日守麟伍の和歌(うた)日記 Ringo Himori's Diary of Japanese Poetry

大和言葉の言霊の響きを求めて Quest for the sonancy of Japanese word

『古語短歌物語 花の風[読み仮名・現代語訳付]』幕間の茶話

2010年10月27日 | 日記
前回で、4巻までが終わりました。
5、6巻で一応終わりますが、その前に、万葉集と玉葉集から、いくつかの和歌を紛れ込ませたものを、つぎにまとめておきます。5首でした。
お読みになりながら、どれが現在の私の作で、どれが千年前後前の古典か、お分かりになったでしょうか? 


こいこいて のちにあわんと なぐさもる こころしなくば いきてあらめやも
恋ひ恋ひて 後にあはむと 慰もる 心しなくば 生きてあらめやも

おもわぬに いもがえまいを いめにみて こころのうちに もえつつぞおる
思わぬに 妹が笑ひを 夢に見て 心のうちに 燃えつゝぞをる

あわゆきの けぬべきものを いままでに ながらえぬるわ いもにあわんとぞ
沫雪の 消ぬべきものを 今までに ながらへぬるは 妹に会はむとぞ

そなたより ふきくるかぜぞ なつかしき いもがたもとに ふれやしぬらん
そなたより 吹きくる風ぞ 懐かしき 妹がたもとに 触れやしぬらん

おもえども しるしもなしと しるものを いかにここだく わがこいわたる
思へども 験もなしと 知るものを いかにこゝだく 我が恋ひわたる


50人弱の方が、この物語に興味をもって、古語短歌の鑑賞力をもって、見てくださっています。ありがとうございます。現代人でも、古語に少しだけ親しむことで、このように古人との魂の交流ができるのは、ふしぎなこと、嬉しいことです。

次回より、終盤に入ります。引き続き、時空を超えた古語短歌の世界をお楽しみください。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『古語短歌物語 花の風 [読み仮名・現代語訳付]』第四巻 別れ(後半)

2010年10月25日 | 日記
当日、久しぶりに会った女は、笑顔と思いつめた様子を交互にみせて、気高さを増していた。男は当惑した。

女が語る話を聞くと、「普通の人には、この人の考えていることの意味は、よくわからないだろうな」と思われる、切羽詰まった内容だった。男には、女の求めているものが何か、よく理解できた。それは男の求めているものの一部と、同じものだったからだ。

われよりも いもをしるべき ひとやある さだめのときに いまわあらざるか
我れよりも 妹を知るべき 人やある 定めの時に 今はあらざるか

(私よりも、あなたの価値をわかる人がいるとは思えないほど、あなたは稀有の魂の人です。あなたの価値と、それを知る人間がここにいることに、あなたはまだ気づかないのですか)

このみちわ ひとりゆくべき かたにあらず いかにさだめの ときをまちてん
この道は 一人行くべき 方にあらず 如何に定めの 時を待ちてむ

(私とあなたのような人生は、誰もが行ける道ではありませんし、私とあなたも、それぞれが一人で行ける道でもありません。この稀有な道を行くために、二人の準備が整う時を、いつまでも待とうと思います)

 職場の同僚が出入りしていて、それ以上の話を聞く勇気がなく、男は半ば世間話に紛らわせた。しばらくして、女は「他の方にも挨拶をしてから帰ります」と言い残して、部屋を出ていった。

のちのよも せめてあわんと ねがいしに きょういもをみる かくくるおしき
のちの世も せめて会はむと 願ひしに けふ妹を見る かく狂ほしき


(今度生まれ変わった世でも、せめてまた会いたいと願っていましたが、今日あなたとお会いして、このように狂おしく、心乱れます)
 
男はこの女が定めの人だとわかったが、若い女はこの縁がどれほどのものか、まだわからなかった。


おもえども しるしもなしと しるものを いかにここだく わがこいわたる
思へども 験もなしと 知るものを いかにこゝだく 我が恋ひわたる
(どんなにあなたのことを恋しく思っても、思いが叶うことはないと知っているのに、なぜ私はこんなにも恋いつづけているのでしょうか)


女が部屋を出て行くときの、見たことのない弱々しい後ろ姿と、消え入るような最後の言葉が、何度も浮かんできて、男はたまらなく辛かった。

ながきよを ひとりあゆみて ゆくいもの こころぼそさの ゆめにうかびて
長き世を 一人歩みて 行く妹の 心細さの 夢に浮かびて

(あなたが長い人生を一人歩いていく後姿が、繰り返し目に浮かび、見たことのない心細い様子に、結ばれるべきなのに、何もしてあげられないことの悲しさで、胸がしめつけられるようです)

帰路、男は車中でも興奮がおさまらないまま、こんな稀有な人に出会えたことだけでも、いつか幸せに思う時がくるだろうかと、自分に何度も問いかけた。

ひびをへて あいみるいもが おもざしに あくがれいずる たまとどめえず
日々を経て 相見る妹が 面ざしに 憧れ出づる 魂留め得ず

(こうして久しぶりにお会いして、あなたのお顔をみていると、あなたにあこがれる思いを、とどめることができません)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『古語短歌物語 花の風 [読み仮名・現代語訳付]』第四巻(前半)

2010年10月18日 | 日記
四の巻、別れ

 淡い粉雪が降っていた。

いもまてば ちりおくれたる はるのゆき まようこころを しりてふるらん
妹待てば 散り遅れたる 春の雪 迷ふ心を 知りて降るらむ

(あなたが来てくれるのを待っていると、季節はずれの春の雪が、私の心の迷いを知っているかのように、迷いながら降っています)

いもこいて わがまちおれば はるのゆきや ちりおしみつつ やみがてにふる
妹恋ひて 我が待ちをれば 春の雪や 散り惜しみつゝ 止みがてに降る

(あなたが来るのではないかと、恋しく待ちわびながら過ごしていると、春の雪は降りきってしまうのが惜しいかのように、降っては止み、降っては止みして、いつまでも降り止みません)

うめさきて さくらまちいる あおぞらに こしかたみえぬ ゆきまいちろう
梅咲きて 桜待ちゐる 青空に 来し方見えぬ 雪舞ひ散らふ
(あなたを恋しく思っていると、梅が咲いて、桜が待たれるこの季節、青空から春の雪が、こぼれるように降ってきました)

あわゆきの けぬべきものを いままでに ながらえぬるわ いもにあわんとぞ
沫雪の 消ぬべきものを 今までに ながらへぬるは 妹に会はむとぞ
(あわ雪はすぐに溶けて消えてしまうものなのに、そして私もいつ死んでもおかしくないのに、こうして生きてきたのは、あなたに会うためだったにちがいありません)


 桜の季節、女が去っていく日は、もう間もなくだった。建物の前の木陰に、女は誰かを待っているのか、しばらく立っていた。汗ばむほど暖かい中を、涼しい風が吹いていた。

かぜたちて このはさやげる したかげに いもたたずみて なにおもうらん
風立ちて 木の葉さやげる 下陰に 妹佇みて 何思ふらむ

(風が起こって、木の葉がざわめきます。その下に佇むあなたは、何の物思いにふけっているのですか)

 女は迎えに来た車に乗って、門から出ていった。車の音が遠ざかると、木立ちを吹きすぎる風の音が膨らんで、建物に囲まれた庭に充満した。

このにわに ふきゆくかぜも さくはなも さちにみてるわ いもありてこそ
この庭に 吹きゆく風も 咲く花も 幸に満てるは 妹ありてこそ

(庭を吹く風も、庭に咲く花も、このように幸せに満ちているのは、あなたがいらっしゃるからです)

帰り道、男はいつもより遠回りをして帰った。女の面影が、遠くの山並みに重なったり、道路沿いの家並みに重なったりした。

みねみつつ いもがかよいし さかみちの あとをしのびて ひとひあゆめり
峰見つゝ 妹が通ひし 坂道の 跡を偲びて 一日歩めり

(あなたが通った、向こうに山のみえる長い坂道を、今日あなたのことを思い出しながら、歩きました)

 女が去っていく前日は、取り返しのつかない思いがいつになく募って、男は落ち着かなかった。
 ベランダから平地をはさんで見る向かいの山は、深緑のところどころに薄色の花が群れ咲いて、脱色したようになっていた。

たかどのに まむこうおかの にきはだの みどりにはなや さきてまぎるる
高殿に 真向かふ丘の 和膚の 緑に花や 咲きて紛るゝ

(高台の高い建物から、あなたを生んだこの土地の丘を見渡すと、木々の緑のそこかしこに赤や白がうっすらと混ざっているのは、何の花が咲いているのでしょうか)

 女は仕事の片付けや挨拶で、忙しそうに動いていた。庭の噴水の前の円形の階段で、男は女と行き会った。男と女は会釈をしただけで、立ち止まりもしなかった。

いざやいも みてをこなたに たまえかし かのきざはしに なみていこわん
いざや妹 御手を此方に たまへかし かの階に 並みて憩はむ

(どうぞ、こちらに手を差し出してください。あの階段に、私とあなたと並んで休みませんか)

いつのよか なみていこわん わがいもわ いまはいずくと いでたたすらん
いつの世か 並みて憩はむ 我が妹は 今は何処と 出で立たすらむ

(いつの世にか、二人並んで休むことでしょうが、あなたは今、どこへ旅立って行こうとするのですか)

 すれ違った女のあとから、薄い化粧の匂いを含んだ風が、染み透るように吹き寄せてきた。

いもがてに いもがうなじに くろかみに はるめくきょうの かぜふきすぎて
妹が手に 妹が項に 黒髪に 春めく今日の 風吹き過ぎて
(あなたの手や、うなじや、黒髪を、今日になって春めいてきた風が吹いて、さわやかに通り過ぎていきます)

そなたより ふきくるかぜぞ なつかしき いもがたもとに ふれやしぬらん
そなたより 吹きくる風ぞ 懐かしき 妹がたもとに 触れやしぬらん
(そちらから吹いてくる風が、こんなになつかしいのは、あなたの袖に触れたからでしょうか)


 日向の匂いと日陰の匂い、花の匂いと草の匂い、水の匂いと土の匂いが、生命の華やぎとなって、あたりに満ちていた。

このはるも さくらはなさき わかばふき いもがゆくえを さきおうごとく
この春も 桜花咲き 若葉吹き 妹が行く方を 幸ふ如く

(いつものようにこの春も、桜が花咲き、若葉が芽吹いていますが、それもこれも、あなたの行く先を祝福するかのようです)

暖かく晴れた春のある日、女は去って行った。女の暇乞いの挨拶は、ことのほか丁寧なものだった。置いていった小さな贈り物の中に、短い言葉が書かれていた。男は机の上を片付けてから、女に別れの便りを書いた。

「新たな出で立ちに、幸いを祈ります。
 あなたが帰ったあとの、いつもどおり閑散とした部屋で書いていますが、いつにない虚脱感と、安堵感が交錯します。長い一年でした。
 あらかじめ送るご許可を頂いていた歌を、送らせて頂きます。餞別というよりは、私の片恋歌になっていて、迷惑かもしれませんが、あなたのおかげで、これまで入れなかった世界に踏み込んで、どうにか詠むことのできた歌です。
いつ詠んだものか、わかるものがありますか? 
万一胸に響くものがあったら返歌をください。捧げ歌に値する人と相聞が詠めれば幸せなのですが。死を前に、平家の公達が和歌を後世に託した思いが、私にもわかるような気がします。……」

女からの返事は来ないまま、日々が過ぎた。

数ヶ月後、思いが薄れたころになって、女からの便りで、用事の序に立ち寄りたいという知らせがあった。男は胸が騒いだ。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『古語短歌物語 花の風[読み仮名・現代語訳付]』第三巻、行き違い(終わりまで)

2010年10月17日 | 日記
 その頃、ある知人の法事の手伝いで、男は女と一緒に机に座っていた。
芝居のような儀式や、騒がしい参列者の中で、女は白い花のように静まり返っていた。

かくりよと うつしのよみち かようとき みたままつりて むつみあわなん
幽り世と 現し世の路 通ふとき み魂祀りて 睦み合はなむ

(あの世とこの世が通いあう時、霊の喜びと悲しみを知る私たちが、親しく寄り添って、先人の霊を祀りましょう)

 真新しい本堂の向こうには、桜の木立ち越しに、古い墓地が広がっていた。

たちなめる いわやにそそぐ はなのかぜ ゆめのなごりを とむろうごとく
立ち並める 石家に注ぐ 花の風 夢の名残りを 弔ふ如く

(死者の見果てぬ夢を、まるで貴方が静かになぐさめるかのように、音もない風が花びらを散らして、立ち並んだ墓石に降り注いでいます)

にびいろに せめておんみを つつまばや えもかくさえぬ はなにしあれど
鈍色に せめて御身を 包まばや えも隠さえぬ 華にしあれど

(せめて服装だけでも地味な色で、今日のあなたを包ませてください。持って生まれたその華やぎは、隠すことができませんけれども)

 法事が終わり、女は先に帰っていった。

かのひとも ひとりいえじを たどりけり いきかうひとの なみにまぎれて
かの人も 一人家路を 辿りけり 行き交ふ人の 波に紛れて

(あなたが人ごみのなかに紛れて、一人家へと帰っていく様子を、道順にそってずっと想像しています)

 日が落ちようとするころ、男は駅までの道を辿りながら、女の横顔を思い浮かべていた。

ゆうばえの はつるかなたに あくがるる くれゆくそらの まなかにありて
夕映への 果つる彼方に 憧るゝ 暮れ行く空の 真中にありて

(もうすぐ暮れようとする夕空の真下を歩きながら、夕映えの向こうにある永遠の世界に、魂があこがれ出る思いでいます)

これもかも いもゆえにこそ かなしけれ めにみゆるもの てにふるるもの
これもかも 妹ゆえにこそ 愛しけれ 目に見ゆるもの 手に触るゝもの

(あれもこれも、目にみえ、耳に聞こえるものはすべて、あなたがいるからこそ、愛おしく思われます)

 早く目覚めたある休日、男は広い河川敷に出て、川の音と風の音を聞きながら、高い葦の中を歩いた。

はるがすみ たなびくそらに さそわれて まださむきのを ひとりあゆめり
春霞 棚引く空に 誘はれて まだ寒き野を 一人歩めり

(空に春霞がたなびくころ、あなたの影に誘われるように、まだ寒い野原を、一人で歩きました)

 堤防から山側に分け入っていくと、まばらな人家の間に、旧跡を記した古い石碑が立っていた。見知らぬ地名や人名が、この土地で生まれ育った女と縁深そうな錯覚を起こさせた。

いもがなを くちずさみつつ たどらなん いにしえびとの すまいしあたりも
妹が名を 口ずさみつゝ 辿らなむ 古へ人の 住まひし辺りも

(あなたの名前を口ずさみながら、縁深い人が昔住んでいた辺りを、辿っていきます)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『古語短歌物語 花の風 [読み仮名・現代語訳付]』第三巻、行き違い(承前)

2010年10月14日 | 日記
 彼岸に入り、所々の家では法事の様子が見られるようになった。男は習慣的で形式的な行事とは別に、また誰かれのためというより、すべての生者と死者の平安のために、一人で祈ることが多かった。

くりかえす ひとのいのちの かなしさに きょうのひとひを ふかくこもろう
繰り返す 人の命の 愛しさに 今日の一日を 深く籠らふ

(人の命は繰り返されることを思えば、あれこれが愛おしく、今日という日を深い物思いで過ごしています)

なつかしき いにしえびとを おもいつつ みたままつりて ひとりこもろう
懐かしき 古へ人を 思ひつゝ み魂祀りて 一人籠らふ

(なつかしいかつての思い人を偲んで、一人しずかに部屋にこもって、死者の冥福を祈っています)

もろかみの まもりぞせつに いのらるる ひとよのさちを いおうこのひも
諸神の 守りぞ切に 祈らるゝ 人世の幸を 斎ふこの日も

(世の人々の幸せを祈るこの日も、神々の守り導きが、心から願われます)

 祈りの中で思い浮かべる女の姿は、この世のものとも思われない気高さを帯びていた。

かみまつり いみきよまりて わがいのる ひとよのさちと いもがまさちを
神祀り 斎み浄まりて 我が祈る 人世の幸と 妹が真幸を

(心身を清めて神の御前に参り、私は世の人々の幸とあなたの幸を祈ります)





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする