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デラシネ日誌

私の本業の仕事ぶりと、日々感じたことをデイリーで紹介します。
毎日に近いかたちで更新をしていくつもりです。

ブラジルの旅 3

2018-12-11 21:41:04 | 
昨日はほとんど一日寝ていたようなものである。今日から行動開始。7時前に起きて、お互い年寄りだから朝は早い。朝御飯を食べてすぐに出発。昨日よりちょっと暑くなったかなという感じ。パウロの話しによるとここでは20日から夏が始まり、めちゃめちゃ暑くなり、ツーリストもたくさんやってくるという。まはまだ夏じゃないらしい。サーフィンで有名なビーチに寄ってから、フロアノポリスの町の中心地にある橋(ここが島と本土を結ぶ唯一の橋らしい)の近くの工事中の橋の近くに昔の港の跡があり、ここに小さな若宮丸乗務員上陸の地という碑が立っている。沖合に碇泊ししていたナジェージダからボートに乗り、津太夫たちはここに降り立ったということになる。
今日はサンタカテリナの北部を回るクルージング船に乗ることになっている。10時過ぎにHさんと落ち合って、10時半に海賊船をもじった船に乗り込む。ジョニー・デップもどきのお兄さんが、動き始めるとすぐにデッキに皆を集めて踊りだすのは南米らしい。船は3カ所に碇泊するのだが、それがすべてかつて要塞があったところ、そのうちのひとつはサンタ・クルスと言って、ラングスドルフやティレジウスがたくさんスケッチを残しているところだ。ここを見学できたのはなにより。それにしても鳥たたくさん、その種類もても豊富。およそ半日の船旅だったがなかなか楽しかった。船内にはなかなか面白い乗客が乗っていて、それを見るのも楽しかった。ひとりの男の子はとても可愛い女の子にずっとせまっていたが、船を降りたら完璧に振られていたし、最初は父と娘風にみえたこのカップルもなかなか微妙で、もしかしたら恋びとになろうという感じだったのではないかと思う。Hさんの移民してからの話しも聞けた。
18時すぎに帰宅。ここでパウロさんは昼寝。この間に14日に発表するためにつくってきたパワポ文書を会員の一人に協力してもらって英語版にしてきたのだが、それをグーグル翻訳にかけてポルトガル語にしてみる。きっと英語がきちんとしているので、かなり正確に訳してくれていそうな感じがする。起きたパウロに見てもらう。これでいこういことに時計をともう22時半を回っている。ここではランチを重く、夕飯は軽くいう感じだが、それにしても遅いよな・・・・今日はパウロお手製の肉じゃがみたいな料理。それを食べながら例によってブラジルテキーラを飲む。

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ブラジルの旅 2

2018-12-10 18:43:04 | 
2回ほど目が覚めたが、起きたのは9時すぎか。目が覚めたときに鳥の囀りが聞こえる。それも一種類ではない、さまざまな鳴き声が聞こえる。エキゾチック。暑いと聞いていたが、さわやかな暑さ。風が気持がいい。ずいぶん寝た気がした。パウロさんは相変わらずよく働く。フルーツたっぷりの朝御飯をつくってくれる。彼はこれから銀行に行くというのでお留守番。ここはWifiもあるので、講演のための資料をまだ訳して終っていないところをグーグル翻訳していく。ここは高台なので風も入ってとても気持がいい。15時過ぎにパウロさんが戻り、遅いランチ。こっちでは普通なのかもしれない。ばっちり肉料理をいただく。腹がくちくなったらまた眠気が。小一時間ぐらい寝るつもりが、9時すぎまで寝てしまう。今日は寝てばかりの一日になった。23時過ぎにディナー。今日はラザリアみたいなもの。ワインを飲みながら、翻訳器をつかいながら若宮丸の話し。ほんとうにパウロさんは若宮丸のことをよく調べている。カシューシャを所望。これを2杯ひっかけてベットへ。今日はとにかく寝てばかりの一日となった。

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ブラジルの旅 2

2018-12-09 22:10:43 | 
フロアノポリス空港はそんな大きくない。飛行機からターミナルまでは歩いていく。外にでると暖かい風が。外に出るのはきっとまる一日以上経ってぶり。気持がいい。荷物はほどなく出てきて出口へ。そこに出迎えのパウロさんと、デラシネの熱心な読者のHさんが待っていた。おふたりとも会うのは初めてだが、そんな気がしない。そのふたりの他に日本人の方と旦那さんと娘さんも出迎えてくれた。空港内のカフェでコーヒーを飲みながら雑談してからパウロさんの家に向う。Hさんからフロアノポリスはこれから夏がはじまるということを聞いて、地球の裏側に来たことを実感。途中サーカステントが目に入る。やはりサーカスは自分を離さないだなとも思ってしまう。ぜひ見たい。ハスターミナルでバスに乗るHさんとはここでお別れして、途中スーパーに寄る。巨大なスーパーだった。パウロさんいきなり酒売り場に行くのは、飲んべえの証拠。果物売り場にはびっくりした。パウロさんとにかく大量に食料品を購入。今日は日曜日とかでビーチにはたくさんの人と車。途中高台から湾内を見物。パウロさんの家も湾内が見える高台にあった。眺望も素晴らしいところ。シャワーを浴びさせてもらう。それからビールを飲んで、やっと解放感にひたれた。それからパウロさんはレモンと砂糖にブラジルのテキーラみたいな酒をカクテルしてくれる。これを飲んですっかり酔いが回ってくる。なんどか睡魔におちそうになる。パウロさんに持ってきたお土産をプレゼント。それから若宮丸の話しになるのだが、パウロさんはほとんど英語ができないので、翻訳機を借りながらのもどかしい会話が続くが、話題は若宮丸、だいたいは理解できる。それからパウロさんのつくってくれた肉料理を食べ終わると23時すぎ。ここで身体は限界。ベットに倒れ込みようにして眠りについた。


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ブラジルの旅 1

2018-12-08 21:40:23 | 
13時過ぎに羽田到着。すぐにチェックイン。携帯ワイファイの受け取って、セキュリティー。一応2000円分を両替。14時すぎに搭乗。機内はほぼ満杯。いよいよ長い長い飛行機の旅が始まる。
まずはフランクフルトまで。持ってきた書評を頼まれた本を読み切る。途中何度か寝たりしたが、面白く読む。これだったら書評は書けるだろう。ルフトは、アエロフロートと違って酒が出るのがありがたい。フランクには現地時間で19時過ぎに到着。乗り換えは2時間以上あったので余裕、免税店で寝酒用にウィスキーを購入。飲もうと思ったのに到着地まで封をあけるなと書かれてある袋に入れられ密封。これからはサンパウロまで12時間の旅となる。この飛行機もほぼ満杯。窓際にしたので、トイレに行くのが心配になる。ここでは寝るのが勝負。本を読むより寝ることに専念。夕飯を食べてからたぶん2~3時間は睡眠。途中尿意で目が覚める。隣のおじょうさんがちょっと目を覚ました頃合いでトイレへ。これですっきりまた寝ることができた。たぶん2~3時間寝れた。目が覚めたところで韓国映画の「チャンピョン」を見る。英語字幕だが分かりやすい映画だから、最後のシーンではしっかり泣いていた。夜が明け、窓の外に大地が見えてくる。初めて見る南米の大陸だ。定時にサンパウロ空港に着陸。ここでおよそ4時間待ちとなる。入国検査を受け、いったん荷物を受け取り、国内線への乗り換えチェックイン。これを終えて3時間ほど待合で「神奈川の記憶」を読み始める。搭乗が始まったころにちょうど読み終える。ここもほぼ満杯。1時間強のフライト。飛行疲れが出て、何度か居眠り。気づいたときには着陸態勢。サンタカテリナの島が見えてくる。

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サンクトの旅8

2018-11-23 16:41:41 | 
帰国の日。チェックアウトは12時までなのでギリギリまでいて、片づけ、荷物の整理、メールなどなど。11時すぎには何もすることはなくなり、パソコンもしまい、部屋の中をうろうろ、自分でも馬鹿じゃないかと思う。
チェックアウト。最初の日チェックインしたときのおばちゃんがいた。愛想のいいおばちゃんだ。もう行っちゃうの、どうだったと聞くから、とても良かった、どこがとまた聞いてきたので、朝食も部屋、すべてですと答えるととても喜んでいた。でもほんとうにこのホテルのおかげで拠点ができて、いろいろ動けたし、なぜか他ではだめなのにラインもできたし、有意義な4日間を過ごすことができた。
下に降りて、タクシーで空港まで向う。セルゲイが使っていたヤンデックスタクシーのアプリをダウンロードしていたので、それを使ったみようとしたが、返信のパスワードをもらうところでつまずく。仕方がないのでモスクワ駅まで出てタクシーに乗る。セルゲイの話だと空港まではヤンデックスだと1000ルーブル前後ということだったが、いくらになるのだろう。手持ちのルーブルは3000ほど。足りるだろうか?30分ほどで空港へメーターは2020ほどだった。フライトは4時なので時間はたっぷりあるのだが、チェックインできそうなので荷物を預けて身軽になる。空港の中はなんでも高いので、自動販売のコーヒーを飲んで待合で持ってきた藤山新太郎の「たけし金かえせ」を読了。澤田さんが涙がでてきたというのは、やはり現場となっている松竹演芸場をよく知っているからだろう。たけし論にはなっていない。そろそろチェックインの時間になり搭乗口にいくと、韓国の若い人たちの団体が列をつくっていた。なにをしに来たのだろう。定刻にフライト、この韓国人グループの中にいたのだが、結構笑わしてくれた。機内サービスは水かコーヒー、紅茶しかないのに、ジュースといい、ないと言われるとオレンジジュースと答える。
ターミナルBに1時間のフライトで到着。今度は移動は余裕。ターミナルDはかなりの人ででいっぱい。酒がでないのでワインとビールを購入。搭乗口に行って驚いたのはたぶん5才ぐらいの少年が係員と一緒に待機していたこと。この少年ひとりで東京まで行くということなのだろうか。とても賢そうなハキハキしていた少年。そういえば昔「小さな逃亡者」という映画があったが、あのときも確か日本人の少年がひとりでモスクワに行ったのではなかったろうか?それにしても国内線とかでひとりはわかるが、国際線で日本まで一人で行くとはたいしたもんである。
離陸する前に持参したビールをビシュッと開けて、気持よく飲んでいたら客室乗務員の人がやってきて、何やっているの、アエロフロートはアルコールは禁止ですという。だから出さなかったのかと思う。とりあえず一本は飲みきる。
機内で持ってきた高田渡の「バーボン・ストリート」を読む。とても面白い。最近すっかりはまってしまっている。食事の時ワインをこそこそ出して飲む。酒飲みの嫌らしさ。
そこそこ寝れたのではないかと思う。目が覚めてからくる時も見た「ハン・ソロ」を見る。字幕がないからストーリーがよくわからない。気になる最後、下手すると帰国してまたどこかで見るようになるかも。
定時通り23日11時40分過ぎに到着。家にラインで連絡。荷物も早くに出てきて、12時すぎにゲートに出る。借りていたモバイルルーターを返却。荷物を送ろうかと宅配のところに行ったが値段を見て、がんばって持って帰ることにする。リムジンでYCATへ向う。
着いて腹が減ったので、どこかで食事をと思ったのだが、今日は祝日、ポルタの中のレストランはどこも混んでいる。空いていたところが立ち食いそばに毛のはえたようなそば屋。ちょうどそばが食べたッた。つけとろそばの大盛りを食べる。大満足。富岡からタクシーで帰宅。
親友の死の件で連絡をくれた友人に電話。お礼をいう。そして親友の自宅に電話。奥さんになにもできずに申し訳なかったと電話。自分の書いた別れの言葉を司会の人が読んでくれたこと、そしてその時みんな泣いていたということ、9月見舞いに行ったとき、とても喜んでいたという話しを涙ながらに語ってくれた。それだけ喜んでくれたのなら、なぜまた行かなかったのだという思いがこみあげ、こっちも泣いてしまう。
いずれにせよ早いうちに弔問にいかないと。
これで今回の旅は終わり。

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