元・副会長のCinema Days

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「闇の子供たち」

2008-08-26 07:39:55 | 映画の感想(や行)

 原作よりはまとまった出来だと思う。ただしこれは映画として上出来であるという意味ではない。梁石日による元ネタは児童虐待問題の告発に名を借りたエロ小説に過ぎないと思う。必要以上に分量の多い子供相手の性描写には閉口するしかないし、政情不穏なタイの状況とラスト近くに取って付けたような筆者の出自に対する屈託を織り込み、何とか体裁を整えているような書物である。

 対してこの映画化作品は原作では脇役に近かったタイ在住の新聞記者を主人公に置き、彼と知り合うフリーカメラマン、そしてNGO職員として日本からやってきた若い女といった、日本人を主要登場人物として扱っている。これは日本映画においてどんなに努力しても違和感を完全に拭えない“外国人に対する描写”を回避する上で賢明だったと思う。原作通りにタイ側の人間たちを深く突っ込んでいたら、ドラマが浮いたものになっていた可能性が大だ。そもそも現地の側から描くのならばそれはタイ映画の仕事だろう。

 中盤までの各キャラクターの設定は申し分ない。悲惨な状況を憂慮しつつも新聞屋としての立場を貫く記者、現地の惨状を見てそれまでの浮ついた気持ちを改め仕事に専念するカメラマン、手前勝手な“自分探し”のためにボランティアに参加し夜郎自大な態度を隠さない女、さらに難病に苦しむ息子のために臓器移植の真相を知りつつも闇ルートに大金を払い込む日本のビジネスマンなど、それぞれの役柄を踏み出さない範囲でテーマの深刻さに接してゆくという作劇のスキームは申し分ない。

 しかし、こういう題材を扱わせるとどうも自らのサヨク的体質が疼き出すらしい阪本順治の監督作のためか、終盤近くになると“語るに落ちる”ような図式が鼻についてくる。特に記者の“過去”が暴かれるくだりは、それまで何の暗示も明示もなく、取って付けたような感じだ。ボランティアねーちゃんの扱いもヘンに及び腰で、こういう素材にこそシビアな切り口が用意されるべきだったと思う。終わってみれば“タイの憂うべき状況を生んだのは先進国で、特に日本がイケナイ”といった自虐的スタンスの映画といった印象が強い。タイ映画界が同様のネタを取り上げれば、もっと地に足が付いたものに仕上がっていたと思う。

 記者役の江口洋介は一本気な熱血漢を(終盤を除いて)好演しているし、世間知らずな小娘に扮した宮崎あおいも上手い。映画での彼女はこういう“愚かな女”を演じさせると絶品だ。妻夫木聡や佐藤浩市も申し分ない。ただし、それらを最後まで活かす作劇の詰めが足りないのは確か。惜しい映画だと思う。なお、桑田佳祐によるエンディング・テーマは完全に場違いだ。製作側のセンスを疑いたい。

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