
(原題:NORDWAND)圧倒される映画だ。ベルリン五輪直前の1936年、ナチス・ドイツは国威発揚のため、前人未到のアルプスの難所であるアイガー北壁の初登頂に成功したドイツ人に金メダルを与えると発表。若き登山家のトニーとアンディは各国のクライマーと共に、この荒行に挑戦する。
有り体に言えば、まず他国への侵略行為を正当化するナチス政権への糾弾があり、次に“栄光か悲劇でなくては記事にならない”と平気で言ってのけるマスコミに対する批判が作品の“表向きの”テーマなのだろう。しかし、屹立するアイガー北壁の偉容が画面に映し出され、主人公達が目もくらむ絶壁に取り付き始めると、そんなことはどうでも良くなる。この映画は、圧倒的な存在感を見せつける大自然に挑み続ける人間達の、狂気のドラマなのだ。
私を含めた登山に興味のない人間にとっては、ああいう峻厳な山々を見ただけで“登ってみたい”とは絶対に思わない。いくら誘われても、Uターンして退散だ(爆)。ところが世の中にはあの険しい頂を征服したいと考える者がいるのだ。しかも、帰還出来ないかもしれないという危険性を承知していながらである。ハッキリ言って頭がおかしいと思う。
最初は金メダル狙いとか有名になりたいとかいった下世話な表向きの理由で集まってきたクライマー達も、いざ北壁を目の当たりにすると、理性も何もかも吹っ飛んで嬉々として危険な山登りに邁進する。瀕死の重傷を負おうがルート確定が不調だろうが関係ない。自らの命が尽きるまで続く“魔界行”に観る者は戦慄するしかない。
おそらくは、頂上を制覇した者でないと分からないスーパーナチュラルな境地がそこにあるのだろう。常人には及びも付かない世界に魅入られた者達の常軌を逸した所業を描出したという意味では、本作の存在感は大きい。
フィリップ・シュテルツェルの演出タッチは鋼のように強靱で、ハリウッド映画がよくやるようなエンタテインメント路線は取らない代わりに、堅牢なプロットの積み重ねで観客をグイグイと引っ張ってゆく。映像は素晴らしく、覆い被さるようなアイガー北壁の巨魁と、陶然とさせるような自然の美しさを描き出して圧巻だ。
主人公の二人を演じるベンノ・フュルマンとフロリアン・ルーカスはドイツ人らしいゴツゴツした面構えと、そこはかとない甘さを併せ持った逸材だ。ヒロイン役のヨハンナ・ヴォカレクは美人ではないが、意志の強さと行動力で実に好ましく捉えられている(グリーンの瞳が魅力的だ)。とにかく、ヴェルナー・ヘルツォーク監督の「彼方へ」(91年)と並ぶ、ドイツ製山岳映画の金字塔である。