埼玉のおじいちゃん社長不動産コンサル奮闘記

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室町在満小学校創立100周年記念(解散)パーテイ

2008-06-16 13:41:59 | Weblog
2008.06.15旧満州国、新京室町小学校創立100年記念総会が東京・九段会館で約150名を集めて行われました。満州生まれの私も参加し、久し振りで39期の皆さんとお会いしました。昔は近所で一緒に毎日遊んでいた後輩の二人にも、引き揚げてから初めて再会し嬉しく思いました。私は2歳の時瀋陽から新京の母方の祖父母が建てた店舗併用住宅に移り住み、この小学校の幼稚園から小学校へと進み、4年生の夏、第二次世界大戦に負け、翌年日本に引き揚げてきたのでした。この小学校は設立当時新京には500人位しか在留邦人がいなかったので子供を教育する学校が無くて困り、たっての要望により明治41年5月に創立され先生は校長先生御夫妻の2名のみで生徒は全校生徒全部で19名という、民家を改造して作ったと言う事が、中嶋会長より説明され、会員は全員引き揚げ者で当時の在校生をいれても皆が70歳以上になったため、幹事役を務める人も持病を抱えこれから益々大変になるので、今回の100周年を節目として、解散する事にするとの説明が成されました。でもこれからも各期毎の集まりを続ける事には関係しないとの事でした。この会は昭和54年にお一人の先生を中心にサンルートでの引き揚げ後もお互いに連絡を取り合っていた幾人かの集まりが元になり、我々だけで楽しんでいてはもったいないと、友人・知人を通じて全国に声をかけ室町会を立ち上げたのが始まりで、それまでは各期毎の集会は持っていてもとてもこの様な集まりにはならなかったと言う説明もありました。最初は物故者の黙祷から始まり、校歌を斉唱したりして時が過ぎ、劇団俳優座の大葉哲こと筒井先生のお書きになった「室町の春」が朗読されたり、落語と踊りがあったり、してとても楽しく、あっという間の3時間が過ぎ、お開きとなりましたが、我々39期は18名が出席し10名以上が名残を惜しんでその後続けて、伊豆へ2泊3日の旅へ出かけましたが私は仕事の都合で参加出来ないのが残念でした。一昨年この世を去った長姉の同期生は1人も見えていませんでしたが、いま老人ホームに滞在中の次姉の同級生は3名いてそのうち1名の方とお目に掛かりお話しをしました。帰途ホームに次姉を訪ねて記念誌を持参し報告するといつもより目を輝かせて聞いておりました。色々の方がご挨拶をされましたが、90歳になられたと言う下田先生がよどみなくチャントご挨拶されたが何よりも印象的でした。

㈱市川不動産


平成20年大学不動産連盟総会開催される

2008-06-06 14:08:59 | Weblog
2008.06.04の16.30pより平成20年大学不動産連盟総会が開催されました、今年の当番校は立教大学セントポール生活文化研究会で、第一部は立大キャンパスの11号館で「大学と行政のコラボレーションによる街作り・本年6月副都心線開通!・池袋はどう変わるか!?と言うテーマで、大橋(総長)高野(区長)斎木(SB会会員)中村(立大教授)のパネリストに豊田(ニッテレアナ)の司会で行われました、テーマの割には時間が足りないという感じも致しましたが、池袋が只の通過駅にならいように、大学がより地域に密着したものになるように、教えながら自分も学ぶ事を目的に、立大セカンドステージ大学の開設をしたり、大学に何時もOBや家族連れが出入りするような、チョット公園に散歩するような気分で校内を歩ける様な地域に密着した大学でありたいと言う気持ち、や雰囲気を感じる討論会で区長様も共に大学OBというのは、何かとコミユニケーションが出来ていいナーと感じる討論会でした。第二部は場所を変え、ホテルメトロポリタン3階の藤の間で総会と懇親会が行われました。そして今年もアイメークという盲導犬育成の関係機関に寄付金が贈呈され、チアリーダー参加の各校校歌または応援歌の合唱があり盛会裏に終わりましたが、久し振りに知り合いの同業者と多数お会いでき楽しくすごさせて頂きました。

㈱市川不動産

四川大地震とオリンピック

2008-06-01 11:20:06 | Weblog
北京のオリンピック開催まであと100日を切ったと報道され、聖火隊も香港入りをした後、5/12に起きた中国四川省の大災害は5万人余の死者を出し、日本からも国際緊急援助隊が駆けつけたが、何故か生存者救出のよいニュースが聞かれなかった。5/29号の週間新潮によれば、中国側には核施設からの汚染とダムの決壊という、二次災害を隠したく、そのまま報道されては困るふしもあり、日本隊の能力が殆ど生かされない場所を指定したり、災害発生から72時間が経過すると、生き埋め被災者の生存率は10%以下になる「命の期限」から8時間が経過しての出番だったとか、そのため訓練された都市型災害救援隊も、かくたる成果を上げることが出来ずに帰国したらしい、救援物資は火事場泥棒の様なボランテァ窃盗団がいて、救援物資が本当に難民までに行くまでに最初の1/2~1/3になっていることの事で、ボランテァ窃盗団が既に30余人も逮捕されたと5/16付けの「新京報」でも報道されている言う、救援隊とは入れ替わりに行った医療チームは5/22より成都市内の四川大学「華西病院で、医療活動に入った様だ、そして5/30の朝日では自衛隊機で救援物資を輸送しようとしたのに中国国民の排日感情もあり自衛隊機での空輸は見送る事になったとか、こんな時にオリンピックの事を言うのは不謹慎かもしれないが、四川省の聖火リレーを北京5輪の開幕直前の8/3から8/5延期したと新華社通信が伝えたとある。北京の鳥の巣を形どったメインスタジアムは完成したニュースが流れていても、果たして今年のオリンピックは2次災害を抱えたまま予定通り開催できるのだろうか?中国は国の威信をかけて行うであろうが、被災地の人達や、そのご親戚には全く気の毒としか言いようのないオリンピックになるのではなかろうか?

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