弘前から南下の途中、一関インターで下り、南三陸町を訪ねました。
元防災館は津波の教訓を後世に伝えるため、残されることになったそうです。
今は周辺工事のため側へは近づけませんが、献花台が用意されていました。
どうしても記憶から消えないあの広報担当の若い女性の津波警報を伝え続ける
危機迫るアナウンス。そして、屋上へ脱出しても無情にも津波はこの庁舎の屋上
を越えたんだそうです。恐ろしい事ですね。
弘前のりんごをお供えして手を合わせてきました。
次の次の日にNHKがこの場所から放送してましたね。新しい庁舎ができたとかで。
復興のシンボル、さんさん商店街から防災館を撮影。きれいにお色直しが終わって
いました。嵩上げの高さもあの津波の高さにほぼ合わせてあるようです。
さんさん商店街全景。さすがに6時前。ほとんど人はいません。真後ろにちょっと
見えているのが防災館。
2枚の写真が津波後と前の変貌を静かに語っていました。
平穏にお昼を食べて、その午後に突然襲って来た巨大津波。災害は突然なんですね。
複雑な思いを胸に今日の目的地へ・・・
元防災館は津波の教訓を後世に伝えるため、残されることになったそうです。
今は周辺工事のため側へは近づけませんが、献花台が用意されていました。
どうしても記憶から消えないあの広報担当の若い女性の津波警報を伝え続ける
危機迫るアナウンス。そして、屋上へ脱出しても無情にも津波はこの庁舎の屋上
を越えたんだそうです。恐ろしい事ですね。
弘前のりんごをお供えして手を合わせてきました。
次の次の日にNHKがこの場所から放送してましたね。新しい庁舎ができたとかで。
復興のシンボル、さんさん商店街から防災館を撮影。きれいにお色直しが終わって
いました。嵩上げの高さもあの津波の高さにほぼ合わせてあるようです。
さんさん商店街全景。さすがに6時前。ほとんど人はいません。真後ろにちょっと
見えているのが防災館。
2枚の写真が津波後と前の変貌を静かに語っていました。
平穏にお昼を食べて、その午後に突然襲って来た巨大津波。災害は突然なんですね。
複雑な思いを胸に今日の目的地へ・・・
Heyモーです
改めて大津波の写真 こうして拝見して 再度大ショックです
本当にすごかったですね
自然の力は計り知れないです
前と後。
そこまで色が違うんですね。
ここまで悲惨なことが、また同じ場所で起こるのは何百年先のことなんでしょう?
その時今回の教訓は生かされるんでしょうか?
難しいですよね。
こればかりは、老若男女誰もが、いつ、どこで遭遇するか
わからないものだから、我々はどこでどういう事が、どういう
条件が重なると起こりえるのかを知識として押さえておく
必要がありますよね。
本当に悲惨ですね。
まだまだ復興途中ですね。
目の当たりにすると色んな思いが交錯したことと思います。
合掌