CINEMORE 5/29(水) 7:26配信
ジェームズ・キャメロンが監督・脚本・共同製作を務めた『アバター』(09)。太陽系外の衛星パンドラの景観と自然環境、そして先住民族であるナヴィを含む生態系を丸ごとコンピュータ・グラフィックスで“創造”するという前例のない巨大プロジェクトで、製作が本格化したのは2005年のこと。ただし、企画の出発点は1994年と意外に早く、キャメロンはこの時80ページの草稿を書いていた。
キャメロンは当初、少年時代から親しんだSF小説や冒険小説の中から、自分の好きな要素を集めた独自のSFアドベンチャーを構想した。ほかにも、キャメロン本人が影響を認めたもの、映画通から類似性が指摘された過去の作品、意図的にちりばめられた宗教的要素など、『アバター』の創造の源を探ることは、それ自体が刺激に満ちた旅のようでもある。
衛星パンドラのビジュアルはどこから
幼い頃からジャック・クストーの海洋ドキュメンタリーに夢中だったキャメロンは、高校時代から、頭に浮かんださまざまなアイデアを短編小説にしたり、スケッチに書き留めたりしていた。70年代には、空中を浮遊するクラゲ、生物発光する森や川、「エアー・シャーク」と名付けた空飛ぶサメ(これがのちにエイのような姿に変わり、さらにコウモリに近いデザインの「バンシー」になる)などを描いたという。
ドキュメンタリー作品『エイリアンズ・オブ・ザディープ』(05)の撮影で、キャメロンは自ら探査艇に乗り込んで深海底の熱水孔を調査したが、このとき実際に目にした生物発光をする植物相や動物相も、『アバター』に登場する動植物のデザインに影響を与えることになる。
パンドラの空中に浮かぶ山に代表されるユニークな景観は、キャメロンが中国南部にある黄山などの景勝地にインスパイアされたと語っている。また、ロックバンド「イエス」のアルバムジャケットのイラストで有名なロジャー・ディーンの作品にも、空中に浮かぶ島や巨大な岩のアーチを描いた絵があり、これらの影響を指摘する声も多い(ディーンは著作権侵害で提訴したが2014年敗訴)。
キャメロン自身は訴えられる前の2010年のインタビューで、イエスのアルバムに描かれた空に浮かぶ山にインスピレーションを得たかと聞かれ、「マリファナを吸っていた(若者の)頃、(ディーンの絵を)目にしていたかもね」と語っていた。
パンドラの緑深い森は、アマゾンの熱帯雨林の景観にヒントを得ている。キャメロンが草稿を書いた1990年代、「熱帯雨林を乱開発から守れ」と訴える運動が米国を中心に盛り上がっていた。文明と科学技術への過信が危機を招く、というのはキャメロンがフィルモグラフィーで一貫して警鐘を鳴らしてきたテーマでもある。『アバター』を契機に熱心な環境保護論者になったキャメロンは、2010年に初めてアマゾンを訪れ、現地の部族とともに熱帯雨林の保護を訴えた。
「開拓者と先住民」「開発と環境破壊」の物語類型
パンドラの資源を求めて森林を切り開く人類と自然を守る先住民族ナヴィの対立、資源開発側のジェイク・サリー(サム・ワーシントン)とナヴィ族の女性ネイティリ(ゾーイ・サルダナ)との愛を描くストーリーは、過去の多数の作品に共通する物語類型をなぞっている。
「開拓者と先住民」の物語の源流はおそらく、ディズニーのアニメ映画『ポカホンタス』(95)で日本でも広く知られるようになった、17世紀の英国人入植者ジョン・ロルフと結婚したネイティブアメリカンの娘ポカホンタスの実話だろう。
ポカホンタスの、民族や文化、立場の違いを乗り越えて結ばれる劇的なラブストーリーの骨子は、舞台を米国南北戦争の時代に移して『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(90)に、また明治初頭の日本を舞台にした『ラストサムライ』(03)にも受け継がれた。後者の2作は、開拓者(政府)側の軍人が、先住民(武士)の伝統文化や精神に共感して“反逆者”になる点でも『アバター』と共通する。
「開発と環境破壊」に関して、キャメロンはアイデアの源の一つを映画の中で示している。それは、グレイス・オーガスティン博士(シガニー・ウィーバー)がかつてパンドラの村に作った学校の廃墟で拾い上げるドクター・スースの児童書「The Lorax」(1971年出版。2012年に『ロラックスおじさんの秘密の種』の題でアニメ映画化された)。これは金儲けのために木を大量伐採した結果、植物がなくなるほど環境が破壊された世界の物語だ。
また、比較的マイナーな作品だが、オーストラリア製アニメ『不思議の森の妖精たち』(92)も参照したと考えられる。こちらは、熱帯雨林に住む妖精と伐採業者の青年が恋に落ち、力を合わせて森を破壊から守ろうとする物語。倒木でできた橋を渡る構図や、森林をブルドーザーがなぎ倒す場面など、『アバター』が元ネタにしたと思しき要素が散見される。
SFカルチャーと自作への“言及”
映画では下半身不随のジェイクが、パンドラの環境に適合させた人工身体のアバターに意識を移し、ナヴィが暮らす世界を探索する。キャメロンがプロットの参考にしたと思われるのが、ポール・アンダースンが1957年に発表したSF中編「わが名はジョー」(新潮社文庫「スペースマン : 宇宙SFコレクション1」所収)。この小説の主人公も車椅子に乗っているが、木星とその衛星の過酷な環境に適合した人造木星人「ジョー」に意識を移して冒険を繰り広げる。
惑星(または衛星)のすべての生命を結ぶ「意識のネットワーク」というアイデアの大元は、1960年代に英科学者ジェームズ・ラブロックが提唱した、地球を一種の超個体と見なす「ガイア理論」だ。この理論に影響を受けた作品はSFに限らず多数あるが、『アバター』と最も共通点が多いのは、「デューン 砂の惑星」で知られるフランク・ハーバートとビル・ランサムによる共著のシリーズ「The Jesus Incident」(79)と「The Lazarus Effect」(83)。これらの作品では、海に覆われた惑星「パンドラ」で過去の記憶を引き継ぐ藻類が全球的なネットワークを築いており、他の生命体とともに「Avata」と呼ばれる共有の意識にリンクされている。
キャメロンはまた、過去の自作を想起させる要素やシーンも盛り込んでいる。最もわかりやすいのは、『エイリアン2』(86)でシガニー・ウィーバー扮するリプリーがエイリアン・クイーンと戦う際に乗り込んだ貨物運搬用パワーローダーだろう。『アバター』では「Amplified Mobility Platform(AMP)」と呼ばれる戦闘スーツとして登場し、クオリッチ大佐(スティーヴン・ラング)が乗り込んでジェイクやネイティリと対決する。
スパイアクション『トゥルーライズ』(94)では、主人公のハリー(アーノルド・シュワルツェネッガー)がジェット戦闘機「ハリアー」の操縦桿を倒して機体を傾けると、翼の上のテロリストがバランスを崩して滑り落ち、ミサイルに引っかかる。このシーンは、『アバター』の終盤の戦闘で、戦闘機に搭乗するクオリッチ大佐とジェイクのアバターによってかなり忠実に再現されている。
ちりばめられた宗教的要素
パンドラの魂の木に宿る神「エイワ」を崇めるナヴィの宗教儀式は、アフリカや新大陸の先住民族のそれを思わせるが、キャメロンはほかにも既存の宗教との関連を思わせる要素をちりばめている。
まず、ナヴィの青い肌色は、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神の絵や像から取られたという。また、アバター(avatar)という言葉も元はサンスクリット語で「(ヴィシュヌ)神の化身」を表し、やがて一般化してゲーム内でのプレイヤーの「分身」などの意味にも使われるようになったものだ。
キャメロン作品では、主人公の“意外な味方”にキリスト教に関わる名前が与えられることが多い。『エイリアン2』におけるアンドロイドのビショップ(bishopは「司教」の意味)、『アビス』(89)におけるモンク少尉(monkは「修道士」)がこれに該当する。『アバター』のオーガスティン博士もはじめ、海兵隊のジェイクを見下したような態度を取るが、彼女の姓は聖アウグスティヌス(Saint Augustine)から取られている。
キャメロンが頭文字に並々ならぬこだわりを持っていることは『アリータ:バトル・エンジェル』の記事で紹介したが、英雄的な主人公や重要人物のイニシャルには「J」を与えることが多い。それは、キャメロン自身のイニシャルがイエス・キリストと同じ「J.C.」であることと無関係ではない気がする。『ターミネーター』(84)と『ターミネーター2』(91)で機械に支配された未来の人類を救うのがずばりJ.C.のジョン・コナーだし、『タイタニック』(97)でヒロインを救う主人公の名もジャック。そして『アバター』のジェイクも、ナヴィとパンドラを救う戦いに身を投じる。
キャメロンがジェイクをキリストに重ねていることは、ラスト近くのある場面でネイティリがジェイクを抱きかかえる構図が、ミケランジェロの彫刻『ピエタ』を再現していることからも明らかだ。「ピエタ」は磔にされたキリストの亡骸を抱く聖母マリアをモチーフにした芸術作品を指すが、新約聖書にキリストが処刑された後に復活することが記されていることを思えば、『アバター』のラストとの関連性も一層はっきりする。
キャメロンはこうして、地球上に実在する生物や景観、過去の出来事や物語、自作を含むSFカルチャー、そして多くの宗教的要素を織り交ぜて、まったくの未知の環境でありながらもどこか懐かしく親しみを覚える『アバター』の世界を創造した。次回の記事では、同作におけるCGやモーションキャプチャー、3Dといった映像面での挑戦を中心に取り上げたい。
【参考】
1.『ジェームズ・キャメロン 世界の終わりから未来を見つめる男』レベッカ・キーガン著 吉田俊太郎・訳 フィルムアート社
2.『The ART of AVATAR ジェームズ・キャメロン『アバター』の世界』リサ・フィッツパトリック著 菊池由美訳 小学館集英社プロダクション
文: 高森郁哉(たかもり いくや)
フリーランスのライター、英日翻訳者。主にウェブ媒体で映画評やコラムの寄稿、ニュース記事の翻訳を行う。訳書に『「スター・ウォーズ」を科学する―徹底検証! フォースの正体から銀河間旅行まで』(マーク・ブレイク&ジョン・チェイス著、化学同人刊)ほか。
『アバター』
ブルーレイ発売中
¥1,905+税
20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン
(C)2013 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
高森郁哉
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190529-00010000-cinemore-movi
ジェームズ・キャメロンが監督・脚本・共同製作を務めた『アバター』(09)。太陽系外の衛星パンドラの景観と自然環境、そして先住民族であるナヴィを含む生態系を丸ごとコンピュータ・グラフィックスで“創造”するという前例のない巨大プロジェクトで、製作が本格化したのは2005年のこと。ただし、企画の出発点は1994年と意外に早く、キャメロンはこの時80ページの草稿を書いていた。
キャメロンは当初、少年時代から親しんだSF小説や冒険小説の中から、自分の好きな要素を集めた独自のSFアドベンチャーを構想した。ほかにも、キャメロン本人が影響を認めたもの、映画通から類似性が指摘された過去の作品、意図的にちりばめられた宗教的要素など、『アバター』の創造の源を探ることは、それ自体が刺激に満ちた旅のようでもある。
衛星パンドラのビジュアルはどこから
幼い頃からジャック・クストーの海洋ドキュメンタリーに夢中だったキャメロンは、高校時代から、頭に浮かんださまざまなアイデアを短編小説にしたり、スケッチに書き留めたりしていた。70年代には、空中を浮遊するクラゲ、生物発光する森や川、「エアー・シャーク」と名付けた空飛ぶサメ(これがのちにエイのような姿に変わり、さらにコウモリに近いデザインの「バンシー」になる)などを描いたという。
ドキュメンタリー作品『エイリアンズ・オブ・ザディープ』(05)の撮影で、キャメロンは自ら探査艇に乗り込んで深海底の熱水孔を調査したが、このとき実際に目にした生物発光をする植物相や動物相も、『アバター』に登場する動植物のデザインに影響を与えることになる。
パンドラの空中に浮かぶ山に代表されるユニークな景観は、キャメロンが中国南部にある黄山などの景勝地にインスパイアされたと語っている。また、ロックバンド「イエス」のアルバムジャケットのイラストで有名なロジャー・ディーンの作品にも、空中に浮かぶ島や巨大な岩のアーチを描いた絵があり、これらの影響を指摘する声も多い(ディーンは著作権侵害で提訴したが2014年敗訴)。
キャメロン自身は訴えられる前の2010年のインタビューで、イエスのアルバムに描かれた空に浮かぶ山にインスピレーションを得たかと聞かれ、「マリファナを吸っていた(若者の)頃、(ディーンの絵を)目にしていたかもね」と語っていた。
パンドラの緑深い森は、アマゾンの熱帯雨林の景観にヒントを得ている。キャメロンが草稿を書いた1990年代、「熱帯雨林を乱開発から守れ」と訴える運動が米国を中心に盛り上がっていた。文明と科学技術への過信が危機を招く、というのはキャメロンがフィルモグラフィーで一貫して警鐘を鳴らしてきたテーマでもある。『アバター』を契機に熱心な環境保護論者になったキャメロンは、2010年に初めてアマゾンを訪れ、現地の部族とともに熱帯雨林の保護を訴えた。
「開拓者と先住民」「開発と環境破壊」の物語類型
パンドラの資源を求めて森林を切り開く人類と自然を守る先住民族ナヴィの対立、資源開発側のジェイク・サリー(サム・ワーシントン)とナヴィ族の女性ネイティリ(ゾーイ・サルダナ)との愛を描くストーリーは、過去の多数の作品に共通する物語類型をなぞっている。
「開拓者と先住民」の物語の源流はおそらく、ディズニーのアニメ映画『ポカホンタス』(95)で日本でも広く知られるようになった、17世紀の英国人入植者ジョン・ロルフと結婚したネイティブアメリカンの娘ポカホンタスの実話だろう。
ポカホンタスの、民族や文化、立場の違いを乗り越えて結ばれる劇的なラブストーリーの骨子は、舞台を米国南北戦争の時代に移して『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(90)に、また明治初頭の日本を舞台にした『ラストサムライ』(03)にも受け継がれた。後者の2作は、開拓者(政府)側の軍人が、先住民(武士)の伝統文化や精神に共感して“反逆者”になる点でも『アバター』と共通する。
「開発と環境破壊」に関して、キャメロンはアイデアの源の一つを映画の中で示している。それは、グレイス・オーガスティン博士(シガニー・ウィーバー)がかつてパンドラの村に作った学校の廃墟で拾い上げるドクター・スースの児童書「The Lorax」(1971年出版。2012年に『ロラックスおじさんの秘密の種』の題でアニメ映画化された)。これは金儲けのために木を大量伐採した結果、植物がなくなるほど環境が破壊された世界の物語だ。
また、比較的マイナーな作品だが、オーストラリア製アニメ『不思議の森の妖精たち』(92)も参照したと考えられる。こちらは、熱帯雨林に住む妖精と伐採業者の青年が恋に落ち、力を合わせて森を破壊から守ろうとする物語。倒木でできた橋を渡る構図や、森林をブルドーザーがなぎ倒す場面など、『アバター』が元ネタにしたと思しき要素が散見される。
SFカルチャーと自作への“言及”
映画では下半身不随のジェイクが、パンドラの環境に適合させた人工身体のアバターに意識を移し、ナヴィが暮らす世界を探索する。キャメロンがプロットの参考にしたと思われるのが、ポール・アンダースンが1957年に発表したSF中編「わが名はジョー」(新潮社文庫「スペースマン : 宇宙SFコレクション1」所収)。この小説の主人公も車椅子に乗っているが、木星とその衛星の過酷な環境に適合した人造木星人「ジョー」に意識を移して冒険を繰り広げる。
惑星(または衛星)のすべての生命を結ぶ「意識のネットワーク」というアイデアの大元は、1960年代に英科学者ジェームズ・ラブロックが提唱した、地球を一種の超個体と見なす「ガイア理論」だ。この理論に影響を受けた作品はSFに限らず多数あるが、『アバター』と最も共通点が多いのは、「デューン 砂の惑星」で知られるフランク・ハーバートとビル・ランサムによる共著のシリーズ「The Jesus Incident」(79)と「The Lazarus Effect」(83)。これらの作品では、海に覆われた惑星「パンドラ」で過去の記憶を引き継ぐ藻類が全球的なネットワークを築いており、他の生命体とともに「Avata」と呼ばれる共有の意識にリンクされている。
キャメロンはまた、過去の自作を想起させる要素やシーンも盛り込んでいる。最もわかりやすいのは、『エイリアン2』(86)でシガニー・ウィーバー扮するリプリーがエイリアン・クイーンと戦う際に乗り込んだ貨物運搬用パワーローダーだろう。『アバター』では「Amplified Mobility Platform(AMP)」と呼ばれる戦闘スーツとして登場し、クオリッチ大佐(スティーヴン・ラング)が乗り込んでジェイクやネイティリと対決する。
スパイアクション『トゥルーライズ』(94)では、主人公のハリー(アーノルド・シュワルツェネッガー)がジェット戦闘機「ハリアー」の操縦桿を倒して機体を傾けると、翼の上のテロリストがバランスを崩して滑り落ち、ミサイルに引っかかる。このシーンは、『アバター』の終盤の戦闘で、戦闘機に搭乗するクオリッチ大佐とジェイクのアバターによってかなり忠実に再現されている。
ちりばめられた宗教的要素
パンドラの魂の木に宿る神「エイワ」を崇めるナヴィの宗教儀式は、アフリカや新大陸の先住民族のそれを思わせるが、キャメロンはほかにも既存の宗教との関連を思わせる要素をちりばめている。
まず、ナヴィの青い肌色は、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神の絵や像から取られたという。また、アバター(avatar)という言葉も元はサンスクリット語で「(ヴィシュヌ)神の化身」を表し、やがて一般化してゲーム内でのプレイヤーの「分身」などの意味にも使われるようになったものだ。
キャメロン作品では、主人公の“意外な味方”にキリスト教に関わる名前が与えられることが多い。『エイリアン2』におけるアンドロイドのビショップ(bishopは「司教」の意味)、『アビス』(89)におけるモンク少尉(monkは「修道士」)がこれに該当する。『アバター』のオーガスティン博士もはじめ、海兵隊のジェイクを見下したような態度を取るが、彼女の姓は聖アウグスティヌス(Saint Augustine)から取られている。
キャメロンが頭文字に並々ならぬこだわりを持っていることは『アリータ:バトル・エンジェル』の記事で紹介したが、英雄的な主人公や重要人物のイニシャルには「J」を与えることが多い。それは、キャメロン自身のイニシャルがイエス・キリストと同じ「J.C.」であることと無関係ではない気がする。『ターミネーター』(84)と『ターミネーター2』(91)で機械に支配された未来の人類を救うのがずばりJ.C.のジョン・コナーだし、『タイタニック』(97)でヒロインを救う主人公の名もジャック。そして『アバター』のジェイクも、ナヴィとパンドラを救う戦いに身を投じる。
キャメロンがジェイクをキリストに重ねていることは、ラスト近くのある場面でネイティリがジェイクを抱きかかえる構図が、ミケランジェロの彫刻『ピエタ』を再現していることからも明らかだ。「ピエタ」は磔にされたキリストの亡骸を抱く聖母マリアをモチーフにした芸術作品を指すが、新約聖書にキリストが処刑された後に復活することが記されていることを思えば、『アバター』のラストとの関連性も一層はっきりする。
キャメロンはこうして、地球上に実在する生物や景観、過去の出来事や物語、自作を含むSFカルチャー、そして多くの宗教的要素を織り交ぜて、まったくの未知の環境でありながらもどこか懐かしく親しみを覚える『アバター』の世界を創造した。次回の記事では、同作におけるCGやモーションキャプチャー、3Dといった映像面での挑戦を中心に取り上げたい。
【参考】
1.『ジェームズ・キャメロン 世界の終わりから未来を見つめる男』レベッカ・キーガン著 吉田俊太郎・訳 フィルムアート社
2.『The ART of AVATAR ジェームズ・キャメロン『アバター』の世界』リサ・フィッツパトリック著 菊池由美訳 小学館集英社プロダクション
文: 高森郁哉(たかもり いくや)
フリーランスのライター、英日翻訳者。主にウェブ媒体で映画評やコラムの寄稿、ニュース記事の翻訳を行う。訳書に『「スター・ウォーズ」を科学する―徹底検証! フォースの正体から銀河間旅行まで』(マーク・ブレイク&ジョン・チェイス著、化学同人刊)ほか。
『アバター』
ブルーレイ発売中
¥1,905+税
20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン
(C)2013 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
高森郁哉
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190529-00010000-cinemore-movi