書名「うつろ舟が表象する文化露寇事件」
著者 佐藤秀樹 出版社三弥井書店 出版年 2024
タイトルになっている「うつろ舟」とは、江戸時代に常陸国の海岸に漂着したという円盤型の乗り物のこと、この舟が後世有名になったのは、滝沢馬琴の読み物「うつろ舟の蛮人」のもとのなったのではないかといわれている「かわら版の刷り物」の挿絵だった。円盤形のこの船があまりにもUFOに似ていて、これはNHKの番組にもなり、江戸時代にUFO飛来の根拠となったという。いずれもまったく知らない話であった。著者はこの刷り物に描かれているうつろ舟と蛮人が、視聴草という文書にあるレザーノフ来航の絵に描かれている船とロシア人の絵をモデルにしているとし、こうした背景にあったのが、文化露寇事件だったとして、当時この事件について語られたさまざまな文献を紹介しながら、いかにこの事件が当時の江戸社会に大きな影響を及ぼしたかについて分析解説する。
着目点は非常に面白いのだが、大変残念なのは、著者の論拠の根幹となっているうつろ舟と蛮人が、レザーノフ来航の絵に描かれている船とロシア人の絵をモデルにしている点が、説得力がないことだ。表紙と裏表紙にその絵が掲載されているのだが、自分にはどうしても似ているとは見えなかった。ほかの人が見たらどうなのだろう。似ているあるいはモデルにしているという一番の根幹をなすところなのだから、著者がそのように見えるという根拠を絵を比較しながら、具体的にその似ているという点を照合させながら、明らかにしなければならないのだが、その一番肝要な作業を怠ったとしかいえない。
ただレザーノフ来航についての幕府の対応についての当時の文化人の反応やさらにはレザーノフの命によるというフヴォストフらによる北方襲撃、所謂文化露寇事件を背景に生まれた読み物や意見、関連文書についての発掘作業についてはよくぞ調べたなと思う。『北海異談』とか『松前詰合日記』とかは史料的価値はそんなにないかもしれないが、当時いかにロシアの襲撃が民衆にとって脅威になっていたかを知るためには貴重なものだといえる。これを翻刻して紹介していることはたいへんありがたかった。
文化露寇事件について新しい視座を提供したという点では評価したい。
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