日守麟伍の和歌(うた)日記 Ringo Himori's Diary of Japanese Poetry

大和言葉の言霊の響きを求めて Quest for the sonancy of Japanese word

四半世紀前の作品

2013年03月28日 | 日記
 高校2年から20前後のころ、ドストエフスキーにかぶれ、20代はカフカやローレンス、夢野久作やムージルにかぶれて、久作の地力とムージルの達成度の高さに圧倒され、小説趣味には止めをさしました。その間、カフカと久作とムージルをミックスしたようなものを書いていましたが、その巻頭歌のようなものを、作ったことがあります。
 直接のヒントは、久作の「胎児の夢」でしたか、「胎児よ 胎児よ なぜ踊る 母親の心がわかって おそろしいのか」という、凄みのある猟奇歌でした。
 4行目までできていて、まとまりがつかなかったのですが、最近ふと、やや陳腐ながら、つぎのようにまとめてみました。音が最初にできたので、1、5、6行目には、どのように漢字を当てるか、流動的です。読者の方も、お好きな漢字を当てて、遊んでみてください。


おもひたる

はゝかみの

さちみたまはや

くしみたまはや

こともちろらね

あもりたまふる


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冬の新作、3首

2013年03月02日 | 日記
 晴れた冬の午後、坂道のふもとから見上げると、誰もいない地面に日が当たり、陽炎とは言わないまでも、寒さの中でも感じられる生き物の兆しが、ゆらゆらと立ち昇っているようでした。

ひのあたる さかみちはゆく ひともなく たちのぼるもの ただよいてみゆ
日の当たる 坂道は行く 人もなく 立ち昇るもの 漂ひて見ゆ
(坂道のふもとから見上げると、誰もいない地面に日が当たり、寒さの中にも、生き物の兆しがゆらゆらと立ち昇っているようでした)

 野の道端の草を踏みながら、歩みを遅くしていくと、足が音もなくどこまでも、止め処なく沈んでいくようでした。

あゆみゆく あしうらにふむ みちくさの わたのごとくや とめどころなき
歩み行く 足裏に踏む 道草の 綿のごとくや とめどころなき
(道端の草を踏む歩みを遅くしていくと、足が音もなくどこまでも、止め処なく沈んでいくようでした)

 久しぶりに雪が降り始め、小雪ながら予報より長く降り続きました。夕方、近くの自然公園は、アスファルトの遊歩道は真っ黒でしたが、芝生や草原には、雪が一面に降り積もっていました。モノクロの中をずっと歩いてゆくと、広い野原には人一人も見えず、車道に近付いたところで、人声がしてきました。

ささめゆき なれどひろのを しきつめて いろなきゆうに ひとごえをきく
細雪 なれど広野を 敷き詰めて 色なき夕に 人声を聞く
(小雪が降り続いて、広い野原には雪が一面に降り積もり、そのモノクロの中に、人の声がしてきました)

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