Asian Railway Plaza

アジア各国の鉄道やJR南武線の話題などをお届けします

ジャカルタの南武線、マニラのキハ350近況報告

2015年09月15日 18時58分23秒 | インドネシア
7月以来の更新でご無沙汰になってしまいましたが、実は9月5日から14日まで、家内と子供のいるフィリピン帰国にあわせて、マニラとジャカルタに足を運びました。
今回の行程は全てフィリピン航空(PR)ということで、9/5羽田を夜中の1:30に出発し、マニラに現地時間の4:50に到着。同日、マニラを20:55出発し、ジャカルタを23:55に到着。
丸3日間ジャカルタに滞在したあと、9/9ジャカルタを夜中の0:55に出発し、マニラに6:05に到着。そして9/14マニラを14:45に出発し、成田を20:10に到着するという夜の飛行主体の行程となりました。
また、今回の私としてのミッションはKCJに譲渡された元南武線の205系を撮影することと、PNR(フィリピン国鉄)に譲渡されたキハ350の動向を探ることですが、出発前に両者ともに車両がどこにいるのかわかっていたものの、直前になってどのような動きを見せるのかわかりませんので、期待半分で行ってみることにしました。
まずはダイジェスト版ということで、ニュースをお届けしたいと思います。

昨年の9月は羽田から夜行便のエアアジアでクアラルンプールを経由し、ジャカルタ入りとなりましたが、今回は初めて羽田から夜行便のPRでマニラへ向かいました。羽田空港ではPRの乗り場は使用料が安いのかどうかわかりませんが、なぜか一番端っこであり、イミグレから遠くて疲れますが、機内はほとんどがフィリピン人スタッフであり、フィリピン語(タガログ語)の練習にはもってこいです。もちろん、真夜中の機内食の注文の時にはPahingi ng San Miguel beer(サンミゲールビールを下さい)と使ってみましたが通じました。(当たり前ですが)


羽田からマニラまでの飛行時間は僅か4時間少々ということで、ぐっすりは寝れませんでしたが、2時間少々仮眠を取ることができ、マニラまでの飛行があっという間でした。
外は下の写真のとおり朝5時ということもあり、暗闇に包まれています。


空港を出るとまずは家内と子供のいる空港から約30km離れたSta. Rosaで一時的に仮眠を取り、再び同日夜7時にマニラに戻って来ましたが、空港周辺とSta. Rosa中心部で渋滞にはまり、一時はジャカルタ行きの飛行機に乗り遅れるのではないかと本当に焦りました。
ジャカルタのスカルノハッタ空港には予定よりも30分ほど遅れ、0:30頃に到着したのですが、この時間であれば普通の方はタクシーで市内へ向かうところ、私は公共バスであるDamriバスでGambirへ向かったものの、BNI(インドネシア国営銀行)近くでバスのタイヤが溝にはまり身動きが出来なくなり、私は早速あきらめてタクシーでホテルへ向かいましたが、既に時刻は午前2時近くとなっていました。

このまま話を進めるとダイジェスト版でなくなりますので、上記のような細かい行程は抜きにして話を進めますと、9/6現在、Depok車庫には元南武線の編成は5本が留置され、内訳はナハH7、H8、H11、H40、H41で、H11偶数方以外の前面方向幕は抜かれているようです。また、ラッキーなことに南武3並びが一時的に見られました。


皆さんも既にお気づきかもしれませんが、私も前面帯がやけに明るいと感じていましたので、近づいて指で帯を少々剥がしてみましたが、実は上から南武の帯を新たに貼っているようで、実際に走っている南武線に比べ明るく感じます。このように新たに南武の色の帯を貼っていることから、今後、ジャカルタに到着する編成もこのような処置が実施され、ジャカルタでも南武線カラーのまま運行されるものと思われます。(既に一部の編成では営業されていますが)


一方、Balai Yasa Manggaraiには9/7日中現在、元南武線の編成は4本留置されており、内訳はナハH2、H4、H35、H44で、前面の方向幕は全て残っていたようです。
ですので、私もちょっといじらせてもらい、南武線では見られない「矢向」にも設定し、楽しませていただきましたが、ちょうどこの日、午後3時と夜7時頃にそれぞれ12連となってDepok車庫へ回送されました。
午後3時頃発の編成については、H44+H35が12連で組成され、私もこの回送列車に同乗させていただき、方向幕を私の好きな「快速川崎」に設定し、そのままDepok車庫まで走ってもらいました。この回送列車同乗レポートは後日報告したいと思います。


その他、103系については、相変わらず環状線のManggarai~Duri間に運行されているManggaraiフィーダー運用に充当されており、日中の約4時間はBukit Duriの車庫でお休みのようです。
下の写真はBukit Duri車庫から出庫した103系で、入出庫時は2番線から発着するようですが、それ以外はBogor線の南西側にある7番線の仮設ホームから発着します。


以上が私のジャカルタでのミッションでしたが、詳細については後日報告したいと思います。

また、PNRについては以前報告させていただいたとおりですが、キハ350全6両がPNR色に変更され、当初、私がジャカルタからマニラに到着する9/9朝にTutubanからビコール地方のNagaに1編成2両が回送される予定でしたが、投石避けのスクリーンが全てセットできず、朝、Tutuban駅で神父立ち会いの元、PNRのGM、幹部が出席し、祝福式の開催のみにとどまり、Nagaへの回送は実施されませんでした。このNagaへの回送については実際には私の帰国日である9/14に実施され、もう1編成は明日9/16に実施される予定とのことで、最後の1編成については予備ということでTutubanに留置されるようです。


このキハ350については、10/1からNagaからPNRの本来の終点であるLegazpiまでのコミュータートレイン1往復に充当される模様で、朝5時にNagaを出発し、約100km先のLegazpiに2時間30分かけて7:30に到着し、返しはLegazpiを17:00に出発する予定です。
同時にSipocot~Naga間に運行されているブルートレイン色のキハ52の3両はエンジン故障でDLにより牽引され運行されていますが、こちらもキハ350の2両編成によって運行が実施されるようです。


PNRの詳細や乗務員室同乗記についても後日報告させていただきたいと思いますが、今後の計画や来年3月頃に少々驚く譲渡が計画されているようですので、時間がありましたらこちらもご報告させていただきたいと思います。

ハマ線205系第4陣、Tanjung Priok港でお出迎え

2015年02月06日 17時56分20秒 | インドネシア
前回の205系の記事の続きということで、今回はジャカルタの港であるTanjung Priok港でハマ線205系の第4陣をお出迎えすることができましたので、そのことについて若干述べていきたいと思います。
私がジャカルタに滞在したのは昨年9月16日夕方から19日深夜まででしたが、ちょうどタイミングよくハマ線205系を載せた船が滞在日の最終日である19日に到着し、船から降ろすシーンを何とか撮影することができました。

17日午後、KCJ本社広報部を訪問した際に担当者からハマ線205系を載せた船が間もなくTanjung Priok港に到着することを教えていただき、港に到着する際には担当者も現場に行くので同行のお誘いをいただいて、その担当者から電話連絡をいただけることになっていたのですが、インドネシア人やフィリピン人などのマレー系民族の習慣なのでしょうか、結局、連絡は来ませんでした。(担当者は港へ行くことを途中でキャンセルしたのかもしれませんが)
その後、18日夜に私のブログにリンクさせていただいていますパクアン急行様から電話をいただきそろそろ作業が始まりそうなので、これから港へ行くので一緒にどうですかというお誘いをいただいたのですが、夜から作業が始まると作業は永遠に続き、宿に帰れなくなって休むことができなくなりそうでしたので、お断りをしてしまいました。私はもう若くありませんので遠征先では最低4時間は寝ることにしているのですが、結果的にその判断は正解であったようで、その夜に作業は開始されませんでした。
滞在日最終日である19日朝、Manggaraiのお立ち台で撮影後、列車で隣駅のJatinegaraまで行き、環状線に乗り換えてRajawariで降車して、そこからタクシーでTanjung Priok駅まで行ってみることにしました。Tanjung Priok駅には11時頃に到着し、そこから埠頭までオジェック(バイクタクシー)に乗車して、車両が積まれている船の停泊場所まで向かってもらうことにしましたが、当然、どの国でも埠頭付近は港湾局の施設ということで立入禁止区域になっており、埠頭のゲートで警備員に「ここから先は入れません」と言うので、「港湾局の許可書があれば入れるのですか」と尋ねると「そうだ」と言うので、まずは港湾局に行ってみることにしました。港湾局は埠頭のゲートからおおよそ1kmのところに事務所があり、担当部署へ行って聞いてみると担当者は「まだ、車両を降ろす作業は始まっていないので、この近くにカンテン(食堂)があるのでそこで昼食を食べて、午後1時にここに戻って来てください。その後、車で案内してあげますから」と言われたのですが、この時点で果たして埠頭の中に入ることができ、車両を降ろすシーンを本当に見ることができるのかと疑っていました。
午後1時ちょうどに事務所へ戻ると、担当者の部下かと思われる方に車を出してもらい、その車に乗せていただき、埠頭へと向かいました。すると下の写真のように確かに車両を載せた船が停泊しておりましたが、車両にブルーシートがかけられたままであり、作業としてはほとんど始まっていませんでした。


担当者の話しとしてはお昼過ぎに作業が始まる予定と聞いていたものの、作業としては車両に掛けられていたブルーシートを取る作業だけであり、クレーンで車両を降ろす作業は一向に開始されず、炎天下の中を待ち続けていました。これであればもう少し沿線で撮影していれば良かったかなとか、車両を降ろす作業やPasoso駅までトレーラーで運ぶ姿を見ることができるのかと考えていましたが、15時頃からトレーラーが船の脇にセットされ、結局、16時頃から作業が開始されました。
私はこの日の深夜0時発の飛行機でマニラへ向かうことにしていましたので、時間を逆算してここを18時頃には出発しないと危ないという焦りを感じていましたが、最初のクラH18編成の先頭車であるT'c78がものの20分ほどでトレーラーに降ろされ、ほっとしたと同時に港湾局の方の私への配慮からか、そのトレーラーでPasoso駅まで乗ってもいいよというので、お言葉に甘えて乗せてもらうことにしました。


港湾局の方に御礼を申し上げ、すぐにトレーラーの助手席に乗り込むと50才代と思われるおじさんが早速アクセルを踏み、ゆっくりと動き出しました。このおじさんは1972年からトラックのドライバーを続けており、遠くはカリマンタン島(途中フェリーで)まで運ぶこともよくあるということで、かなりのベテランのようですが、Pasoso駅までの約2kmを10km/hほどのゆっくりしたスピードで慎重に運転し、まったく問題なくPasoso駅に到着しました。



Pasoso駅に到着するとクレーンで車両を吊り上げ、車両置場に降ろされると同時に、先程、埠頭から乗せていただいたトレーラーは埠頭へ帰っていきました。今回のこの埠頭からPasoso駅まで運ぶ作業は5人のドライバーが用意されているとのことでした。


最初のT'c78が降ろされてから約20分後に順序どおりに6扉車が到着しましたが、太陽はかなり傾いており、この時点で17時頃だったかと思います。この6扉車のあと次の車両はすぐに到着しませんでした。


日はどんどん傾き、太陽がちょうどこの線路上の地平線に沈むところで、時刻は18時近くになっていましたが、隣の線路で貨物の積み降ろし作業が行われているため、これでは先程のハマ線の車両をBalai Yasa Manggaraiへ運ぶことはできません。


というのは下の写真のとおり、Pasoso駅からの線路はTanjung Priok駅近くで線路が1本になるため、この貨物の積み降ろしが終わらなければ、ハマ線の車両を運ぶことができず、ある程度時間を要すことが予想できます。


最終的にPasoso駅での車両のレールオン、Manggaraiまでの回送シーンは撮影できませんでしたが、もし、南武線の205系の譲渡が決定ということになれば、次回はTanjung Priok港からBalai Yasa Manggaraiまで車両が運ばれるシーンを撮影したいと思っております。

ジャカルタ205系運用情報

2015年02月05日 01時19分06秒 | インドネシア
昨年9月のジャカルタ訪問の報告が103系のことを述べただけで、他の形式についてはいっさい触れていませんでしたが、本日は一昨年からKCJに導入された今や最大勢力の205系について少々述べていきたいと思います。
一昨年から昨年にかけて埼京線180両が、そして昨年の7月から12月にかけて横浜線176両がKCJに譲渡され、6000系や05系などのメトロ軍団を押さえて今や最大勢力となり、今後においても南武線の120両が加われば合計500両に迫る勢いでありますが、私が訪問しました昨年9月の時点では元埼京線の編成のみが運用に充当され、元横浜線の編成については1本も運用に充当されていませんでした。


現地、鉄道会社からいただいた運用表上では、205系の運用は全58運用中13本あり、全て10両編成であるためJakarta Kota~Bogor間の限定となっていますが、この当時、Bekasi線にも8両編成が充当されていました。運用に充当されていた編成については以下のとおりで、これについても鉄道会社からいただきました資料をそのまま記しております。
編成の向きについてはバラバラですので、一律左側を奇数方とし示します。

Bogor車庫常駐
Tc123 MM'335 MM'336 MM'337 T'8 T'46 T'c123
Tc128 MM'351 MM'352 MM'353 T'5 T'10 T'c128

Depok車庫常駐
Tc144 MM'389 MM'390 MM'391 T'13 T'49 T'c144
Tc137 MM'371 T148 MM'372 T149 MM'373 T'c137
Tc92 MM'246 MM'247 MM'248 T'14 T'34 T'c92
Tc121 MM'329 MM'330 MM'331 T'26 T'27 T'c121
Tc143 MM'388 MM'387 MM'277 T'41 T'47 T'c143
Tc99 MM'267 MM'268 MM'269 T'20 T'21 T'c99
Tc142 MM'384 MM'385 MM'386 T'12 T'40 T'c142
Tc141 MM'380 MM'381 MM'382 T'37 T'45 T'c141
Tc122 MM'332 MM'333 MM'334 T'28 T'29 T'c122
Tc89 MM'237 MM'238 MM'239 T'1 T'2 T'c89

Bukit Duri車庫常駐
Tc120 MM'326 MM'327 MM'328 T'24 T'25 T'c120

Bekasi電留常駐
Tc17 MM'49 MM'50 MM'51 T'c17(8両編成)

元埼京線残り5本とあまりの2両、元横浜線についてはDepok車庫及びBalai Yasa Manggaraiにて転入整備及び予備のため留置されているものと思われます。


この他、KCJでは広告車両が採用されており、日本では見られないような奇抜かつ斬新なデザインの車両が205系においてもよく見られます。


新聞、テレビなどの報道機関であるKOMPASの広告車両がありますが、都営6000形導入当初においてもこのような派手さはありませんでしたがKOMPASの広告車両が登場しています。


また、横浜線の車両については先程も申し上げましたように1本も運用に充当されておりませんでしたが、Depok車庫において転入整備を受け、既にKCJ仕様に変更された編成が登場し、ハマ線オリジナルとの並びも見られました。


下の写真はDepok車庫北側グループで寝ていたクラH9で、クラH15とともにこれからKCJ仕様に変更されますが、このようなハマ線オリジナルの姿はとても貴重なことかもしれません。


最後に車庫南側グループの全景ですが、車庫内でもかなり多くの205系が占めるようになり、205系ファンにとっては嬉しい限りかと思いますが、103系ファンの私としてはもう少し早く103系の譲渡が実施されていれば、多くのカラフルな103系がジャカルタの街を快走していたのではないかと妄想しています。


なお、車庫内での撮影については、2008年頃までは警備員もしくは鉄道職員に申し出れば撮影は簡単にできましたが、現在、KCJ本社広報部で許可証の取得が必要であり、しかも発行の対象は報道機関のみとなっており、一般のマニアは許可証の取得は不可能となっております。また、2008年頃以降、車庫において幹部職員が許可証を発行するという稀なこともありましたが、これも現在では不可能であり、かつ現地の旅行業者、通訳、地元の鉄ちゃん等を通して車庫内での撮影もいっさい許可証の取得は不可能ということで、一般の方々、マニアの方々が車庫内での撮影は事実上無理であることをお知らせしておきます。

KCJ色になった103系に乗車

2014年11月19日 20時46分16秒 | インドネシア
ブログの更新が1ヶ月ぶりになってしまいましたが、ジャカルタの話題を続けて述べることとして、今回も103系続きでいきたいと思います。
今回のジャカルタ訪問では2回も103系に乗車することができましたが、いずれもJakarta Kota~Bekasi間に運用され、そのうちの9月18日朝に乗車した時の様子を簡単にご報告したいと思います。
この日の朝はジャカルタ最大のターミナル駅のJakarta Kotaで撮影しようと思っていたのですが、7時半頃、宿泊先の最寄駅であるGondangdiaの上りホームを駆け上がると運良く103系がドンピシャで来ました。まさかタイミングよく103系に乗車できるとは思ってもいませんでしたが、この運をうまく利用し、Kotaまで乗車してみることにしました。前回もご説明しましたとおりKota~Manggarai間は線路面が沈下するというような事象が発生し、列車は30km/h以下の運転となっていますので、MT55のサウンドは響くことなく常にノロノロ状態で、音鉄マニアにとっては満足できませんが、Gondangdiaから20分あまりでKotaに到着しました。


Kotaで103系が発車するシーンを撮影しようと考えていたのですが、私は乗車して103系のモーター音を味わいたいという気持ちが出てしまい、このまま乗り続けてBekasiに行ってみることにしました。10分あまりでKota駅を折り返し、再びノロノロの状態でManggaraiに到着しましたが、普段はBukit Duri出区や環状線折り返し用として使用されている本屋側の1番線に到着しました。なぜ、1番線に入線したのかわかりませんでしたが、運転士に尋ねてみると長距離列車をこの駅で先行させるために待避させたということで、しばしの休憩となりました。


長距離列車をやり過ごすと103系は扉が閉まり、ゆっくりとBekasi線の本線へと進んで行きました。次のJatinegaraを過ぎ、ジャカルタでは珍しい3線区間が終わるCipinang(信号所)から全速力で走ると思っていたものの、遅れを取り戻すこともなく60km/hほどのスピードで進みました。音鉄マニアにとってはこのスピードでは不完全燃焼といったところですが、最初、私は低運編成のM’231に乗車しモーター音を楽しみつつコンプレッサーの音も味わっていました。しかしながらこのM'231は低音のモーターであるただのMT55であり私の好みではありませんので、隣のMc105に移ってみると私のお気に入りのMT55Aの高音モーターであることに気づき、なんて良い音なのだろうと感動し、1人で酔いしれていました。


車内は上の写真のようにほとんど立っている人はおらず、Bekasiまでのんびりとした感じでした。一方、外に目を向けると本線の北側に複々線用の用地が確保されており、一部は軌道設置のためバラストやコンクリート枕木が設置されていました。


Manggaraiから約30分でBekasiに到着し、Kotaから1時間ちょっとの旅でしたが、私は懲りずに再びこの103系に乗車し、Kota方面へと戻って行きました。また、10時前と言えどもこの時間帯では上り列車は結構混雑するようで、車内は若干蒸し暑く、息苦しさを感じてしまいました。

ジャカルタ103系運用情報

2014年10月21日 19時13分19秒 | インドネシア
前回の南武線E233系デビューの記事でも述べましたが、9月16日~25日にかけてマニラ帰国に合わせて、ジャカルタとクアラルンプールにも訪問しました。今回はあまり旅費と時間をかけられないということで、羽田から深夜発のLCCであるエアアジアでクアラルンプールを経由し、夕方、ジャカルタに到着。丸3日間をジャカルタで過ごし、ジャカルタからやはり深夜発のLCCであるセブパシフィックでマニラを目指し、マニラで5日間ほど家族と過ごしたのち、これも同じセブパシフィックで大阪に戻るという行程になりました。

今回のミッションはいつも同じでありますが、ジャカルタにおいては103系を中心に追いかけることと、横浜線の205系のレポートをすることで、103系はジャカルタ滞在中に毎日運用に充当され、横浜線の205系についても運良く第4陣の船がジャカルタのTanjung Priok港に到着し、陸揚げシーンを撮影することができました。
一方、マニラにおいてはもちろんフィリピン国鉄のレポートですが、1人での活動は全くできなかったものの、キハ59のこがねを使用したPremiere trainに乗車することができました。
後日、今回のこれらのレポートについては詳細にご紹介させていただきたいと思いますが、本日は私のお気に入りであるジャカルタの103系について報告させていただきたいと思います。

それでは103系の現状と運用についてですが、現在、4両編成2本が赤と黄色を基調としたKCJ色に変更され、4+4の8両編成で運用に充当されており、残りの4両編成2本については東海色のまま、ほぼお役御免となったようで、Balai Yasa Manggarai(Manggarai工場)の脇に留置されていました。

KCJ色の編成については以下のとおりで、東海色時代に8両編成として活躍していた当時の組成と全く同じで、それぞれ2編成の向きが逆になっており、しかも編成の向きは運用状況により、頻繁にひっくり返ることがよくあります。
T'c597 T246 M'231 Mc105 Tc359 M654 M'810 T'c384

続いて運用ですが、17日はKota~Bekasi間の運用に充当され、日中はBekasiに留置されていたようです。
17日朝7時30分頃にManggaraiに行ってみると103系が停車しているのを発見し、Kotaから折り返して戻りを撮影しようと待っていたものの、1時間半後の9時頃に戻って来ました。現在、中央線では高架時の手抜き工事によるものなのか線路面が沈下するという事象が発生しており、Kota~Manggarai間で最高速度30km/hの速度規制となっています。


翌18日も103系を撮影すべく、起点のKotaで撮影してみようと思っていたのですが、滞在先の最寄駅であるGondangdia駅の上りホームに上がると運の良いことにドンピシャで103系がやって来ました。早速その103系でKotaまで乗車し、Kotaで撮影した後そのまま乗り続けBekasiまで行き、さらに折り返してCikiniで降車し、この駅のホームKota寄り先端部分で撮影することにしました。しばらくすると1人のPKDが私の所へやって来て、「撮影には許可証が必要です」と言ってきましたので、「その許可証はどこで入手できるのですか」と尋ねると、「ここの駅員に聞いてみてください」とのことで、ホーム下に居る駅員に聞いてみることにしました。 すると快くすぐに撮影許可が下り、私は先程のホーム先端に戻り、Kotaから戻ってきた103系を無難に撮影することができました。


この103系はBukit Duri車庫に入庫することはわかっていましたので、私も後続の列車でManggaraiまで行き、駅からBukit Duriの車庫へはバジャイ(三輪タクシー)で向かってみました。私の知り合いの幹部の方は残念ながらなぜか日本に居るとのことで、車庫内での撮影ができないのではないかと危惧していましたが、ある社員に話をしてみたところ撮影に許可していただきました。


103系は清掃中ということで簡単に車内に入ることができ、撮影大会となりました。
モケットは女性専用車と優先席は赤色が採用されており、それ以外は青色が採用されていました。ただし、中間に封じ込められているMc105は赤色で、Tc359は青色系のモケットが採用されていたかと思います。


現在、採用されているモケットは以前のように汚くなく清潔感があります。


それぞれの編成が向き合っている部分ですが、高運と低運のため黄色帯部分の高さが違います。


先頭に出ているT'c597とT'c384の前面の黄色部分にはPT.KAIのロゴが入っていますが、中間に封じ込められたMc105とTc359の前面にはそのロゴマークは入っていません。


以前、乗務員室内は薄緑色に塗られていましたが、今回の検査によって肌色を基調とする色になり、運転台部分は黒色となりました。


最後の日となる19日はこの日もBekasi線に充当されているのではないかと思っていましたが、Bogor線や他の路線に充当されることもあるのではないかと思い、確認する上で確率の高いManggaraiへ行ってみました。待てど暮らせど1時間経っても来ませんので、今日は運用に充当されていないかSerpong線にでも充当されてしまったのかと考えていたところBogor方面から現れました。


ようやく確認することができて一安心ですが、この列車はKota方面の中央線には入らず、環状線へと入って行きましたので、Bukit Duriの車庫でいただいた運用表を見て確認したもののどこへ行くかすぐに判断できず、おそらくJatinegaraへ行くのだからあと30分後ぐらいにここを出発し、隣駅のJatinegaraへ行って、その駅の近くで撮影しようと考えていましたが、103系は40分後ぐらいにManggaraiに戻って来ました。私はJatinegaraへ行かなくて正解でしたが、運用表をよくみると結果的にはどうもDuriで折り返してきたようで、この日はBogor線・環状線系統とBogor線・中央線系統に充当されていました。
現在、この103系はBukit Duri車庫所属ですので、Bekasi線をはじめBogor・中央線、Bogor・環状線系統、Serpong線にも充当される可能性があり、103系を追いかける者にとっては大変な労力が必要かもしれません。


最後にBalai Yasa Manggarai(Manggarai工場)の脇に留置されている東海色の103系を見に行ってみました。
ここはManggarai駅から僅か3分のところにありますが、警備員らしき人の姿も見られ、見つかってしまったら「ここには入れませんよ」などと言われるのではないかと思い、地元の人になりすましたかのようにプラプラと103系に近づいていきました。


103系は使用の許可が下りていない8連のHolec ACの脇に留置されており、Manggarai駅寄りにある高運非ATC車のほうは簡単に撮影できるのですが、反対側の低運のほうは103系の脇の草むらをかき分けて行くか、Holec ACの車内もしくは103系の車内を通るしか方法がありません。草むらをかき分けるのはほとんど無理ですので、Holec ACの車内を通り、最後は少しばかしの草むらをかき分けて、なんとか低運の顔を拝むことができました。

なお、この103系の編成は以下のとおりです。
T'c822 M'2009 M752 Tc815 Mc153 M'321 T210 T'c632

車内はシートが散乱し荒れ放題であり、ほとんど再帰は不可能かと思われますので、いずれは廃車されてしまうのか気になるところではありますが、KCJ色になったもう1本の103系に頑張ってもらい、今後も長く活躍できることを願いたいものです。


この他、駅での撮影についてですが思ったよりも厳しくなく、Manggarai駅でも撮影する前に駅員に撮影させていただきたいと告げると簡単に許可が下り、かつ警備しているPKDにも連絡が行くようですので、ほとんどの駅では撮影ができるのではないかと思われます。ただし、駅員の判断によっては許可されない場合もあるかもしれません。(KotaやTanjung Priok駅などはわかりませんが)

ジャカルタの103系、KCJカラーに変身

2014年04月22日 20時05分33秒 | インドネシア
またまたご無沙汰して申し訳ありません。
先日、8日にBogor線を中心に運用に充当されていた103系のT'c597 T246 M'231 Mc105 Tc359 M654 M'810 T'c384が検査入場したことをお伝えしましたが、現地社員からの情報では東海色で再塗装されると聞いていたものの、ななななんと私の予想したとおりKCJカラーに塗り替えられているという情報をいただきました。
低運転台のほうの編成については写真がありませんので、どのような感じになっているのかわかりませんが、下の写真と同じような塗り方かと思いますので、これはこれでお楽しみということで写真をいただきしだいお見せしたいと思います。

模型に塗装しているようにも見えますがこれは本物です。205系に準じているのか前照灯と後部標識灯部分は白く塗られています。
また、ロゴがなぜかKCJではなくPT.KAIになっていますが、なぜでしょうかね。後日、KCJのロゴに変わるのかもしれませんが、ひょっとするとPT.KAIの車両なのかもしれません。


側面はというと、やはりKCJ塗装が採用されている形式と同様に赤色の部分が斜めに切り込んでいます。
おそらく来月には出場するものと思われますが、205系は10両編成が対応可能なBogor線を中心に今後も運用に充当されることが予想されることから、103系は他の路線での活躍も考えられますが、果たしてどのような活躍が今後見られるのか期待が膨らむところです。
また、前回も申し上げましたように床下機器の一部が取られてしまったMc153やTc815の編成の去就が気になりますが、103系ファンの私としてもこの編成も修繕が実施され、なんとか復帰してほしいと願っておりますが、動けない状態でも東海色とこのKCJカラーの並びは1回でよいから見たいですね。

(写真は全てBpk.Suroさん)

ジャカルタの103系、検査入場

2014年04月08日 22時05分02秒 | インドネシア
ジャカルタから私にとって嬉しいニュースが飛び込んできましたので、簡単にご紹介します。
今まで運用に充当されていた103系のT'c597 T246 M'231 Mc105 Tc359 M654 M'810 T'c384ですが、205系が続々と運用に充当される中、お役御免ということでしばらくDepok車庫に留置されていました。
これでジャカルタの103系の活躍もここまでかと思われていましたが、先週、なんと修繕のピットに収容され、検査が実施されるようです。


ジャカルタの103系は検査の度に色を変えておりますが、ジャカルタ譲渡当初は武蔵野線のままのカラーであるオレンジ色で活躍し、その後、新潟地域の旧型国電にも採用された新潟色に変更され、2008年には青系の塗装に変更されました。そして2011年には私の自慢ではありませんが、15のデザインを提案させていただき、そのうちの1つのデザインである東海色が採用され、私の夢が叶えられて感無量でした。
現地鉄道会社の1人の社員からの情報によりますと、色はどうもこの東海色を再度採用するとのことですが、もしかするとKCJの標準色である赤と黄色になることも予想されます。私としてはKCJカラーの103系バージョンも見たいところですが、以前の東急8500系や8000系で採用されていた編成ごとに色を変えてくれたほうがバラエティー豊かで見るほうとしては楽しいですし、この103系もやはりKCJカラーではなく、できれば東海色のままであり続けたほうが良いのではないかと思っているところです。


今回は新たなデザインを提出する機会を逸してしまいましたが、来月あたりには検査が完了し、まだまだ活躍する姿を見ることができるのではないかと期待しております。
また、横浜線205系譲渡の輸送などに関する入札が実施されたようですが、車両の動きが出ていないことから今後どのような動きが展開されるのか不透明であるものの、今後、譲渡が決定され、ジャカルタ到着に目処がたった時点で、検査後の103系を求めて今年も訪問することを予定しております。

下の車両はMc105で、私と同じ頃の年代に生まれた車両ですが、製造から半世紀を迎えようとしており、新たな仲間である205系とともにますますの活躍を期待したいところです。
もちろん、床下機器の一部が取られてしまったMc153やTc815の編成の去就も注目されますが、こちらの編成も復帰することを願いたいところです。
(写真は全てBpk.Suroさん)

ジャカルタの205系、営業開始は早くても5月か6月?

2014年01月28日 16時27分11秒 | インドネシア
昨年12月の帰国後、205系の営業開始は12月15日から2編成が使用される予定と複数の幹部社員から聞いておりましたが、現時点でも営業開始されたという情報は入っておらず、いったいいつから営業するのかわからない状況が続いています。
現地メディアの報道によると205系の営業開始は早くても今年5月か6月ではと報道されているようですが、どのようにして営業開始が延期されているのかについてはいっさいの理由説明はありません。
考えられる大きな理由としては、205系は10両編成で運用されることが予定されているため、有効長(ホーム有効長も含めて)が10両に対応していない駅が多くあり、まずは10両編成に対応してからでないと運行ができないのではないかと推測しています。


中央線のJakarta Kota~Manggarai間の中間駅については1993年に日本の政府開発援助によって連続立体交差事業(高架化)が完成し、ホーム有効長は約12両分が確保されていますが、Bogor線や環状線の大部分の駅、Jakarta Kota駅では8両分にしか対応しておらず、現状の施設で運用開始されると乗降の問題などが発生する恐れがあります。

中央線の各高架駅では下の写真のとおり目標停止位置が設置され、以前のように列車の停車する位置にバラツキが少なくなったような気がします。


特にJakarta Kota駅については、常時コミューターが使用している11番線、12番線については8両ギリギリしか対応しておらず、右の信号所のような建物の移設、分岐器の移設など大規模な工事が必要であり、先月申し上げましたように素人目に見てもとても2月頃までに工事が終わるものでもありません。


また、9番線、10番線については暫定的に10両編成が対応可能かと思われますが、このブログにリンクさせていただいている方々のブログのご報告のとおり車止めのある植栽をいくら削っても、出発信号機まではおそらく9両分ぐらいの長さであり、10両となると出発信号機の外側に位置するのではないかと思われますので、何らかの措置が必要になってくるのではないかと思われます。


Manggarai駅については、ホームの北側と南側に線路と平面交差する通路があり、列車が停車する場合、南側の通路を塞がないよに停車しているようですが、その場合、北側のKota側に若干はみだして停車しているため、10両編成の場合についてはホームを延伸させるか、平面交差する通路を立体交差化する必要があるのではないかと思われます。

以上のような問題によって、営業開始が遅れている原因であると断言できませんが、今後、10両編成運用開始に向けてどのような措置が講じられるのか、気になるところであります。

最後に、205系については女性専用車(KKW)の装飾が実施されていませんが、今後、下のイラストのとおり女性専用車の装飾が施されるようです。先月、Bintaro付近で発生したタンクローリーとの衝突事故の教訓により、女性専用車は中間車になるのではないかと思っていましたが、どうも先頭車になるようです。


新装オープンしたBogor駅へ

2014年01月18日 19時34分51秒 | インドネシア
先日、新年の挨拶を兼ねて「ジャカルタの103系を追いかけて」と題して述べましたが、Bojong Gede付近で103系を撮影する際にKFWに見事に被られてしまいましたので、気分をなだめる上でBogor線の終点であるBogor駅へと行ってみることにしました。
BogorはJakarta Kotaから約55kmのところに位置し、所要時間は約1時間20分を要し(以前のEkspresだと約1時間)、駅の東には広大なボゴール植物園があります。また、Bogorの南側に標高約2,200mの成層火山であるSalak山と南東側に標高3,000m近くの成層火山であるGede山の裾野に位置することから、Bogor駅での標高は246mと高く、若干涼しく感じますが、「雨の都」と言われるほど雨の多いところでもあります。
終点Bogor駅に到着するとコミューターのホームにSukabumiへ行く列車が停車していましたが、すぐにSukabumi線のホームのある方へゆっくりと去ってしまい、撮影することができませんでした。ならばBogorの車庫を覗いてみようということで入口のところへ行ってみると鉄製のゲートで閉ざされており、中には入れないようになっていました。実は一昨日にBogor車庫の入場許可証をいただいていたものの、その日1日限りのものでしたので、この日はいくらその許可証を見せたとしても期限切れということで入場はできませんが、200mm以上の望遠レンズがあればこのゲートから撮影はできないこともありません。(ただし、列車停止を示す標識が入ってしまうと思われますが)


続いて、先程見ましたSukabumi行きの列車とホームを見るため、まずは一旦改札の外に出てみることにしましたが、この駅では列車の折り返し時間が約15~45分と大分余裕があることから何本もの列車が並ぶことがあり、私もその圧巻につい取り憑かれてしまい撮影に夢中になってしまいました。
なお、PKDのお兄さんたちは改札口のところにたむろっており、この写真の場所から距離的に近いので、瞬時に撮影しないとお兄さんたちが近寄ってきて撮影を咎められますので、くれぐれもご注意ください。


ホームの南側には昨年6月に新たに開設された改札口があり、下の写真のIstana(宮殿)のような施設(Taman Topi Square)の向こうにはSukami行きのホームがあります。


行き止まり式のホームの南側には新改札口が開設され、新たなBogor駅の表玄関となりましたが、駅東側の旧本屋側も改札口として使用されていたのかどうか確認しませんでしたが、歴史的価値の高い建築物かと思いますので、是非取り壊さず残り続けてほしいものです。


写真に写っていた宮殿のような施設の脇を通り、線路沿いを進むこと約200mのところにこじんまりとしたSukami行きのホームがあります。
先程見ましたSukabumi行きの列車が停車しているかと思いきや、撮影に夢中になったせいか残念ながら既に発車してしまったようで見ることができませんでした。
ちなみにBogor~Sukabumi間の列車の時刻は以下のとおりです。
列車番号7116 Bogor7:35→Sukabumi9:46
列車番号7118 Bogor12:45→Sukabumi14:56
列車番号7120 Bogor17:55→Sukabumi20:06

列車番号7115 Sukabumi5:00→Bogor7:12
列車番号7117 Sukabumi10:10→Bogor12:22
列車番号7119 Sukabumi15:20→Bogor17:32

以上の3往復が運行されており、さらにその先のCianjurまでの運行が今月開始されるのではないかと言われていますが、Cianjurから先Bandungまでについてはいつ開通するのかわかりません。


ここでお腹も減ったきましたので、どごで食べようかと考えているとSukabumi行きの駅舎のそばにMie Bakso(肉団子そば)を食べるところがありました。以前でしたらBogor駅構内にあるお店で美味しいMie Baksoを注文するのですが、今ではそのお店も取り壊されてしまい食べることができません。
しかし、ここのお店のMie Baksoは揚げ餃子のような揚げシウマイのようなものが入っており、ちょっと変わったものでしたがなかなか美味しいものでした。フィリピンには赤い玉子がありますが、ここインドネシアには緑色の玉子があり、これは何ですかと尋ねると、これはアヒルの玉子ですと言うので、食べてみることに。フィリピンの赤い玉子に比べれば塩味が足りないかなというものでしたが、まあまあの味付けで美味しいものでした。
なお、ここのお店の娘さん、日本語を5年間勉強しているとかで、日本語で簡単な質問をしてみたのですが、恥ずかしいのかなかなか日本語で答えてもらえませんでした。



ジャカルタの103系を追いかけて

2014年01月05日 18時24分36秒 | インドネシア
あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年は横浜線・南武線にいよいよ新型車両のE233系が投入され、従来の205系が地方路線やジャカルタへと転出されるのか、登場から既に50年を経過する103系にも注目し、今年もこれらの車両を中心にレポートしたいと思っています。

本日は昨年12月のジャカルタ・マニラ訪問時の出来事について述べていきたいと思いますが、ジャカルタにおいては私自身103系を中心に追いかけましたので、「ジャカルタの103系を追いかけて」と題して、その一部の撮影記をお届けしたいと思います。
今回のジャカルタ遠征は12月9日から11日の丸3日間滞在しましたが、9日、10日は撮影許可証を入手の上、Bukit DuriやDepok車庫に留置されていた103系や205系などを中心に撮影し、最終日の11日は中央線・Bogor線や環状線・Bogor線でほぼ毎日運行されている103系1編成を追いかけてみることにしました。
まずは確認する上で最も相応しいManggaraiへと行ってみることに。以前もお伝えしましたように駅構内やその周辺ではPKDのお兄さんたちや駅員が見張っており、見つかると問答無用に「ここは撮影禁止です」の一点張りですので、そのようなトラブルは御免ということで、Manggarai駅から南に約500mの所で待ち構えることにしました。
すると約15分経過したところでBogor方面から運良く103系が来ました。問題はこのあとですが、この103系が中央線に入るのか環状線に入るのかですが、中央線であれば約1時間後にここManggaraiに戻ってきますが、環状線であれば通常Manggaraiの隣駅であるJatinegara行きとなりますので、このあとJatinegara付近や環状東線で撮影することもできます。
目を凝らしManggarai駅を発車した白い車体の103系の動きに注目していると、列車は緩やかに左へと曲がり消え去っていきました。ここで約30分撮影したのち、私も列車で隣駅のJatinegaraへ行ってみることにしました。


Jatinegara駅に到着すると線路沿いを歩きながら撮影できるところを探していましたが、撮影ポイントであるカーブで上手く撮影できる自信もなく、この付近にある機関庫にはPKDのお兄さんたちが見張っていることから、無難に機関庫の脇でPKDに見つからないようにしゃがんで103系を待っていました。
すると先程Manggarai駅付近で撮影した103系が約1時間後にあらわれ、無事に撮影することができました。


急いでJatinegara駅へ戻ると103系が折り返しの準備をしており、後続の203系もちょうど到着して、JR形式どうしのツーショットも撮影できました。


つい撮影に夢中になり過ぎて、半年前に導入したICカードをタッチしていませんでしたので(入場記録がない状態)、103系の乗務員に「Tunggu sebentar ya!」(ちょっと待っててね)と言って、駅本屋まで行ってカードをタッチし、慌てて103系のところに戻るとすぐにドアは閉まりました。
今回、ジャカルタの103系に乗車するのはこれが初めてでしたが、どうしても1度は乗車してみたいということもあり乗車してみたのですが、このあとどこで降りて、どこで撮影しようかと考えているうちに103系は環状線をひたすらゆっくりしたスピードで走っていました。

環状東線は中央線と違ってジャカルタの庶民的なエリアを走り、ところどころ線路上に不法占拠の家屋なども見られます。


いろいろと考えているうちに長距離列車が発着するPasar Senen駅で降車し、タクシーで先程のManggarai駅に戻ることにしました。

Pasar Senen駅ではコミューターも以前はおそらく真ん中のホームを使用していたかと思うのですが、現在では外回りのコミューターは最も東側のホームを使用しています。


Pasar Senen駅に到着するや否や列車が来ないことを確認し、PKDの連中がいないことも確認の上、103系の前を横切って停車中のところを撮影してみました。


このあと、Pasar Senen駅前を横切るJl.Supraptoでタクシーを捕まえてManggarai駅へと戻り、先程、撮影したところへと戻ってきました。思ったよりも列車はゆっくりしたスピードで走っていたようで、この場所に戻ってから約15分後に先程乗車した103系がやって来ました。


103系はBogor行きでしたので、その戻りをBogor近くで撮影しようということで後続の列車で追いかけ、Bogorの2つ手前のBojong Gedeで降車し、Bogor寄りに約500mほど離れていたところで103系を待っていましたが、ほとんど被らないはずであると確信し、撮影に期待を膨らましていたところ、日頃の行いが悪いのか糞KFWに見事に被られてしまいました。トホホ........


このあとも103系を追いかけたのですが悪い事は重なるもので、これ以上述べるのはツライところもありますのでこの辺にしておきますが、ジャカルタでKRL(電車)を撮影する上でのコツは最低限時刻表は必要かと思いますし、地図の持参、地理的な情報もある程度あたまに入れておくと効率的かつ良い写真が撮影できるかもしれません。

また、KCJには列車の位置を示す情報をウェブサイトや駅(Juanda駅など)で確認することもできますし、さらにKRLの運用表があると特定の編成を追いかける私のような者にとっては有効な手段かと思います。

下はKCJ管内の列車位置をリアルタイムで提供されており、基本的には運用どおり走っているようで、遅れが出た場合、日本の鉄道会社で実施しているような運用変更や途中の駅で折り返すというようなことをせずに遅れをそのまま引きずり、列車によっては1時間以上も遅れを引きずって運行されているようです。
(項目は左から列車番号、行き先、発車時刻、位置、番線)


下の運用表は公表できませんので、ほんの一部をお見せしますが、このような運用表もあると撮影する上では便利かもしれません。