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デラシネ日誌

私の本業の仕事ぶりと、日々感じたことをデイリーで紹介します。
毎日に近いかたちで更新をしていくつもりです。

キエフ・オデッサの旅 3

2019-03-24 15:01:00 | 
朝起きてすぐに腰の異常に気づく。出発前から調子が悪く、心配していた。それもあって腰バンドは持ってきてあった。なにかの拍子にぎっくりというわけではないがやはり移動の疲れが溜まっていたのだろう。朝飯を食べてから整体の免許をもっているなななに手当てしてもらう。かなり疲労がたまっているとのこと。あとはだましだましやるしかない。まずはキエフの秋葉原に寄って、道具をつくるための部品を買う。それからサーカスアカデミーに行って稽古。今日は舞台付の部屋だったのだがすでに予定が入っているらしく1時間ほどでちがう部屋へ。昨日のおさらいとまた生れた新たなアイディアのチェック。これを自分のものにするためになななは少し整理する必要がある。15時半まで稽古をしてからサーカス場へ。ここに来るのも久しぶりだな。今日の公演の演出は以前日本にも来たことがあるジーマ・トゥルキーエフ、出発前にぜひ見てほしいと連絡があった。日曜日ということもあってほぼ満杯。とてもいいショーだった。演出も凝っていた。生のボーカルをつかったり、太鼓をつかったり、シーソではデュエルのようなかたちで競い合わせ、それを出演者全員がふたてに分かれて応援するという見せ方をしていた。クラウンはコメディアーダで2年連続参加していた4人のイケメン。新しいネタばかりだが面白かった。圧巻はフィナーレのオートバイジャンプ。これをサーカス場でやるとは、見事な演出であった。途中でリトルワールドのウクライイナサーカスにも参加、ルスツと姫路にも出演していた空中ロープのジーマ・オーレルがやってくる。いまはサーカスアカデミーで先生をしているという。クラウンの楽屋に寄って挨拶したあと、ジーマとは別れて、なんと今日はクリューコフの家の隣にあるオペラ・バレー劇場の「白鳥の湖」の券がとれたというのでそれを見に行く。初めて見る「白鳥の湖」、バレエも何十年ぶりなのだろう。3幕あるのだが途中腰の按配がよくなく、幕間の休憩は立ってお散歩。
22時帰宅。今日はカレー風チキン。美味しかった。食後マッサージには自信があるというナージャが今度はマッサージしてくれる。そのまま気持よくなって就寝。

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キエフ・オデッサの旅 2

2019-03-23 16:28:51 | 
毎度のことだが自分に都合のいい夢ですっかり安心して二度寝してしまう。荷物が今日の便で届くという夢だった。9時過ぎに目が覚めてストレッチ。そしてシャワーを浴びる。クリューコフがやっと起きてきたので、荷物の問い合わせの電話をするように頼む。起きてすぐだったので機嫌悪そうだったが電話をしてくれる。しばらくして荷物がみつかりいまから配達してくれるということがわかる。ここでみんなでウラー。1時間ほどして荷物到着。整理をする間もなく、すぐに国立サーカスアカデミーに向う。ずいぶん大きな広い施設だ。クリューコフは携帯が壊れて充電ができないというので、自分たちをおいて修理にでかける。1時間ほどして戻ってきてから本格的な稽古。最初からやりながらひとつひとつチェックを入れる。彼がダメだしをするところははっきりとわかるように表現したほうがいいのではないかということが多い。отигратьという言葉を使う。この言葉の意味するところが最初はなかなかわからなかった。通訳しながら確かに面白くなっていくのがわかる。たいしたもんである。
一通り終わったところでマジックネタを入れたらどうかということで、ネタをつくるためにあちこちのマジャンに連絡をとってくれる。明日道具を買って月曜日にネタをつくってもらうことになったようだ。稽古のあと校長先生にあいさつに。今晩クリューコフ家で行われる夕食会に参加することになった。
帰るとナージャのテンションが異常に高くなっている。こうやって家に自分たちが来てくれるのがとてもうれしいらしい。ここに西田さんや関口さんがいたらどんなにかいいのにとも。ふたりにはほんとうに世話になったとなつかしそうに思い出す。校長夫妻が来て焼き肉パーティーが始まる。肉が少し細かく切り過ぎじゃないかということはあるが、なかなか楽しいパーティーに。得意のスピーチ大会になって、なななは持ってきた翻訳トーク器械(たしかさんまが宣伝していたやつ)をつかってあいさつ。これが馬鹿受け。
いろいろ話しているうちにサーカスアカデミーで講義をしてくれと頼まれる。クリューコフがサンクトで自分が文化フォーラムで話したことや見せたものがとても面白かったという話しをしたのがきっかけ。来週火曜日にやることになった。映像をいろいろ集めないと行けないのだ、こういうことはめったにあることじゃないので引き受けることにした。クリューコフの息子のヴォーバも帰ってきて参加。楽しい夕べとなった。

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キエフ・オデッサの旅 1

2019-03-22 17:31:16 | 
20時過ぎにタクシーで冨岡まで。長女が同乗。上大岡で羽田行きの急行に乗って羽田まで。車中長女が書いた3・11以降の国語教育についてのレポートをもらう。羽田でなななと落ち合い、そのままチェックイン。大学生の団体も一緒のようで結構混んでいるかもしれない。ドバイでの乗り継ぎが2時間しかないので定刻通りに出てもらわないと困るのだがなんとか定刻通りに離陸。初めてのエミレーツ、座席もちょっと広めでタッチパネルの操作でエンターテイメントも充実している。夕食を食べてそのまま熟睡できた。たぶん6時間以上は寝ていたのでは。起きると到着2時間前の朝飯。途中まで見ていたヒッチコックの「泥棒成金」を見る。グレース・ケリーとニースぴったりだ。悪天候と混み合っているということで上空待機。予定より30分ほど遅れて着陸。ここからがたいへんだった。バスに乗ってターミナルに着き、乗り継ぎ便を探すもない、別のところに行けと言われそこで見るとF10とある。これがどうやら別ノターミナルのようでバスで行くしかない、ここでおよそあと40分あったので大丈夫かと思ったら、バスがなかなか来ない、そしてなによりこのターミナルがえらい遠い、時計を見て焦る、やっと着いたときは搭乗時間の10分前、しかもまたセキリティー、係員に言って飛ばして検査、走って搭乗口に行くとちょうどみんなバスに乗るところ、なんとかセーフ。しかし焦った。飛行機はエミレーツではなくドバイ航空、どうもLCLぽい。座席もせまく、これで5時間半はきつい。うたたねしながら持ってきたスラーバ・パルーニンの本を読み始める。これが面白い。たまに下を見ると、紅い湖のようなものやら、雪を冠した山並が見えてくる。あとでイランの上空を飛んでいたことがわかる。黒海を横切ってやっとキエフ。無事着いたと思ったら、今度は荷物が出て。届けをして出口へ。クリューコフがまたか、お前はいつもなにかトラブルをという。そういえばサンクトで再会したときふたりで荷物を啼くし、その中にパスポートが入っていると大騒ぎしたことがあった。なななとはおよそ20年ぶりということで抱き合って再会を喜んでいた。途中スーパーでビールと魚を買って、オペラ劇場の隣の懐かしのクリューコフの家に到着。ナージャが待っていた。ここでも喜びの抱擁。今日はナージャお手製のタイ料理。これが美味かった。最初はビールと干し魚、そのあとお決まりのウォッカ。とにかくここを自分の家のようにしてつかってくれとのこと。自分はクリューコフの書斎をいただく。ばったり倒れてそのまま熟睡。

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ブラジルの旅 帰国

2018-12-19 18:21:43 | 
サンパウロに着いて、国際線にチェックイン。今回は荷物は羽田までスルーなので荷物を取らなくてもいいから楽。まずは第一ランド、フランクフルトまでの12時間のフライト。食事をとってから「シーボルト事件と罰せられた三通詞」を読み始める。洋学の大先生が馬場為八郎の資料がある秋田県の亀田にいまごろ行って、いまごろいろいろなことがわかったなどとお書きになるのはいかがなものなのだろう。食事後スンナリ寝れた。窓側でトイレが心配だったのだが、なんとかなりそう。ここで寝れたらと思っていたのだが、乗っておよそ4-5時間経ったあたりだろうか、機体が大きく揺れ始める。しかも最近経験したことのないような大きな揺れ。2時間ぐらい断続的に続いた。これには参った。これで寝れなくなる。ただ窓際に座れたことがラッキーと思われることが。窓から照明に浮かび上がった島がみえてくる。地図で見るとカナリア諸島だった。若宮丸漂流民も立ち寄ったところだ。ここを上から見れるとはラッキーであった。大西洋を渡った実感がする。朝ぐらいからみぞおち付近が痛み始める。着陸1時間半前にだされた朝飯はフルーツだけにする。到着後も痛みは続く。ゲップも出る。ここからが長いのに不安。トイレに何度も行くが治る気配はない。待ち合わせの間に「地図から消えた島々」を読了。鳥島近くの島探しのテレビ番組があったが、これを種本にしていたようだ。
羽田までの帰りのルフトもほぼ満席状態。今度は通路側だったが、すぐ後ろが配膳室でやかましいなんてものじゃなかった。胃の痛みはあいかわらず。機内食はまったく手につけず、アルコールも飲まず、水だけ。途中二度ほど吐き気。丁度トイレが混み合う時期でトイレに入れず、ただ吐き気がおさまったので救われる。
予定通り13時過ぎに着陸。やはり12時間のダブルはきつい。寝れなかったのもきつかった。荷物を受け取ってスーツケースに入れていたダウンのコートをだしたところに犬がやってくる。麻薬はないよと犬にいいかけたら、この犬は動植物の食品の匂いがかぎつけるものだという。やばい、マンゴが・・・。ばれちゃった!結局マンゴは没収される。がっくり・・・・
ヘロヘロ状態で帰宅。里帰りしている娘は買い物中、奥さんも用事で不在。風呂をわかして、入る前にストレッチをして入浴。ほっとする。そのままソファーに倒れ込み寝ているうちに家人たちが帰宅。今日は上の娘もやってくるという。
こんなことをしているうちに胃の痛みは薄らぐ。久しぶりの家の食卓には、刺身、肉じゃが、アボガドサラダに鰤焼きが並ぶ。こうなれば日本酒だろう。1日半何も食べていなかったので胃がびっくりするかと思ったが、それほどでもなかった。9時過ぎに上の娘もやってきて久々に賑わう。ただ睡魔に襲われ、22時半すぎに就寝。

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ブラジルの旅 10

2018-12-17 18:08:52 | 
帰国の日。最後の散歩は前に車で立ち寄ったサフィーンで有名なビーチ。アップダウンがあってなかなかタフなコースであった。帰って荷物のパッキング。なんとかうまく入った。12時ぐらいに出発。事前チェックインはできなかった。途中そういえば大陸側に渡っていなかったに気づき、橋を渡ることに。相変わらずの渋滞でちょっと時間的に焦ったが、パウロはこうと決めたら動かない。橋を渡り、初めて南米の土を踏んで写真撮影してから空港に向う。チェックインして、ここでパウロとお別れ。飯を食べようというがそんな暇はない。しかしほんとうに不思議な生活だったし、楽しい生活だった。ちょっと涙が出そうになった。
さあ長い旅が始まる。

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