大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第13回

2019年01月21日 21時12分59秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第10回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第13回



「お気づきですか?」

青みの色素を帯びた薄いグレーの瞳が覗き込んで自分を見ている。

「・・・ニョゼ、さん・・・?」

「はい、ニョゼにございます。 わたくしの細心が欠けておりました。 申し訳ございません」

朦朧 (もうろう) とした目でニョゼを見るとその目先を天蓋へ移した。 両親は迎えに来てくれなかった、同じ場所へ連れて行ってくれなかった。 ・・・当たり前だ。 そんなこと現実的に考えてできるはずがない。 それに自分で両親を殺しておいて、何を今更都合のいいことを考えていたのか。 浮薄な思いで両親を呼んだ自分の愚考に嫌気がさす。

「・・・どういうことですか?」

「お部屋をお訪ねするのが遅すぎました」

「・・・」 記憶を辿る。

(窓・・・そうだ、窓で崩れた) 

僅かに薄布で見にくくはあるが、目の先をもう閉じられている背の高いカーテンに移した。 じっとカーテンを見ていると目に映るものがはっきりと見えてきた。 だが、崩れた先の記憶は見えてこない。

「あの・・・もしかして、あそこからここまで移動させてくれたんですか?」 

「紫揺様には失礼かとは思いましたが、そとにいる男が・・・」

「男の人?」

「はい」

「そうなんだ」 あのマッチョか。

何故だろう。 どこか自分自身が他人の様に思われる。 抑揚なく今話している希薄な自分が自分でないような。 それでいて今話している自分が心の中の自分を嘲るようにも感じた。 自分が二人居る? バカな、そんなはずはない、と自分の中で首を振る。

「わたくしがもっと早くにお訪ねすればよかったのに。 申し訳ございません」

「・・・ニョゼさんは何時ごろにここに来られたんですか?」

「9時過ぎにお部屋に入らせていただきました」

「その時に、私はあそこで?」 

「はい。 倒れていらっしゃいましたので、すぐに男を呼びました。 大事はないとは言っておりましたが・・・」

「・・・はい、なんともないです」 

そんなことを言うつもりはなかった。 だがニョゼの顔を見ているとその憂慮をとってあげたかった。 自分が大丈夫と言えば、それで済む話なのだから。 そう思ったとき、やっと自分を取り戻した気がした。

「あの、もしかして・・・それからずっとここに居てくれたんですか?」 チラッと時計を見ると午前3時を示していた。

「はい」

「ごめんなさい。 私は何ともないから。 お部屋に戻って下さい」

紫揺の言葉にニョゼが僅かに相好を崩した。

「シユラ様はこれからどうなさいますか?」

「え?」

「お休みになられますか?」

「眠れそうにないみたいです。 けど、一人で起きていますからニョゼさんは寝てきてください」

ニョゼが一瞬目線を下げるとすぐに柔和な面で紫揺を見る。

「お疲れでいらっしゃらないのでしたら少しお話をいたしませんか?」 

紫揺が驚いた顔をしてニョゼを見返した。

「シユラ様は年が明け3月で二十歳になられますね。 わたくしと丸1年違いでございます」 指を一本たててみせた。

「え? ニョゼさん高校を卒業したばかり?」 完全に自分より1年歳下だと思っている。

意表を突く返事をされてニョゼが両の眉を上げる。

「この3月で21歳になります」

「え? 歳上?」

「まぁ、嬉しいですわ。 わたくし今まで実年齢より若く見られたことはございませんでしたから」

ニョゼが言うが、どちらかと言うと紫揺以外の人間が正しいと思われる。 紫揺が人の年齢を見る感覚がズレているだけなのだから。 だがこの言葉が少なからず紫揺の気持ちを和らげた。
勿論、両親のことは心から離れない。 今置かれている自分の位置を忘れたわけでもない。 でも、この1ヶ月ずっと付いてくれていたニョゼ。 そのニョゼの愁いをとりたいと思ったのは、その原因が自分だと分かっていたから。

「じゃ、高校を卒業してここのホテルに就職したんですか?」

「いいえ、大学を卒業したのち、秘書の資格など諸々を取りました」

「二十歳なのに大学って・・・短大ですか?」

「日本の大学ではなく、アメリカの飛び級で卒業いたしました」

「・・・わっ、スゴイ」 まるで子供のような眼差しで目の前にいる才媛を改めて見た。

紫揺の正直な言葉を聞くと、憐憫な眼差しを送りながらも口角を少し上げ、僅かに頷いた。

「シユラ様・・・。 今はまだお辛いと思います。 ですがニョゼがついております。 お一人で泣かれるようなお辛い目にあわせたくはございません。 どうぞ、なんなりとニョゼにお話しください」 言い終わると 「・・・あ」 と言って口を押え次の言葉を続けた。

「・・・申し訳ありません、出過ぎたことを」

「うううん、そんなことないです」

「出過ぎたことを言ってはいけないと教わっておりますのに、つい」 ああ、言い訳をした上に 『つい』 などと言う言葉も発してしまった、と己を恥じた。 

先程の紫揺の子供のような正直な言葉につられてしまったようだ。

「ニョゼさん・・・お父さんとお母さんは?」

「郷に居ります」

「アメリカに行ってて、今もここに居て寂しくないんですか?」

「・・・そうですね、寂しくないと言えば嘘になるかもしれませんが、5歳の頃より離れて暮らしておりましたから慣れております」

「え? どうしてそんなに早く離れちゃったんですか?」

「英才教育とでも申しましょうか」

「あ・・・それで飛び級。 ・・・ニョゼさんってホントに凄いんだ。 でも、勿体ない」

「はい?」

「そこまで出来てどうしてホテルにお勤めなんですか? もっと・・・研究者とかになろうとは思わなかったんですか?」 

「わたくしはここのホテルの者ではございません。 領主についております」

「え? そうだったんだ」

「シユラ様がこうしてお話しくださることが嬉しくございます。 とても正直でいらっしゃるのですね」

「・・・え、そうなのかな・・・?」

「はい、とても」

「そう言えば、こんなに沢山話したのって久しぶりです」

両親のことで毎晩泣き、両親のことが心の中を占領していて、自分の考えなんてずっと持つことがなかった。

「それなら・・・どうして私がこんな事になってしまったか教えてもらえない?」

「領主からお話を聞かれたと思いますが」

「聞きました。 聞きましたけど、納得がいってないんです」

「そうですか・・・。 ですが、その事はわたくしから何を申し上げられることは・・・。 シユラ様が領主から聞かれたと同じ事しかわたくしは知り得ませんので。 ただ、シユラ様のお側でお仕えするようにと言い付かっておりますだけで・・・」

そんなことはない。 全てを知っている。 いや、自分の知りえることが全てなのかは分からない。 それでも紫揺が知るよりは知っている。

「そうなんだ・・・」



岩屋では老女が地図を広げているが数日は動いたものの、その後は一向にその指が動かない。

「もう無理か・・・」

「独唱様、これで充分かと。 この先は阿秀たちに任せましょう」 塔弥が言う。

紫揺が何かに耐えながら泣く。 その悲嘆な感情は独唱が感じるにはあまりにも小さすぎた。 思いのほか探しあてる事ができなかった。 最初の数日から絞って指差されたのは、兵庫県、鳥取県、島根県であるというところに留まった。
独唱にしてみれば塔弥の見え透いた言葉に納得など出来るものではなかったが、だからとてこれ以上何も出来ることなどない。 それに、塔弥が我が身を案じているのを知っている。 地図から目を離すことしか出来なかった。

「茶を淹れてまいります」 


「塔弥から連絡があった。 独唱様がこれまでとされたようだ」

此之葉を覗く全員が部屋に集まって阿秀の声を聞く。

「3県かぁ・・・広すぎるな」 

醍十 (だいじゅう) がポツンと言った。 だがその言葉は全員の思うところであった。

「手をこまねいている事も出来んが、無駄に歩き回る事も考えものだ」 阿秀が言うが誰からの返答もない。

「どうする? 帰るか?」

「俺は此之葉の守りがあるから帰りません」 的を外れた返答だけは返ってきた。 するとそれに乗せられたかのように野夜が口を開いた。

「確かに紫さまのことは気に掛かります。 ですが俺はお父上の僚友のことをもう少し見張っていたいのでそちらの方で残ります」

「なんだ? 僚友のことは終わったのではなかったのか?」

確かに終わったと報告をした。 僚友と紫揺の間では紫揺が落ち着いたら紫揺から連絡をするということであったと。 だから、此之葉に紫揺の字に似せてもらって手紙を書いてもらった。 文面も日頃の紫揺のことが分かる此之葉が書けばそれなりになる。 そしてその内容は引越しをして心機一転一人でやっていくという内容であった。

「ええ、ですが・・・何かよくは分からないんですけど、どこか気になることがありまして」

阿秀の眉が動く。

「そうか。 それではそこのところは野夜の判断に任せる。 だが、必要以上に深追いは無用だという事を頭に入れておいてくれ。 紫さまを追って話を大きくしなければそれでいい話なのだからな」 頷く野夜を見ると話を続けた。

「他の者はどうだ。 紫さまをお探しするならいつまでも此処に居ても始まらない。 場所を変えなければいけないんだが?」

本来ならもっと早くに場所を移動しなくてはならなかったが、独唱からの情報が時折ブレていた事から移動をしかねていた。 最初は京都府も指差されていて1府3県だったのだから。
一瞬の沈黙のあと梁湶 (りょうせん) が口を開いた。

「確かに場所を絞りきれません。 ですが・・・無駄と言われればそうかもしれませんが、北のやることです。 どこかのホテルに宿泊している可能性が高いと思います。 別荘かもしれませんがそれも虱潰しに探します」

「と言う事は、残るという事か。 他の者は?」 阿秀の問いかけに全員が頷いた。

「では、これからも紫さまをお探しするという事だな。 それでは移動は明日、各県に分かれる。 詳しいことは明日話す。 今日はこれまでだ、身体を休めてくれ」 

解散の言葉に全員が部屋を出ると阿秀がすぐに立ち上がりメモを出すと策を練る。



ニョゼが部屋を出て行った。
ほんの数分前の自分を顧みると自責の念に全身が覆われた。 両親を忘れて話し込んでしまったことに。

「私って・・・馬鹿だ」 つと涙が流れる。

カクンと頭を垂れるとそのまま顔を横に振り時計を見た。 午前4時を過ぎていた。

「でも、自力でやらなくちゃならないんだ。 今はお父さんにもお母さんにも頼れないんだから・・・」 いつも言うその先の言葉を飲み込み布団にもぐった。


それから8日後にムロイとセノギがホテルに帰ってきた。

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