大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第10回

2019年01月11日 22時06分58秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次






                                        



- 虚空の辰刻(とき)-  第10回



紫揺が目覚めた。

「アタマ・・・」 顔を顰めボォーっとする頭に檄を送り目を開けるが、その目に映る物が全て滲んで見える。 ギュッと目を瞑り開ける、それを繰り返す。

「なんで・・・?」 鈍い思考を巡らす。 と、徐々に思い出してきた。


会社の使いから帰ってきた。 もうすぐで会社という時に車に乗る男から尋ねられた。

「ここらにシノ機械ってあります?」 と。 だから取引相手かと思い、丁寧に応対するために自転車を降り 「ここです」 とブロック塀を指さして、もう少し行くと入口が見えます。 と付け加えた。

「もしかしたらシノ機械の人?」 問われ頷いた。

「藤滝さんって人がシノ機械にいる?」 自分の名を言われ少々・・・いや、大いに驚いたがそれに答えるのが筋であろう。

「えっと、藤滝は私ですが」 紫揺の返事を聞いた相手の目が受け付けられるものではなかったが、それでも自分の姓を名乗った。

「間違いなく?」 念を押すように聞いてくる。

「はい。 シノ機械の藤滝紫揺です」 

こんな事になろうとは紫揺の思考回路の一駅にもないことであった。 迂闊にも自分からフルネームを言ってしまった。 さっき、この男は氏しか聞かなかったのに。
その途端、後部座席のドアが開いて男に羽交い絞めにされた。 誰かが助けに来てくれたような気がしたけれど・・・記憶に薄い。 
無理やり車の中に入れられたと思った途端、何かの注射を打たれて・・・そのまま今の状態につながっている。


「どうして・・・?」 何とかして今の状況、今自分が居るところを見ようと滲む目を大きく開ける。

「・・・駄目だ、よく見えない・・・頭もグラグラする・・・」 身体も思うように動かない。 諦めて一度目を閉じた。 目を閉じるだけのつもりだったのに、意識が飛んだ。

次に気付いた時には頭もスッキリしていた。 知らぬ間にまた眠っていたようだった。
ソロっと目を開けると自分の目の前に手をかざした。 先程は自由に動かなかった手が今は動かすことが出来る。

「見える。 私の手」 手相までシッカリと見えてその手は滲んでいなかった。

その目で辺りを見回すが、どこを見ても腑に落ちない。

「なに?」 ゆっくりと上体を起こす。

(落ち着け、落ち着け。 見えるものだけを見るんだ) 自分を鼓舞し、ゆっくりと身の回りを見た。

「え? お布団?」 身体の上には布団が掛けられていたが、それは見たこともなければ触ったこともない、シルクのカバーで包まれた羽毛布団だった。

一番近くの周りを見ると周りに純白の薄布が掛けられてあるのが目に入った。

「カーテン?」 上を見るとどこかで見たことがある。

「あ・・・これって中世のお姫様の寝室にあるやつ・・・」 それは天蓋であった。 薄布の間から向こうが見える。

「そっか、ベッドの上にいるのか・・・」 ソロっと掛布団を身からはずし、足を下ろそうとした。

「え? え?」 自分の着ている服を慌てて見ると、薄桃色のシルクで出来た長袖の一枚物を着ていた。

「事務服を着てたはず・・・」 

紺色のスモックの事務服の下にはGパンを穿いていたはず。 腕や身体に纏っているそれを触るが、どこを触っても事務服にもGパンにも変化することはなかった。

「・・・拉致られた。 それなのに着替えさせられてる」 足をベッドから降ろし座ると、薄桃色のシルクがストンと膝下まで垂れた。

「とにかく・・・私を拉致ってどんな得があるっていうのよ。 人間違えにもほどがある」 目を座らせるとベッドからハネ降りた。

取り敢えず部屋の中を見渡すと壁には見たこともない立派な絵が飾られている。 大きな花瓶には真っ赤なバラがデザイン的に生けてある。 品の良さそうな調度品も目に映る。
背の高いカーテンの前には白い猫足のテーブルが置かれている。 そのカーテンの向こうにはきっと窓があるのだろう。

「部屋から出るドアは?」 

部屋の中を歩き回るとすぐにドアが見つかった。 ソロっと開けてみると目の前には黒一色しか見えない。 

「あれ?」 と、その目の前の黒が動いた 「NO」 と頭の上から野太い声が降ってきた。

「え?」 そろりと上を見ると黒のサングラスをして黒いスーツを着た肌の黒いマッチョが紫揺を見下ろしていた。

「え? ・・・」

「NO」 もう一度繰り返された。 と、その時

「申し訳ありません。 この者は日本語を知らなくて」 

日本語を知らないマッチョが振り返ると、そのガタイをドアから避けた。
日本語を話した男はたった今、別の部屋から出てきて紫揺に走り寄ってきた。 

「お部屋にお戻りいただけますか?」 紫揺を見るその目は色素の薄いグレーに僅かに青が混ざった瞳であった。

「でも、あの・・・」 その瞳でじっと見られる。

「すぐに領主が挨拶に参りますのでお部屋でお待ちください」 言うとドアを大きく開け、紫揺を部屋の中にいざなうように片手を部屋の中に入れた。

どうしていいか分からない紫揺であったが、とにかくマッチョが居る。 駆け抜けることも出来ないだろう。 仕方なく部屋に戻った。

ドアを閉めると男が階下に降りた。

部屋に戻った紫揺。 背の高いカーテンまで小走りに行くとそのカーテンを潜った。 窓から逃げようと思ったのだが、生憎と窓を開けることが出来ない。 窓に鍵などついていなかったのだから。 その上、眼下に見える風景で今いるこの部屋の高さが身に染みて分かった。 一瞬息が出来なかった。 肝が上がるとはこういうことなのであろうか。 身体にある重力が肝について上がり、下半身の重さを全く感じないような気がした程だった。
途端、その高さの底から見えない手が出てきて紫揺の身を捉えた。 捉えられた紫揺の身体が僅かに揺れ、そのまま引き込まれるように身体の中心を失うと前に倒れこんだ。 ゴン! 大きな音が響いて額を窓にしこたま打ちつけた。

「・・・イタ」

窓の下には30、40センチばかりの高さと幅のある僅かな壁があった。 きっと夜にでもなればその壁に腰かけて夜景を眺められるのだろう。 だが、紫揺にしてみればそんなことにこの壁が有難いわけではなかった。 壁があるお陰で少しでも視界が遮られる。 高所恐怖症というシルクを着た塊は四つん這いになって窓から離れカーテンを潜った。 そして打った額を押さえ 「うそ・・・」 と一言が出た。 最上階であった。 飛び降りるなんてことは到底できない。

部屋のベルが鳴った。 慌てて立ち上がったが、その先どうしていいのか分からなく無意識にカーテンを握ったままそこに固まってしまった。
ガチャリとドアの開いた音がする。

「失礼いたします」 先程の男の声がした。

慌てて前髪で額を隠す。

部屋の中に入ってきたのは二人の男。 先を歩くのは先程の男。 後ろに歩く男が領主と呼ばれた男だろうか。 だが先を歩く男もそうだが、後ろの男にも見覚えがない。
先を歩く男が途中でソファーの後ろに立つと、後ろを歩いていた男がカーテンの前で固まる紫揺のところまで歩いてきた。

「初めまして」 男が笑顔を向けて軽く頭を下げた。

「部下の不敬をお詫びします。 乱暴にここへお連れしたと聞いて私も驚いているのです」 男の目は色素の薄いグレーの瞳をしている。 薄いグレーの中に黒い瞳孔が目立つ。

「そんなに怖がらないでください。 もう大丈夫です」 男が再び笑みを作るが、紫揺の筋肉は弛緩することがない。

「私の名はムロイと申します」 柔和そうな顔で紫揺を見る。

「藤滝紫揺さん、座りませんか?」 右腕をソファーの方に向けたが、紫揺がピクリとも動かない。

「どうしてここに来て頂いたかご説明させて頂けませんか?」 その言葉に一刻も早く誤解を解きたいことを思い出した。

(そうだ、人間違えをしてるって言わなきゃ)

「あの・・・」

「はい?」 籠の中の小鳥が隅っこで小さくなってピィと鳴いたのを見るような目で紫揺を見た。

「・・・人間違えをしています」 より一層カーテンを握りしめた

「どうしてそうお思いですか?」

「私を誘拐してもお金を払う人はいません」 蚊の鳴くような声。

「身代金ですか? それは大きな誤解です」 頭を軽く振ると続けた。

「お手をとりましょうか?」 ソファーに向けていた手を紫揺の前に差し出した。

今度は紫揺が頭を振る。

「では座りましょう。 さっ」 紫揺の横に立ち、歩を進めることを促した。

ソファーの後ろに立っていた男が紫揺が裸足なのに気付き、大股で歩きだすとベッドの足元に置いてあったフワフワの室内履きを取り紫揺の足元に置いた。

「ああ、これは気付きませんで。 失礼しました」 ムロイと名乗った男が膝をついて履かせようとすると紫揺が慌てて 「大丈夫です」 と言い、すぐに自分で履いた。

「これで歩けますね。 さっ、ソファーに」

仕方なく歩き、まるでなにかの小動物のようにチョコリンとソファーに座った。 紫揺が座るのを見るとムロイが向かいに座った。 その姿が背もたれに背を預けてはいないし、足を組んでいるわけでもない。 紫揺にとればそれまでも、今ソファーに座る姿勢も横柄な態度には見えなかったから幾分か安心できたが、それでも人間違えをされていることをどう説明しようかと悩む。

「では先にもう一度謝罪をさせてください。 部下がとんでもないことをしてしまい大変申し訳ありませんでした」 立ち上がり頭を垂れる。

「あ、いえ、そんな」 思わず紫揺も立ち上がった。

「無理に引きずった挙句、注射などというものをしたと聞いています。 どこか具合の悪い所はありませんか?」

「あ、大丈夫です・・・」 

紫揺の返事を聞くと座るように促し、自分も再びソファーに腰を下ろした。

「さぁ、それでは紫揺さんの誤解から解きましょう」 紫揺がどこで人間違いを起こしているのか探し出そうと耳を傾ける。

「まず、私には身代金は不要です」 

この部屋を見て頂ければわかって頂けると思いますが・・・と話を続けた。 要するにこの部屋はこのホテルにある2つの内の1つのVIP ROOMであり、自分はもう1つのVIP ROOMに泊まっている。 サポートする者のために他に部屋はあるが、1つのVIP ROOMがそのフロアーを占有している。 金が無ければそんなことは出来ないでしょう? と言い、それに、と続けた。

「落ち着かれたら屋敷へお迎えしますが、屋敷には馬場もテニスコートも室内プールもあります。 それだけでは身代金の不要を説明するに値しませんか?」

唐突に言われた色んな名詞に紫揺は全く意味が分からないといった顔になっている。

「紫揺さん?」

「え? あ、はい」

「やはりどこか具合の悪い所がありますか?」

「いえ・・・。 でもあの」

「はい?」

「お金の心配がないのは分かりました。 ですけど、私ではないと思います。 その、どんな理由もありませんから」 先程までの蚊はかろうじて飛んでいたのに、今は息絶え絶えな蚊にかわっていた。

「貴方なのですよ。 藤滝早季さんの娘さんであり、ムラサキ様のお孫様。 藤滝紫揺さん」

「え?」 突然に母と祖母の名前を言われ大きく目を開けた。

「間違えないでしょう?」 ムロイが両の指を組むとその両肘を足の上に置いた。

「・・・どうして?」

「やっと人間違いではないと分かっていただけましたか?」 ずっと笑みであったが、より一層口の端を上げ目を細める。

「では何故、紫揺さんをお迎えに上がったかですが。 ああ、あんな乱暴をしておいて、お迎えとは言えませんね」 と、間をおいて続ける。

「先程も申しましたが、紫揺さんには屋敷へ来て頂きたく思っています。 そこでゆっくり過ごして頂きたいのです。 その後のことは、屋敷で落ち着かれてからお話します。 そうですね、その後のことと言うのは本来なら、ムラサキ様にもそうして頂ける筈でした」 笑みの後ろにイヤな影を見せる。

「私の言い訳じみた説明はこういうことなのですがご納得いただけましたか?」 

聞かれても意味が分からない。 ただ、この男が言ったムラサキ様と言うのが、紫と言う名を持つ祖母ということなのだろうか。 お婆様がそうしていく筈だったという言葉が頭に残る。
では? お爺様は? お母さんは? お父さんは? 何がどうなっているのか分からない。
紫揺の様子を見ていて今はこれ以上話しても無駄かと踏んだムロイが話の先を変えた。

「さて、それではお腹が空いているでしょう? 半日寝ていらしたのですから。 食事を運ばせますので今しばらくお待ちください」 では、と言ってムロイと男が出て行った。

ドアを開け廊下に出たムロイがマッチョに視線を流し頷いて見せると、マッチョがすぐにドアの前に立った。 ムロイはそのまま歩いて行き、男は別の部屋に入り指示を出すとすぐにムロイにつき、少々格下にはなるが階下にも設けられているVIP ROOMに入った。

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