goo blog サービス終了のお知らせ 

Asian Railway Plaza

アジア各国の鉄道やJR南武線の話題などをお届けします

ボロボロ12系客車Commexに乗車

2011年08月11日 08時05分32秒 | フィリピン
またまたご無沙汰して申し訳ありません。8月に入ってから仕事が忙しくなり、更新の頻度が頻繁に行うことができませんが、できるだけ多くの話題を早い時期にお届けしたいと思っております。

本日はフィリピンの話題を簡単にお届けしたいと思います。7月21日深夜、ジャカルタからマニラ行きの深夜便の飛行機に搭乗し、マニラに早朝の5:30に到着するという少々ハードなことを行いましたが、そのついでにどうせならそのままマニラの空港からタクシーでとばしてフィリピン国鉄の駅まで向かい、Binanからやって来る12系客車Commexに乗車しようと企てました。
実際には順調に遅れもなくマニラに到着しましたが、タクシーに乗車したのはちょうど6時頃でした。Binanからやって来る12系客車の時刻については下記に示しますが、空港から近いEdsa駅の出発が5:56ですので、タクシーでとばしてもらってPaco駅あたりで捕まえればと思っておりました。タクシーの運転手にその列車に乗車するのでと告げるとPaco駅まで行かなくても大丈夫だよと言われ、その忠告どおりに従ってBuendia駅で降ろしてもらったのですが、そのとおり列車はまだ来ておらず、線路に出て南方向(Binan)に目をやると列車のライトが見えました。運よくPaco駅まで行かずに済み、早速、切符を購入し待つこと5分ほどでボロボロになった12系客車Commexが到着しました。


車内へ入ると座席はほぼ一杯という状況で、かつてあったエアコンも壊れ、扇風機ですらない状況ですので、車内全体が暑い空気で覆われ、すぐに汗だくになってしまいました。しかもジャカルタからの深夜便に搭乗し、疲れも癒されないまま乗車したのですから、しんどいの一言につきます。


各駅で降車する人も多かったのですが、始発列車ということもあり、思ったよりも乗車する人も多く、座席はEspana付近まで常に満席の状態でした。


車内に居てもただ暑いだけですので、列車の最後尾に移ってみました。車掌室に荷物を置いて後方を眺めていましたが、かつて線路際ギリギリにあった違法住宅も強制撤去されてしまい、しかも一部分では複々線用の用地(South Railのスタンダードゲージ用)が確保されているため、線路脇はすっきりしています。
下の写真付近では、スタンダードゲージの部分はおそらくこの線路直上に設置されるものと思われます。


Blumentrittに到着すると大勢の乗客が降車し、車内は乗客の数が僅かとなりました。下の写真はBlumentritt駅に到着し、車掌が出発の合図を機関士に送っています。また、高床式のホームは本来3両編成のDMU用に設置されたため、それよりも編成の長いCommexはホームからはみ出して停車します。


Alabang方面(南方面)のホームに目を向けてみると大勢の乗客が列車を待っていました。朝はTutuban方面(北方面)に向かう乗客が多いのではないかと思っていましたが、Alabang方面へ向かう乗客も多いようです。


列車が左に90度カーブし、Caloocan方面に向かう線路が見えましたが、ほぼ整備が完了しているようで、Caloocanにある車両工場とも現在は線路が繋がっているとのことで、車両はこの線路を通して、行き来ができるようになったとのことです。Caloocanまでの状況については、今回時間がありませんでしたので観察できませんでしたが、現地のマニアの話しでは、この区間にキハ52を運行させるというようなことを聞いております。


7時ちょうど頃に終点Tutuban駅に到着し、すぐに入れ換えを行っていました。
このCommexは客車が以前は6両もあったのですが、昨年の9月に乗車した時には5両になり、現在では4両のみとなりましたが、年々使用できる車両も少なくなりつつある状況です。今後は203系がこの列車に充当されるようなことを聞いておりますが、以前も述べたように電源車が3両在籍していますので、これらの電源車を使用して冷房電源などの確保を行い、Tutuban~Calamba間のCommex用の列車として置き換えが行われるものと思われます。


下の写真はTutuban駅を北側から見たもので、左側(東側)には14系寝台車が留置され、投石防止ネットの整備が行われていました。


なお、Commexの時刻については、下記のとおりです。(主な駅のみ掲載で、終点駅以外は出発時刻)
Binan4:50→Alabang5:24→Pasay Road6:00→Paco6:12→Espana6:27→Tutuban6:40
Tutuban18:20→Espana18:34→Paco18:48→Pasay Road19:00→Alabang19:32→Binan20:15

最後に先日7日に非常に暑い中、新潟港の様子を見て参りました。
キハ52、7両とキハ59(こがね)、3両が鉄道模型のように綺麗に並べられ壮観でした。

このままの色でそのままフィリピン国鉄を走ってもらいたいものですが、ご存知のように投石が激しいため、投石防止ネットが設置されるものではないかと思われます。


こちらは203系マト67編成です。先程のキハ52とキハ59とともに一緒に譲渡されるものと思われますが、インドネシアとは違い客車として使用されるものと思われますので、DLに引かれた姿を早く見てみたいものです。
9月中旬頃に再び訪比を計画しておりますので、また、これらの譲渡車両の状況を報告できればと思っております。



念願のBicol Expressに乗車

2011年07月27日 09時20分37秒 | フィリピン
先日はフィリピン、インドネシア遠征シリーズということでジャカルタの103系東海色の話題をお伝えしましたが、本日はフィリピン国鉄のBicol Expressについてお伝えしたいと思います。

昨年9月、北陸で使用されていた14系寝台車がJR東日本から10両譲渡されましたが、フィリピン国鉄では各区間での整備が遅れたことなどにより、Bicol Expressが6月29日にようやく運転再開しました。
使用車両は12系改造のリクライニング車と14系2段寝台車であり、運行区間はTutuban~Naga間377.57kmで、発車時刻については以下のとおりです。当面の間、1編成しか整備されていないため1日置きの運行となり、8月頃からもう1編成を用意して毎日運行することを予定しています。

Tutuban→Naga(下り)
Tutuban18:00→Blumentritt18:05→Espana18:10→Pasay Road18:31→Alabang18:56→ Binang19:17→Calamba19:43→Sanpablo20:33→Lucena21:34→Agdangan23:00→ Plaridel23:36→Gumaca0:00→Hondagua0:45→Tagkawayan1:46→Ragay2:39→Sipocot3:26→Libmanan3:40→Naga4:00

Naga→Tutuban(上り)
Naga18:15→Libmanan18:41→Sipocot18:57→Ragay19:44→Tagkawayan20:36→Hondagua21:46→Gumaca22:27→Plaridel22:51→Agdangan23:22→Lucena0:43→San Pablo1:44→Calamba2:33→Binang2:59→Alabang3:20→Pasay Road3:45→Espana4:06→Blumentritt4:11→Tutuban4:15
終点駅のみ到着時刻です。

時刻を見ていただければすぐにわかりますが、始発駅の発車時刻が18時台であり、終点駅の到着時刻が朝4時台となっており、日本の寝台列車の時刻よりも早く、日本人からするともっと遅い時刻で運転してほしいものです。

続いて料金ですが、Tutuban~Naga間の料金は、寝台車が950ペソ(約1700円)、リクライニングシート車が548ペソ(約1100円)で、7月16日までについては正規の料金より20%の割引価格が適用されているため、寝台車は760ペソ、リクライニングシート車は438ペソとなっていました。

文章を書くのが苦手ですし、話が長くなりますので、写真に対してそれぞれコメントして、乗車記を述べていきたいと思います。

私が乗車した7月11日はTutubanからNaga行きBicol Expressが運行されており、乗車することにしました。乗車率が多いのか少ないのか全く情報がありませんでしたので、当日お昼過ぎ、フィリピン国鉄に訪問するついでにTutuban駅で尋ねてみると、寝台車の利用者は少なく問題なく乗車できるよとのことでした。また、切符の発売時間については16時頃から発売するので、また来てくださいと告げられました。

とりあえずは安心したのですが、NagaまでBicol Expressで行って、帰りも翌日のBicol Expressでマニラに戻って来るのもいいのですが、スケジュール的に余裕がありませんでしたので、Nagaからは飛行機で戻ることとし、以前、フィリピン国鉄の旧Tutuban駅があったTutuban Centerのショッピングモール内にあるトラベルエージェンシーで航空券を購入しました。また、食堂車がついておりませんので、夕食を予め用意しておかなければなりませんが、フィリピンでは最も人気のあるジョリビーでチキンジョイのセットを買い、やはりフィリピンならではのビール、サンミゲールを購入しました。

なんだかんだでTutuban駅に戻ったのが17時過ぎになってしまいましたが、切符売場で寝台車1人を告げると手書きで切符を発行してくれました。Bicol Expressは既に入線しているのですが、駅構内には17時30分過ぎ頃にならないと入れないとのことでした。
入場が開始されると待っていた乗客が一斉にBicol Expressに乗車しました。

Bicol Expressの編成はDL(918)+スハネフ14-29+スハネフ14-28+12系リクライニングシート車の4両編成です。


18時ちょうどに出発するとゆっくりとしたスピードでマニラの混沌とした市街地内を走りました。各駅のプラットホームでは日本の大都市と同様に通勤客が列車を待っていました。

下の写真はEspana駅。


Pandacan駅の手前ではマニラの母なる川、パッシグ川をゆっくりしたスピードで渡りました。


Paco駅を過ぎると左に大きくカーブし、South Super Highwayに続くOsmana Ave.に沿って進みました。

リクライニングシート車を覗いてみると乗車率は約80%程度と高く、逆に寝台車のほうはそれぞれ13人、7人とかなり乗車率は低くなっていました。


Pasay Roadでは低いほうのホームに停車しました。


乗務員は指定席の一覧表(乗客名が記載されている)に目をとおし、乗客の確認を行っていました。


私の席はというと、もちろん寝台車でありますが、私のところのコンパートメントには私以外だれもおらず、少々淋しい感じでした。やはり連れがいたほうが旅は楽しいのかもしれません。(意味ありげな文章ですいません)
なお、枕やシーツ、毛布はなく、車内は日本の列車に比べ冷えてますので、毛布は予め必要かもしれません。


夕闇が迫る中、落ち着いたこともあり、ここで夕食にありつくことにしました。
先程、ジョリビーで購入したチキンジョイと少々生温くなってしまったサンミゲールを飲みながら、南国ムードの漂う椰子の木とまではいきませんが、マニラの市街地を眺めながら夕食を堪能しました。
なお、フィリピン国鉄では12系を改造したダイニングカー1両が既に竣工していますが、使用の予定については今のところわかりません。


マニラ南部の交通拠点でもあるAlabangに到着した頃には、既に日が暮れていました。


Alabangを過ぎると高い建物もないため、外を眺めても沿線に建つ家々の明かりしか見えませんでした。退屈なので車内をウロウロとするとイケメン4人組が車内をパトロールしていましたが、彼らは一応鉄道警察隊のようです。


21:50、Lucenaに20分ほど遅れて到着。駅を覗いてみるとこのような夜中にもかかわらず子供達の姿が見られました。


Lucenaを過ぎたところで床につくことにしましたが、あまりにも車内が冷えすぎてなかなか熟睡ができませんでした。ウトウトとしているとHondaguaに30分ほど遅れて到着しました。更に寝るように努めましたが、やはりこの寒さではなかなか寝ることができず、朦朧としている中、気がついてみたらSipocotに到着しました。


もうあまり寝られないのだから起きることに徹し、車内の散策をしておりました。リクライニングシート車の様子を伺うとマニラ市街地では車内で映画が上映されていましたが、このような深夜では減灯され、車内が静まりかえっていました。
4:50、Libmananに1時間ちょっと遅れて到着し、数人の乗客が降りていきました。


次の停車駅がNagaということもあり、水浴びができませんでしたので、洗面所で歯磨きと頭を洗いました。


5時を過ぎると明るくなり、田んぼの中をひたすら走っていることがわかりました。


リクライニングシート車の様子をもう一度確認すると、乗客らもお疲れのご様子でした。


Naga駅到着10分前には乗務員が"Naga、Naga"と車内を歩きながら連呼していました。


列車は約1時間半ほど遅れてNagaに到着し、乗客らはNagaの街へと消えて行きました。


このあとすぐにNaga発Sipocot行きコミュータートレインに乗車しようとしたのですが、Bicol Expressが遅れていたため到着と同時にすぐに発車してしまい、このコミュータートレインには残念ながら乗車することはできませんでした。

下の写真はSicopot行きで、私の視界から消えていきました。


Nagaに到着したBicol Expressで、このあとNaga駅付近にある三角線で方向転換を行いました。


朝陽を浴びながら、三角線を使って入れ換えするBicol Express。


いかがでしたでしょうか。断片的なレポートしかできませんでしたが、興味のある方は一度Bicol Expressに乗車するのもいかがかと思います。
今後のBicol Expressの予定については、8月頃に毎日の運行が予定され、10月頃にはLegazpiまで運行されることが計画されています。
また、21日現在、編成は寝台車1両+リクライニングシート2両に変更されています。
他の譲渡された14系寝台車も投石防止ネットの貼り付けが行われていますので、順次使用されるものと思われます。ソロの使用については使用されるのかどうか、今のところわかりません。

最後に本当かどうかわかりませんが、Bicol Expressは8月31日まで運休のようです。(理由はわかりません)

PNR Bicol Express ni josha

2011年07月13日 19時06分53秒 | フィリピン
Magandang umaga po sa inyong lahat.
Umalis ako sa Tokyo papunta sa Pilipinas noong July 10 at nakasakay na ako sa Bicol Express mula sa Tutuban hanggang sa Naga noong July 11. Talagang nag-enjoy ako pagsakay sa Bicol Exp.

Nihongo no font ga nainode romaji de kakimasu.
Minasan, kombanwa. Tadaima Cebu ni orimasu.
7 gatsu 10 nichi ni Tokyo wo shuppatsu shi Filipin ni kite ori masu. 11 nichi ni Tutuban kara Naga made Bicol Exp. ni josha suru koto ga dekimashita. Honto ni Bicol Exp. ni josha si tanoshimu koto ga dekimashita.

Kuwashii koto wa kikoku go ni nobemasu ga Bicol Exp. no gaiyo ni tsuite wa ika no toori desu.
Bicol Exp. wa 1 hensei shika youi ga dekite imasen node 1 nichi oki ni unten sarete imasu.
Tutuban18:00 ni shuppatsu shi Naga ni 4:15 ni tochaku shimasu. Gyaku wa Naga wo 19:00 ni shuppatsu shi Tutuban ni 5:00 ni tochaku suru to omowaremasu.
Hensei wa kikansha 1 ryo+series 14 2 dan shindai 2 ryo+series 12 reclining seat 1 ryo desu.

Jikai wa 18 nichi koro ni Jakarta no tetsudo jijo ni tsuite hokoku shimasu.

Alabang駅周辺の現状

2010年11月07日 22時51分15秒 | フィリピン
本日は先日からの続きということで、フィリピン国鉄の話題について述べたいと思います。前々回1月の訪比時において、マニラ首都圏のコミューターサービス区間はTutuban~Bicutan(起点から20.62km)でしたが、前回訪問9月の訪比時においてはBicutanからマニラ首都圏南郊の交通ターミナルであるAlabang(起点から28.09km)に延伸し、フィリピン国鉄は南方方面からの交通機関として、ますます重要な役割を担っています。延伸を機にAlabang駅はMetropolisというジープニーやバス乗場を備えたデパートの東隣に移動し、ジープニーやバス利用客とフィリピン国鉄利用者の利便性が画期的に向上しました。

下の写真はMetropolisの隣に設置された新Alabang駅とRotem車のDMU。


現在、この新Alabang駅は1面1線の駅であり、複線化の工事が進行中で、下の写真のようにその複線部分の用地はほぼ確保できているようです。あとは線路敷設を行うのみとなっており、近々その工事が実施されるのではないかと思われます。

下の写真は新Alabang駅から南方向(Calamba方面)を望む。


旧Alabang駅については、現在使用されていないものの、駅本屋、プラットホームが残され、切符販売員以外はここに常駐しています。また、この駅からTutuban方面にスケーターが不法行為ながら営業しており線路沿線の足として活躍しています。


私もこのスケーターに何回か乗車したことがありますが、ここのスケーターは小型のエンジンが付いておらず、全て人力により動かすものです。線路も単線のため時々お互いに反対方向へ向かうスケーターと鉢合わせしますが、その際、人数の少ない方、または単独もしくはより数の少ない方向のスケーターが相手側に対して道を譲ることになり、1度スケーターから降りる破目になることもありました。料金がいくらであったのかはっきり覚えていませんが、トライシケル(サイドカーの付いたオートバイ)に比べ料金を騙すことも少ないですし料金も安いので、もしご興味のある方は是非お試しいただければと思います。

Caloocan工場訪問

2010年10月30日 13時03分17秒 | フィリピン
またまたご無沙汰になってしまい申し訳ありません。本日も前回の続きでフィリピン国鉄(PNR)のCaloocan工場について、簡単に述べていきたいと思います。
Caloocan工場はフィリピン国鉄の起点であるTutubanの北方約6kmのところに位置し、ディーゼル機関車や客車の補修基地としての役割がありますが、現在、Tutubanからのレールは整備されつつあるものの繋がっていません。しかしながら、現在も工場は操業しており、工場内の車輌を少しずつ整備し、Caloocanまで整備された暁にはこの工場内の車輌たちも活躍するのではないかと推測されます。
今年1月の時にもCaloocan工場を訪問しましたが、9月のフィリピン訪問時においても再び訪問してみることにしました。この工場内の見学や撮影については、Tutubanにある本社で許可を得なければ入ることができず、かつ正当な理由がないかぎり入ることは難しいようですが、たまたまCaloocan工場長が本社におり、この方に正当な理由(趣味のためだけですが)はありませんがお願いさせていただき入ることができました。

工場の正門にはセキュリティーガードマンが常駐し、入る際にはIDカードもしくはパスポートの提示が求められます。


現在、この工場内には確認できたものだけで、DLが12両、JR九州からNorth Rail用の車輌が5両、JR東日本のオハ12-801、寝台車のようなPC-286、検測車のIC-888、TA-5が駐留しています。1月の訪問時に見た12系の7A-2024と三角屋根の1両の姿は見当たらず、どうもスクラップされてしまったようです。
DLについては塗装変更が実施され、下の写真のように白系を基調としフィリピン国鉄のロゴが車体に描かれています。現在のところこの新色に変更されたものは917、921、5007の3両のみであり、今後は残りの9両についても整備と同時に新色に変更されるものと推測されます。


JR九州からのNorth Rail用12系はNR-02、03、04、06、07が確認でき、どの車輌も傷みが激しいですが、今後はPNR用に整備されるものと思われます。オハ12-801につては1月訪問時にアップした写真のようにきれいな姿で残っているのを確認できました。
なお、TutubanではNR-05、08、09の3両を確認しています。


その他の車輌としては検測車(Inspection Car)が確認でき、新幹線のような車輌のほうは確認できませんでした。


それから下の写真は寝台車のように見えるPC-286ですが、窓越しに車内を見ても寝台車かどうか確認できず、車内へも鍵がロックされていて入ることができませんでした。先日のあづまもぐら様からご指摘をいただきました件で、PNRの寝台車を写真で見たことがあるとのことでしたが、もしご記憶の中の車輌がこの車輌と一致するのであれば寝台車かと思われます。


フィリピン国鉄-Tutuban~Caloocan整備状況

2010年10月22日 00時03分19秒 | フィリピン

仕事の方が連日忙しいため、ブログの更新がご無沙汰になってしまいましたが、今後も忙しい状況は変わりませんので、時間があるかぎり少しでも8月から9月の東南アジア訪問の記事を掲載していきたいと思います。

本日はフィリピン国鉄の記事を少々述べていきたいと思いますが、まだ列車が運行されていないTutuban~Caloocanの区間(約5.8km)について、簡単に述べたいと思います。
1992年の時刻表を見るとこの区間には、Caloocan~南線方面(5往復)及びTutuban(2往復)へと1日計7往復の列車が運行されていました。また、北線方面へはMeycauayanまで朝夕それぞれ1往復の計2往復が運行されていました。
現在、この区間には列車が運行されていませんが、Tutuban~Alabang間とともにNorthrail-Southrail Linkage Project Phase1区間として、駅施設、軌道強化などの整備が行われており、近々に列車が運行されるものと思われます。
Tutuban側とCaloocan側の整備状況を観察してみることにしましたが、以下のような状況になっております。

Tutuban側には南線と交差する付近においては、デルタ線が形成されていますが、それぞれ新たにレールが敷設されると同時にコンクリート枕木化が行われておりました。
下の写真はTutuban方面から撮影したもので、右側の線路が南線(Blumentritt方面)、左側の線路がCaloocan方面です。


下の写真はBlumentritt方面から撮影したもので、左側の線路がTutuban方面、右側がCaloocan方面です。


続いてCaloocan駅へ移動してみましたが、以前、フィリピン国鉄の駅があった付近にはNorth Railの敷設工事が行われていました。気になるゲージですが、やはり標準軌(1435mm)として敷設され、North rail用に用意したJR九州からの12系は、この路線に運行されることはどうも無理のようです。
工事現場の方に伺ったところ、現在North Railとして整備しているところは、この付近だけとのことでした。


Gen. San Miguel Ave.(Samson Road)を挟んで南側直近にはフィリピン国鉄用のCaloocan駅の設置工事が行われていました。このフィリピン国鉄のCaloocan駅からNorth RailのCaloocan駅までの距離は約250から300mです。この駅は一時的な駅として利用されるようで、North Railの開業と同時にフィリピン国鉄はNorth Rail用の駅が使用されるものと思われます。
また、フィリピン国鉄用の駅の南西側にはCaloocan工場が立地します。Caloocan工場の内部については、後日ブログに掲載したいと思います。


下の写真はCaloocan駅の計画図です。(DOTCの資料から)


Caloocan駅から僅か約800m南側のP.Burugosの踏切直近に新駅が設置されています。話によると市役所が近いことから設置されたとのことです。


おおよそレールの敷設も終了していますので、近々に列車が運行されるものと思われますが、マニラ地区のコミューター用の車輌が不足気味であり、早急に車輌を調達する必要性があるかと思います。

また、時間がありましたら、フィリピン国鉄の話題は述べていきたいと思います。

14系寝台車、マニラに到着

2010年09月29日 19時27分57秒 | フィリピン
昨日、28日にフィリピン国鉄の方からいただいた情報ですが、9月4日に川崎貨物駅に搬送された14系寝台車10両が26日にマニラ港に到着し、28日に車庫のあるTutubanに搬送されたとのことです。これからBicol Expressの運行に向けて整備が進むものと思われますが、フィリピンで寝台車の登場ということで、注目の的になるに違いないかと思います。
また、来年の2月までに譲渡予定になっていた203系80両ですが、当初、無償にて譲渡(搬送費はフィリピン国鉄側負担)を予定していましたが、急遽、別の車輌を確保することを模索中で、203系が今後フィリピン側に譲渡されるのか、日本以外も含め別の車輌を確保するのか検討しているようです。フィリピン国鉄は非電化ですので、203系ですと冷房を使用する場合は、冷房用電源を確保するために電源車を連結するか、もしくはその電源を確保するための改造が伴うため、技術的な問題やコストなどがネックではないかと思われます。今後、マニラ首都圏やビコール地方のコミューター用として、現在のDMUだけでは乗客を捌くことができませんので、何らかの方法で車輌増備が必要ですが、今後の動向に注目していきたいと思っております。

最後に私事になりますが、来月11日まで多忙なため、ブログの更新ができないと思われますが、その後はできるだけ東南アジア各都市の鉄道の話題について、続きをお届けしたいと思っております。

期待されるマニラ首都圏のLRTとMRTによる環状化

2010年08月13日 01時07分03秒 | フィリピン
フィリピンの話題がご無沙汰になってしまいましたので、ここで話題を1つ。
マニラ首都圏で人口1000万人を擁するものの、他の東南アジアの国の都市に比べ鉄道整備が遅れており、マニラ湾と平行するように敷設されたLRT1号線(1984年開通)と半環状のEDSA Ave.上に敷設されたMRT3号線(1999年開通)、マニラ市街地を東西に横切るLRT2号線(2004年開通)しか主要な鉄道がありません。韓国や中国のように目覚しい鉄道整備が計画どおり実施されていないのが現状ですが、ようやく今年11月を目処に念願であったLRT1号線とMRT3号線が開通するようで、東京の山手線のような環状運転ではありませんが、この2本の鉄道によってマニラ首都圏が環状で結ばれることになります。
11月に開通する予定の区間は、Balintawak~Edsa North Grand Central(正式駅名でない)間をLRT1号線として開通させ、現在、North Ave.が北の終点となっているMRT3号線をEdsa North Grand Centralまで延伸する予定です。

写真はMRT3号線の終点駅であるNorth Ave.駅前のTriNoma MallからSM City(Edsa North Grand Central駅)方向を眺めたもので、SM Cityまでは僅か約400mほどしかありません。


LRT1号線とMRT3号線の結節点の駅となるEdsa North Grand Central(正式駅名でない)では、駅の整備費用は新駅駅前に位置するフィリピン大手百貨店のSM(Shoe Mart)が基本的に負担するようですが、その代わりLRTとMRTを両路線を利用する乗客は乗換が強いられます。また、LRTとMRTの車輌限界については微妙に異なり、かつシステムも異なるため両路線への直通乗り入れは現状では不可能であります。この新駅の構造についてはDOTC(交通通信省)の資料によりますと以下のようになっています。



この図からもわかるようにEdsa North Grand Central駅では、LRT1号線、MRT3号線ともに駅構内は単線であり、列車本数の頻度が多い場合には対応できません。両路線を乗り継ぐ場合においてもホームが島式でないため、ホームから一度下のコンコースへ降り、再びホームへ上がるというようなことになります。また、今後建設されるMRT7号線も乗り入れる予定です。
なぜ、Edsa North Grand Central~Monumento間をMRT3号線としてではなく、LRT1号線として整備してしまったのか非常に疑問が多く残り、利用客重視よりも民間企業や政治家たちの癒着が懸念されます。

今までLRT1号線の終点であったMonumento駅の現状(今年1月現在)ですが、引上線が1線のみとなり、東側の引上線については本線として使用されています。


この先は線路が東に90度方向を変え、Edsa North Grand Central方面へと向かいますが、私としてはこのまままっすぐValenzuela方面にLRT1号線が延伸し、MRT3号線がEdsa North Grand Central~Monumento間を運行し、将来的にそのままフィリピン国鉄(PNR)Caloocan駅を経由したのち、Navotas方面に延伸した方がより利便性の向上が図られ、より効果的であったのではないかと思います。

下の写真はMonumento駅引上線北側に位置するRizal Ave. Ext.とEDSA Ave. Ext.のロータリーにある英雄Andres Bonifacioの銅像で、もしLRT1号線がこのままNavotas方面へと北進してしまったら、Bonifacioの持っている鉈(itak)で線路を切り落してしまったかもしれないという噂話が広まっています。

マニラLRT1号線探訪

2010年03月18日 22時05分53秒 | フィリピン

今までフィリピン国鉄(PNR)の話題を中心に述べましたが、本日からマニラ首都圏を走るLRTやMRTの話題を述べていきたいと思います。
まずはマニラ首都圏を南北に縦貫するLRT1号線の話題を少々提供したいと思います。このLRT1号線はマニラ首都圏の南側にあたるBaclaranと北側にあたるMonumentoまで約15kmを約30分で結んでいます。開業は1984年と他のLRTやMRTよりも最も古く、1985年には全線が開業しましたが、その後、Cavite方面のBacoorまでのSouth Extension部分は計画されているものの未だに着工されていないようです。一方、Monumentoから先のNorth Avenueまでの約6km部分につては当初MRT3号線として開業する予定でしたが、どのような経過でそのようになったのかLRT1号線のNorth Extension部分として開業する予定で、North Ave.(SM North Ave.)までの開業予定時期は今年の6月のようです。
次に車両の紹介ですが、開業当初に投入された車両はベルギー製の車両で、BNもしくはFirst Generationと呼ばれ、1LRVが3両で構成され、基本的に1編成が3LRVで組成されています。また、1編成3LRVのうち真ん中のLRVは運転席がありません。この形式は合計63LRV、21編成が在籍し、1000番台の番号が付されています。当初は色が肌色+オレンジ+臙脂色で非冷房でしたが、2003年から2005年にかけて冷房装置が設置され、色も写真のように徐々に白を基調としたものに変更されました。

続いて1998年から2000年に登場した形式はAdtranzと呼ばれ、Second Generationとも呼ばれています。1LRVが2両で構成され、1編成が4RLVで組成されています。合計7編成が在籍しておりますが、私がマニラに滞在していた時点ではこの形式の全てが運用についておらず休車状態でした。どうも1LRVでも故障してしまうと1編成丸ごと使用できないような構造になってしまっているため使いづらいとのことで、これを解消するために改造が行われるようです。おそらくNorth Avenueまでの区間が開業する時点で営業に入るのではないかと思われます。なお、この形式の車両番号は1100番台が付されています。

続いて2006年に日本車輌(NS)と近畿車輛(KS)から、計48LRV、96両の計12編成が導入されました。こちらも1LRVが2両で構成され、1編成が4LRVで組成されていますが、1LRVが故障しても1編成が丸ごと使用できなくなるということはないようです。なお、この形式については1200番台の番号が付され、Third Generationと呼ばれています。

次回も時間があるかぎりLRTやMRTの話題を述べていきたいと思います。

フィリピン国鉄12系客車に乗車

2010年03月04日 22時25分16秒 | フィリピン
またまた、フィリピンの話題から遠ざかってしまいましたが、本日は日本から無償譲渡された12系の話題を少々述べていきたいと思います。
フィリピン国鉄には14系も含め計41両が譲渡されたようですが、その内訳は2000年にJR東日本から12系が26両、14系が5両の計31両が譲渡され、その後Caloocanから北側のノースレール用として2003年に10両の12系が譲渡されたようです。
私が1月訪比した際に確認できた車両としては、7A-2029(オハ12-374)+7A-2019(オハ12-325)+7A-2006(スハフ12-116)+7A-2014(オハ12-232)+7A-2015(オハ12-233)+7A-2007(オハ12-111)の計6両が1日1往復のTutuban~Binan間の列車に使用され、Tutubanに予備ということで7A-2008(スハフ12-114)と7A-2025(オハ12-372)が留置されていました。また、この他にTutubanでは、NR-09(オハフ13-6)、スハフ12-60、オハ12-219~224のうちの1両の計3両のノースレール(JR九州)からの車両が確認できました。JR九州からの車両については下の写真のとおり側窓から下の部分が白色と細い赤帯2本が入り、現地の車両番号と思われる横に"inoueki"と表示されとります。この"inoueki"というのはペイントメーカーのようで、このペイントメーカーのおかげでJR九州からの譲渡が成立したようです。
写真はTutubanに留置されているNR-09(オハフ13-6)。Tutubanに留置されているJR九州の3両はBicol Express用とのことです。


一方、TutubanからCaloocanまでの線路はリハビリのためにレールは外され、この時点でレールは繋がっていないもののCaloocan工場ではJR九州の12系が5両とJR東日本の12系2両の計7両が確認できました。JR九州の車両としてNR-02、NR-03、NR-04、NR-06、NR-07が留置され、このうちNR-02、NR-06、NR-07の側窓の大部分もしくは一部分が外されており、修復する上では大規模な手間がかかりそうです。また、JR東日本の車両としてオハ12-801が全ての12系の中では最も綺麗な姿で留置されていますが、7A-2024の方は蔵の外で側窓を外し雨ざらし状態であり、かつ車内も荒れ放題であることから、近日中には解体されるのではないかと思われます。
写真は最も綺麗な姿で留置されているオハ12-801です。いつかはBicol Express用として活躍してくれるのでしょうか。


写真は雨ざらし状態である12系の7A-2024で、このまま隣に留置されている三角屋根の車両とともに解体されてしまうのでしょうか。


以上、おおまかに12系の状況を説明しましたが、Bicol Express用に計6両がリニューアル改造を受けており、この時点で5両がBicol地方のNagaに配置され、1両がTutuban駅の隅で展示用として留置されています。上記の5両はNaga地区のコミューターとして使用されていますが、ManilaからLegazpiまでの全線開通時にはおそらくBicol Express用として使用されるのでないかと思われます。

1月訪問時において、この12系客車列車に乗車することができましたので、簡単にその乗車体験記を記述したいと思います。乗車したのは1月13日の夕方でありましたが、この日は午後フィリピン南部のミンダナオ島からManilaに戻り、Binan近くのCarmonaの友達の家に訪問するついでに乗車してみました。MabiniのホテルからタクシーでBuendia駅方面を目指していたものの渋滞にハマってしまい、Binan行きの12系列車には間に合わないのではないかと思っていたところ、Vito Cruzでゆっくり走っていた12系客車に追いつき、Buendia駅近くの踏切でタクシーを降り、間一髪この12系客車に追いつきました。あと30秒も遅れていたら乗車できなかったはずではありますが、早速、列車に乗り込むとそこは真っ暗でありました。ジャカルタのEkonomi列車でさえ恐ろしいのではありますが、この列車の車内には全く電燈はついておらず、少々混み合う車内に入って腰を下ろすような雰囲気ではありませんでした。以前も述べましたように通常日本であれば1ボックス4人が座るところを6人が非常に窮屈そうに座っており、日本のように人と人の間隔についてはあまり気にしていないようです。フィリピンで最も大衆的な乗り物であるジープニーでも窮屈に座ることは慣れてしまっていますので、列車においても当り前のように窮屈そうに座るのだろうと理解していますが、この他LRTなどの列車に乗車し、乗客が揺れに耐え切れない時も私の体を手摺がわりにして、平気で私の肩に手をかけたりすることもあり、フィリピン人とのパーソナルスペースには慣れておりません。(日本であればセクハラになりえるかと思いますが)
ちょっと話しがそれてしまいましたので話しを元に戻しますと、私の乗車した列車は若干の遅れがあったものの順調にBinanを目指しておりました。Bicutanを過ぎると今まで上り線路を走行していたものの下り線路を走りました。このあたりから投石が酷くなり、デッキに立っていると石などが列車をめがけて飛んできました。外はとっくに日が暮れているため、投石があっても避けることもできないわけなのですが、それでも私はデッキに乗車しておりました。Sucatを過ぎるとここからは単線となるのですが、ここから先においても将来複線となることから、線路沿いの住居は撤去され、複線化工事が進んでいるようでした。バスやジープニーのターミナルのあるAlabangを過ぎると突然ゴツンという鈍い音がし、車内に野球のボールぐらいの大きな石がゴロンゴロンという感じで転がってきました。デッキに立っていた私でもこのような大きな石に当たれば大怪我してしまいますので、さすがに堪らないと思い車内に入ってようやく腰掛ました。Binanに到着するまで投石がManila周辺よりも多いように感じられたのですが、12系客車列車にこれから乗車される方はくれぐれも投石などには注意していただきたいと思います。
列車は15分ほど遅れてようやく終点のBinanに到着しました。乗客らは降車してしまうと駅は静まり返ってしまい、どこかの田舎の終点駅のような雰囲気でありました。機関車は明日の出発に備え機回しするのではないかと思っていましたが、そこはフィリピン人らしく明日は明日の風が吹くというような気楽さで明日の朝やるよと運転士が申しておりました。運転士らはこの駅で夕食にありつけ、この夜はこの駅に泊り込み、明日朝再び乗務するとのことでした。

写真は静まり返ったBinan駅に停泊する12系客車列車。