書名 「クルーゼンシュテルン日本周航記 一八〇四年~一八〇五年ロシア艦ナジェージダ号長崎・蝦夷地・樺太滞在記」
著者 A・J・フォン・クルーゼンシュテルン著(山本秀峰編訳)
出版社 露蘭堂 出版年 2024
レザーノフと共に長崎に来航したナジェージダ号艦長クルーゼンシュテルンが残した世界一周記は、世界的名著として知られ、日本でもいち早く高橋景保が翻訳、そのあとも羽仁五郎がドイツ語から全訳した大著もあるが、決して読みやすいとはいえず、自分も両者の本はもっているが、参考になる箇所だけをつまみ読みしてきただけだったので、こうした新訳で日本の部分だけを全部訳してもらえたのはありがたかった。クルーゼンシュテルンが長崎で見聞し、また伝聞したことを最初から最後まで通読できたことにより、最近また気になっているレザーノフの日本滞在についてに新たに知ることもいくつかあった。
長崎滞在の中で、日本の役人や通訳と実際に面と向かって交渉したのはレザーノフであって、クルーゼンシュテルンはほぼ日本の役人とは没交渉であったことがはっきりした。むしろ彼の日記で興味深かったのは、長崎を出てから樺太までの航海中での記述だった。蝦夷地の根室でラックスマン来航時に対応した役人との会話について、樺太のアニワ湾で出会った日本人との会話などは、いままで不勉強で知らなかったことなので、とても興味深かった。あの役人や日本人を特定した研究はあるのだろうか。特に樺太であった日本人は誰だったのであろう。もうひとつ善六のことを追いかけているものとしては、陸奥湾でナジェージダ号が見たという日本の海賊のような一団について、クルーゼンシュテルンがペトロパブロフスクに戻ってから、善六からこの一団が基地としているところが、陸奥湾にどこかの港町にあるという話を聞くところである。善六がこうした情報をもっていたこと、のちに彼が訳す赤水地図のロシア語訳で、港町の地名をほぼ正確に訳していたことから、もしかしてかなり海運について詳しい人物だったのかもしれないという気がしてきた。
訳者はこの前はこの航海で一緒だったラングスドルフの航海記を訳したり、幕末に来日した外国人たちの紀行記などを意欲的に訳し続けている。こうした地道な研究翻訳は、後世に残る立派な仕事だと思う。ただ今回のようにダイジェスト版を訳す時は、注などで、訳された部分では理解できないところを解説してもらったら良かったと思った。