元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「モルエラニの霧の中」

2021-05-31 06:19:56 | 映画の感想(ま行)
 約3時間半という長尺(途中休憩あり)。ドラマティックな展開は無く、意味不明な心象風景的なモチーフが目立ち、まさにアート指向の悠然とした映像が延々と続く。通常、斯様に明け透けな作家性を前面に出した作劇では“自己満足の凡作”と片付けられるパターンが多いのだが、本作は違う。これは各登場人物が主体になるストーリーに重きを置かず、舞台になる町そのものを“主人公”として撮り上げた叙事詩のようなものだ。その意味では実に見応えがある。

 北海道室蘭市に住む人々を描いた7話連作形式で紡ぐオムニバス劇で、それぞれのエピソードは一見独立しているが、他のパートと微妙にクロスしている。寓話的でファンタジー方面に振った逸話は正直好きになれないが(笑)、時代の流れに翻弄される者たちをじっくり捉えた部分は納得出来る。



 取り上げられたキャラクターは、いずれもこの町から、あるいは自身のライフワークから、または人生から“去って行く”者ばかりだ。定住するため新規にやって来る者はいない。去りゆく者たちは、その前に自分がこの町に残した何らかのものを掘り起こそうとする。ただ、それを見つけたからといって何か能動的な事物が喚起されるわけではない。ひたすら後ろ向きな感傷に浸るだけだ。

 そんなネガティヴな姿勢ばかりでは映画としての求心力は発揮出来ないと思うところだが、そうはならない。彼らはかつては町の一部として“機能”していたはずだが、時代と共に、一枚ずつ剥がれ落ちるように町から離れてゆく。そして町自体もゆっくりと沈み込んでいく。その哀切が観る者の心に迫り、切ない感動を生む。映画に“前向きな”テイストを求める向きには絶対に合わないシャシンだが、この“滅びの美学”とも言うべきコンセプトに共鳴するのも映画鑑賞の醍醐味の一つだ。

 5年がかりで完成させた坪川拓史監督(脚本も兼ねる)の粘り強さは尋常ではなく、これ見よがしなケレンに走りそうなシークエンスも抑えたタッチで撮りきり、地に足が付いた人々の描写はリアリティを先行させる。香川京子に大塚寧々、坂本長利、水橋研二といったキャストは良くやっているが、小松政夫と大杉漣の姿を見られるのは特筆ものだ(大杉扮する写真館主が心臓発作で倒れる場面はハッとしてしまった)。

 若手では再婚を機に町を離れる介護士の娘を演じた久保田紗友が印象的で、唯一未来へ通じるキャラクターを上手く表現していた。新宮英生と与那覇政之のカメラによる映像は本当に美しく、坪川監督自身が手掛けた音楽も好印象だ。特に挿入曲「しずかな空」は、本年度の邦画を代表するナンバーだと思う。

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