元・副会長のCinema Days

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「チャンシルさんには福が多いね」

2021-01-18 06:23:59 | 映画の感想(た行)
 (英題:LUCKY CHAN-SIL)淡々とした展開だが、楽しめる映画だ。特に、タイトルの“福が多い”というフレーズの根源的意味を追求しているあたりが実に玄妙である。少しでも生き辛さを感じている層(おそらくは、かなり多くの観客)にとっては、文字通り“福音”になりそうな映画だろう。

 主人公のイ・チャンシルは40歳の女性プロデューサー。長年玄人受けする映画を作り続けてきたベテラン監督を支えてきた。ところが飲み会の最中にその監督が急死。途端に仕事が無くなり業界から放り出されてしまう。気が付けば彼女は人生の全てを映画に捧げたため、結婚相手はもちろん住む家も恋人もいない。やむなくチャンシルは下宿を探し、妹分の若手女優ソフィーの家政婦として当面は糊口をしのぐことになる。



 そんな中、彼女はソフィーの家庭教師キム・ヨンと知り合い、憎からず思うようになる。しかし、なかなか自身の想いを相手に伝えられない。一方、チャンシルは住んでいる下宿屋でランニングシャツ姿の怪しい男を目撃する。つかまえて問い詰めてみると、彼は“自分はレスリー・チャンの幽霊だ”と名乗る。ちっともレスリーには似ていないが、彼は彼女以外の人間には見えないのだ。こうして、片想いの相手とおかしな“幽霊”をまじえたチョンシルの平穏ならざる日々が始まった。

 金にも仕事にも交際相手にも恵まれない冴えない中年女子の生活には、実は“福が多かった”という逆説的なことが無理なく語られるのが面白い。なぜなら、何も無ければこれから何かを得るだけだから。合理的に行動を起こせば、今後は人生はプラスにしかならない。もちろん、誰しもそんなに上手くいくはずはない。だが、周囲を見渡せばいくらでもチャンスは転がっているのだ。そんな前向きな姿勢を無理なく奨めてくるあたりが、本作の大きなアドバンテージである。

 主人公のプロフィールを活かした“映画ネタ”が繰り出されているのも出色で、小津安二郎の信奉者である彼女が、ハリウッド大作が好きなキム・ヨンと話が合わないのがおかしく、レスリー・チャンの“幽霊”はウォン・カーウァイ監督の「欲望の翼」(90年)の際の出で立ちなのもケッ作で、他にもエミール・クストリッツァ監督の「ジプシーのとき」(88年)をめぐるエピソードなど、映画好きにはたまらない仕掛けが満載だ。

 これが初監督になるキム・チョヒの仕事ぶりは達者で、静かな中にもウィットとペーソスに富んだモチーフを巧みに絡める作劇には感心した。主演のカン・マルグムは目を見張るパフォーマンスを見せる。外見は地味だが、映画が終わる頃には彼女がとても魅力的に思えてくる。下宿のおばあさん役のユン・ヨジュンはイイ味を見せ、レスリー・チャンらしき男に扮するキム・ヨンミンの怪演は面白いし、ソフィーを演じるユン・スンアはとても可愛い。ロケ地はどこだか分からないが、坂の多い街の風景が実に効果的に捉えられている。

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