知り合いの家の前を歩いていたら猫が飛び出してきた。すごい勢いで駆け寄ってきたので飼い主と間違えたかと思ったけど、彼とぼくではずいぶん雰囲気が違う。白内障ならいざ知らず、若い猫が飼い主を間違えるわけがない。
体格の良い猫で、しっぽをピンと立てて力強くすり寄ってくる。咽をなでたらチャラチャラと鈴が鳴ってなれなれしいので、きっと大事に育てられているのだろう。
ところがご近所さん曰く「ヤツは札付きのワルだ。気を許したらいかん」とのこと。なんでも、近所の家を回って戸を開けては盗みに入るらしく、飼い主に被害届が出されているらしい。
丸々とした体型や毛並みから想像するに、餌は充分に与えられているはずだから、恐らくこの猫の趣味は盗みに違いない。
猫は盗むとしたもんだけど、人間だって負けてない。昔々勤めていた会社の上司に天才がいた。ぼくなんかが思いも寄らぬ鮮やかな手法でライバルたちを陥れては出世していく。その無慈悲な矛先は部下にも向けられ、哀れな若者は彼の保身のために子羊のように社内的に屠られた。
彼は根っからの悪人ではなかったと思う。巨悪というほどのことはしなかったし、できなかったに違いない。しかし人を嵌めさせたら天才的だった。好きこそものの上手なれというけど、陥穽を掘るのが大好きだったんじゃないかな。
彼が出世してからは、その手腕を発揮する場面もなく精彩を欠いていたという。そう、生き甲斐……あのふてぶてしい猫も、生きている実感がほしくて盗るのだろう。