日守麟伍の和歌(うた)日記 Ringo Himori's Diary of Japanese Poetry

大和言葉の言霊の響きを求めて Quest for the sonancy of Japanese word

「この道」7首、2021年夏から2022年春

2022年02月27日 | 日記
 本務に忙殺されて、しばらく和歌を休んでおりました。その間、日課の散歩でできた和歌を遂行しました。すべて並木道でできたものですので、連作7首としてまとめて発表いたします。

 いつも歩く並木道で、ときどき不思議な感覚を覚えることがあります。汀に足が触れたような気がしたり、大きな不可視の塊に行き当たったり、そのような思いが、間遠く訪れてきます。今日もまた、久しぶりにそのような思いを味わいました。

この道は 奇しき思ひの 稀にいたる 異世(ことよ)の夢や 心に触るる
(この道を歩いてくると、ときとして不思議な思いが、向こうからやってくることがあります。どこかの世界で見た夢が、今の心に触れるのでしょうか)

 夏の濃密な大気の下を、並木に沿って歩くと、木々がつぎつぎと、舞台の幕が巻き取られるように、後ろに引かれていきます。繁った梢の重なるわずかな隙間から、まだ強い光が差し込み、地面の暗さを深めていました。

行く道を 後方(しりえ)に移る 夏木立ちの 繁り葉を透(す)く 光の暗き
(夏の並木道を歩いてゆくにつれて、木々が幕のように後ろに巻き取られていき、濃い葉陰から差し込む光が、行く先の地面を暗く照らしています)

 夏の夜の道は、海の底のように黒々として、木々が柱のように揺らいでいます。そこを人影が動いています。

水底に 沈みて揺らぐ 夏木立ちの 連なる道を 人の行き交ふ
(海の底に沈んでいるような夏の夜道で、浮き揺らいでいる木々の間を、人影が流れていきます)

 雨に濡れた紅葉の森が、夕映えの光を受けて一面に輝いています。あちこちで鳴き交わす鳥の声と、雨のようにしたたり落ちる雫が融けあって、大気を満たしています。

入りの日の 雨にしたたる もみぢ葉に 鳥なきさわく 音のきらめき
(雨に濡れた紅葉の森が、夕日を受けて輝き、鳥の声と雫のしたたりに満たされています)

柔らかい夕風の中を、鐘の音を聞きながら歩いていると、散り遅れた枯葉が、静かに落ちてきました。

吹く風に 散りかかりくる おくれ葉の 夕べの鐘を 弔ひと聞く
(散りおくれた葉が、夕べの風に吹かれて落ちてきます。ちょうど鐘が鳴っていて、枯葉を弔うかのようでした)

寒さが増すころ、木立が時雨に濡れて、葉を打つ音に包まれています。

行く道の 時雨にかすむ 冬木立ちの 枝に膨らむ 淡き水音
(時雨に霞む並木道を歩いていくと、葉々を打つ静かな雨音が、樹を柔らかく包んでいます)

物思いにふけりながら、いつもの道を歩いてきて、道が終わろうとするところで、今目覚めたような気分がして、空を見上げました。

思ひつつ 歩みきたりて この道に 目覚めしごとく 薄青き空
(物思いをしながら、いつもの道が終わろうとするところまで歩いてきて、ふと我に返り空を見上げると、まだ薄青く寒々とした空が、枯れ枝の向こうに広がっていました)

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