福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

今日は諸国の僧尼に毎日二十一遍の佛頂尊勝陀羅尼読誦を命じた日

2024-04-19 | 法話
今日は諸国の僧尼に国の為に毎日二十一遍の佛頂尊勝陀羅尼読誦を命じた日です。日本三代実録・卷四・貞觀二年(860)に「四月十九日己亥》○十九日己亥。詔五畿七道諸國。令境内僧尼。誦佛頂尊勝陀羅尼。日滿廿一遍。毎至年終。具録言上。自今以後。永爲歳事。以爲國祈也」とあります。 天皇は清和天皇。『日本三代実録』貞観八年の記事には、「阿蘇大神が怒気を含んでいるので「疫厲」や「隣境兵の乱」があるかもしれない」 . . . 本文を読む
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今日は釈道璿の遷化された日

2024-04-18 | 法話
  本朝高僧傳 唐福先寺沙門道璿傳 釈道璿は唐許州衛氏、即ち霊公の後なり。少歳にして道を慕て出家。定賓律師に従ひ東都大副寺に於いて戒・學・律を稟く。師を尋ねて三蔵に習串す。嵩山普寂和尚に参じ、禅要を探り華厳を質す。福先寺に回り四衆に散戒す。日本の普照・栄叡、風に聞き寺に至り東征を申請す。天平八年を以て(釈書により七年と作る)、菩提仙那を伴ひ来る。是の時本朝、律學未だ備らず、詔して大 . . . 本文を読む
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今日は日本のペスタロッチと言われた東井義雄師逝去の日です。

2024-04-18 | 法話
今日は日本のペスタロッチと言われた東井義雄師逝去の日です。 東井義雄記念館によると、平成3年4月18日79歳で遷化されています。 NHK「こころの時間・仏の声を聞く」で師は 「『仏説無量寿経』の中に、「至心廻向 願生彼国 即得往生 住不退転」とある「至心廻向」は仏様の方から廻向して下さっている、と読む。 (自分が癌に侵され寺の跡取り子息が心臓発作で植物人間になっていても)仏さまは「替わってや . . . 本文を読む
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今日は重源が東大寺造営の為伊勢神宮で大般若経転読供養を行った日

2024-04-17 | 法話
今日、建久6年4月17日は重源が東大寺造営の為伊勢神宮で大般若経転読供養を行った日です。解脱上人貞慶も参加しています。東大寺宗徒参詣伊勢神宮記 . . . 本文を読む
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今日は日本最初の殺生禁断令の日

2024-04-17 | 法話
「日本書紀・巻二十八・天武四年675」「夏四月庚寅(十七日)「諸国に詔して曰はく、今より以後、諸の漁猟(すなどりかりする)者を制(いさ)めて、檻穽(ししあな)を造り、機槍(ふみはなち)等の類を施(お)くこと莫。亦四月の朔以後、九月三十日より以前に、比満沙伎理(ひみさきり=小魚まで獲る仕掛け)・梁を置くこと莫。且牛・馬・犬・猿・鶏の宍を食ふこと莫。以外は禁の例にあらず。若し犯すこと有らば罪せむ、との . . . 本文を読む
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今日4月17日は、肉食が禁止され、又後には施薬院が設置された日です。

2024-04-17 | 法話
今日4月17日は、肉食が禁止され、又後には施薬院が設置された日です。こういう歴史的な隠徳の積み重ねがあってやっと今日の日本があるのです。今日4月17日は朝廷が初めて肉食・狩猟を禁じ犯す者は罪に問うとした日です。 日本書紀、巻二十八に、「天武四年、夏四月庚寅(675年4月17日)、詔諸國曰、自今以後、制諸漁獵者、莫造檻穽及施機槍等之類。亦、四月朔以後九月卅日以前、莫置比彌沙伎理・梁。且、莫食牛馬犬猨 . . . 本文を読む
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今日は智泉が大師請来とされる大随求曼荼羅を書写された日

2024-04-16 | 法話
今日は智泉が大師請来とされる大随求曼荼羅を書写された日です。大随求曼荼羅の奥書に「惣廿七張 弘仁十二年四月十六日記 僧智泉」 重要美術品|大隨求曼荼羅諸尊等図像|奈良国立博物館   https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja& . . . 本文を読む
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今日は虎関師錬禪師のお生まれになった日です。

2024-04-16 | 法話
虎関師錬は弘安元年4月16日(1278年5月9日) 生まれで、興国7年/貞和2年7月24日(1346年8月11日))に69歳で遷化されています。臨済宗の僧。諡号は本覚国師。仁和寺・醍醐寺で密教も学ばれています。当時は八宗兼学が当然でもともと宗派色はなかったのですから当然です。建長寺の一山一寧に本朝の名僧の事績について尋ねられ、満足に応えられなかったことをきっかけとして、元亨2年(1322年)に『元 . . . 本文を読む
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今日は釈 雲照師御生誕の日です

2024-04-15 | 法話
今日4月15日は釈 雲照師御生誕の日です。釈 雲照師(文政10年3月20日(1827年4月15日) から明治42年(1909年)4月13日)は、幕末から明治にかけて活躍した真言僧です。俗姓は渡辺氏、出雲国の出身。日本人初の上座部仏教徒である釈興然は甥です。1844年(弘化元年)高野山で修学、江戸時代後期に戒律復興運動を行った慈雲の影響を受け、明治維新後の1884年(明治17年)十善会を発足し戒律主 . . . 本文を読む
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今日はが聖徳太子が勝鬘經を講ぜられた日

2024-04-15 | 法話
今日はが聖徳太子が勝鬘經を講ぜられた日 上宮聖徳法王帝説に「戊午年(598)四月十五日に、少治田天皇(推古天皇)、上宮王(聖徳太子)に請ひて、勝鬘經を講ぜしむ。其の儀は、僧の如きなり。諸王公主及臣連公民 信受して嘉ばざる無し。三箇日の内に、講説訖はるなり。天皇、聖王に播磨國揖保郡佐勢地五十万代を布施す。聖王即ち此の地を以て法隆寺の地と爲すなり」 勝鬘經義疏の書き出しです。 「夫れ勝鬘とは本来 . . . 本文を読む
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今日は御嵯峨天皇が孔雀経法で霊験を現した道深法親王に御宸筆を出された日

2024-04-15 | 法話
今日寛元四年四月十五日は御嵯峨天皇が孔雀経法で霊験を現した道深法親王に御宸筆を出された日。以下「宸翰英華」等によります。御嵯峨天皇在位四年目の寛元三年は大歳・害気・太陰の三神の合する三合の厄年に當り年初より客星・彗星の出現が相次ぎ地震も頻発した。朝廷に於いては御謹慎深く、公卿を召して善政を評定せしめられるとともに歴代天皇の陵に宸筆の告文を奉じて祖霊の冥助を仰ぎ、諸寺に仰せて祈祷を行わしめた。後堀河 . . . 本文を読む
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今日、後鳥羽上皇は成賢に普賢延命法を修させました

2024-04-15 | 法話
建保六年1218,4月15日、 後鳥羽上皇は成賢に普賢延命法を修させました。この後、承久元年1219年、源実朝は公暁に殺害され承久3年(1221年)には後鳥羽上皇が承久の変を起こされます。成賢は東寺長者、醍醐寺座主。関東鎌倉調伏のため十五壇の修法を行なっています。 . . . 本文を読む
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陰徳を子孫長久の計となす

2024-04-14 | 法話
山岡鉄舟の名言です。「金を積んでもって子孫に遺す。子孫いまだ必ずしも守らず。書を積んでもって子孫に遺す。子孫いまだ必ずしも読まず。陰徳を冥々の中に積むにしかず。もって子孫長久の計となす。」資産何兆円という富豪の話がよく出ます。しかしよく考えるとこれらはたいしたことはない金額です。お金自他は何の意味もありません。何れいつかはなくなるものです。それより、善行をさせていただくチャンスに恵まれる方がいくら . . . 本文を読む
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釈雲照師

2024-04-13 | 法話
以下密教大辞典の釈雲照師の記述です。 釈雲照 仁和寺第三十三世。目白僧園創立者。俗姓は渡辺氏。出雲国神門郡東園村忠左衛門の四男也。文政十年三月二十日生る。天保七年九月八日同郡多聞院慈雲の門に入り剃髪し沙弥戒を稟く。時に七歳。・・弘化元年八月高野山に登り、金剛峯寺寺務実賢を拝し秘密伝法灌頂壇儀印を稟く。同二年二月涅槃会前夕、仏前に正法弘通の大誓願を発起し不動明王の秘法三千座を修す。・・寶性院良基に . . . 本文を読む
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今日は明治の傑僧釈雲照律師のご遷化の日です

2024-04-13 | 法話
釈 雲照律師は文政10年3月20日(1827年4月15日)島根県に生まれられました。俗姓は渡辺氏。兄の宣明師の影響で出家したとされます。日本人初の上座部仏教徒である釈興然も甥にあたります。仏縁の深い家系だったのでしょう。10歳で隣村の寺で得度。18歳で高野山で伝法灌頂を受けられました。19才の4月7日(佛誕会の前日)仏前勤行のとき突然霊感を受け生涯不犯を誓い之を守り通されました。31歳で高野山奥の . . . 本文を読む
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