大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第54回

2024年04月15日 21時01分45秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第54回




それにしてもこの白烏、こうして話してみると、もしかしたら黒烏より話がしやすいのかもしれない。

「つかぬことをお伺いしますが」

「鳴海は質問が多い」

「あ・・・」

勘違いだったのだろうか。 へそを曲げてしまっただろうか。

「何をそんなに気にしておるのか」

「色々と・・・」

「水さえ宥めておればいいだけの話だろうが」

「まぁ、そうなんですけど」

「まぁいい。 そんな鳴海も魚は受け入れたのだろうからな、なんだ言うてみぃ」

有難うございます、と言って疑問を投げかけた。 それは最初の青門の出来事以降にハラカルラを荒らした者が居たのかどうかということだった。
唐突の質問に白烏が一瞬、水無瀬を見たがすぐに手元ならず羽元に目を戻す。

「居らん。 と言いたいところだが」

「え?」

「居らんことは無かった」

それは居たということ。 青門のように暴れたのだろうか、それとも白門のように・・・。

「人間とは未熟。 未熟なくせをして強欲。 それとも未熟だから強欲なのか」

その昔、ハラカルラの水を持ち帰ろうとした者が居たということだった。 だがハラカルラの水は門から出ると徐々になくなっていく。 なくなっていくというのは語弊があって、正確に言うと人間の世でハラカルラの水が見えなくなるということであり、そこに存在しているがそこに存在していないということである。 ハラカルラの水で濡れていたはずの服が完全に門から出ると乾いているのと同じである。
だが諦めなかった。 大きな樽を持って入り、水で一杯にすると蓋をして持ち帰ろうとしたと白烏が言う。

「どの色かということは言わんが、その時そこには守り人が居らんかった。 守り人が居ればそのような暗愚なことはせんかっただろうがな」

「その、烏さんたちは何か制裁を与えたんですか? ってか、どうしてそんなことをしてるって分かったんですか?」

水無瀬の質問に制裁など与えていないと白烏が言う。 何をしようともハラカルラの水は持って出られないのだから、ということであったかららしい。 そしてハラカルラのことは何でも分かるということだった。

何でも分かる、それは魚に何かあっても分かるということになる。 ではどうして水見が魚を持ち帰ったことを知らないのだろうか。 それに今も白門は少なくとも藻を獲っている。

白烏が羽を引いて水無瀬を睨むように目を合わせてきた。

「あ? なんでしょうか」

心の中を読まれたのだろうか。

「もしかして水見のことを訊いておるのか」

「え・・・」


おっさんたちが白門のハラカルラへの入り口辺りについた。 ずっと無言だったキツネ面が口を開く。

「これより先に入る必要はないだろう」

あまり先まで入ってしまうと、白門の村の中に入ってしまうことになる。 それにハラカルラの生き物たちはここには居ない。 居ないと言えば語弊があり、見えないと言った方がいいだろう。
入り口と言っても現実世界とハラカルラの重なり合っている場所はそこそこの距離がある。 水無瀬のように見る者が見ればここにもハラカルラの生き物が居るのだろうが、凡人には到底見えない。

「結構距離があったな」

かなり歩いて来た。 カオナシの面が辺りをキョロキョロと見ている。

この白門の入り口辺りで朱門黒門が交代で白門の動きを見る。 いや、こっちが見ていると圧をかける。 そうすれば生き物の捕獲などしないはずであると、朱門黒門の長が話し合っていた。

「どれくらいで交代にする」

「毎日交代もお互い支障が出てくるだろう、週ごとはどうだ。 その方が村での仕事の調整もきくだろう」

「では今日より一週間、黒門が見る」

今日の朱門の足運びは無駄となるわけだが、些末なことを言い合っても仕方がない。 それに今日一日の無駄な足運びでは終わらないだろう。

「承知した。 道程は完全に覚えられたか」

カオナシの面達が互いを見ると、少し顔を横に振る者が数人居るが縦に振るものは一人もいない。 自信がないだけなのか、本当に覚えきられなかったのか。
黒門は村から黒の穴までを歩いているだけで、朱門のようにハラカルラを歩き回ってはいない。 黒門も朱門の歩き回りを十分承知しているのか、特に突っ込んでは聞いてこない。

ここまでの道程を一度で覚えろという方に無理があることは分かっている。 それに黒門が歩き回っていれば、ハラカルラの入り口が近い青門と鉢合わせをして互いのことを知っていたかもしれない。

「では暗くなる前にこちらからまた足を運ぶ」

帰りの道案内ということである。
暗くなってからも白門はハラカルラに入り捕獲をしていることを朱門は知っているが、あくまでも雄哉が水無瀬から聞いたということで黒門の長にも話している。 ハラカルラにも夜がある。 夜のハラカルラは入るというだけで荒らすということになる。 その夜のハラカルラに入り、朱門黒門自らが荒らすことをどちらの長ともに良しとはしていない。

「そうだな、黒門の、一週間は行きも帰りもこちらが案内する。 一週間もあれば覚えられるだろう」

カオナシの面達が僅かにだが互いに頷いている。 プライドが傷ついたと言えばそうなのだが、案内なくしてはここまで来られる自信がない。 そこに一人のカオナシの面を着けた男が一歩前に出てきた。

「手間をかけさせて悪い。 よろしく頼む」

水無瀬がこの声を聞けば、名前こそ知らないが誰か分かっただろう。 一番最初に水無瀬に声をかけてきたおじさんであり、誠司と共に水無瀬を挟んでベンチに腰を下ろし話をしてきた穏健派のおじさんである。

キツネ面の下で誰もが眉を上げる。 黒門から “悪い” や “頼む” などと聞くとは思ってもいなかったからである。 その男が続けて言う。

「朱門が何人で案内してくれるのかは知らないが、一人だったとしてもこちらは絶対に手を出さない。 中には短気なのが居るが、万が一のことがあっても俺が出させないから安心してくれ」

「あ、俺も絶対に出しません」

男の後ろから歩を出してきたカオナシの面が片手を軽く上げながら言った。

(この声は・・・たしか戸田君に話しかけてきた青年?)

黒門の村に行った時、あとで雄哉から聞いたが雄哉もまた水無瀬から聞いた話ということで、悪い青年ではないということだった。

「それに戸田君をこちらに渡してもらうにあたり、そんなことをして信用を落とせませんから」

雄哉を黒門に渡すにあたり、暴力を振るわないということが条件に入っている。
五つに、暴力は絶対に振るわない。

(こいつ、遠回しに他の人間に言いきかせてるってか? それならなかなかの知能犯じゃないか。 いや、それともこの男に入れ知恵をされてたのか?)

この男、それは穏健派のおじさんのことであり、青年は雄哉からは水無瀬が言うに気の弱そうな青年だったと聞いている。 ただ、水無瀬のあらゆる怒りが収まって改めて思い出すと、この青年はいつも謝っていたとも。 それに車中にいるときには水無瀬が前のシートにぶつからないように気も使ってくれていたと聞いている。

カオナシの面の下で他の男たちがどんな表情を見せているのかは分からないが、誠司の言ったことがうっとうしいと思えばそれなりに顔を歪めているだろう。 それだけではなく、微妙にそれなりの身体の動きがあっても可笑しくはないが、指先一つ動いていない。 全員がそのつもりなのだろう。 雄哉一人の存在で朱門の安全を買えたということになる。

キツネ面が誠司に頷いてみせると「では暗くなる前にまた来る」と言って朱門が踵を返した。


白烏に睨まれている水無瀬。

「あ、いいえ、その」

水無瀬の周りの水が不自然な動きをしだしてきた。

「このハラカルラで嘘が通用せんことは知っていよう」

「あ・・・はい」

水無瀬が自分の周りの水を宥める。 それを見た白烏が片方の眉をくいっと上げる。 あくまでも眉があればの話だが。

「どうして水見のことを知っている」

「その、白の人たちと話すことがありまして。 その時に水見さんのことを聞きました。 優秀だったみたいですね」

これは嘘ではなく真実だが、白烏への質問の答えになっていないことは重々分かっている。 その白烏が半眼になる。

「あ、えっとー」

もういい、と言った白烏がこれ見よがしに溜息をついた。

「水見は白の守り人だった。 その水見が魚を持って出たのを知っていて吾に訊いてきたのだろうが」

以前、白烏は水見のことを黒か朱か青か白と言っていたのに、本当は覚えていたようである。 きっと黒烏も覚えているのだろう、どちらの烏もとんだタヌキ烏である。

「あ・・・はい」

しょぼんと肩を落とす。
水鏡の中の水がざわつき始めた。 水無瀬が指で宥めていく。

「要らんことを耳にしおってから」

白烏が水無瀬から目を外し、ぴょんぴょんと跳んで体の向きを四十五度ほど動かす。 だがその方向に用があるわけではない。

「すみません」

言ってみれば不本意に聞かされたというのに、どうして謝らなければいけないのだろうか。
もう一度溜息をついた白烏が水見の話をしだした。 この話をするに水無瀬と向き合いたいと思わなかったのだろう、だから体の向きを変えた。

白烏が言うには、水見には訓戒を与えたということであった。 だがそれを水見は無視していた。 自分は上手く水を宥め魚を持ち帰っているつもりだったのだろう。 烏は何度も忠告をするつもりなどない。 改まらないかと見ていたが水見は繰り返していた。 そしてとうとう烏は水見から守り人の力を奪った。 そしてそれから水見は来なくなったということであったが、力を奪われればここまで来ることは出来ないのだから、当たり前と言えば当たり前である。

以前、烏たちの会話で白烏が言った『どのみち吾はあの男は好かんかったから丁度良かった』 それがこのことに当たるが、そんなことは水無瀬の知るところではない。

「水見さんは力を奪われていた・・・」

だから研究に専念をしたのか。 だがそんなことを白門からは聞いていない。 もしかして水見は力を奪われたことを誰にも言っていなかったのかもしれない。

「水見が居なくなった今でもちょろちょろと獲っておるようだがな」

「え? 知っていらっしゃったんですか?」

「その口ぶりは鳴海も知っていたということか」

白烏が首を捩じって水無瀬を睨む。

「あ・・・最近ですけど」

烏たちが知っていた? それで何も手を下していない? 水無瀬の考えていた暴挙に出るということは無いということなのだろうか。

「俺、どうしてもそれを止めたくて朱と黒に協力してもらってるんですけど、白がどう出るか分からなくて」

朱門と黒門とで白門に話をしに行ってもらったが、白門の手ごたえは薄かったようだと話した。
烏に眉があったのならば、くいっと上がったのが見えただろう。

「今日から白の入り口で朱と黒が交代で見張りに立つってことになってて。 でも夜は見張ることが出来ないから夜に獲られたら俺達には分からなくて」

「そうか」

白烏がぴょんぴょんと跳び水無瀬に向きあう。 その水無瀬の指が動いている。

(コヤツは良い守り人になる)

守り人としての心根も力も。 さっき水無瀬は自分の周りの水を宥めていた。 そんなやり方など教えてもいないのに。

「吾らが色んなことを知っておるのは、ハラカルラが教えてくれておるから」

白烏が言うには水が教えてくれるということであった。 だからどこで何が起こっているのかを知っているが、それはハラカルラに関することだけ。 又はハラカルラに生きる者たちのことだけだと言う。

「水が教えてくれる・・・」

初めて聞いたフレーズであった。 そしてハラカルラに生きる者たちのことだけであるのならば、水無瀬が黒門に襲われたり白門に攫われたりしたことを知らないのは当然である。

「鳴海たちが知らんところのことも吾らは知っておる、気にせんでいい」

優しい言葉かけ。 それなのに背筋に悪寒が走るのは何故だろうか。 いやそれとも白烏にはあるまじき優しい言葉かけだから悪寒が走ったのか。

「どうされるおつもりですか?」

「白には守り人が居らんからなぁ」

たしかに今は居ないというか、歳で動けないと聞いていたがそれまでは動けていたはず。

「居れば止められたということですか?」

さっき烏は『守り人が居ればそのような暗愚なことはせんかっただろうがな』と言っていた。 だが止められてはいなかった。

「その守り人と人間との関係・・・というか、どれだけ守り人が人間をまとめられているかというところか」

それは人間の上下関係として、ハラカルラのことで守り人がどれだけ上に立てているかどうかということ。
白門の人間たちを知っている水無瀬が納得をするが、少なくともその時の守り人に烏は注意なり警告なりを促さなかったのだろうか。

「少し前までは白の守り人、居ましたよね? ここに来てましたよね?」

「ああ、何度かは来ておったがそれも最初のうちだけ。 ま、才能は無かったな。 雄哉よりマシ程度だったか」

雄哉、えらい言われようだ。 だが確かに自力でここまで来られなかったのだから仕方はない。

「その守り人をひっ捕まえて忠告するとかってことはなかったんですか? それに水見さんの時代のことを考えれば、その守り人の前にも守り人は居たんですよね? どうして止めなかったんですか?」

水見が守り人でなくなってから、どれだけの生き物たちが捕獲されたのかは知らないが、獲り続けている可能性は大いにある。

「吾らはハラカルラに言われればそうする。 だがハラカルラは涙を流しても待つということをする」

烏たちはハラカルラの生き物を守っているのではない、ハラカルラを守っているのだと言う。 そのハラカルラの意思を尊重するということであった。

ハラカルラに生きる者は言ってみればハラカルラの子供である。 その子供が攫われたというのに、涙を流してでも人間の目覚めを待つ。 自ら目覚めなければ何度も繰り返されるだけ。 ハラカルラはそう判断をしているということであった。 だが水見の時にはあまりに悪質が続き、とうとうハラカルラが判断を下したということであった。

烏からハラカルラのことを聞かされたが水無瀬は烏ではない。

「俺は今すぐにでも止めたい。 ハラカルラに我慢なんてしてほしくないし、そこに生きている者たちも連れ去られたくない」

どうして人間の犠牲にならなくてはならない。 偽善だと言われればそうかもしれない。 水無瀬だって肉を食べれば魚も食べる。 だが以前にも思ったが、このハラカルラは水無瀬達の生活している世界の海でも川でもない。 そしてそこに生きている生き物は別だ。

そこで「俺の個人的なことなんですが」と言うと、白門から受けた水無瀬に降りかかっていたことを白烏に話した。 黒門のことは関係ないと判断をしたが、それでも話の流れのつながりから黒門のことも話し、ついでに雄哉のことも話した。

「ほぅ、雄哉がのぉ」

雄哉に助けられたのだ、雄哉お気に入りの白烏にとって気分のいい話だっただろう。

「そういうわけで雄哉も俺も簡単に動けない状態なんですが、どうしても白を止めたいんです」

「なんだ鳴海、モテモテだの」

人が真剣に話しているというのに、なんだその返しは、とは思ったが、よく考えると思い当たることがある。 “モテモテ” それは雄哉が言っていた。 きっとそのワードは雄哉から聞いたのであろう。

「ふーん、そうか。 鳴海がここに来んかったのはそういうことだったか」

白烏が訳知り顔で起用に羽を曲げて嘴(くちばし)の下に当てている。 人間でいうところの顎の下に手を当てているような状態である。
烏から言えば単純に水無瀬には毎日来てほしい、役に立つのだから。 だが水無瀬にはそれ以上のものがある。

――― ハラカルラを想っている。

何よりもそれが一番。 力があろうが無かろうが関係はない。 いや訂正、力はあるに越したことは無い。

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