goo blog サービス終了のお知らせ 

Asian Railway Plaza

アジア各国の鉄道やJR南武線の話題などをお届けします

池袋区から転入したT359

2008年06月03日 23時34分09秒 | 南武線
103系のT359も電車区の隅に留置されておりましたので、ついでに撮影させていただきました。このT359、実は中原区の在籍期間が非常に短く、昭和61年1月28日に池袋区から転入し、昭和61年10月21日付けで松戸区へ転出しました。この頃、中原区ではT車が1両余ってしまい電車区の隅で1人ぼっちとなってしまったのがこのT359なのですが、昭和61年6月5日付けで松戸区よりT311 M321 M'477が中原区に転入するものの、T311のみが松戸区から中原区の籍のまま直接豊田区に貸出ししたため、残りの松戸区からのエメラルドグリーンの2両とこのウグイスのT359が組成され、Mc121 M'260 T'c608の豊田区転出で相棒を失ったMc55 M'154 T'c510の間に先程の3両が組み込まれました。これによりカナリア+ウグイス+エメラルドグリーンの3色混色編成が誕生しました。結局T311が中原区に返却されると御役目御免ということで再び余剰車輌となり、11月には松戸区へウグイスのまま転出して行きました。3色混色の話題については後日掲載させていただきたいと思います。

南武線米タンの運用につくブルーサンダー

2008年05月09日 17時54分42秒 | 南武線
先日7日、ちょっと時間が取れましたので、稲城長沼付近で撮影しました。と言ってもこの電気機関車の1本とこの写真の米タンの前を先行する205系だけのプチ撮影でしたが、今年3月のダイヤ改正以降、南武線の米タンの撮影は初めてで、ブルーサンダー(EH200)が運用についている姿を初めて見ました。南武線の米タンにはEF64の方が似合っているような気もしますが、このブルーサンダーも今後は南武線の街の中に溶け込んでくるのではないでしょうか。
ところで先日、稲城市内の連続立体化の話しをしましたが、5月1日発行の稲城市発行の広報いなぎには、南武線、稲城長沼駅と南多摩駅の立体化後の駅舎の外観デザインが掲載されておりました。稲城長沼駅の外観は多摩川の雄大な流れをイメージされたデザインになっております。
今後の高架工事の進捗状況も時間がありましたら報告したいと思います。

前面窓のガラス支持が金属押えであった103系Mc11

2008年05月07日 01時51分05秒 | 南武線
もう1枚の写真は103系が中原区から出庫する様子を撮影したものですが、撮影した車両は103系のMc11です。南武線のMc車の中では最古参でありますが、昭和60年に特別保全工事を受け、この頃に前面窓のガラス支持を金属押え金に変更し、しかもその部分が黄色に塗られ、異彩を放っていました。車内にも他の車両とは違う特徴を持っており、座席には袖仕切りが取り付けられておりました。残念ながらこの車両は平成5年に除籍され、M'c1201とユニットを組んで大船工場内の入換用として活躍しました。

地平時代の武蔵中原駅と101系

2008年05月07日 01時31分18秒 | 南武線
ブログを開設してから、おかげさまで1年が経過しました。今後もできるだけ多く投稿したいと思っておりますので、どうぞご期待ください。
本日はちょっと昔の写真ということで、南武線の武蔵小杉~第三京浜間の連続立体高架化工事が行われていた頃の写真を2枚ほど掲載します。この写真は昭和63年10月頃に撮影したもので、写真の車両は101系M'c171のようです。この写真の編成はMc201 M'255 M257 M'243 M232 M'c171という組成であり、オールM編成という本来101系の目指す姿でした。この頃は101系の非冷房車が5本ほど在籍しており、翌年からは205系が新製配置され、103系も初の高運の車両が配置されて、101系非冷房車が置き換えられました。

南武線矢野口~府中本町間の高架工事に伴う線路切替工事

2008年05月03日 22時59分21秒 | 南武線
先程、天気の方も回復しましたので、稲城長沼駅まで行き、連続立体高架化工事の状況を見て参りました。
今年3月のダイヤ改正を機に南武線稲城長沼駅3番線が使用できなくなり、稲城長沼止りは2番線(下り本線)を使用し、電留線部分を折り返し川崎行きの引上線として使用されるようになりました。現在の本線の北側には仮上り線が既に敷設され、架線も張られており、6月29日より仮線が使用開始される予定で、第2期の連続立体化高架工事が本格化します。
線路切替工事が行われる6月28日(土)21時頃~翌日朝7時までは、川崎~登戸、府中本町~立川で折返運転が実施され、登戸~矢野口においては単線による折返運転が実施されるため、普段は見られない矢野口行きや府中本町行きが登場し、南武線ファンにとっては一大イベントとなります。
観察すべきところは登戸駅構内においての発着番線がどのようになるかということですが、登戸~矢野口に運行される列車については下り本線を使用、川崎~登戸に運行される列車は中線と上り本線を使用されると推測されます。また矢野口行きは車輌の方向幕にも矢野口行きと表示されるのか、もしくは白地のまま何も表示されないで、駅または車内アナウンスにより行先を案内し誘導するのかというところも観察すべき点だと思われます。一方、府中本町~立川に運行される列車については、府中本町方は下り線と上り線の渡り線がないため、どのように折り返すのかというところが謎です。府中本町行きも滅多に見られないものですので、こちらも注目すべきところですが、ちょうど夏至の頃とあって天候も良ければ撮影も楽しめそうです。私も時間があれば出没する予定です。

黄色時代の浜川崎線101系

2008年02月22日 23時56分57秒 | 南武線
今日は浜川崎線の話題を少々提供させていただきたいと思います。先日、浜川崎線の旧国のことについて述べましたが、昭和55年11月から南武線本線と同じ101系黄色に置き換えられました。浜川崎線では2両編成のため、ユニット変えを行ってMcM'cの最短編成を組成し、新性能化が達成されたのですが、その後はこの101系を置換えできる形式は2両編成では組成できないため、平成15年までの23年間という長い間、使用されてきました。カナリア時代の浜川崎線は、ワンマン化が行われる昭和63年3月のダイヤ改正前まで活躍したようです。このワンマン化工事の際は、車輌が長期間工場に入場するため、南武線本線用の車輌であり冷房車であるMc168 M'207のユニットと非冷房車のM244 M'c179をそれぞれユニット変更を行って、浜川崎線用の予備編成としてMc168 M'c179を用意し、もう一方のM244 M'207は南武線本線で使用されました。この時の話題については後日詳しく述べたいと思います。

南武線に現れたEF65-1059

2008年02月21日 22時57分47秒 | 南武線
青梅線の201系を撮影したあと、ここ1ヶ月ほど行われているEF65のハンドル訓練を待っていました。通り過ぎたのはEF65-1059で、以前も申し上げたように私はカマのことに関して詳しくありませんが、これって珍しいのでしょうか。ダイヤ改正後はどのようになるのかわかりませんが、EF64の米タンも撮っておいたほうがいいかもしれませんね。運休が多くて見る機会が少ないですが、EF64の国鉄色は是非もう1度撮影しておきたいと思います。(20日期待していましたが、残念です)

南武線稲城市内連続立体化工事の様子

2008年02月21日 22時31分54秒 | 南武線
現在、稲城市内において、上り線仮線工事が第二期工事区間で行われておりますが、写真は第1期工事区間と第2期工事区間の分岐点付近で、現在の本線の北側に仮線2線分のレールが敷設されています。なんとなく南武線が複々線化されたようにも見えて、個人的には面白いですが、現在のこの本線のスロープ部分は1度取り壊され、再び高架レベル用(地上から約5.5m)の橋脚が建設されるのでしょうか。そうだとするともったいないようで、最初っからこの部分は仮線用の橋脚で建設しておけば、建設コストも相当抑えられたような気もします。
また、西府駅ですが、平成20年度後半の開業目指して工事が行われておりますが、着々とホームの基礎や駅本屋の階段部分の姿が見えてきております。南武線の中ではこの分倍河原~谷保間の駅間距離が最も長く2.8kmもありますが、この駅の開業とともに最も長い区間は南多摩~府中本町間(2.4km)に座を譲ることになります。是政駅も復活するとおもしろいのですが、そのような気運はおそらくないでしょうね。この場所に駅を設置するのには通常よりも建設コストがかかるのではないかと思われます。
一方、武蔵小杉駅は2009年度の開業を目指して、横須賀線に駅が設置される予定で、本工事に向けた準備が進められており、今後が注目されます。横須賀線の駅設置後はますますJR対東急のバトルがヒートアップすることも懸念されますが、南武線利用者にとっては、品川や東京方面、将来的には上野や常磐線方面にも便利になるのではないかと思われます。また、川崎市で進めている地下鉄も乗り入れる計画がありますが、説明会に出席しても市民からは建設に対して反対の意見が多いようです。もっぱら第2期区間(川崎~武蔵小杉)なんて、南武線の各駅と駅勢圏が多くラップしますし、採算性を考えても実現性が乏しいと思うのですが、今後の川崎市の出方に注目したいと思います。