おはようございます。浜岡原発は直下に震源域があるから、直下から地震波が突き上げた場合、原子炉建屋自体が崩壊し、炉心容器そのものが倒れる、あるいは冷却パイプが断裂する危険があります。だから、地震対策に言及せずに、津波対策の防潮堤ができるまでの2年間だけ原発を停止するという考え方はお門違いであり、パフォーマンス優先といわざるを得ません。
生き生き箕面通信882(110507)をお届けします。
・「浜岡原発の停止要請」というパフォーマンス
菅直人という男のドタバタ・パフォーマンスを昨夕、見せつけられました。突然記者会見し、「浜岡原発を当面、運転停止するよう要請した」と発表しました。やれやれまた「支持率アップ狙い」の演出か、と寒くなります。
たしかに私たちは浜岡原発の即時停止を求めてきました。その意味では、多くの人々の願いを反映した決定といえます。原発停止と部分だけをみれば評価できます。
問題は、結論を導く過程にあります。菅という人間が「真剣に考えた」なら、なんでもできるのかという問題です。民主主義的な議論を経て決定したものではなく、菅という男のいわば恣意的な判断でなされた決定というところに独裁的な、とんでもない問題を含んでいるといわざるを得ません。
本来なら、日本のエネルギー政策はどう見直すべきか、そのなかで原発にはどう対処するのか、再生可能エネルギーをどう育てて定着させるのか、など総合的に判断することが欠かせません。そのうえで、特定の原発を止めるなら、その基準を明確にすべきです。
それがないままだから、ほかの原発は「すべて生き残らせる」ためのパフォーマンスと言われたり、脱原発ムードをそらせるための”ガス抜き”、そして「支持率アップ狙い」と見られるのです。
恣意的な判断だから「脱原発への危機感」を募らせる原発ムラからは、猛烈な巻き返しが想定されます。それに押されて、危ない老朽原発が延命することも十分に考えられます。
日本の原発54基のうち、定期検査や事故で止まっているのが計32基、運転中は22基です。とりあえず「浜岡原発は止まる」メドがつきました。これを足掛かりに、他の老朽原発も徐々に止める方向へもっていくことが今後の大きな課題です。
多くの人が議論に加わり、民主主義的にものごとを決めていく手続きを大事にすること、そのために新聞やテレビは考える材料をできるだけ丁寧に提供する、そんな努力が求められます。いま、新聞やテレビは、必要とされる役割から相当遠く置いて行かれています。がんばってほしいものです。
生き生き箕面通信882(110507)をお届けします。
・「浜岡原発の停止要請」というパフォーマンス
菅直人という男のドタバタ・パフォーマンスを昨夕、見せつけられました。突然記者会見し、「浜岡原発を当面、運転停止するよう要請した」と発表しました。やれやれまた「支持率アップ狙い」の演出か、と寒くなります。
たしかに私たちは浜岡原発の即時停止を求めてきました。その意味では、多くの人々の願いを反映した決定といえます。原発停止と部分だけをみれば評価できます。
問題は、結論を導く過程にあります。菅という人間が「真剣に考えた」なら、なんでもできるのかという問題です。民主主義的な議論を経て決定したものではなく、菅という男のいわば恣意的な判断でなされた決定というところに独裁的な、とんでもない問題を含んでいるといわざるを得ません。
本来なら、日本のエネルギー政策はどう見直すべきか、そのなかで原発にはどう対処するのか、再生可能エネルギーをどう育てて定着させるのか、など総合的に判断することが欠かせません。そのうえで、特定の原発を止めるなら、その基準を明確にすべきです。
それがないままだから、ほかの原発は「すべて生き残らせる」ためのパフォーマンスと言われたり、脱原発ムードをそらせるための”ガス抜き”、そして「支持率アップ狙い」と見られるのです。
恣意的な判断だから「脱原発への危機感」を募らせる原発ムラからは、猛烈な巻き返しが想定されます。それに押されて、危ない老朽原発が延命することも十分に考えられます。
日本の原発54基のうち、定期検査や事故で止まっているのが計32基、運転中は22基です。とりあえず「浜岡原発は止まる」メドがつきました。これを足掛かりに、他の老朽原発も徐々に止める方向へもっていくことが今後の大きな課題です。
多くの人が議論に加わり、民主主義的にものごとを決めていく手続きを大事にすること、そのために新聞やテレビは考える材料をできるだけ丁寧に提供する、そんな努力が求められます。いま、新聞やテレビは、必要とされる役割から相当遠く置いて行かれています。がんばってほしいものです。