日守麟伍の和歌(うた)日記 Ringo Himori's Diary of Japanese Poetry

大和言葉の言霊の響きを求めて Quest for the sonancy of Japanese word

『古語短歌物語 花の風 [読み仮名・現代語訳付]』第5巻(前半)

2010年11月19日 | 日記
五の巻、憂い

一夜が明け、目覚めてすぐなのに、心臓の鼓動が起きているときのように強く、一晩中神経が休まっていなかったのがわかった。

めざむれば まずいもがへぞ おもわるる ゆめのおとずれ たえてひさしきに
目覚むれば まず妹が辺ぞ 思はるゝ 夢の訪れ 絶えて久しきに

(あなたが夢に出てくることは、ずいぶん前からなくなりましたが、今でも目覚めると、まずあなたのことが思い出されます)

男は取り返しがつかないという気持ちと、何かをせずにはいられないという気持ちを数日もてあました。この世ではもう会うことはないかもしれないと思うと、それ以上は何も考えられなくなった。

いにしえに ありけんひとも わがごとか いもにこいつつ いねかてずけん
いにしへに ありへむ人も 我がごとか 妹に恋ひつゝ 寝ねかてずけむ

(昔の恋する人も、今の私のように、あなたに恋いこがれて、寝られぬ夜々を過ごしたことでしょう)


気がつくと、男は女のことばかり考えていた。

よきものわ いもにつげんと おもわるる またおうことの ありとおもわなくに
佳きものは 妹に告げむと 思はるゝ また会ふことの ありと思はなくに

(よいものを見聞きすると、「こんなものがありましたよ」とあなたに告げたい気がします。また会うことがあろうとは、思っていないのですが)

いもさりて けながくなれど おもかげの うつつごころに うかびてやまず
妹去りて 日長くなれど 面影の 現つ心に 浮かびて止まず 

(あなたがいなくなってから、ずいぶん日が経ちますが、いつまでも、目覚めていながらあなたの面影が思い出されてなりません)

 男はかつて、幻影の中で、そのような人とこのような出会いをすると聞かされたことがあった。「まさか」と思っていたことが、その通りに起こった。

さきのよに ひとのこことを つくしける みのむくいこそ おもいしらるれ
先の世に 人の心を尽くしける 身の報ひこを 思ひ知らるれ
(前世で、人にさんざん辛い物思いをさせた報いを、今は自分の身に受けて、因果の報いをつくづく思い知らされています)


のちのよと つげらえしこと みなはてぬ きょうよりのちわ こころのままに
後の世と 告げらえしこと みな果てぬ けふよりのちは 心のまゝに

(「いつかこうなる」と告げられていたことが、みなその通りになりました。今日からは、あなたに惹かれる思いのままに、地図のない世界を生きていこうと思います)

 初夏になり、草木に覆われた地表では、風が生き物のように動いていた。

まくかぜに うればのゆらぎ においたつ たおりていもが かたみとやせん
巻く風に 末葉の揺らぎ 匂ひ立つ 手折りて妹が 形見とやせむ

(巻き上がった風が木の葉をゆらがせ、草のいい匂いがしました。枝を手折って、あなたを思い出すよすがに、持ち帰りましょう)

 夏の風は、愛しい人の息のように、暖かく湿り気を帯びていた。

かぐわしき といきのごとき なつのかぜ こころにおもき つゆをふふみて
芳しき 吐息の如き 夏の風 心に重き 露を含みて

(あなたの息のようによい香りのする夏の風は、湿り気が多く、心に憂いを含んだように、重く流れています)

 男は、わざと暑い盛りに外に出ては、木立の中で蝉しぐれの声を聞いて、長い時間を過ごした。

よのうれい ひとのうれいも なくせみの いまをかぎりと ねをのみぞきく
世の憂ひ 人の憂ひも 鳴く蝉の 今を限りと 音をのみぞ聴く

(世には多くの憂いがあり、人にも多くの憂いがあります。蝉はそんな憂いは何もないかのようにひたむきに鳴き、私はその蝉の音をひたむきに聴いています)

 秋になり、暑さで膨らんでいた大気が冷えてしぼみ、音が遠くで聞こえるようになり、男も急に老化したかのようだった。

おいぬれば のちのよばかり たのみつつ のこりしひびの うきをたえなん
老いぬれば のちの世ばかり 頼みつゝ 残りし日々の 憂きを堪えなむ

(年をとったので、あとは後の世のことを楽しみにして、残された辛い日々に堪えようと思います)

こいわびて やるせなきみの くるしさの やむべきときを まつぞくるおしき
恋ひ侘びて 遣る瀬無き身の 苦しさの 止むべきときを 待つぞ狂ほしき

(あなたを恋わびて、やるせない思いでいます。この苦しさがいつ止むのかと待っている時間はたまらなく辛いものです)

のちのよわ いかなるときに おうべくも せめてあわまく ほしきいもかも
後の世は 如何なる時に 会ふべくも せめて会はまく ほしき妹かも

(生まれ変わった次の世が、どのような世界でも、どのような時代でも、せめてあなたに会いたいものです)

いにしえも かくはありけん こんよにも かくてあるらん ひとこうるみわ
古へも かくはありけむ 来む世にも かくてあるらむ 人恋ふる身は

(人を恋する人間は、昔もこのように苦しく、後の世もこのように苦しいのでしょうか)

これもかも すぎゆくことと まちおれど ときのあゆみぞ かくすすまざる
これもかも 過ぎゆくことゝ 待ちをれど 時の歩みぞ かく進まざる

(なにもかも過ぎ行くことだと思っていますが、過ぎ去るのをこうして待っていると、時間の進みは何と遅いことでしょう)

こともなく おいこしものを おいなみに かかるこいにも われわあえるかも
事もなく 生ひ来しものを 老次に かゝる恋にも 我は会へるかも
(これという事件もなく、人生を送ってきたのに、この年になって、こんな狂おしい恋を自分がしようとは思いもしなかったことです)

くろかみに しろかみまじり おゆるまで かかるこいにわ いまだあわなくに
黒髪に 白髪交り 老ゆるまで かゝる恋には いまだ会はなくに
(この年になるまで、こんな恋をしたことはないのに、黒い髪に白い髪が混じるようになった今、あなたのような恋しい人に会いました)


すぎはてて おもいいずべき ひをまたん このこいわただ うつくしければ
過ぎ果てゝ 思ひ出づべき 日を待たむ この恋はたゞ 美しければ 

(なにもかもが過ぎ去って、思い出となる日を待ちましょう。美しいあたなを思うこの恋は、ほんとうに美しいのですから)





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最近の短歌を1つ

2010年11月18日 | 日記
しばらく更新する時間がなく、何度も見てくださった方には、申し訳ありません。

次の章に移る前に、最近詠んだものを、自注付きでご紹介しましょう。

今年の夏は桁外れに暑かったですが、秋の雨も、生暖かいような、肌寒いような、微妙な雨が多いようです。そのような雨の後、晴れ間が出てきて、夕映えが金色に輝いて、空を覆っていました。左右から木立で覆われた、森の中の広い遊歩道を歩いていくと、光の回廊のようでしたが、ふと左手の上から音がして、見ると、高い木の上のほうで枝が折れて、周りの枝にひっかかりながら、スローモーションのように、下草の上に落ちていきました。枝が落ちるのを見たのは、はじめてで、驚きました。
そのときの情景を詠んだ歌です。

長雨の 止みたる森の 夕映えて 高枝の折れ 落ち沈む音


推敲前には、最後の句を、「落ち沈みゆく」というのもありましたが、サイレントの映画のような印象が残り、枝がひっかかりながら落ちてゆく様子、下草にやわらかい音を立てて沈む様子を強めたくて、このようにしました。

では次回より、いよいよ「花の風」の終わりに入ります。

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