goo blog サービス終了のお知らせ 

デラシネ日誌

私の本業の仕事ぶりと、日々感じたことをデイリーで紹介します。
毎日に近いかたちで更新をしていくつもりです。

鯨鯢の鰓にかく ~商業捕鯨 再起への航跡~

2024-11-07 22:00:25 | 買った本・読んだ本
書名『鯨鯢の鰓にかく ~商業捕鯨 再起への航跡~』
著者 山川徹  出版社 小学館   出版年 2024
タイトルでこれだけ難しい字が並ぶ本は珍しいのでは、「けいげいのあぎとにかく」と読み、鯨に飲まれそうになったけど、アゴのところでひっかかり助かったということで、絶体絶命の状況や、そこで命をかける人のことをいうとのこと。この言葉は、この書のある意味核になっている鯨博士大隅清治の言葉である。
著者がまえがきで書いているように、国際捕鯨委員会脱退、調査捕鯨から商業捕鯨に大きく舵を切ったいまの日本で、捕鯨問題が大きな問題としてとりあげられることはない、いまさら捕鯨かよということになるだろう。そんななか二度調査捕鯨船に乗り、さらに商業捕鯨船にも乗り取材を続けてきた著者が、捕鯨の問題をいまこそ、感情論抜きに冷静に見直し、もう一度振り返り、捕鯨の未来を考えるべきだと訴える力作ノンフィクションである。いままでこのテーマを追い続けてきたからこそ書けたもので、説得力をもった捕鯨の未来への提言ともなっている。著者の書は熱い語り口が特徴なのだが、ここではそれを抑えながら、静かに捕鯨の未来を見すえようとしている。そこに大隅の姿が重なり合う。捕鯨船に実際に乗った著者が、そこで鯨を捕る人たちと裸の付き合いをし、さらには調査捕鯨から商業捕鯨に切り替わるという時間差のなかで、かつて取材した捕鯨員たちの心の動きもとらえ丹念に描くことで、捕鯨する側の目線をしっかりと入れていることが大きな特徴となっている。そこで浮かび上がるのは、捕鯨の技術はいったん途絶えると、捕鯨が成り立たなくなるという事実である。捕鯨を続けるべきだというひとつの裏付けにもなっている。それ以上に説得力をもつことになったのは、大隅とじっくり付き合い、話を聞いたことで著者がしっかりと受けとめることができた大隅の生き方や考え方、クジラ博士としての苦悩などを描ききったことが大きい。
大隅の「南極海のクジラは、地球全体の財産、世界中の人にクジラ肉を食べろというわけではない、世界的に見れば、これから人口が増えていく。クジラに限らず南極海の生物資源を放っておいたら、世界的な食糧危機につながる恐れがある。海に頼れないなら陸へということになれば、いま以上に農業や牧畜が盛んになり、陸の環境が破壊されるおそれがある。それならいまあるクジラ資源を合理的に利用すればいい、クジラは全人類の福祉のために還元できる」
という主張はしっかりと受けとめるべきだろう。これが捕鯨の将来を考えるときに、一番大事な視点になるのではないだろうか。
クジラを食べている人がいなけれは、クジラを捕る意味がないのではないか、「石巻学」3号で牡鹿とクジラを特集したときにそんな疑問が常にあった。最近「クジラのレストラン」という映画が見たが、クジラ肉を美味しく食べる人たちやつくる人たちばかりを描いているのに、これじゃないと強く思った。その視点では捕鯨問題は解決できない。これだけ貧富の格差をひろがるなか、日本だけの問題でなく、食糧危機は訪れるし、いまも貧しい人たちは食べるのに困っている。そんな人たちにこのクジラという資源を利用することはとても大事になるはずだ。いまだけの問題ではなく、将来を見すえて、捕鯨を考えて行くことの大事さを本書は教えてくれる。調査捕鯨と商業捕鯨に変わったなかで、政府の援助はなく、商売として成り立たせないといけない、そのなかでこそ見えてきたものがあると著者は言う。「三二年にわたった調査捕鯨は新たな「知」を掘り起こし、「技」を維持する役割を果たした」という言葉は、調査捕鯨船だけでなく、商業捕鯨船にも乗ってクジラを捕る人たちを実際に見て、話を聞いた著者だけに説得力がある。
新たに建造された関鯨丸の初航海と、そしていままで捕られなかったナガスクジラの初漁という、日本の捕鯨が新たなフェーズに突入したいま、この書が出た意義は大きい。
最後に個人的エピソードをひとつ。
「石巻学」3号で私は大隅さんと対談をしているのだが、できあがった本を見た元捕鯨船員の父(この号には父の半生記を私が聞いた記事も出ている、父はこの記事をほんとうに喜んでくれて、ディサービスで通った施設には、この本がぼろほろになって残っていたと、ケアーマネージャが話してくれた。父の葬儀の時、そのことを思い出し、横浜から駆けつけた妻に頼んで、この本をもってきてもらい、柩のなかに入れた)が、この人と捕鯨船で酒を飲んだことがあるとつぶやいた。この話を大隅さんにすると、ほんとうです、お父さんのことを覚えていますとすぐに返事がきたことだ。大隅さんとは対談したあと少しだけお酒を飲んだが、私のサーカスの話にも興味をもって話を熱心に聞いてくれた。クジラ博士と少しだけだが、一緒の時をすごせたこと、つくづく良かったと思っている。
余談であるが、「石巻学」3号には、父の半生記の他、本書の著者山川徹の鮎川探訪記、大隅さんと私の対談なども入っている、残部僅少となっているが、在庫はあるので、ご希望の方は、私までお問いあわせを。http://deracine.fool.jp/books/isnmk/03.htm
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

無理難題「プロデュース」します

2024-10-30 10:18:40 | 買った本・読んだ本
書名 「無理難題「プロデュース」します 小谷正一伝説」
著者   早瀬圭一   出版社 岩波書店  出版年 2011

神彰より前に、ソ連からレオニード・コーガンを呼んだ男ということで、ずっと気になっていたのが小谷正一であった。澤田隆治さんも小谷さんの事務所に通って、いろいろ教えてもらったことがあった、さらに一番尊敬するプロデューサーで、とうてい叶わない人と言っていた人物である。小谷は、毎日新聞で井上靖と同期、小谷をモデルにした「闘牛」で芥川賞を受賞したことでも知られている。いままで評伝が出ていなかったのが不思議なくらい、魅力的なプロデューサーである。満を持して世に出た本といっていいのだろう。毎日新聞や電通という大会社に勤めながら、一匹狼的な、天衣無縫な活躍をしたプロデューサーの仕事の一面を知ることはできたが、全体像までは描かききれなかったのではないかという気がした。650枚の原稿を400枚にしたということだったので、そのあたりにも問題があったのかもしれない。
毎日、新大阪、新日本放送で興業、プロ野球球団創設、ラジオ局の立ち上げという小谷が電通に入る前までのことに絞ったのは、彼の仕事の大きさを全部描くのは難しいという判断があったのだと思うが、それではやはり全体像は見えてこない。電通時代に手がけた仕事やその後独立してからについてはあまりにも端折りすぎだろう。澤田さんが、蘭の博覧会とか、東京国際映画祭とか、いまでもやっている大きなイベントを手がけながら、一回成功すると、それ以上同じことはしなかったと言っていたが、そのあたりのことはもう少し突っ込んでもらいたかった。亡くなったとき何億円もの借財をつくっていたということがエピローグで触れられているが、その背景についても知りたいところだし、そこで独立してから小谷がやりたかったことが見えてきたような気がする。コーガン招聘の経緯ももって知りたかった。小谷のようなプロデューサーとか、興行師のことは、やはり知りたいことがたくさんでてきてしまう。それはないものねだりなのかもしれない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

弁護士布施辰治

2024-10-21 04:55:01 | 買った本・読んだ本
書名「弁護士布施辰治」
著者  大石進     出版社  西田書店   出版年 2010
岩波新書の布施の評伝「ある弁護士の生涯」は布施の息子さんが書いたものだが、これはお孫さんが書いたもの。息子や孫と二代にわたって評伝を書いてもらう人はなかなかいないのでは。
身近にいたからこそ、最初は嫌だと思ったことも含めて、布施の実像がくっきりと見えてきた。布施辰治の生涯の骨格がはっきり見えてきたし、これからどんなところをみていくのかという方向性らしきものも与えてもらった、そのためにどんな本や彼が書き残したものを読んだらいいのかもわかった。一番気になったのは、彼の弁護士活動の最期となった三鷹事件である。最初は共産党員たちとの共謀で逮捕された被告竹内が、単独犯を自供、他の党員たちは無罪になったのに対して、死刑の判決を受け、そのあと無罪を主張した竹内。ある時は弁護士を解任されたりするなか、そして正木ひろしや他の弁護士が無罪ではなく情状酌量により減刑するという方向にいたのに対して、一貫してその無罪を弁護しようとしていた布施の論点をきちんとまとめてくれたことにより、この事件のことがとても気になってきた。そしてこの事件の弁護姿勢の中、弁護士布施辰治の生き方が現れているように思われた。朝鮮についても著者は韓国のテレビ番組なども出演し、そのビデオの上映などもしていたようで、もしご健在なら会って、いろいろ教えてもらいたいとも思った。それにしても布施辰治、大きな存在であり、どこからとりついたらいいかわからない山のようでもあるが、登りたいと思わせてくれる人物である。ますます惹かれていくのを感じている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ある愚直な人道主義者の生涯

2024-10-04 05:40:56 | 買った本・読んだ本
書名「ある愚直な人道主義者の生涯-弁護士布施辰治の闘い」
著者 森正  出版社 旬報社   出版年 2022
布施辰治の評伝の決定版といわれている「評伝布施辰治」を書いている著者が、2年前にだしたもの。この2年前という現代に、あらためて布施辰治の人道主義について問いかけるというところに惹かれて読むことになった。まさに死ぬまで人道主義に貫かれて弁護活動、社会活動、著作活動をつづけてきた、まさに愚直としかいいようのないその「布施人道主義」の道程を6期にわたってたどり、「国家や国籍、民俗、人種、性別、出自、職業、階層、思想、信条、宗教などの違いを超えて、個としての人間の尊厳性と独立、平等を心底から尊重する人間=人類愛の理念」からなる著者が捉える「布施人道主義」を明らかにしている。大著とはなっていないが(評伝はかなりの大著らしい)、詳細に克明に布施の言葉を分析引用しながら、その意義を振り返り、そして現代へ問いかけている。布施という男に魅せられた著者が布施の活動の意義を伝えたいという思い、執念のようなものが全頁からビシビシ伝わってくる。正座して読まないといけないのではないかと思うぐらいの、読み逃すなよという迫力がある。これだけ熱気のある本を久しぶりに読んだ気がする。布施を知るための入門編のつもりで読んだが、そんな甘い読み方じゃダメだぞという気合を感じた。布施をしるための旅の最初でいい一冊に出会えた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハルビン

2024-09-22 18:21:59 | 買った本・読んだ本
書名「ハルビン」
著者  キム・フン(蓮池薫訳)    出版社  新潮社   出版年 2024
韓国の歴史小説家の第一人者が安重根の伊藤博文暗殺事件に挑んだ小説。ずっと書きたかったテーマだというが、淡々と事実を描きながら、その中に安がピストルを抱き、ウラジオストクからハルビンに向かう真情を浮かばせていく筆致は見事であった。彼の作品は初めて読んだが、史料を読みつくし、そこで拾い上げた事実を細部に巧みに組み入れながら、冷静に物語を組み立てていくそのスタイルにはとても共感がもてた。安がなぜ伊藤を暗殺しようとしたのかとという心情に入り込むのではなく、事実を丹念に書き込むことによって、彼がどうしても伊藤を暗殺しなければならないその思いを明らかにしている。ハルビンで出会う伊藤が韓国総督府で朝鮮の民衆をどうやって懐柔しようか、各地で起こる反日運動にどう対処しようとしたのか、それもしっかり描きこんでいく。伊藤の非道な政策を声高に批難するのではなく、あくまでも事実を書き込むことによって、安に殺害されなければならなかった必然性のようなものが浮かび上がる。殺し殺されるふたりの足どりを小気味よく交互に描きながら、ハルビン駅までたどりつく。タイトルにもなっているこのハルビン駅がふたりの運命だけでなく、アジアの運命も交錯するところだったことを書きたかったかもしれない。ここには「いくつかの路線が集まっていた。バイカル湖やウラジオストク、平壤、大連から来る鉄道それぞれが、ここハルビン駅にまで延びている。ハルビンで北太平洋とバイカル湖がつながり、ハルビンで鉄道が集結し分散していた。ハルビン駅では往きと帰りも一つであり、出会いと離別も一つだった」。ウラジオストクからひとりの仲間と共にハルビンに向かった安、大連からロシアの要人に会うためにここに来た伊藤、その一瞬の出会いと別れを見事に描いた一文である。
暗殺後の検事による取り調べについても丹念に書きおこし、裁判の中で、彼の思想性を剥離しようとした日本側の意図に対して、敢然と立ち向かう安の中に、この暗殺が必然であり、朝鮮が日本の支配から脱するために伊藤は暗殺されなければならなかったという安のメッセージを伝えようとする。「ロスト・メモリーズ」という韓国映画があるが、これは伊藤暗殺に失敗したあと、日本が第二次世界大戦でも勝利し、朝鮮半島を植民地し続けるというアナーザーワールドを描き、それを元の世界に取り戻すため安の暗殺を成功させるという映画だったが、伊藤の暗殺は朝鮮の民衆にとっては将来的に大きな意義をもつことを象徴している。安の公判での対応はその意味で民衆へ間違いなく伝わっていることになる。
この作品は映画化されたとのこと、なんとしかして見たいものだ。さらにこの作家の近作は済州島事件を舞台にしたものとのこと、これもぜひ読みたいと思っている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カレンダー

2025年9月
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

バックナンバー