福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

今日27日は小田原道了尊清浄鎮火祭です

2022-11-27 | おすすめ情報
今日27日は小田原道了尊清浄鎮火祭です。一年間守護して頂いたお札を御真殿からいただく御神火でお焚きあげするものです。 道了尊ホームページには「令和3年11月27日(土)の清浄鎮火祭は午後六時修行になります。」とあります。 https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&am . . . 本文を読む
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今日は先帝供養の為京都の貧窮者に賑給した日

2022-11-26 | 先祖供養
  三代実録 / 元慶五年(881)十一月廿六日庚午条 「廿六日庚午 皇太后、太上天皇の奉為に 染殿宮に於いて 周忌の御斎会を設け 諸大寺の高僧を延べて法華経を講ずること五日訖を限る。 親王公卿及び五位已上は畢く会す。 京中の貧窮者を鴨河辺に召集し 之に賑給す。」  ・天皇は陽成天皇。皇太后は清和天皇后藤原高子。太上天皇は清和天皇で元慶四年に薨じています。 ・昔は皇族は . . . 本文を読む
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今日は浄土宗西山派の派祖証空遷化の日

2022-11-26 | 法話
  証空は治承元年(1177)十一月九日~宝治元年(1247)十一月二十六日。浄土宗西山派の派祖。   証空についてはここにあります。 . . . 本文を読む
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今日は天武天皇が百僧を度して病気回復された日

2022-11-26 | 頂いた現実の霊験
  「日本書紀・天武九年680十一月」「丁酉(26日)、天皇、病したまふ。因以て百僧を度せしむ。俄に癒へたまふ。」 丁度、11月12日には皇后不豫で薬師寺の建立を始め皇后が平癒されたばかりでした。この薬師寺建立と百僧度と相まって天皇の不豫は俄かに癒えたのかもしれません。 . . . 本文を読む
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三島由紀夫の檄文及び「三島由紀夫と密教」について

2022-11-25 | 法話
三島由紀夫の檄文われわれは戰後の日本が、經濟的繁榮にうつつを拔かし、國の大本を忘れ、國民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと僞善に陷り、自ら魂の空白狀態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、權力慾、僞善にのみ捧げられ、國家百年の大計は外國に委ね、敗戰の汚辱は拂拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と傳統を瀆してゆくのを、齒嚙みをしながら見てゐなければならなか . . . 本文を読む
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今日は建長寺の落慶供養が行われた日です

2022-11-25 | 先祖供養
『吾妻鏡』によれば、1253年(建長5年)11月25日、建長寺の落慶供養が行われています。時頼が創建し蘭渓道隆を初代住職として招いています。   『吾妻鏡』です。「建長五年(1253)十一月小廿五日庚子。霰降る。辰尅以後小雨潅ぐ。建長寺供養也。丈六の地藏菩薩を以て中尊と爲す。又、同像千躰を安置す。相州殊に精誠を凝ら令め給ふ。去る 建長三年十一月八日 事始有りて、已に造り畢之間、今日梵 . . . 本文を読む
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今日は高野山八傑の一人尚祚入寂の日。

2022-11-25 | 法話
今日は高野山八傑の一人尚祚入寂の日。尚祚は高野山心南院の学匠。高野山八傑の一人。字は覺體、または覺禅。気象俊徹、神手卓異、夙に覺海の室に入り、密教の奥義に到達。正智院道範と互に稟授請益する所あり。後に心南院を剏建して化を啓き、阿弥陀二像を安じ、密誦の外兼ねて浄行を修す。嘗て弥陀三昧を修するに行道衆忽ちに一人を増す。乃ち弥陀像なり。師曰く、二像の中いずれぞや、一像即ち一像を指す。爾来一尊を指佛といひ . . . 本文を読む
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今日は後白河法皇が清盛と熊野詣でをされた日

2022-11-25 | 法話
梁塵秘抄口伝「我(後白河法皇)、永暦元年(1160)十月十七日より精進を始めて、法印覺讚を先達にして、二十三日(熊野詣に)進発しき。二十五日むまやどの宿に、為保左衛門尉にてありしに、それがぐしたりし先達のゆめに此度参らせ給ふはうれしけれど、ふる哥をたばぬこそはおしけれと、見たる由を申す。元より王子にてはする事をばすなるに、御哥などはあるべき物をなどいふ者有しかど、餘り下臈がちにて、けんぞにやなど云 . . . 本文を読む
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今日は根本大塔が再建供養された日

2022-11-25 | 法話
百練抄(康和五年(1103)十一月二五日)「公家高野大塔を(再建落慶)供養す。」 高野春秋にも「(康和五年癸未年)十一月二十九日。大塔落慶焉。御導師検校明算師」とあります。 壇上伽藍は正歴五年(994)の落雷で諸堂が焼失、寛治二年(1088)白河上皇が登拝、大塔再建の宣旨を下していました。 . . . 本文を読む
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今日は渡辺全愚和尚遷化の日です

2022-11-24 | 先祖供養
以下「明治の仏教者」の趣旨によります。「渡辺全愚は明治初期の最も禅僧らしい禅僧といわれた。20歳のころ美濃の国から易学を志して京にのぼる。西本願寺前で伽藍が立派すぎるとして唾棄して立ち去った。比叡山で滝行した時、観世門菩薩の霊夢をみて仏法に志した。美濃の龍福寺万寧和尚下で得度、号を全愚としする。その後久留米梅林寺羅山和尚のもとで印可、伊深の正眼寺で雪潭に参ず。美濃の佐野に栄昌院を建立、その後全生庵 . . . 本文を読む
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良恵遷化の日

2022-11-24 | 法話
密教大辞典には「良恵、1192~1268。東寺長者。一に上乗院大僧正と称し九条摂政関白太政大臣兼実の息なり。承元四年三月二十三日に仁和寺観音院において道法親王に両部大法を受け、上乗院に住す。・・仁治元年六月大僧正、九月東寺長者法務。仁治二年六月請雨のため東寺灌頂院において孔雀経法を修し賞を蒙る・・寛治元年六月再び灌頂院に請雨して賞を賜ひ・・文永五年十一月二十四日寂。壽七十七。・・」 . . . 本文を読む
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今日は最明寺入道北条時頼が出家した日です。

2022-11-23 | 法話
今日は最明寺入道北条時頼が出家した日です。吾妻鑑康元元年(1256年 )11月23日の条には時頼が最明寺に於いて出家した時のことを「宗たる兄弟 三流すでに沙彌と為る。希代の珍事なり」と書いています。「11月23日 庚戌 天晴 寅の刻最明寺に於いて、相州落餝せしめ給う(年三十)。日来の素懐に依ってなり。  御法名は覺了房道祟と。御戒師は宋朝の道隆禅師なり。この事に依って、宗たる兄弟 三流すでに沙彌と . . . 本文を読む
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今日は浄厳師御生誕の日

2022-11-23 | 法話
以下密教大辞典等に依ります。 浄厳は寛永五十六年十一月二十三日河内錦部郡鬼住村生まれ。(元禄十五年1702六月二十七日遷化(64歳)。)湯島霊運寺(真言宗霊雲寺派総本山)開基。新安流祖。妙極堂、瑞雲道人等と称す。10歳で高野山に登り悉地院に住し検校雲雪に出家、釈迦門院朝遍に密乗を習い、17歳南院良意に中院流受法。18歳。瑞祥多し。翌年実相院長快に両部灌頂を受ける。20歳良意から安流の許可、23歳 . . . 本文を読む
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今日は源仁僧都御遷化の日です。

2022-11-22 | 法話
  源仁僧都は元興寺護命に法相を、ついで東寺実恵に密教を学び,真雅・宗叡より灌頂を受けた。内供奉十禅師・東寺二長者。学名が高く南池院成願寺を建立して宗義を講じた。弟子の益信は大日経宗の極位(広沢流)を、弟子の聖宝は金剛頂宗の極位(小野流)を開いて、以後東密はこの二流に分かれた。仁和三年十一月二十二日寂。壽七十一。 . . . 本文を読む
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今日は元寇に備えて熾盛光法を修した日

2022-11-22 | 法話
  史料綜覧 巻五 / 文永八年1271十一月廿二日条 「廿二日 法皇(注1)御所評定 天台座主澄覚(注2)ヲシテ 熾盛光法(注3)ヲ惣持院(注4)ニ修シ 異国降伏ヲ禱ラシム」 この頃は毎年蒙古から使者が来ていた。文永の役は文永十一年。 (注1)法皇は後嵯峨法皇、天皇は亀山天皇、執権は時宗。 (注2)後鳥羽天皇の孫、比叡山に入り、梶井門跡尊快入道親王に師事して出家し、真仙僧正か . . . 本文を読む
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