西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

考え考え頭のつくりかえ、本生、本史の楽しみ

2010-08-06 | 思いつきから仮説へ
夕べ、愛聴番組の一つ「ラジオ深夜便」で天野祐吉さんが外山滋比古さんと「隠居大学」で対談していた。天野さんが「学長」で聞き手、外山さんが薀蓄を傾ける役だ。

外山さんはお茶の水女子大の名誉教授(英文学)だが、70歳過ぎてからの著作も色々ユニークで面白い。先ず、外山さんは「人生2毛作で、実は2番目が本番、最初のは準備、序走、いわゆる定年退職後を余生というのはおかしい」との論で、賛成だ。それなら余生でなく本生とでも言うのかな、と私は思った。

その伝で言うと、自分史としては定年までが前史、それ以後が本史ということになろう。(確か、マルクスは資本主義までを歴史の前史、それ以後を本史と言っていたのではなかったか。)

外山さんは、定年後、ゴミのような定年前の知識を「忘れて」、頭の中を整理したらしい。まあ、余り自分に関係なさそうな知識は、寝ている間のレム睡眠時に「消去」されると言う。(本当かな)

それで空いてきた頭で色々と自分にとって考えるべきことを毎日考えているようだ。体を動かすのも大事なので散歩もしながら考えていると言う。その中から、日本語の縦書き、英語の横書きと文字との関係(日本語を安易に横書きでも良いようにした―このブログのように―問題点を指摘)、ユーモアや笑いの話と俳句・川柳の盛衰、悲劇と喜劇の話、クラブの効用(面白い話の生産)等のユニークな考え方が出てきたようだ。

私も、過去「頭をつくりかえる楽しみ」を二回書いた。http://blog.goo.ne.jp/in0626/e/d050cbce960ce24f554adaea077878da
これも外山さんに啓発されたものだ。

この中に、もう一編が含まれている。

とにかく、「硬く」なりつつある脳髄から不必要な知識を追い出して、必要なものを自主的・主体的に取り入れ、考え考え「頭の中の再開発」をする楽しみなのである。

これは、定年後にある意味相応しい取り組みだ。だって「考える」っていうのは、無料(無量)の楽しみなのだから・・・。

外山さんが紹介していたユーモアの例:第二次大戦後、イギリスで大経済学者と目されていたケインズ先生が記者会見した。記者の質問:「先行き長期的に考えるとどうなりますか」(ケインズ先生少し考えてからおもむろに)「長期的に考えますと、皆死んでますな」・・・
ドイツの記者は「経済学の先生にそんなこと聞きにきたんじゃない」と小言を言ったらイギリスの記者は、心得たもので「だからドイツ人は頭が固い」と言ったらしい。天野さんは引き取って、日本で「財政危機は長期的にどうなりますか」との質問に首相が「長期的には、皆死んでいますな」と答えたらどうなりますか、と笑わせていた。

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