早くは寝たもののあまりよくは寝れなかった。朝方目が覚めトイレに行こうと思ったのだが例によってドアがうまく開かない、ただいままでの経験でなんとかフックを外しトイレにいけた。5時半すぎにまもなくキエフというコールで、みんなはタオルと歯ブラシをもってトイレへ、自分も並ぶが、並んでいると前の人に次ぎは私よといって、席を外していく。ということでなかなか自分の順番がこない、結局自分は最後になった。クリューコフから電話、メッセンジャーで「おはよう」と答えておく。
6時50分キエフ駅着。クリューコフが迎えにきてくれた。昨日大騒ぎになったカバンはあったというメッセージが入っていたので、「良かった良かった」だったのだが、汽車の中に忘れたらしい、カバンには現金やなにより彼のコンピューターである住所録、そして家のキーなどが入っていたとのこと、全部そのままで帰ってきたという、なによりである。汽車の中に忘れたと言っていた帽子を被っていたのでそれも汽車にあったのかと聞くと、家に忘れていたらしい。やれやれである。
なつかしのクリューコフの家に戻る。待っていたナージァが朝飯をつくってくれていた。リボフのビールを飲んで、朝飯を食べ、これで落ちついた。昨日は考えてみれば朝飯しか食べていなかった。そのままベットに横になる。
12時過ぎに目が覚め、講演に行く準備。ここでもまた昼飯を食べるだのたべないだのクリューコフとナージャの間で一悶着あったのだが、時間がないということで食べないで家を出る。キエフの街はすっかり秋めいている。
サーカス学校で映像のチェックをしたあと、新しい校長と挨拶。2時半から講演会が始まる。最初は校長の挨拶、そのあとクリューコフが自分について紹介して、それから講演が始まる。
前半はサーカス学会事務局次長の山田君が集めてくれた今年日本で公演したいわゆるコンテンポラリーサーカスのトレイラーを5本ほど見てもらう。このあと日本では海外との共同作業もはじまっているということで、フィンランドの演出家と日本のアーティストの作品つくりについて紹介、そのあとに今日から初演の渡辺君とギヨームの「妖怪ケマラ」の練習風景を見せる。短い映像なので、もう一度見たいということで二度見てもらう。デフラクトと頭と口のことは知っている学生が多かったのでこれはかなりインパクトがあったようだ。
このあとは日本のパフォーマーを紹介したいということで、これも山田君が集めてくれた谷口界君の椅子のネタとホワイトアスパラガスのジャグリング大会での映像を見せる。これが今日一番反応があった。ふたつの映像が終わると会場から拍手がまきおこった。ふたりが沢入のサーカス学校出身で、いまキエフのサーカスの先生となっているナジェージダ・ティシェンコの指導を受けていたということも解説しておく。
このあとはハッピィードリームサーカスのマルチネスブラザーズのイカリアンアクトを見せる。これにも歓声があがる。学生にとっては界君とホワイトアスパラガスの方がインパクトはあったようだ。
最後に先日横浜でワールドプレミアがあった、ギーラリバテプロデュースのインフニティーボールのドローンの映像を見せる。ユーチューブにあったものをそのまま見せたのだが、見ている若い男の声で「すげえ」が連発され、場内から「すげえ」という声が流れると笑いがおこった。人間によるパフォーマンスではないが、これもなかなか受けていた。約一時間半の講演を、また来年もコメディアーダに参加することになれば、ここでまた新しい日本のパフォーマーの演技や、学生が興味をもってくれるような映像を見せたい、いままでは呼び屋の仕事を通じてだったが、今後は6月に結成されたサーカス学会の活動を通じ、サーカス芸術の発展に寄与したいと締めくくる。最後に校長が感謝の言葉をのべてくれてお開きとなった。この日テクニカルを担当していた人が最後の映像についてあれはなんだ、ほんとうにドローンなのかと質問してきた。どうやら関心をもってもらったようだ。サーカス学校でサーカスの歴史を教えているというタマラさんをクリューコフに紹介される。彼女はアーティストしても日本に何度か公演しており、今回訪ねたかったシマダの墓を探してもらっている人で、なんと2年前のポルトガルサーカスに参加したジェーニャとアーラの先生でもあるという。彼女は界君の椅子の演技にはかなり感動したようだ。今後もフェイスブックを通じて交流していくことにする。そして最後に近づいてきた少女が、私のことを覚えていますかと尋ねてきた、なんとなく見覚えがあると気になっていたのだが、パーチのヤーロフの娘だという、子供の頃両親と一緒にルスツに来ていた。思わず抱きしめて再会を喜ぶ。いまは17歳だという。クリューコフがすばらしい反応だったと大喜びしていた。一緒に車に乗った息子のボーバは、いろいろインターネットでコンテンポラリーサーカスの映像を見ていたつもりだが、今回見たのは全部初めてなので、とてもよかったとコメントしてくれた。車の中で坂本九のCDをいつも聞いているらしい(なななが置いて行ったもの)が、この家族の一番のお気に入りは「ムスターハー」という歌。ブラジルにいるクリューコフの孫も大喜びしているらしい。
家ではナージャがでかい鯉を煮つけたものを料理して待っていてくれた。
3月にも食べたがこれが絶品なのである。ウォッカにも合う。講演も終わり、クリューコフにすれば大成功ということで大いに盛り上がる。トゥイチーに電話、40分近く話す。サーカス学校のナージャ先生ともやっと連絡がとれ、明後日サーカス場で会うことになった。今日の講演会のことを知っていたのかと思っていたが、誰も教えてくれなかったという。こっちからも連絡すれば良かった・・・
クリューコフが見たいと言っていた自分が出演した水族館の芝居の映像リンクを持ってきたので一緒に見る。自分の出番のところでクリューコフはナージャとボーバを呼び、みんなで鑑賞、これこそリボフのフェスティバルでやるものだと歓声をあげながら見る。自分も自分の演技を見るのは初めてだったので、なかなか面白かった。みんな大喜びして見終わり、今日はお開きとなった。
6時50分キエフ駅着。クリューコフが迎えにきてくれた。昨日大騒ぎになったカバンはあったというメッセージが入っていたので、「良かった良かった」だったのだが、汽車の中に忘れたらしい、カバンには現金やなにより彼のコンピューターである住所録、そして家のキーなどが入っていたとのこと、全部そのままで帰ってきたという、なによりである。汽車の中に忘れたと言っていた帽子を被っていたのでそれも汽車にあったのかと聞くと、家に忘れていたらしい。やれやれである。
なつかしのクリューコフの家に戻る。待っていたナージァが朝飯をつくってくれていた。リボフのビールを飲んで、朝飯を食べ、これで落ちついた。昨日は考えてみれば朝飯しか食べていなかった。そのままベットに横になる。
12時過ぎに目が覚め、講演に行く準備。ここでもまた昼飯を食べるだのたべないだのクリューコフとナージャの間で一悶着あったのだが、時間がないということで食べないで家を出る。キエフの街はすっかり秋めいている。


前半はサーカス学会事務局次長の山田君が集めてくれた今年日本で公演したいわゆるコンテンポラリーサーカスのトレイラーを5本ほど見てもらう。このあと日本では海外との共同作業もはじまっているということで、フィンランドの演出家と日本のアーティストの作品つくりについて紹介、そのあとに今日から初演の渡辺君とギヨームの「妖怪ケマラ」の練習風景を見せる。短い映像なので、もう一度見たいということで二度見てもらう。デフラクトと頭と口のことは知っている学生が多かったのでこれはかなりインパクトがあったようだ。
このあとは日本のパフォーマーを紹介したいということで、これも山田君が集めてくれた谷口界君の椅子のネタとホワイトアスパラガスのジャグリング大会での映像を見せる。これが今日一番反応があった。ふたつの映像が終わると会場から拍手がまきおこった。ふたりが沢入のサーカス学校出身で、いまキエフのサーカスの先生となっているナジェージダ・ティシェンコの指導を受けていたということも解説しておく。
このあとはハッピィードリームサーカスのマルチネスブラザーズのイカリアンアクトを見せる。これにも歓声があがる。学生にとっては界君とホワイトアスパラガスの方がインパクトはあったようだ。
最後に先日横浜でワールドプレミアがあった、ギーラリバテプロデュースのインフニティーボールのドローンの映像を見せる。ユーチューブにあったものをそのまま見せたのだが、見ている若い男の声で「すげえ」が連発され、場内から「すげえ」という声が流れると笑いがおこった。人間によるパフォーマンスではないが、これもなかなか受けていた。約一時間半の講演を、また来年もコメディアーダに参加することになれば、ここでまた新しい日本のパフォーマーの演技や、学生が興味をもってくれるような映像を見せたい、いままでは呼び屋の仕事を通じてだったが、今後は6月に結成されたサーカス学会の活動を通じ、サーカス芸術の発展に寄与したいと締めくくる。最後に校長が感謝の言葉をのべてくれてお開きとなった。この日テクニカルを担当していた人が最後の映像についてあれはなんだ、ほんとうにドローンなのかと質問してきた。どうやら関心をもってもらったようだ。サーカス学校でサーカスの歴史を教えているというタマラさんをクリューコフに紹介される。彼女はアーティストしても日本に何度か公演しており、今回訪ねたかったシマダの墓を探してもらっている人で、なんと2年前のポルトガルサーカスに参加したジェーニャとアーラの先生でもあるという。彼女は界君の椅子の演技にはかなり感動したようだ。今後もフェイスブックを通じて交流していくことにする。そして最後に近づいてきた少女が、私のことを覚えていますかと尋ねてきた、なんとなく見覚えがあると気になっていたのだが、パーチのヤーロフの娘だという、子供の頃両親と一緒にルスツに来ていた。思わず抱きしめて再会を喜ぶ。いまは17歳だという。クリューコフがすばらしい反応だったと大喜びしていた。一緒に車に乗った息子のボーバは、いろいろインターネットでコンテンポラリーサーカスの映像を見ていたつもりだが、今回見たのは全部初めてなので、とてもよかったとコメントしてくれた。車の中で坂本九のCDをいつも聞いているらしい(なななが置いて行ったもの)が、この家族の一番のお気に入りは「ムスターハー」という歌。ブラジルにいるクリューコフの孫も大喜びしているらしい。
家ではナージャがでかい鯉を煮つけたものを料理して待っていてくれた。

クリューコフが見たいと言っていた自分が出演した水族館の芝居の映像リンクを持ってきたので一緒に見る。自分の出番のところでクリューコフはナージャとボーバを呼び、みんなで鑑賞、これこそリボフのフェスティバルでやるものだと歓声をあげながら見る。自分も自分の演技を見るのは初めてだったので、なかなか面白かった。みんな大喜びして見終わり、今日はお開きとなった。