朝顔

日々の見聞からトンガったことを探して、できるだけ丸く書いてみたいと思います。

秋の上高地

2017-10-09 | 国内各地の風物

ふと思いついて、八ヶ岳高原からの帰路、上高地に立ち寄りました。(9月26日)

一般自動車は上高地まで入ることができません。松本ICを出て国道158号線を西に進み約1時間走り、沢渡駐車場で駐車(有料、数カ所ある)して公共のバスに乗り換えます。1時間に3,4本の連絡バスが出ていました。狭いトンネルをくぐり抜けると、森の中の山道をくねくねと進み「大正池」で降車しました。

何十年か前に来たときには、池の中にもっと多くの枯れ木が林立していて特異な景色を作り出していたのですが・・・

いまでも池の水は透明できれいでした。

続いて向かったのは「帝国ホテル」、昔、西洋人に人気があった避暑地に作られた高級ホテルで木造の大きな建物です。

昼食を取るために入ってみました。

ロビーには、こんな大きな暖炉があります。

洋食レストランも覗いたのですが、名物カレー以外にはまあ通常の洋食なので(土地柄と高級ホテルなので高価)、和食堂でシンプルに蕎麦を頂きました。

食後は森の中を歩いて河童橋を目指しました。

うまそうなキノコ。もちろん、見るだけ。

かつてこの山地でも、林業が盛んであったと案内看板に説明があります。屋久島でもそうですが、国産木材が建築物の重要な材料であり多くの需要があったためです。正面に見える六百山や霞沢岳(梓川左岸)には林業の名残が残っています。

マユミの紅葉と実。

英国人牧師ウエストンの碑。彼は明治21年に来日して、当時、日本人には関心がなかった登山の楽しみを教え、山岳情報を多く書き残しました。その功績を記念してここにレリーフが埋め込まれれています。

野菊かな。

これはなんという草の花でしょうか?

白樺が少し色づいていました。

ようやく河童橋に到着。この周りはすごく賑やかでした。近くにバスターミナルと大型駐車場があり、貸し切り観光バスがここまで入ってこれます。

橋の上から涸沢方向の眺望。

ここの茶店でアイスクリームを買ってベンチに座って高山を眺めて休憩しました。

湧き水の水道からは無料の天然水を汲むことができます。

夕刻には満員の下山バスに乗って沢渡駐車場まで戻りました。

さて、その後どうしようかなあ~~

 

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学生国際交流、一つの例

2017-10-08 | もろもろの事

もう10年かそれ以上前になるのですが、少し画像とコメントを記載しておきます。

この情景、場所はどこだと思いますか?

・・実は、インドです。バンガロールという町、インド南部の高原にあるIT(情報技術)に特化した企業が集積しているところです。インド系の大手IT企業を米国と日本の工学部学生たちを引率して見学しました。(以下画像引用:Flickr)

この会社の敷地(キャンパス)はとても広いので見学グループの移動にはこんな電気自動車が使われていました。この中では社員は食事無料、映画館・社内TV局あり、ジム・プール無料など、米国カリフォルニアと同じ(それ以上?)環境でした。

我々も無料の昼食を頂きました。

この会社だけで、毎年、約100万人のIT大学卒業生が願書を送ってくるそうです。それで約1万人を採用するとのこと。この時点での社員数は3万人、その30%もの新規採用をしてどうなるのですかと質問したら、仕事の量が急成長していること、成績の伸びない人は退職させる、良い人はキャリアアップを狙って米国などに転職する、などで数年後には適切な規模になるとのこと。なんと合理的です。(日本では考えられない!)

研修旅行に行った学生(右の学生は米国人)は、講師に対して目を睨んで本気で質問していました。この迫力、とても必要です。相当の費用をかけて時間も使って出かけたのでですから(米国学生の多くはNSFという政府機関の資金援助(全額ではない)で来ていました)。

これは現地米国系企業の広報担当者と米国大学(テキサス州Rice University)の引率先生(左)、右は?。

別の年度の国際研修旅行のスナップですが:

シンガポールのハイテク下水処理場の見学。ここでは、処理後の浄水をPETボトルに入れたのをもらって、実際に皆で飲みました。シンガポールは小さな島、水道水の多くを隣国マレーシアからパイプラインで買っています。そのため下水を再処理して浄水にしているそうです。米国学生のみならず、日本の学生にもショッキングな体験でした。

**

これは京都駅前(南側)の自販機(珍しい!)の前で。

彼ら彼女らは、日本にも来ました。これはカラオケ(京都)でのリクエスト検討中です。

列車の中のスナップで、

 この時の日本の女子学生(K大学学生)の一人が、その後、米国トップ大学の加州シリコンヴァレイにあるS大学に留学し、PhD(博士学位)を取得して米国企業に就職し結婚、出産もして、最近転職してAppleにて新しい仕事を始めたことを知りました。下記の公開されたweb記事を引用します。

 日本の大企業が、優秀な若者に逃げられていることを比較的身近な知人の事例で改めて認識しました。涙

 ** 

画像引用: http://englishcoaching.jp/interview/2017/10/02/08-%E9%83%A1%E5%8F%B8%E3%81%BE%E3%82%8A%E9%A6%99%E3%81%95%E3%82%93/

 **

 

 

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カマルグの塩

2017-10-05 | 外国の風物

先日、友人からフランス・マルセイユへの出張土産としてこれを頂いた。

左の古びた紙箱に入った塩は、10年以上も前にフランスで購入したもので中身は使い切ったあと、国産の塩を入れて使っていました。

今回のプレゼントは奇しくも同じメーカーの商品。

カマルグはフランス地中海沿岸にある町で、ピンク色の鳥、フラミンゴの生息地としても知られています。干潟があって古くから日照を利用した製塩業が盛んでした。

なぜか、竹が自生していて、欧州では竹が珍しいので学校生徒の遠足地にもなっているようです。

*友人がマルセイユから帰国して約1ヶ月後に、中心部の駅前で刃物によるテロ襲撃事件があって2名が死亡しました。

最近は、米国ラスベガスで無差別銃撃事件があって60人近くの死者と数百人の負傷者の被害がありました。その会場にも知人が1週間ほど前に出張してきたばかり。

NKからミサイルや水爆が日本列島に飛んでこないことを祈ります。

なにかと物騒な世の中になっています。

 

 

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平内海中温泉(鹿児島県屋久島)

2017-10-03 | 油彩水彩画、雑誌の表紙

 縄文杉のある屋久島の海岸にある天然温泉が湧く露天風呂。大きな波が来ると、海水が飛び込んでくることもある。

 あくまで風呂なので、水着着用は禁止されている。屋久島の中心地である宮之浦港からは反対側にあり、バスで80分以上かかる。交通不便なため訪問者が少なく、秘境中の秘境温泉である。(ITUジャーナル Oct.2017)

 

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ぶどう寺

2017-10-01 | 国内各地の風物

山梨県勝沼にある大善寺は「ぶどう寺」とも言われています。

中央道、勝沼ICのすぐ近くにこのお寺があります。

立派な楼門をくぐり、石段を登っていくと、

このような建物、楽堂の下をくぐる抜けて、国宝の薬師堂を拝観することができます。

山梨県には数少ない国宝。このお堂の中にある厨子も国宝です。

この薬師如来は国宝ではなく重文(画像は大乗寺公式webより)。伝承により手にぶどうを持っています。秘仏となっていて5年に一度しか御開帳がありません。来年10月がその時期だとか。

お寺の由来によれば、あの行基さんがこの地にて大善寺を建立しこの仏像も造られたとか。

”養老二年(AD718)僧行基が甲斐の国を 訪れたとき、勝沼の柏尾にさしかかり、日川の渓谷の大石の上で修行したところ、満願の日、夢の中に、手に葡萄を持った薬師如来が現れました”

”以来、行基は薬園をつくって民衆を救い、法薬の葡萄の作り方を村人に教えたので、この地に葡萄が 栽培されるようになり、これが甲州葡萄の始まりだと 伝えられています” (http://katsunuma.ne.jp/~daizenji/engi.html

中世時代に、葡萄が薬として伝来していたのが事実かどうかは、あくまで伝承のようです。

葡萄は中東では古くから栽培されていて、キリスト教の聖書にも出てきますし、その儀式にもぶどう酒が使われています。

さて、甲州における葡萄の由来には、次の2つの説があります。(http://www.pref.yamanashi.jp/koshuwine/about01.php

1.行基説

奈良時代の高僧行基が修業中、夢枕に立った右手にブドウを持つ薬師如来の姿を木彫りにして今日の柏尾山大善寺に安置したところ、ブドウの樹を発見。これを薬草として育てたのち村人にも広まり、「甲州」となった説。

2.雨宮勘解由説

勝沼の雨宮勘解由説(かげゆ)が自生の山ブドウと異なる蔓植物を発見。自宅に持ち帰り植えたところ、5年後にやっと結実した種が「甲州」であったという説。

2番めの説がもっともらしいですね。

薬師堂の前には、菩提樹の大きな木が茂っていて、実がたくさん成っていました。

境内にはぶどう畑がありいま正に収穫の時です。

名所庭園を眺められる座敷では、お茶のサービスとともに、グラスワインの販売もしていました。この外国人の観光客はロシア語を話していました。

鉢植えの観賞用。

参詣客に葡萄の箱売りもしています。もちろん宅配申し込みも可能。観光バスで訪れていた団体のお客さんに飛ぶように売れていたようでした。

このお寺は民宿、宿坊もやっていて、広い食堂がありました。

明治維新の直前、板垣退助率いる新政府軍がいち早く甲府城に入ったため、近藤勇に新撰組と旧幕府軍はこのお寺の門前で戦い、近藤はここで敗れました。

 

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