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先住民の絆結ぶ氷の道(6~10)

2016-03-31 | 先住民族関連
【時事通信社】2016年03月30日
6.氷上の漁
 ボビー・ドライギース(44)、ポール・マッケンジー(58)。
 2人ともグレートスレーブ湖を挟んでイエローナイフの対岸にある先住民の村、デタの出身だ。都市の近くに住んでいるが、今でも湖で魚を捕り、罠で小動物を仕留めている。2人と行動を共にし、先住民の昔ながらの生活を体験した。
 ボビーのピックアップトラックに乗り込む。イエローナイフからデタには、グレートスレーブ湖にできたアイスロードを使うと近道だ。
 凍った湖と陸地の境目は雪が覆って分からないが、入り口に「重量制限3600キロ」と表示された看板がある。アイスロードは全長約5キロ、幅は約50メートル。制限速度は50キロで車線はない。湖面を覆う氷が露出するように雪が取り除かれ、黒々とした水の上にできたガラスの道のようだ。
 「アイスロード部分に冷たい空気を直接当てて氷を厚くするんだ」
 こうすることで、氷は厚さが5フィート(約1.5メートル)になる。ピックアップトラックは普通の道と同じように走っていく。
 グレートスレーブ湖は北米では最も深い湖で、最深部は614メートルに達する。大丈夫だとは思いながらも、もし氷が割れたらとびくびくしているうちに、6キロ先の対岸にあるデタに着いた。
 車を置き、待っていたポールのスノーモービルに乗り換えてボビーの小屋へ。室内の薪ストーブの上には湖で捕ったイワナの仲間、レイクトラウトの皮が干されている。柱には罠猟で捕ったネズミの一種マスクラットの皮が裏を表にしてぶら下がり、狩猟民族の暮らしぶりがうかがえる。
 ポールが運転するスノーモービルが引くそりに乗り込み、グレートスレーブ湖に仕掛けた網を引き上げに行く。強い風が当たり、体感気温はマイナス30度くらいだ。
 厚さ1メートルほどの氷に穴が2カ所、約50メートル離れて開いている。同じ長さの網が水中に仕掛けてある。
 「よし、この綱を引っ張るんだ」
 穴から引き上げられた長い網にはレイクトラウト、淡水タラのカワメンタイなどが掛かっている。どれも50センチほどあり、中には1メートル近いレイクホワイトフィッシュの大物も。
 網から外された魚は氷の上で跳ねていたが、みるみるうちに凍っていく。カワメンタイは体をくねらせたままの姿で固まっている。
 「きょうは少ないね。魚が湖の別の場所に移動してしまったんだろう」
 残念そうに話すポールたちと、今度は近くの森に仕掛けた罠を見に行った。
 獲物は、凍って水がなくなった川底のトンネルを動き回るマスクラット。マスクラットを探すオオカミやキツネを追って居場所を見つけ出し、湖の藻と煮て臭いを消した罠を氷の下に仕掛ける。7つ仕掛けた最初の罠を確かめようと穴に手を入れたポール。「うわ~」と叫び、腕が奥に潜む獲物に引っ張られるしぐさをしておどけてみせる。空振りだったが、ポールもボビーも陽気だ。
 5つ、6つと成果がなく、あきらめかけて最後の仕掛けを点検するポールの表情が急に真剣になった。
 「何かいるぞ!」
 ゆっくりと仕掛けを引き出す。すると罠に手を挟まれたマスクラットが一匹。ポールは手足をばたつかせているマスクラットを素早く雪の上に打ち付けて仕留めた。毛はふさふさで触ってみるとまだ体温が残っている。
 「俺たちはずっとこうして猟を続けてきた。子供にも猟を教えているが、みんな好きだと言っているよ」
 ボビーは満足そうだが、自然に左右される厳冬期の網漁や罠猟は想像を超える重労働だ。小屋に戻り、寒さで感覚がなくなった手で握ったマグで飲むコーヒーは格別のおいしさだった。

7.激走、アイスロード
 「陸の孤島」とは一体どうなっているのか。
 旅が後半にさしかかり、アクセスできる地図に道が載っていない集落を見たいとの思いが強く募る。
 それを確かめるため、厳冬期のおよそ3カ月間だけ通れるアイスロードでイエローナイフから北に一路、先住民の集落ワチを目指した。
 イエローナイフから105キロ離れた最初の村ベチョコまでは、グレートスレーブ湖に沿って舗装された道路が北西に伸びている。視界の左右に広がる森は雪に覆われているが、道路は除雪されている。建築資材などを運ぶ大型トレーラーと擦れ違うが、交通量は少ない。
 ベチョコを過ぎてマリアン湖上のアイスロードに入る。入り口につながる道路には「最大重量18500キロ」と標識が立てられている。
 この日のアイスロードは雪に覆われ、ガラスのように見えない。車をいったん停めてアクセルを強めに踏み込むと、四輪駆動のSUVが後部を左右に振りながら走り出す。
 しばらくするとアイスロードの端に設置された標識が見えてきた。
 「ROAD CLOSED(通行止め)」
 近寄ってよく見ると、黒っぽい湖の水が氷上にしみ出している。万が一、ここに気付かずに走行すれば氷が割れ、車が水没する恐れがあるため、アイスロードの一部を三角コーンで囲って注意を促しているのだ。
 ワチにつながるアイスロードは今年、2月5日に乗用車が通れるようになった。氷が厚さを増す2月に末以降はタンクローリーやトラックの通行ができるようになり、1年分の燃料、大量の生活必需品をはじめ、小型機に積めなかったり、高い運賃がかかったりするものを一気に輸送する。だが、今年は暖冬が影響し、氷のコンディションが良くないという。
 実際、ワチよりさらに北のアイスロードでは直前、タンクローリーが走行中に氷が割れ、一部が水中に沈む事故が発生。集落の人々にとってライフラインとなるアイスロードは全面的に通行止めとなり、住民の生活や移動に大きな影響が出た。
 アイスロードは想像以上にデリケートだ。よく注意して見てみると、一方の岸と対岸は最短距離の一直線で結ばれていない。車は岸の手前で大きくカーブして、陸地につながっている。
 「ポコポコポコ」
 イエローナイフとデタを結ぶアイスロードでは、車が通過するときに氷のしなる音が聞こえた。
 湖面が厚い氷で覆われても、重い車が通れば氷がしなって下の水がわずかに波打つ。その波が車の進行方向に向かって勢いを増し、岸辺の氷が割れてしまう事態が起きるのを防ぐため、アイスロードは岸の近くでカーブを描くのだ。
 全長約30キロに及ぶマリアン湖のアイスロードを抜け、白樺やカラマツの森に入る。夏には一面、湿地帯となるが、雪が地表を覆っている。お尻が時々シートから浮かんでしまうほどのでこぼこ道が続き、まるで悪路を走行するラリーカーに乗ったような気分になる。
 イエローナイフから約210キロ。およそ5時間をかけてワチに到着した。
 人口550人の小さな集落には、ブルーやオレンジといったカラフルな平屋が建ち並ぶ。村を挙げて開かれる先住民伝統の賭け遊び「ハンドゲーム」の大会を翌日に控え、住民は準備に追われていた。
 トリチョ族の人々はどことなく日本人に似ている。子宝に恵まれた世帯が多く、村の中心にある学校では、日が暮れた後も子供たちがスノーモービルで雪の積もった氷点下の校庭を走り回っている。
 「さあ、食べて、食べて」
 学校の体育館に設けられた食堂で、村の女性にカリブーのシチューなど、ワチの味で「おもてなし」を受けた。人々は気さくで次々と話しかけてくる。
 「どっから来たんだ。日本?ハンドゲームを見に来たのか?見ないで参加したらどうかね?」
 アイスロードができて陸の孤島でなくなるこの時期、遠くから多くの先住民が参加するハンドゲームには、どんな魅力があるのだろう。期待に胸が膨らむ。

8.熱狂の大勝負
 ハンドゲーム。
 文字通り手だけを使うゲームだ。ワチ、ベチョコ、ガメティ、ウェクウェティなど、イエローナイフ北方の集落に暮らすトリチョ族と呼ばれる先住民の伝統的な遊びだ。
 厳冬期、大きな大会が開催される村には毎年のようにアイスロードを使って遠くから多くの先住民が集まってくる。2年ぶりにトーナメントが行われるワチの人口は、普段の倍となる1000人ほどに膨らむ。会場の公民館には、ピックアップトラックがぎっしりと並んでいる。
 ハンドゲームは、もともと先住民が集落で絆を深めるために始まった遊びが起源とされる。狩猟などで得た獲物を賭けていた娯楽が、トリチョ族の文化として引き継がれている。
 「やってきた人々はみんなファミリーだ。ハンドゲーム大会はファミリー再会のイベントだ」
 野球スタジアムのように階段式に作られた会場の観客席。アルフォンゾ・ニチザ酋長が、席を埋め尽くした老若男女を見渡しながら説明してくれた。
 ルールは簡単だ。1チーム10人が2組に分かれて対戦。「シューター」と呼ばれるチームの1人が、相手チームの10人がそれぞれ左右どちらの手におはじきを隠して握っているかを当てる。当てられれば脱落し、ミスをすればシューターのチームにペナルティーが科される。双方のチームが交互に当て合いをし、一定のペナルティーに達した方が負け。参加できるのは男性だ。
 トーナメントには27チームが出場。遠くはカナダ北西部ユーコン準州、ノースウエスト準州の南に位置するアルバータ州からやって来たメンバーもいるという。当初は32チームが参加する予定だったが、ワチから北につながるアイスロードが割れ、タンクローリーが沈んだ事故で通行止めに遭ったガメティのチームが来られなくなったのだ。
 ババン、ババン、ババン、ババン!
 ゲームスタートだ。それぞれのチームの後ろに陣取った応援団が、大声でリズムを作りながらカリブーの革を張ったタンバリンのような形のドラムを棒で打ち鳴らす。瞬く間に会場は大音響で満たされる。優勝すれば賞金2万カナダドル(約170万円)、8位でも1500ドル(約13万円)が手に入るとあって、選手の表情は真剣そのもの。応援にも熱が入る。
 それぞれのチームの10人がつま先立ちの正座で一列に向き合う。一方のチームの選手はうずくまって膝元の上着で手を隠しておはじきを握り、そしてリズムに合わせて体を起こしながら腕を組み、シューターとの勝負を待つ。
 パチン!
 シューターが両手をたたき、伸ばした手で左右どちらにおはじきがあるのかをサインで当てる。列の端の選手だけが右、残りは左といったさまざまな指示パターンがあるが、難解すぎて見ていてもさっぱりだ。
 「単純に見えるだろ。でもこのゲームは神経戦なんだ」
 そう話すのはイエローナイフから参加したヘンリー・ゾーイ。シューターは単純に確率50%に賭けているのではないという。
 「若い選手はシューターとの勝負に勝てば、次の当て合いで隠す手を変える傾向がある。年配は頑固だからずっと同じ手のことが多い。シューターには記憶力が要求される」
 気が付けば観客に子供が増え、室内は200人を超えている。ドラムのリズムに合わせて体を激しく動かし、ゲームに熱狂している選手の顔は紅潮し、汗がきらきらと光る。シューターが見事に当ててどよめく選手と観客。外は氷点下というのに、会場は熱気でムンムンしている。
 「子供にハンドゲームを知ってほしいから一緒に来た」
 ゲームを見守る人の中には、先祖から続くゲームを受け継いでもらおうと、子供を連れてきた人も目立つ。ワチやベチョコでは1990年代から学校でハンドゲームを教え始め、伝統を守る取り組みと続けているという。
 会場に半日いただけで、人々の気勢と大音響に圧倒され、疲労に襲われた。トーナメントは3日間にわたって続くが、最後まで試合を見られないのがとても残念だ。
 日が暮れる直前にワチを離れる。男たちが応援する声と激しいドラムの音が外まで漏れる公民館の横を通り過ぎ、イエローナイフを目指した。

9.アイスロードの将来
 アイスロードができる冬のわずかの期間、トリチョ族の人々は車やスノーモービルで移動し、遠くの村に住む親戚や友人たちとの再会を楽しんできた。
 こうした生活が近い将来、劇的に変わるかもしれない。
 ワチとイエローナイフに近いベチョコを結ぶ一般道の建設計画が進んでいるからだ。道路ができれば陸の孤島ではなくなる。ワチやそれより北の集落へのアクセスも大きく改善される。運賃が高い小型機を使う必要性や経済的負担も減る。
 計画されている道路は全長約94キロ。アイスロードを使う現在のルートと異なり、先住民が罠猟などをしている湿地帯を通る。建設費として見積もられている1億5000万カナダドル(約130億円)はノースウエスト準州や連邦政府が負担。 ワチやガメティなどトリチョ族の自治組織は建設計画を受け入れているという。
 ワチでハンドゲームのルールを教えてくれたヘンリーは計画を支持している。
 「アイスロードで起きたタンクローリーの事故を知っているだろ。温暖化でアイスロードが昔のように長い期間使えなくなるかもしれない。そうなったらどうやって燃料を運ぶんだ?」
 だが賛成ばかりではない。
 特に年配の先住民は、村に道ができることで、禁止されているアルコールやドラッグが持ち込まれ、ざまざまな社会問題が起きることを強く心配している。
 トリチョの自治組織は2003年、連邦政府とノースウエスト準州と3万9000平方キロに及ぶ土地と地下資源の所有で合意。資源開発に伴って得られる利益の一部を受けている。
 「道を建設するのは住民の生活向上目的というより資源開発のためよ。わたしたちの土地から資源が搾取されてしまうだけだわ」
 ベチョコで出会った女性は、計画の背後に腐敗が存在し、道路ができて村を開発しても利益を得るのは一部の人たちだけだと憤った。
 ワチのニチザ酋長は、計画を推進する立場だが、根強い反対論も理解していると話す。むしろ一番の不安は、トリチョ族が受け継いできた文化や伝統が消えてしまわないかということだ。
 「若者たちはいずれ『われわれは何者なのか』と自らに問いかける。道路ができて村の人口が増えた時、それを知るためのトリチョ族の言語や伝統を守っていくのは大きな挑戦だ」

10.たくましく生きる人々
 カナダは先住民を西欧社会に同化させる政策を行ってきた。取材した先住民の人々はみんな、英語をしゃべっていた。一方で今回の旅を通じ、ニチザ酋長だけではなく、かんじき作りの名人のローレンスら多くの人たちが、自分たちのアイデンティティーである先住民の文化や伝統が失われかねないことに、強い危機感を抱いていることを痛切に感じた。
 しかし近年、先住民の独自性を尊重する活動が積極的に進められており、先住民は自治組織を持ち、教育や文化、政治、経済といった幅広い分野で独自の取り組みを行うことが認められている。フォートスミスの短期大学では先住民の言語が教えられ、イエローナイフでも先住民の文化を紹介する博物館の展示はとても充実している。
 「文化を守るためには子供の教育が大事だ。トリチョ族の子供は高校生になると、トリチョの自治の仕組みを必須科目として学んでいる」
 若者たちに伝統を守ってほしいと思うニチザ酋長の気持ちが伝わる。
 カナダは2017年7月1日、建国150周年を迎える。だが、ノースウエスト準州の旅を通して出会った先住民の姿には、それよりはるか昔から厳しい自然と向き合いながらたくましく生き、文化と伝統を守ってきたというプライドがにじんでいた。
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 時事ドットコム「アイスロード」係
 [取材協力]カナダ観光局/エアカナダ/八木一仁
 【関連記事】世界遺産と先住民 ハイダグワイ
http://www.jiji.com/jc/v4?id=201603canada-northwest0006
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