え、もう新作が完成したの?まだ「バイバイ・ブラックバード」も読んでいないのに。しかしあの殺し屋たちのおしゃべり合戦「グラスホッパー」(角川文庫)の続編とくれば最優先で読まなければ。
傑作であるにしても重い作品が続いたことで、伊坂幸太郎を手にとるのはちょっとしんどい面もあった。“面白く書くことを遠慮している”って感じ。でも今回は違いますよ。なにしろ登場人物のひとりである中学生がひたすら邪悪なので、その邪悪さをカバーする意味もあってか殺し屋たちの善良さ(笑)が光り輝いています。
舞台は東北新幹線。東京駅から盛岡駅までの二時間半に限定されていて、この密室感がまず最高。上野で下車するはずだった殺し屋が、盛岡まで延々とおりられずにいく過程が笑わせてくれます。その間、なぜかその新幹線がやたらに空いていて、殺し屋業界の方々がやけに乗車しているという謎がミステリとして効いている。しかもみんな殺しまくり。
「暴走機関車」(黒澤明が脚本を書いていて、彼自身は映画化することができませんでした)「リスボン特急」といった昔の映画へのリスペクトがあり(それぞれちゃんと言及されています)、なにより、殺し屋のひとりが「きかんしゃトーマス」にひたすら拘泥するあたりが泣かせる。蜜柑&檸檬という二人組の殺し屋の片割れがそれで、作中の人物にトーマスのキャラをあてはめる技が、最後の最後に……
読んでなくても全然かまいませんが(わたしもストーリーはほとんど忘れてましたから)「グラスホッパー」を先に読むと面白さ倍増かも。
あの作品の主役が中学生に「なぜ人を殺してはいけないか」(殺し屋の物語なのに)を語る部分の重みがいいし、「押し屋」(横断歩道などで単に“押す”だけで殺人を完遂します)が、今回は実に“いい殺人”をかましてくれます。特に、前作のラストについてちゃんと解説するパートもあるのでしみじみ。
撒き餌のような形で伏線をはり、最後にちゃんとその伏線を機能させるのが伊坂の常套手段。その撒き餌が実は撒きビシだったりするようなテクニックもあっておみごと。
弱っちいルックスで、常に不運に泣いてしまうてんとう虫(マリアビートル)という殺し屋が、追いつめられると“飛ぶ”あたりで女性ファンは狂喜かも。映画化するとすれば、
てんとう虫→加瀬亮
蜜柑&檸檬→伊勢谷友介&岡田准一
木村親子→役所広司、柄本明、キムラ緑子
でお願いします。
……そうはいかなかったけれども「AX(アックス)」につづく。