先立ってカナダのフリーランド外相は14日、首都オタワで講演し「この機会に発効から23年たつNAFTAを今の時代に合うようにして、よりよくしたい」と述べました。そのうえでカナダとしては、労働者を保護するための規定の拡充や、気候変動対策を含む環境規制の強化、それに、男女や先住民族の平等に関する項目を盛り込むことなどを再交渉の中で主張していく考えを示しました。
さらにフリーランド外相は「再交渉ではドラマチックな局面もあるかもしれないが、断固たる決意で臨む」と述べ、アメリカがNAFTAの紛争解決制度の撤廃を求めていることに対して反対するなど、カナダの主張を明確にする考えを示しました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170815/k10011100041000.html

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バンクーバーで性的少数者をテーマとする映画祭 今年で29回目

2017-08-15 | 先住民族関連
バンクーバー経済新聞 2017年08月14日

 バンクーバーの市内各所で8月10日から、LGBTQなど性の多様性をテーマとした世界15カ国から50以上の映画作品を上映する「Vancouver Queer Film Festival」開催している。
 1988年に少数の友人同士の間で始まった同映画祭。以来、映像作品を通して性の多様性を歓迎し社会に広い認知を啓蒙する目的で毎年開催。昨年は70作品を上映し1万4,000人の観客を動員した。
 今年は有色人種の監督や作家の作品、トランスやクィアの若者の作品、世代の違う人々の交流、先住民族出身の監督の作品にフォーカスをあてた編成でドキュメンタリーやフィクション作品を選出。内容もシリアスなものからラブストーリー、コメディまでバラエティ豊かに揃える。映画以外にも作家のトークイベント、小さな子ども向けのストーリータイム、ファミリーピクニックなども企画した。
 チケットは一般=12カナダドル、学生・シニア=8カナダドル。上映やイベントスケジュール、チケットの購入方法はサイトに掲載する。20日まで。
https://vancouver.keizai.biz/headline/2396/

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先祖へ祈りささげる 白老アイヌ協会が供養祭

2017-08-15 | アイヌ民族関連
苫小牧民報2017/8/14配信

先祖供養「シンヌラッパ」が執り行われた
 白老アイヌ協会(新井田幹夫会長)は11日、白老町内の白老アイヌ民族記念広場で第13回アイヌ碑先祖供養祭を行った。伝統儀式「シンヌラッパ」を執り行い、出席者たちが祭壇の前で酒などを供えながら、両親や先祖への祈りの言葉をささげた。
 記念広場はかつて、アイヌ民族の子弟が教育を受けた白老第2小学校があり、また、「コタンのシュバイツアー」と呼ばれ地域医療に力を注いだ故高橋房次氏の病院があった場所。アイヌ民族にとってゆかりが深く、2005年にアイヌ碑が建立されてからは、この地で先祖供養祭が執り行われている。
 新井田会長が祭司を務め行ったシンヌラッパでは、アイヌ民族がもっとも大事にしている火の神に感謝の祈りをささげたあと、祭壇前で出席者一人ひとりが先祖と自分の名前を口にしてから酒やお菓子などの供物をささげた。新井田会長は「先祖があって今われわれがここにいることを伝える儀式。先祖の思いにふけてもらえたら」と話した。
 交流会では来賓として北海道アイヌ協会の加藤忠理事長が、ドイツからの遺骨返還に言及し「世界に先駆けて返還してくれたことに感謝したい」と話した。
 この後、参加者たちにアイヌの伝統料理などが振る舞われたほか、鵡川アイヌ文化伝承保存会、平取アイヌ文化保存会による古式舞踊も披露された。
https://www.tomamin.co.jp/news/area2/11947/

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道新 アイヌ語小文字発音講座 4 小文字の「ㇱ」

2017-08-14 | アイヌ民族関連
北海道新聞 2017/08/09

アイヌ文化を伝える北海道新聞の記事に時々登場している、片仮名の小書き文字。小文字表記されるアイヌ語独自の発音の仕方を、音声と動画で分かりやすく伝えるため、北海道新聞のニュースサイト「どうしん電子版」で「道新アイヌ語小文字発音講座」を公開しています。
https://www.hokkaido-np.co.jp/movies/detail/5536219035001

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道新 アイヌ語小文字発音講座 3 小文字の「ㇰ」

2017-08-14 | アイヌ民族関連
北海道新聞 2017/08/09

アイヌ文化を伝える北海道新聞の記事に時々登場している、片仮名の小書き文字。小文字表記されるアイヌ語独自の発音の仕方を、音声と動画で分かりやすく伝えるため、北海道新聞のニュースサイト「どうしん電子版」で「道新アイヌ語小文字発音講座」を公開しています。
https://www.hokkaido-np.co.jp/movies/detail/5536238668001

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日本統治時代結成の先住民野球団に光 ゆかりの地で記念イベント

2017-08-13 | 先住民族関連
中央社フォーカス台湾2017/08/12 19:20

「台東団」(左側)と「能高団」(右側)の選手たち
(花蓮 12日 中央社)野球が盛んな東部・花蓮県で12日、日本統治時代の同地で生まれた、台湾初の先住民チーム「能高団」を記念する「能高棒球節(野球フェスティバル)」が始まった。
15日までのイベント期間中、台湾各地の小中高校から41校が出場する大会や、児童向けの野球教室などが開かれる。主催の花蓮県教育処の劉美珍処長が、野球への熱い思いを取り戻し、地元の野球振興につなげることができればと期待を示した。
花蓮の歴史に詳しい葉柏強さんによると、能高団は1921年、アミ族の少年らが集まって結成されたチームが前身。23年に当時の花蓮港庁長、江口良三郎によって能高団と命名された。25年の日本遠征では、早稲田中学校などの強豪校を相手に善戦し、「蕃人チーム」としてその名を知らしめた。
その後、相次ぐ主力選手の脱退もあり27年に解散となったが、投手の羅道厚(日本名:伊藤次郎)をはじめ複数のメンバーが平安中学校に野球留学し、甲子園出場を果たした。
(李先鳳/編集:羅友辰)
http://japan.cna.com.tw/news/aart/201708120008.aspx

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アイヌ・リムセとハワイアン・フラ ダンスを通じ交流深める-白老

2017-08-13 | アイヌ民族関連
苫小牧民報2017/8/12

創作ダンスを踊るフラグループや参加者たち
 白老町のアイヌ民族博物館で9、10の両日、アイヌ・リムセ(踊り)とハワイアン・フラによる国際交流事業が行われた。10日のワークショップでは、帯広の「サルキウシナイ」とフラを融合させた創作ダンスで交流。先住民の歌や踊りを通して伝承活動の大切さや、相互の文化への理解を深めた。
 同博物館と帯広カムイトウウポポ保存会(酒井奈々子会長)主催。ハワイアン・フラの伝承活動を行う「ハラウ キアウェクウポノ オ カ ウァ」が初めて北海道に足を運び、札幌、帯広、白老の3カ所で国際交流を実施。白老では、帯広の保存会メンバーも来町し、3者合同で交流を深めた。
 9日は交流セミナーとして、ハワイアン・フラの歴史や復興に向けた取り組みなどの説明や、フラグループによる力強いパフォーマンスを披露。10日のワークショップでは、フラの体験や白老に伝わる古式舞踊などを体験した。また、帯広に伝わる「サルキウシナイ」を酒井会長が歌い、フラグループが生命の循環を表現した創作ダンスを振り付け。一般参加者たちも交え、フラとリムセが融合した踊りを堪能した。
 フラグループの代表を務めるディエトリックス・ジョン・ウルコア・デュヘィロンソッドさん(46)は、「アイヌの踊りとフラを融合させることができ、美しく素晴らしい体験になった」と語るとともに、「祖先から受け継いだ伝統はとても大事。それぞれの文化に敬意、感謝の気持ちを持って理解できたら、もっと世界が平和になるだろう」と伝承活動の大切さについて話していた。
 野本正博館長は、2020年の民族共生象徴空間開設などに触れ「もっと交流が盛んになることを期待したい」と話し、酒井会長も「ハワイの踊りは力強く、大地を踏みしめるような踊りはアイヌの踊りとも似ている。言葉は通じなくても心が通じ合えることに感動した」と語った。
https://www.tomamin.co.jp/news/area2/11939/

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