書名 「スラップスティック快人伝」
著者 平岡正明 出版社 白川書院 出版年 1976
移転した「古書ほうろう」で買い求めた平岡先輩の本。平岡さんはそういえばほうろうさんの近くで生まれ育ったはず。そういうご縁もあって買い求めた。神彰の評伝「虚業成れり」を書いたとき、平岡さんがオーナーだった「血と薔薇」の4号の編集長をしていたということで、話しを聞いた。その時持ってきてくれたのがこの本に収められていた「神彰の大いなる遺産」のコピーだった。「血と薔薇」4号は印刷はされたが、ちょうどその時会社が倒産で世に出ることはなかったと、いい思い出などないはずなのに、「神彰はダッタン人のようだった」と見事な撤収ブリに感心していたのがとても印象に残っている。ここに取り上げられている人は平岡さんの同志のような人たちが多いが、神彰や大山倍達、赤塚不二夫のような満洲に因んだ人が多いのは、この時石原莞爾のことを書いていたからなのだろうか。この満洲と神彰や大山倍達、赤塚不二夫の父の繋がりは意外にいいところをついているような気がする。このあたりをさらに延長させて、平岡さんの同志でもあった船戸与一の「満洲国演義」を読んで、満洲論を書いたら絶対に面白いものができたのではないかと思う。あとがきでこのなかにも取り上げられている上杉清文に死んだときは「三途の川は一人で渡るものだが、背に朗々たる上杉清文の読経を聴きながら泳ぎ渡るのも悪くない」と書いているが、その通りになってしまったなとなかなか感慨深いものがあった。平岡さんの葬儀の時の上杉さんの読経はほんとうにかっこ良かった。平岡さんが亡くなってもう10年になる。あの日は暑かったな。
著者 平岡正明 出版社 白川書院 出版年 1976
移転した「古書ほうろう」で買い求めた平岡先輩の本。平岡さんはそういえばほうろうさんの近くで生まれ育ったはず。そういうご縁もあって買い求めた。神彰の評伝「虚業成れり」を書いたとき、平岡さんがオーナーだった「血と薔薇」の4号の編集長をしていたということで、話しを聞いた。その時持ってきてくれたのがこの本に収められていた「神彰の大いなる遺産」のコピーだった。「血と薔薇」4号は印刷はされたが、ちょうどその時会社が倒産で世に出ることはなかったと、いい思い出などないはずなのに、「神彰はダッタン人のようだった」と見事な撤収ブリに感心していたのがとても印象に残っている。ここに取り上げられている人は平岡さんの同志のような人たちが多いが、神彰や大山倍達、赤塚不二夫のような満洲に因んだ人が多いのは、この時石原莞爾のことを書いていたからなのだろうか。この満洲と神彰や大山倍達、赤塚不二夫の父の繋がりは意外にいいところをついているような気がする。このあたりをさらに延長させて、平岡さんの同志でもあった船戸与一の「満洲国演義」を読んで、満洲論を書いたら絶対に面白いものができたのではないかと思う。あとがきでこのなかにも取り上げられている上杉清文に死んだときは「三途の川は一人で渡るものだが、背に朗々たる上杉清文の読経を聴きながら泳ぎ渡るのも悪くない」と書いているが、その通りになってしまったなとなかなか感慨深いものがあった。平岡さんの葬儀の時の上杉さんの読経はほんとうにかっこ良かった。平岡さんが亡くなってもう10年になる。あの日は暑かったな。
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