デラシネ日誌

私の本業の仕事ぶりと、日々感じたことをデイリーで紹介します。
毎日に近いかたちで更新をしていくつもりです。

忘れられたBC級戦犯ランソン事件秘録

2023-07-16 10:03:51 | 買った本・読んだ本
書名『忘れられたBC級ランソン事件秘録』
著者 玉居子精宏  出版社 中央公論新社  出版年 2023

東京裁判で裁かれた東条英機以下戦争を指導した政府・軍の要人たちA級戦犯たちの中で死刑になったのは7人、それに対して捕虜虐待、民間人への加害の罪に問われた戦犯者たちはそれぞれB級、C級といい、4200名が処刑されたという。正直恥ずかしながらこのような事実があったことは知らなかった。本書は、ベトナムで起きた400人の仏軍捕虜が虐殺されたランソン事件で、それを命じたとされ、BC戦犯者として処刑された4人が残した、忘れ去れていた記録を発掘、丁寧に読み、さらには遺族たちとも会いながら、BC戦犯者が何故処刑されなければならなかったのか、そこに戦争の実相があること、つまり国家と個人という問題にまで突き詰めた力作である。まずよくほとんど忘れ去れたといっていいこの事件を掘り起こしたと思う。なにより彼らは死刑を宣告されたことに対して、ずっといいたいことがあった。4人の戦犯者たちは膨大なノートをそれぞれ残していた。なかにはそれを刻むためのノートを手作り(本の活字のない部分に唾液をつけ、細長く切り取ったものをつなぎあわせてつくったという)して、そこに自分の思いを刻みこんだ。そこに書かれていることに著者は真摯に向かいあいながら、彼らがどんな思いで死刑になるという現実に向かいあっていたのかを語ろうとしている。これが本書の最大の読みどころとなっている。国家のために戦争の現場に送り込まれ、そこで命令に従い、命令をしたことで、死刑になるということは、国家のためになっているのか、それに自問自答する姿を見ていくと、なんと戦争は残酷なものかと思わざるを得ない。戦争に勝つことが国家のためならば、そのために死んでも悔いはないという教えにしたがっていたはずの4人は、それがなぜ敗戦のあと、死刑を宣告されなくてはいけないのか、そうした答えようもない問いに向き合わされていた。それを否定すれば、いままでの自分たちの生き方を全面的に否定しなければならない、そんな瀬戸際に立たされた者たちは、自分の思いを書き綴るしかなかった。本文のなかにある「真実に残された自由は、思うことだ。思うことは、人間の誰もが奪われない最後のものだ」という言葉が痛い。
彼らのこの思いを書いたものを後世に伝える上で、大きな役割を果たしたのは、彼らの弁護についた弁護士杉村富士雄だった。彼は最後まで4人たちを励まし続け、そして彼らが処刑されたあとも、彼らの手記を編集刊行することになった。印象に残ったのは彼は国家のために死を受け入れようとすることで、なんとかいままでの生に納得しようとするなかで、自分たちがやったことを認めるが、それは国家のためだったと堂々と主張することが正しいと思い込んでいた4人に対して、嘘でもいいから生き延びるためのことを考えろ、そして弁じろと言っていたことである。彼は国家のためにという美辞美麗を弁ずるより、生き延びろと励ましていたのだ。
戦争は美辞美麗で兵士や市民を煽った偉い奴ら(頭だけで戦争をしていた参謀と呼ばれるものたちや国のためだと若い兵士たちを特攻などという愚かな作戦に駆り立てた者たち)が生き延び、そして国に将来を思っていた若者たちを死に追いやった。それと同じことはいまでも起こりうる。それはいまこそ認識しないと、また若い可能性をもった人たちが国によって殺されていく。
国家と個人という問題を過去のものとして捉えることはできない、ウクライナ戦争も他国のことと思っていて眺めるだけではなく、こうしたベトナムで処刑されたこの4人のような立場になることがあるのが、戦争だと思い知ることである。本書に何度か出てくる「南冥」という言葉によって呼び起こされるのが船戸与一の傑作小説「満州国演義」の最八部「南冥の雫」だった。満州を舞台に馬賊として国家のためではなく自分のために思う存分生きてきた主人公敷島次郎が、最後に行き着いた先はインパールだった。そこで彼は虫けらのように死んでいく。あの死とこの4人の死が重なっていく。そしてそれが戦争の実相なのだ。いまこの時代にこの書を読む意義は大きい。
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