地蔵菩薩三国霊験記 9/14巻の8/13
五、印佛功力害を免る事
摂津の國有馬山の傍に慈真上人とて法華三昧の上人御座す。其比、難波の津に平氏の女(むすめ)に有徳の人あり。身俸禄にほこりて終日なすことみな貪瞋愛着等の望なれば鬼王しもとをよこたふ。顔色すでに西にかたむき無常しきりにもよほして、殺鬼うしろに追い来る如何としてかまぬかれんと悲しみけるほどに有馬の上人に参り恭敬礼拝して申しけるは重業の女人のたやすく佛道に入るべき法をゆるし玉へと申しければ上人の云く、偏に嫉妬驕慢の心を止められよ。此の行まことにすぎれたりとの玉ひて香箱の中よりちひさき地蔵の印板をとりいだして香水に印してぞ授け玉ひける。女人受得て毎日一千六躰香水に印したてまつり佛道に廻向して結縁順逆成佛の遅早は心による累徳などか罪を消せざらんやと、たのもしくぞ行じける。爰に彼の召し具の小女此の授法をうらやましく思ひて、あわれ願くは我等も行じたてまつりて後生をたすからばやと思ひ、あるとき隙をうかがひぬすみてにげさり、彼上人に参りて後世をたすからんことをいとなみけるほどに地蔵の印板の二寸ばかりなるをとりいだし、汝虚空に向て毎日千躰印し奉るべし。西方浄土に往生すべし、と示し玉ひけり。其の後かの印を頸にかけ身をもはんたずたしなみけり。其の比、天下に疫病をこりて人多く死しける。小女一人此の危害なくのがれたり。彼の主の女房も病のために犯されて床に伏しける。年比、金のまるかしの二十斤(12kg)ありしを持ちたりけるがいかkがしたりける、」うせてけり。家内みな病り小女一人のこれり。さるほどに主人やまひ本復して金丸の失せしこと小女いかにもしたるらんとあやしみ、人に申し付けていましめ究明すれども終にはれもやらず。其の侭柱に禁めて白状するまで居けとぞ申しけれる。されども小女、志をはげみて地蔵の名号を唱へてなみだをながしてぞ居たりしに、あたりをみれば御長二寸ばかりの地蔵のそのかずあまた飛びまはり玉ふ。亦懐の中より飛び出し玉ふことかずしらず。主の女房は此の相を見て不思議の思ひをなしてありしに、又我が枕のほとりをみれば御長二寸あまりの地蔵間もなく並居玉ふ。委曲に見るに相好不足して目鼻不足もあり、或いは手足なん不足し、或は衣破れ杖折れていずれ片輪しき小地蔵の微妙の音声をもて、彩畫作佛像皆已成佛道(妙法蓮華經卷第一序品第一「彩畫作佛像 百福莊嚴相 自作若使人 皆已成佛道」)とぞ唱玉ひける。不思議なるかな此の文の心は佛を彩色し或は畫き佛像を造作するのやからは悉く皆佛の道を成辨せんとの一代蔵經の肝要、法華の文うたがひなしと小女が索を脱(と)きて事の子細をたずぬるに、是則ち空印三昧の功力なり。凢そ一家の病忽ちに去り、長壽の益をかうむりける。されば人民歩みを運び見聞の輩は財宝を投げ打ちけるほどに、小女不求自得の金言にかなふことを得て富貴のものとぞなりける。主君もかへって百金を得たり。されば有相の行願区々なりといへども印佛の功徳尤すぐれたり。なかんずく空印の功徳莫大なり。墨印有相の行願は闕滿の相多し。不足なれば罪あり。不具の身を受けぬ功徳小分なり。伏して願はくは戒行同一涅槃樂を證し玉へ。
引証。十輪経に云、若し諸有情身心憂苦し衆病に惱まされんに有能く至心に稱名念誦し乃至一切皆な身心安樂にして衆病除愈するを得(大乘大集地藏十輪經序品第一「若諸有情身心憂苦衆病所惱。有能至心稱名念誦歸敬供養地藏菩薩摩訶薩者。一切皆得身心安樂衆病除愈」)。