大福 りす の 隠れ家

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--- 映ゆ ---  第103回

2017年08月17日 23時08分44秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shou & Shinoha / Shou~  第103回
  



昼前に翼がのっそりと起きてきた。

「お早うござい・・・って、誰もいないし。 俺の朝飯もなし?」 台所のテーブルには何も置かれていなかった。

雅子は授与所に座っている。 昼食の下準備をしたカケルは渉と磐座に居た。

「絶対にスマホを手に持っとけよ」 カケルが奏和に言われていた。

奏和は境内であのカメラマンが来ていないか、宮司に言いつけられた用事をしながら辺りを見張っていた。 駐車場で見張っている方が随分と楽なのだが、そうなるといつ宮司から「何をさぼっとるんだ!」 と、雷が落ちるだろう。 それにそれくらいの覚悟があってカケルを神社に呼んだのだから。

「カケル、久しぶりに山の空気を吸うでしょ? あ、そうだった。 奏ちゃんと行ったんだっけ。 奏ちゃんに山のドライブに連れて行ってもらったんだったね」

「言ってもココの山とは違うから」 

柔和な眼差しで辺りを見るカケルを目を細め見る。

「カケル・・・優しい顔になったね」

「え?」

「冷血が取れてきたよ」 何の悪気もない。 ただ正直に見たままを言っている。

「何言ってるのよ」 相好を崩すと照れたようにハラリと落ちてきた髪を耳に掛けた。

「赤ちゃんがお腹の中にいるママみたいな顔だね」

「・・・渉。 もっといい例えがないの・・・」 照れさえなくなりこめかみを押さえる。

「ドライブどうだった?」

カケルの仕草など、言葉など関係ない。 感じたこと思ったことを思いのままに話す。 カケルもそれを心得ている。 それが渉の良いところの一つなのだから。 それは正直になれないカケルの持っていない所なのだから。

「絵画展もそうだけど、渉が奏和に言ってくれたらしいね。 ありがと。 すごくスッキリした」

「絵画展は奏ちゃんがどこかいい所がないかって聞いてきたからだよ。 ドライブはそのついで。 いい所に連れて行ってくれた?」

「うん。 雑踏より森林浴がいいね」

「だよね。 喧噪って好きじゃない」

「特に渉はね」

「そんなことないよ」

「だって、磐座好きじゃない。 磐座がある所はどこも静かだよ」

「・・・うん」 2人で磐座をじっと眺めた。

「山の中で温泉なんかに浸かった?」

「サスガにそれはない」

「露天風呂なんかもいいんだけどなぁ・・・奏ちゃんって気が利かない」

「・・・渉」 頭痛が走ったような気がして頭を下げた。 

「翼君そろそろ起きたかなぁ?」 話の内容が自由だ。

「あら? 翼の心配をしてくれるの?」 顔を上げた。

「だって、あれ以上頭が腐ったらどうするの?」

「翼に伝えとくわ・・・」 もう一度こめかみを押さる。

「翼君モテてるみたいだね」

「そうみたいね」

「外泊してるでしょ?」

「え? 知ってるの? って、マサカ外泊って渉と!?」 額を押さえている暇ではない。

「違うよ。 この前電話がかかって来た時、後ろで女の人の声がしてたから。 夜遅かったし」

「はぁ!? そんな所から渉に電話をしてるの!?」

「みたい。 ねぇ~つばさぁ~まだぁ~、って聞こえた」

「あのバカ!」

「どうしてそんなときに電話してくるのかなぁ?」

「何にも考えていないんでしょ!」 怒りながらも時間が気になり、スマホで時間を確認する。

「あ、ヤバイもうこんな時間。 お昼ご飯の準備しなくちゃ」 切り株から腰を上げた。

「うん」 と、同じく渉も切り株から腰を上げかけると、カケルが声を掛けた。

「あ、渉はいいわよ。 一人でゆっくり磐座の所に居たらいいから。 ボォーっとしてないでちゃんとお昼時に戻ってきたらいいよ」

「あ、じゃそうする。 ありがと」 立ちかけた切り株に座りなおした。

「じゃね」 言うとカケルが立ち去った。

「カケルごめん。 磐座の前にはいない」 立ち上がり磐座の前に立った。 磐座への礼は既に済んでいた。

「シノハさんに逢いたい」 言うと手を合わせ目を瞑った。 


「ショウ様!」

川の流れの音より先にシノハの声が聞こえ目を開けた。

「シノハさん!」 目の前にシノハが立っている。

「来てくださった」 隠しきれない喜びが顔に表れる。

「ずっと待っててくれたの?」

「はい」

「遅くなってごめんなさい」

「謝らないでください。 我が待ちたくて待っていたのですから」

「シノハさん・・・」 嬉しい。

「ゆっくりできますか?」

「・・・それが・・・」

「そうですか・・・ショウ様に無理は言えません。 来てくださっただけで我は嬉しい」

嬉しいと言うそのシノハの顔を見る。 渉にとってその顔が嬉しい。 が、少ししか逢えないのが悲しい。 ずっとシノハと共に居たい。 今日も明日も明後日も。 シノハへの想いが逢う度に募っていく。

「シノハさん・・・」

「はい」

「私・・・これからもずっとシノハさんと居たい」

「ショウ様・・・」

「ダメ? 私じゃダメ?」

「ショウ様・・・」 平静を保とうとしている後ろに苦しい顔が見える。

「私じゃダメなの? 不器用な私じゃダメ? シノハさんの役に立てない?」

「そんなことは・・・そんなことはありません」

「パパとママにちゃんと話す。 だから・・・」 悲しげな顔をする父母の顔が浮かぶ。

渉の姿が歪んだ。

「ショウ様・・・」


渉の目の前に居るはずのシノハがいない。 代わりに磐座がある。

「なんで! どうして! どうして最後まで言わせてもらえないの!」 涙が浮かぶ。

「シノハさん・・・ずっと一緒に居たい」 渉の感覚がおかしくなり始める。

「私にはシノハさんしか居ない。 それなのにどうしてここへ帰って来るの!」 磐座を前に崩れた。

どれだけ磐座の前に居ただろうか。

「渉?」 どこかで奏和の声がした。

(居た。 良かった・・・) 磐座の前で膝と手をついている渉を見た。

「渉? どうした?」 奏和が渉の背に手を置き横にしゃがんだ。

「奏ちゃん・・・」 そうだ、ここはシノハのいる所ではない。 おかしくなりそうな気持ちを押さえ、今に帰ろうとする。

「なんでもない」 立ち上がろうとすると、目の前が真っ暗になった。

「渉!」 奏和がすぐに渉を抱きかかえた。

「・・・だれ?」 

うわごとのように言う。 様子がおかしい。

「渉、何言ってんだ。 しっかりしろ」

「・・・帰りたくない・・・」 奏和に渉の小さな声が僅かに聞こえた。

「え? なに?」 渉の口元に耳を寄せるが、その一言以外、渉は何も喋らなかった。

「渉・・・渉!」 奏和が顔色を変えて渉を揺する。

「渉!!」

遠くに奏和の声が聞こえた。

渉がうっすらと目を開ける。

「渉、気が付いたか?!」

「奏ちゃん・・・」

「大丈夫か?」

「あ・・・ごめん。 うん、大丈夫・・・」 奏和の腕から身体を起こしかけたが、頭がクラクラして身体が揺れる。

「動くな。 ふらつきが治まるまでじっとしてろ」 

「奏ちゃん・・・」 いつの間にか奏和の上着が身体に巻かれていた。

「目は開けるな。 目は瞑っていればいい。 落ち着いたら起き上がるといいから。 気にするな。 俺が支えてるから」

「・・・うん」 言うと全身を奏和に預けた。


「渉! 遅い! もう冷めてるから!」 

戸を開ける音を聞いて台所から出てきたカケルが腰に手を当て玄関に立った。

「あの・・・俺は無視?」 渉の脇を支えている奏和が言う。

昼ご飯時を過ぎて奏和が帰って来ると、まだ帰ってこない渉を迎えに行くよう、カケルが奏和に言ったのである。
カケルから奏和へは 「お昼の用意をするから家に帰る」 と連絡があった。 カケルと渉は行動を共にしていると思っていたのに、まさか渉が磐座に残っているとは思わなかった。 急いで磐座に行ったのであった。

「奏兄ちゃん、俺がされてる完無視を思い知るがいい」 台所から顔を出した翼が言う。

「翼に何を言われたくないよっ!」

「どういう意味だよ」 言い残すと台所の入った。

「カケル、遅くなってごめん。 奏ちゃんに温かいものを出してあげて。 私が悪かったから」

「渉がそう言うのなら・・・」 様子がおかしい渉に何かあったのかと、可能な物をすぐにレンチンし、味噌汁を温めなおした。

「渉どうしたの?」 奏和に支えられ台所に入ってきた渉に代わって、奏和がカケルの質問に答えた。

「貧血か立ち眩みか分からないけど、倒れこんでたんだよ。 まともに朝飯も食ってなかったからな。 で、完全に体調がおさまるまで待ってた」
渉の様子に翼が椅子を引いて渉を座らせると、その横に奏和が渉について座った。

「なんで奏兄ちゃんが渉ちゃんの隣に座んだよ!」

「そう言えば・・・渉、顔色もよくないし頬がこけてる。 気付かなかった」 冷たくなった渉の頬を暖かい手で包む。

「俺なら寒い中に渉ちゃんを置いとかないぞ! お姫様抱っこで連れて帰ってきたのに!」

「え? そんなことないよ。 もう治まったから元気元気。 でもカケルの手が暖かい」 目を瞑ってその暖かさを感じる。

「あっそ。 やっぱ完無視ね」

「本当に? 本当に大丈夫?」

「うん。 奏ちゃんがちゃんと見てくれた」

「奏兄ちゃんどいてよ。 俺が横に座るから」 奏和の座っている椅子の背もたれをガタガタと揺する。

さっきから的外れな翼にカケルと奏和が溜息をついた。

「なんだよ二人して」

「アンタがマヌケだからでしょ!」

「はっ? 姉ちゃんにそんなこと言われる筋合いはない!」

「どこかの女と一緒に居る時に、渉に電話するマヌケが喋ってんじゃないわよ!」

「え? なんのことだ? 翼、それってなんだ?」

「あ・・・」

「翼! 白状しろ!」

「えっと・・・渉ちゃん? 気付いてたの?」

「当たり前」

「うっそー、鈍感の渉ちゃんが気付くはずないじゃーん!」

「どういう意味よっ!」

渉の声に奏和が一瞬胸を撫で下ろしたが、これで終れるものではないと感じていた。

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