日守麟伍の和歌(うた)日記 Ringo Himori's Diary of Japanese Poetry

大和言葉の言霊の響きを求めて Quest for the sonancy of Japanese word

『花の風』解説(前半)

2011年01月21日 | 日記
解説(物語について/感情教育/実作/発表の仕方)


   物語について
 この物語は、ほとんどの物語がそうであるように、作者の恋心から生まれたものですが、「プラトニック」とも言えないほど、現実感の薄い、無名の恋物語になっています。恋する男が自分なのか、恋の対象が一人なのか、二人だったのか、どこの出来事だったのか、すべて曖昧にしました。この物語を読んでくださった方が、人物を誰に置き換えても、場所や時間をどこに置き換えても、違和感はないだろうと思います。
 とはいえ、これは紛れもなく、私が自らの人生で味わった出会いと別れを、自らの歌で綴った、私にとって掛けがえのない物語です。人は同じような恋をする、というのは真実ですが、それでも、誰もが自分で恋をしなければなりません。他人の恋の歌が、まるで自分の気持ちを詠んでいるかのようなとき、それは他人の歌であっても、すでに自分の歌になりかかっています。本歌取りという技法があるのは、ただ機械的な遊びではなく、少し言葉や表現を替えるだけで、その本の歌の世界が新たな生命を得るからです。
この物語にも、そこかしこに、何かの歌の名残が響いているかもしれません。たとえば、「都路を/今は下り来れば/……」という歌は、ある人には、実朝の「箱根路を/わが越え来れば/……」の響きを連想させるかもしれません。じっさい、「都路を/今は下り来れば」という言葉が心に浮かんだとき、私は実朝の歌を連想しました。八〇〇年ほど前の実朝が、いったいどういう気持ちでこの歌を詠んだか、私たちに知る術はありませんが、私は「都路を/今は下り来れば/なつかしき/吾妻の海は/やはらぎにけり」と歌うことで、はじめて実朝の和歌の響きに寄り添うことができました。このように、古人の歌を親しく感じる経験は、同じような歌を詠むことで、頂点に達します。それは、同じような気持ちを持ったということです。
 「妹と我れ/名を呼び交はす/夢のあと/現つに会へば/恥づかしきかな」の歌から、貴方は何を連想されるでしょうか。じつはこの歌の最後の七字を詠んだとき、私が連想したのは和歌ではなく、堀辰雄の小説の「恥かしかった」という一節でした。「かくは嬉しき」という言葉が出てきたときは、夢野久作の短編『あやかしの鼓』を思い出しました。
もちろん、これらはもとになる歌や作品を素材に、技巧的に作ったというのではなく、結果的に本歌取りのようにも聞こえる、というにすぎません。
この物語のすべての歌は、恋心からそのまま生まれたものであり、あるいは恋心が景色に流れ込んで生まれた、いわば恋する者の叙景歌ばかりです。恋心に向き合う人は、その人に許された範囲内で、最も美しく生きています。稀なことですが、もし恋する相手が頂点的な人であって、そして自分がその人にふさわしく成長しようと願った場合、恋心はこの世のものとも思われないほど高みに達して、世界を美化することがあります。この世のものではない美は、この世のいかなる力によっても侵されません。
「侘び茶は心強くなければ保ちがたい」という利休の言葉を借りれば、恋歌はこの世ならず美しくなければなりません。財産や権力によって、華美に装うことはできますし、努力や知識によって、言葉を飾ることはできますが、それは世を超えて美しく生きることとは別のことです。ある古人が、芸術や恋愛で大事なのは、「あで」(華美)なることでもなく、「まめ」(誠実)なることでもなく、ただ「もののあわれ」を知るかどうかにある、と言っているのは、このことです。


  感情教育
 私たちの心は、内外の条件に応じて波がありますので、心境もいわば「山あり谷あり」を免れません。我ながら感心するような、なかなか高雅な作品ができることもありますし、我ながら気恥ずかしい、通俗歌謡のような作品ができることもあります。多くの作品をボツにしたいという気持ちは、一見もっともです。
しかし、一度は和歌の形を取ろうとした気持ちや情景には、最後までこだわって、彫琢を加えることをお勧めします。この『古語短歌物語』にも、流行歌のような言い回しが混ざっていますが、あえて削除しませんでした。あるいはそれらは、長い時間を経て、推敲していくうちに、原型をとどめないまでに変形することがあるのかもしれません。それでも、最初の歌の断片が残るのは、私たちにはその意味が十分に自覚できないにせよ、なぜか心に残る思い出が、何かの形を取ろうとして、胎動しているのではないでしょうか。
 こうして、恥ずかしいほど稚拙な作品が、言葉の組み換えによって様変わりすることがあります。失われかけた瞬間が、少なくとも私にとっては、永遠の情景となるのです。
 個人の歌集を読んでみるとわかりますが、名歌ばかりではありません。まるで散文のような、会話のような、つぶやきのような三十一文字のなかに、突然美しい和歌が立ち上がっています。あるいは、個人の歌集の中にあって埋もれている和歌が、勅撰和歌集に入ると、他との対比で浮かび上がることもあります。つまり、和歌集にも、流す部分と高まる部分があって、流す部分は名歌の背景、あるいは低音部になっています。高品質な背景・低音部なしに、高度な作品は立ち上がることができません。
 このような意味で、和歌を詠む私たちは、感情が形を取ろうとする機会を無駄にせず、それをできるかぎり美しく整えるよう努めるのです。和歌を詠むというこの努力は、生活の一瞬一瞬を少しでも美しく整えようとする姿勢につながります。美しい生活の中の出来事でなければ、美しい歌にならないからです。私たちは、美しい和歌を詠むために美しく生きようとするのか、美しく生きるために美しい和歌を詠もうとするのか、両者を区別できません。
 取るに足りないと思われた一瞬や感情、ふと思い浮かんだ大和言葉が、そのまま失われずに、自分を感動させるところまで、高められること、和歌を詠もうとする姿勢は、こういう感情教育につながります。和歌を詠みつづけることで、私たちはいわば自らの感情を教育しているのです。
 読者にとっての効果をいえば、世阿弥が言ったように、全篇が錦織のような難しい文章の所々に、耳慣れた通俗歌謡を織り交ぜることで、幼い魂もその高雅な言葉の森に留まることができます。豊穣な言葉の森に留まっていれば、やがてその魂も美しい歌を詠むことになるでしょう。

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