日刊サイゾー2022/04/15 07:00
文=長野辰次(ながの・たつじ)

東京から来た則夫(杉田雷麟)は、サンカの娘・ハナ(小向なる)と出逢う
かつて日本には、山窩(サンカ)と呼ばれる放浪の民が存在したことをご存知だろうか。戸籍を持たず、山から山へと渡り歩き、川魚を獲ったり、農具の箕(み)を編むことを生業としていた。都市伝説的に、日本の先住民族とも、秘密結社的な謎の集団として語られることもあった。
映画の世界では、中島貞夫監督が萩原健一を主演に迎えた『瀬降り物語』(85)で戦時中のサンカたちの生態を描いている。また、小水一男監督の『ほしをつぐもの』(90)ではビートたけし、三池崇史監督の『十三人の刺客』(10)では伊勢谷友介が、それぞれサンカをモチーフにしたと思われる“山の民”を演じている。
虚実が入り混じるサンカ像だが、伊参スタジオ映画祭で2018年度シナリオ大賞を受賞した笹谷遼平監督の劇映画デビュー作『山歌(サンカ)』は、1960年代には姿を消したと言われているサンカの家族を描いた注目すべき作品となっている。
物語の時代設定は、東京五輪が開催された翌年となる1965年。東京で暮らす中学生の則夫(杉田雷麟)は受験勉強に励むため、祖母(内田春菊)がいる田舎でひと夏を過ごすことになる。ある日、則夫はカスリの着物を着た風変わりな少女・ハナ(小向なる)に遭遇する。ハナは驚くほど身のこなしが軽く、山道を息を切らすことなく駆け上がっていく。
野性的な目をしたハナは、父親の省三(渋川清彦)、老婆のタエ(蘭妖子)と山奥で暮らすサンカ一族のひとりだった。ハナたちは山々を行き来しながら生活していた。一方、則夫は学校に居場所がなく、仕事漬けの毎日を送る父親・高志(飯田基祐)とも不仲だった。省三から「学校のことをハナに話してやってくれ」と頼まれた則夫は、彼らが生活の拠点としている瀬降り(テント)をたびたび訪ねるようになる。自然と調和して生きるハナたちの生活が、則夫にはとても新鮮なものに映った。
村人たちは偏見の目でサンカを見下していたが、省三たちの山歩きの行に則夫は同行することに。奥深い山々に入っていくうちに、則夫は目には見えないものたちの声や足音を耳にする。則夫にとって、省三たちはもはや大切な存在だった。だが、村では、高志を中心にゴルフ場の開発計画が進み、サンカたちの生活の場である山々が失われる危機に直面する。
日本から失われつつある文化を追い続ける笹谷監督
サンカの長である省三役は、アウトロー役を得意とする渋川清彦
ひとつの土地に定住することなく、暑い夏は涼しい高地へ、寒い冬は暖かい土地へと移住しながら、自然と共に生きたと言われる幻の漂泊民・サンカ。三角寛、椋鳩十、五木寛之ら多くの作家たちがサンカを題材にした小説を執筆するなど、システム化された社会で生きる都市生活者にとって、サンカはロマンを感じさせる存在でもある。
サンカは、大自然の中でタフに生き抜く生活術に加え、人里を訪ねては「門付芸」を披露するなど芸能にも秀でていたことが知られている。本作の中でも、サンカの娘・ハナは祝い唄「春駒」を歌い、また雨の中で踊るシーンもある。健康的なエロティズムを感じさせる場面だ。オーディションで選ばれた小向なるは、山道を走るトレイルランニングの練習を積み、精悍さを感じさせるサンカの娘になりきってみせている。
滅びつつあるサンカの長である省三を演じるのは、はみだし者を演じることの多い渋川清彦。笹谷監督は脚本執筆段階から、『島々清しゃ』(17)に出演していた渋川をイメージして省三役を書いたそうだ。また、劇団「天井桟敷」で活躍した蘭妖子が、老婆役を怪しく演じている。長きにわたって放浪生活を続けるサンカ一家に、ぴったりの配役だろう。
放浪の民・サンカへの強い憧れを感じさせる本作を、監督・脚本・プロデュースの三役を兼ねて完成させた笹谷遼平監督に、その制作内情について語ってもらった。
笹谷監督「高校生の頃に観た、トニー・ガトリフ監督の『ガッジョ・ディーロ』(97)というフランス映画がすごく印象に残っていたんです。ジプシー 、今でいうロマとして生きる人たちのたくましさ、音楽の素晴らしさを感じさせる映画でした。わたしにとっての映画の原風景になっている作品です。それからしばらくして、友だちの家でサンカの本を見つけ、『サンカって何?』と尋ねたところ、『日本のジプシーだよ』と友だちが答えたんです。『ガッジョ・ディーロ』を観て感激した想いが、そのとき蘇りました。保守的な土地柄の京都で生まれ育ったこともあり、放浪の民に対する憧れが、わたしにはあるようです」
笹谷監督は同志社大学在学中、日本各地の秘宝館をめぐるドキュメンタリー作品『昭和聖地巡礼 秘宝館の胎内』(07)で監督デビューを果たしている。その後も、性玩具の職人らを取材した『すいっちん バイブ新世紀』(11)、東北や北海道に根付く馬文化を題材にした『馬ありて』(19)などのドキュメンタリー作品を撮ってきた。表立って語られることの少ない、日本から失われつつある文化を追い続けてきた監督だ。『山歌』は劇映画デビュー作となる。
笹谷監督「わたしは1986年生まれなんですが、高度経済成長時代への憧れを持っています。あの時代の映画には力強さを感じますし、歴史に名前を残す政治家よりも、歴史の影で生きてきた人たちに惹かれます。サンカは戦後までは実在していたことが確認されているんですが、1960年代には姿を消したと言われています。すでに存在しないのなら、ドキュメンタリーにすることはできません。それで劇映画として撮ることにしたんです。新藤兼人さんが名誉学長を務めていた日本シナリオ作家協会のシナリオ教室で、脚本の書き方を学びました。伊参スタジオ映画祭の脚本コンクールに3年連続でサンカを題材にしたシナリオを送り、3回目の応募で大賞に選んでもらい、映画化することができたんです」
『牯嶺街少年殺人事件』を彷彿させる歴史の断層
群馬県中之条町の山中で、2週間にわたるロケ撮影が行なわれた
省三が着ている衣装は藤づるを糸にして織った「藤布の衣」を使い、川魚や蛇を処理する両刃の小刀「ウメガイ」は沖縄の工房に特注するなど、劇中の小道具や衣装のひとつひとつを笹谷監督は入念に選び出している。明確な資料が残っていないため、サンカの生活様式はかなり謎が多い。映画『山歌』は、作家たちが残した文献などをベースに、笹谷監督のサンカに対する畏敬の念を交えた世界観となっている。
笹谷監督「戦前に人気を呼んだ三角寛のサンカ小説は、サンカの存在を有名にした反面、サンカを犯罪者集団として描くなど、脚色された部分が多かったんです。賛否ある三角寛のサンカ小説ですが、サンカに対する一般的なイメージとして参考にしています。五木寛之さんの『風の王国』からの影響も受けています。もちろん、中島貞夫監督の『瀬降り物語』は観ています。自分が撮りたいテーマを、中島監督はずっと撮ってきた。『すいっちん』の上映の際に対談させていただいたこともあり、尊敬する監督です。でも、『山歌』の映画化が決まってからは、影響を受けすぎないよう『瀬降り物語』はあえて観返さないようにしました」
サンカに対する憧れだけでなく、本作には、社会構造が大きく変動した日本社会の歴史の断層が描かれている点にも注目したい。物語の序盤、田舎の実家で暮らし始めた則夫は、古い机の引き出しから油紙に包まれた戦時中の拳銃を見つける。台湾映画『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(92)の主人公が、日本式家屋の天井から日本刀を見つけるシーンを彷彿させる。戦争と敗戦、そして高度経済成長によって、日本人の意識が大きく変容したことが伝わってくる。また、東京五輪後には近代化の波が地方にも及び、サンカなどの漂泊民を許容していた日本社会が多様性を失っていったことも分かる。
笹谷監督「敗戦だけでなく、その後の高度経済成長が日本人の精神面を変えてしまったとわたしは感じています。それまでの日本人は中世からの精神性をずっと受け継いでいたけれど、高度経済成長によって生活様式も思考性も完全に西洋化してしまったんじゃないでしょうか。『牯嶺街少年殺人事件』は意識していませんでしたが、確かに物語的には同じ構造になっていますね。3.11後に自然と生命との関係について考えるようになったことも、作品づくりに影響していると思います。かつての日本人には、今のわたしたちには見えないもの、聞こえないものを感じることができていたように思うんです。現代人が失ったものは何だったのかを描きたくて、『山歌』を撮ったのかもしれません」
社会制度に縛られることなく、自然の摂理に従って生きる放浪の民がかつてこの国にはいた。日本人が近代化を進めた代償として失ってしまった目には見えない精神性を、映画『山歌』は具現化してみせた作品だと言えそうだ。
『山歌(サンカ)』
監督・脚本・プロデューサー/笹谷遼平
出演/杉田雷麟、小向なる、飯田基祐、蘭妖子、内田春菊、渋川清彦
配給/マジックアワー 4月22日(金)よりテアトル新宿ほか全国順次公開
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長野辰次(ながの・たつじ)
フリーライター。著書に『バックステージヒーローズ』『パンドラ映画館 美女と楽園』など。共著に『世界のカルト監督列伝』『仰天カルト・ムービー100 PART2』ほか。
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